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■アラン・ウー
アルファルド寮キッチンは静かだ。
先ず、此処に生徒は来ない。
空腹だからといってシェフに直接交渉する生徒は居ない。
食事の時間まで待てば良いだけの話だ。
シェフは淡々と料理を作り、生徒は淡々と口にする。
ただ、その繰り返し。
両者の間では賛辞も不満も交わされない。
食事が終わった後、キッチンに返って来る空の皿。
彼等の間では、それが唯一のコミュニケーションなのかもしれない。
アルファルド寮シェフ、アラン・ウーは、
執事が下げてきた昼食の皿を受け取ったところだった。
他の寮では、ランチはカフェなどに行く生徒も多いのだが、
アルファルドの生徒達は、寮で食べる率が高かった。
執事に渡した皿は料理が乗っていたが、今はどれも綺麗に無くなっていた。
シェフの表情には何も映し出されていない。
独り言も呟かず、黒無地のエプロンを身に付け、片付けを始めた。
エプロンの下の服装はTシャツにジーンズとラフなものだった。
晒された浅黒い腕はジムに通っていることを物語っていた。
広いキッチンには皿を洗う音だけが続く。
シェフは手許しか見ていないが、窓からは青空が見えた。
今日も天気は良く、白い雲は悠々と青い海を泳いでいる。
外からは生徒達の声が微かに聞こえ始めた。
アランの耳には聞こえていないのか、見向きもしなかった。
シェフが皿を洗う頃、生徒達は昼休みの時間。
午後の講義が始まるまで、友人達と遊んでいるのだろう。
彼等はアルファルドではなく、他の寮に違いなかった。
『孤独な者』は、静かで穏やかな昼下がりを過ごす。
何者にも邪魔されない時間。それは彼等にとっては祖国では味わえないものだ。
やがてキッチンでは、蛇口がキュッと締められ、水音が止まった。
食器の片付けも終わると、シェフは背に腕を回し、エプロンを解く。
外したエプロンを椅子に掛けると、キッチンを出て行った。
椅子に凭れた黒無地のエプロン。その裏側に白い何かが見えた。
隅には小さな手製のワッペンが付いている。
これはシュヌーシア寮シェフから、何かの記念にプレゼントされたものだった。
製作者は「これなら、アランさんのだって解るでしょう?」と笑っていた。
かなりディフォルメされているが、なんとなく何を意図したのかは解る。
白い顔に黄色のほっぺにクチバシ。右の翼を挙げた鳥のワッペンだった。
アランが向かった先は、学院の敷地内にある動物園だった。
学院が生徒達に提供した憩いの場ではない。
アルファルド寮の生徒の一人が所有する動物達の家だ。
入学の際に国から持ってきた。種類は様々で大型動物までいる。
彼等の食事もアランが用意していたので、生徒と動物の食事は、
形状さえ異なるものの食材は同じ、という場合もあった。
アランが動物園に顔を見せると、放し飼いの動物達が寄って来る。
彼が移動すると、その後ろはちょっとした動物パレードになった。
此処へ来る前にかなり上手く躾けられていたのか、
ジャワハルワールの動物達は皆、大人しい。
アランは此処でも言葉を口にしなかった。
最低限しか喋らずとも仕事になる。誰に咎められることもない。
彼は、聖アルフォンソ島に来るまではそうではなかった。
ゾウにリンゴを差し出す。
長い鼻が近付いて、手から直接受け取った。
何か聞こえたのか、アランは空を見やる。
青空に浮かぶ白。雲ではない、鳥だ。
甲高く叫びながら一直線に向かってくる。
「アラン! アラーン!」
適確に人間の名前を呼んだのは白いオウムだった。
ふわりと舞い降りて、ゾウの前にある柵に止まった。
「オナカ スイタ! オヤツ! オヤツ!」
しかし、オウムは既に昼食を食べている筈だった。
ジャワハルワールの皿の隣には鳥用の食事も置かれる。
彼はそれを持って、部屋に戻り、オウムに与えている。
だが、動物園に居る仲間達に食事が与えられている様子を見ると、
オウムは自分にもくれ、とせがむのだった。
アランは鳥に背を向けた。
気を引く為に、知っている言葉をランダムで並べ立てる。
それはどれも『アラン』という単語が入っているので、
オウム的にはアランに纏わるものを選んでいるらしかった。
「アランは アアイウ ヤツ ダカラナ!」
「アランサンって キミノコト スキデスヨネ!」
オウムは言葉を覚えることはできるが、文章を作り出すことはできない。
よって、オウム返しにしているだけだ。何処かで覚えてきた言葉が更に続く。
「エスニックと イタリアンでは、アランにはカナワナイ!」
「ソノ オレンジ、アランサンに モラッタンデスカ!」
「アランには イエナイ ガナ!」
鳥は持てる言語力を精一杯披露したのだが、人間は振り向かない。
オウムは飛び立ち、再びアランの目の前に降りる。
アランから覚えた言葉で、黒い小さな瞳は一心に頼んだ。
「オマエ、クイスギダゾ?」
やっとアランがこちらを向く。
無表情だったシェフは柔らかい低音で言った。
「食い過ぎはお前だ」
オウムに差し出されたオレンジは、既にカットされていた。
