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Marginal Prince Short Story
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■テオとデッドプリンス
■蔦様のメールベース
「此処がデッドプリンス愛用のライブハウスなのだね!
 あっ、声が響いたよ! あー、あー!」

そう広くないスタジオなので声が反響する。
初めての場所にテオは興奮しているようだった。
今日はデッドプリンスのバンド練習に、テオが特別招待された。
つい一時間前、テオはウーティス寮に遊びに来た。
サロンで皆とお茶を飲みながら楽しく話していた。
そのうちにアルフレッド、シルヴァン、ハルヤが、
「練習スタジオに行く時間だから」と腰を上げた。
テオが何気なく「練習風景も見てみたいものだねえ」と言ったので、
「じゃあ、来てみるか?」とアルフレッドが気軽に招待した。
「お客さんに、練習してるとこ見られるの、ちょっと恥ずかしいな」という
ハルヤの意見はテオの「見てみたい」気持ちを増幅する効果しかなく、
四人はタクシーに乗り込み、学院を出発した。

テオはデッドプリンス結成の場に立ち会っている。
記念すべき瞬間は、ハルヤの入学初日、学院案内の最中だったからだ。
生徒代表のテオに連れられて、ウーティスに来た際に結成されたのだった。
それ以降、テオは用事がない限りライブには足を運び、
来る度に賛辞やら差し入れやら花束やらをくれる。
ライブの翌日は必ずウーティス寮サロンまで来て、
「昨日のライブ、素晴らしかったよ」と褒めちぎる。
それは少なからず三人にとって次への原動力となっていた。
アルフレッドは子役時代からファンを大切にしていたので、
今日は丁度良い機会だと思い、大切なファンを招いての公開練習となった。

このライブハウスは、デッドプリンスに限らず、様々なバンドが利用する。
4階は録音スタジオ、3階は練習スタジオ、2階は楽器店。
1階にはガラス張りのラジオスタジオがあり、
此処から島限定の音楽番組などを放送している。
夜になると地下のBARから歌声が響く。
そう広くはない店内だが、音響も照明も設備は整っている。
バンドはそのステージに立ち、3階で練習した成果を披露する。
客はドリンクと音楽に酔いしれながら、今日の疲れを癒す。
BARでの演奏曲はラジオでも放送される。
島の音楽好きが集まって運営維持している場所だった。

練習スタジオに着くと、軽い音慣らしの後、
デッドプリンスは早速テオに一曲披露することにした。
アルフレッドは壁に立て掛けてあった四角い台を床に置く。
これに乗った方が気分が出ると、彼が愛用している『ステージ』だ。
せいぜい高さ20センチ程の台なのだが、
アルフレッドがトンと靴を鳴らして飛び乗ると其処は特設ステージになる。
曲は彼が最近作ったばかりというロック。
デッドプリンスは最近この曲を練習中らしく、
上手くできるようになったら、ライブでのお披露目予定だそうだ。
アルフレッドは、ドラムとベースを従えて軽快に歌い切った。
ライブでは未発表の曲だったので、テオはいたく感激した。
賞賛を浴びたレッドは機嫌良く言った。

「あ、そういや、テオが歌ってるとこって、まだ見たことねえな?」
「そうですね。僕、聞いてみたいです!」
シルヴァンが手を合わせると、テオは、おやおや、と笑う。
「今日、私は見学に来たのだよ? ファンがプロの前で歌うなんて」
「俺達はプロじゃねえよ、好きでやってるだけだって」
役者としてはプロのアルフレッド・ヴィスコンティが言ってのける。
まだCDこそ出してはいないが、彼の人気と歌唱力では、
世界中でたちまちヒットするだろうと、テオは確信していた。
シルヴァンは有力な同意を得ようと隣に尋ねる。
「ハルヤも聞きたいですよね? テオの歌」
「え? う、うん」
同意というよりはただの相槌に近い頷きだったのだが、
テオの心はグラリと揺さぶられたようで。
「東洋の黒い真珠に頼まれては、嫌とは言えないな、私は」
「よっし。じゃあ、俺がギターで伴奏してやるよ。
 テオ、何歌いたい? なんか有名なやつで、好きな歌あるか?」
「ん。そうだねえ、では」
テオが挙げた曲名は、何年か前に流行った映画の主題歌だった。
世界中が涙した名作であり、映画の最後にこの曲が流れると、
観客席からは必ずすすり泣きが聞こえるとまで言われた。
一大スペクタルではない。今や当たり前に使用される高技術のCGもない。
爆破シーンもなしに世界で売れた映画は珍しいという批評もあった。
平凡な日常の中から生まれる小さな小さなドラマ。
派手な作品がこれでもかと溢れていた当時、
ささやかなこの作品は多くの人の心を掴んだ。
もちろん、アルフレッドも知っている作品だ。兄貴とブライアンと観た。
良い曲だったので当時のバンドで演奏したこともある。
「へえ。意外と大人しい曲が好きなんだな。
 オーケー。それなら弾けそうだ。あ、その曲なら、
 エレキよりアコギの方が良いな。ちょっと下行って借りて来るわ」
身軽に階下へと向かう。2階の楽器店から借りてくるようだ。
そこには売り物用とは別に店主の私物も揃っている。
彼ともすっかり顔なじみのアルフレッドには快く貸してくれるだろう。