fin
アルファルド寮キッチンは静かだ。
先ず、此処に生徒は来ない。
空腹だからといってシェフに直接交渉する生徒は居ない。
食事の時間まで待てば良いだけの話だ。
シェフは淡々と料理を作り、生徒は淡々と口にする。
ただ、その繰り返し。
両者の間では賛辞も不満も交わされない。
食事が終わった後、キッチンに返って来る空の皿。
彼等の間では、それが唯一のコミュニケーションなのかもしれない。
アルファルド寮シェフ、アラン・ウーは、
執事が下げてきた昼食の皿を受け取ったところだった。
他の寮では、ランチはカフェなどに行く生徒も多いのだが、
アルファルドの生徒達は、寮で食べる率が高かった。
執事に渡した皿は料理が乗っていたが、今はどれも綺麗に無くなっていた。
シェフの表情には何も映し出されていない。
独り言も呟かず、黒無地のエプロンを身に付け、片付けを始めた。
エプロンの下の服装はTシャツにジーンズとラフなものだった。
晒された浅黒い腕はジムに通っていることを物語っていた。
広いキッチンには皿を洗う音だけが続く。
シェフは手許しか見ていないが、窓からは青空が見えた。
今日も天気は良く、白い雲は悠々と青い海を泳いでいる。
外からは生徒達の声が微かに聞こえ始めた。
アランの耳には聞こえていないのか、見向きもしなかった。
シェフが皿を洗う頃、生徒達は昼休みの時間。
午後の講義が始まるまで、友人達と遊んでいるのだろう。
彼等はアルファルドではなく、他の寮に違いなかった。
『孤独な者』は、静かで穏やかな昼下がりを過ごす。
何者にも邪魔されない時間。それは彼等にとっては祖国では味わえないものだ。
やがてキッチンでは、蛇口がキュッと締められ、水音が止まった。
食器の片付けも終わると、シェフは背に腕を回し、エプロンを解く。
外したエプロンを椅子に掛けると、キッチンを出て行った。
椅子に凭れた黒無地のエプロン。その裏側に白い何かが見えた。
隅には小さな手製のワッペンが付いている。
これはシュヌーシア寮シェフから、何かの記念にプレゼントされたものだった。
製作者は「これなら、アランさんのだって解るでしょう?」と笑っていた。
かなりディフォルメされているが、なんとなく何を意図したのかは解る。
白い顔に黄色のほっぺにクチバシ。右の翼を挙げた鳥のワッペンだった。
アランが向かった先は、学院の敷地内にある動物園だった。
学院が生徒達に提供した憩いの場ではない。
アルファルド寮の生徒の一人が所有する動物達の家だ。
入学の際に国から持ってきた。種類は様々で大型動物までいる。
彼等の食事もアランが用意していたので、生徒と動物の食事は、
形状さえ異なるものの食材は同じ、という場合もあった。
アランが動物園に顔を見せると、放し飼いの動物達が寄って来る。
彼が移動すると、その後ろはちょっとした動物パレードになった。
此処へ来る前にかなり上手く躾けられていたのか、
ジャワハルワールの動物達は皆、大人しい。
アランは此処でも言葉を口にしなかった。
最低限しか喋らずとも仕事になる。誰に咎められることもない。
彼は、聖アルフォンソ島に来るまではそうではなかった。
ゾウにリンゴを差し出す。
長い鼻が近付いて、手から直接受け取った。
何か聞こえたのか、アランは空を見やる。
青空に浮かぶ白。雲ではない、鳥だ。
甲高く叫びながら一直線に向かってくる。
「アラン! アラーン!」
適確に人間の名前を呼んだのは白いオウムだった。
ふわりと舞い降りて、ゾウの前にある柵に止まった。
「オナカ スイタ! オヤツ! オヤツ!」
しかし、オウムは既に昼食を食べている筈だった。
ジャワハルワールの皿の隣には鳥用の食事も置かれる。
彼はそれを持って、部屋に戻り、オウムに与えている。
だが、動物園に居る仲間達に食事が与えられている様子を見ると、
オウムは自分にもくれ、とせがむのだった。
アランは鳥に背を向けた。
気を引く為に、知っている言葉をランダムで並べ立てる。
それはどれも『アラン』という単語が入っているので、
オウム的にはアランに纏わるものを選んでいるらしかった。
「アランは アアイウ ヤツ ダカラナ!」
「アランサンって キミノコト スキデスヨネ!」
オウムは言葉を覚えることはできるが、文章を作り出すことはできない。
よって、オウム返しにしているだけだ。何処かで覚えてきた言葉が更に続く。
「エスニックと イタリアンでは、アランにはカナワナイ!」
「ソノ オレンジ、アランサンに モラッタンデスカ!」
「アランには イエナイ ガナ!」
鳥は持てる言語力を精一杯披露したのだが、人間は振り向かない。
オウムは飛び立ち、再びアランの目の前に降りる。
アランから覚えた言葉で、黒い小さな瞳は一心に頼んだ。
「オマエ、クイスギダゾ?」
やっとアランがこちらを向く。
無表情だったシェフは柔らかい低音で言った。
「食い過ぎはお前だ」
オウムに差し出されたオレンジは、既にカットされていた。
fin
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