レッドを待つ間、ハルヤも不思議そうな顔をして、感想を述べた。
「俺もテオはもっと派手なの選ぶのかと思ってたなあ」
「でも、テオの声なら合うかもしれませんね。音域が広いので難しい曲ですが」
「うん。私の姉上が好きだった曲なのだよ」
「テオって、お姉さん居たんだ?」
「おや。まだ言ってなかったかな」
ハルヤがテオと話している時は、一方的に賛辞の言葉などを受けることが多い。
そう言えば、自分はテオのことをあんまり知らないなとハルヤは思う。
宝石、花、お菓子などに比喩を用いた過剰な褒め言葉に対応するのが精一杯で、今まで気付かなかったけど。
テオが他の生徒について褒める姿はよく見るけど、自分のことはそれほど話さない。
此処に居る生徒の特徴。テオも例外ではなかった。
シルヴァンはテオの姉について、ある程度知っていた。
「僕はテレビでなら、お姉さんのお顔を拝見したことがありますよ」
「ああ、姉上が結婚した時に少し出ていたものね」
シルヴァンは数年前にテレビで目にした映像を思い出した。
当時、メディアに踊った題字は『大富豪結婚!石油王の子息と海運王の令嬢』だっただろうか。
両家が手を結べば躍進は約束される、明らかな政略結婚だった。
大勢の関係者を招いた結婚式は、その法外な額も話題になっていた。
シルヴァンは、それについてはハルヤに説明しなかった。
「とっても綺麗な方なんですよ。今思うと、テオ、似てますよね、お姉さんに」
「そうかい? ありがとう。姉上の美貌には敵わないけれどね」

階段を上がってくる音と共に、アルフレッドが戻って来た。
手にはアコースティックギターを持っている。
早速パイプ椅子に座り、足を組む。
膝にギターを乗せ、曲が弾けるか軽く弾き始めた。
エレキに慣れた耳には、電気を介さない音は儚く聞こえる。
「まあ、なんとか覚えてそうだな、指が。
 たぶんあちこち間違えるけど、気にせず歌ってくれよ?」
「うん。私も自信がないな。けれど、アルフレッドの伴奏で、
 歌えるなんて滅多にない機会だし。心を込めて歌うよ、東洋の黒い真珠」
「あ、うん。ちゃんと聞いてる、ね」
「テオ、テオ。せっかくなんだからさ、ステージで歌ってくれよ」
シルヴァンとハルヤはパイプ椅子を並べて、台の前に座る。
ステージには椅子に座るアルフレッドと中央に立つテオ。
ギターの掛け声にあわせ、テオは息を吸う。小さなライブが幕を開けた。

普段はパワフルな歌声が響くスタジオが、まるで異空間になる。
アルフレッドやシルヴァンは情熱的な歌を得意とするのだが、
テオが歌ったのはバラード。
歌詞には、今は会えない貴方へ向けた手紙が綴られていた。

――私の骨が海に沈んでも、この先何度生まれ変わっても
  貴方と共に過ごした時間を想い、涙するでしょう――

決して感情的な声ではない。それが却って胸を打った。
起伏なく歌う方が切なく聞こえる歌だった。
程好く力の抜けた、伸びやかな歌声。
テオの声質と曲がよく合っていて、原曲をも超えていたかもしれない。
本当に誰かへ語り掛けているように、最後までしっとりと歌い上げた。

ギターの音が止まると、スタジオは、しん、となった。
それまでずっと魅せられていたのだとハルヤは気付く。
口から言葉が出てこない。
歌い手は一礼して微笑んだ。

「聞いてくれてありがとう。おや、東洋の黒い真珠?」
ステージを降りてハルヤの前に進む。
レンズ越しの黒い瞳は潤んでいた。
「やはり感受性が高いのだね、君は」
「え、あ、あの」
「ああ、深海で出会った黒真珠より美しい」
テオの手がハルヤの顎を持ち上げる。
やっとアルフレッドとシルヴァンが動き出した。


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