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■アルフレッドシナリオ、小説ベース
イタリア特別自治州シチリア。
海に囲まれた緑いっぱいの場所。
学院の休暇中、ユウタはレッドのおじいさんの家に連れて来て貰った。
「あーあ。姉貴と一緒に来れたらなー」
今日はレッドがおじいさんと二人で演技の話してるからってことで、
レッドの弟トニー君とシチリア観光してるんだよ! どうしよう、姉貴!
あの天才メガネ少年役で大人気のトニー・ヴィスコンティと、
ホテルのカフェで甘くて美味しいレモンジュースとか飲んじゃってるよ。
シチリア産のレモンってやっぱ美味しいんだね。
トニー君が飲んでるのはブラックのアイスコーヒー。大人だなー。
今日はテレビで見るより、ちょっとお洒落なメガネを掛けてて、めちゃくちゃ似合う。
携帯で写真撮って、姉貴に送りたいくらいなんだけど、やっぱダメかなー。
姉貴、ヘディック博士とかインテリ系の人も好きだから、トニー君のことも好きなんだよなあ。
レッドに見せて貰った雑誌にも『弟にしたい子役ランキング一位』って載ってたし。
俺より年下なのに、しっかりしてるし、頭も良さそうだし、
可愛いし、俺の弟にしちゃいたいくらいだよ。
トニー君はお母さん似で、知的で綺麗な男の子ってかんじ。
わんぱく少年なレッドとはちょっと似てないよなあ。
最近多い役も、レッド曰く『俺が唯一苦手なガリ勉役』だし。
これがトニー君にはハマリ役で、去年は彼主演の少年探偵映画が大ヒットして、
続編も決定してるし、こっちも絶対に観に行くつもり。姉貴と行きたかったけど無理かなあ。
それにしても、このカフェ綺麗だなあ。
窓から海見えるし、なんか周りにお客さん居なくて貸切みたいになってるし。
でも、店員の女の人達、こっちチラチラ見てる。
トニー君のファンなんだろうなあ、やっぱり。
でも声とかは掛けて来ないし、プライベートだから気を遣ってくれてるのかな。
シチリアって、マフィアとか居るかも思ってたけど、結構優しい人多いみたい。
でも、レッドのおじいさんは近所のマフィアが茶飲み仲間だって、
レッドが言ってたんだけどな…あれ? 近所? 近所って大丈夫なのかな?
「あのー、ユウタさん?」
「は、はは、はいっ!?」
「そのレモンジュース、美味しくなかったですか?」
「あ、ううん。美味しかったよ、すっごく」
「そっか。良かった」
はー。ちょっとぼーっとしちゃってたー。
「そうだ、ナイチンゲールの役でしたよね? 文化祭の劇」
「ト、トニー君、見てたの!?」
「はい。家族全員で。皆が揃うなんて久し振りだったけど、
レッドお兄ちゃんの初監督作品だから」
「あ、そっか。初監督作品、だよね」
なんか、俺、すごい舞台に立っちゃったんだなあ。
「あの台本って全部お兄ちゃんが書いたんですか?」
「うん、そうだよ。すっごい一生懸命書いてた」
俺、ちょっとジャマしに行ったら殺気立ってて、めちゃくちゃ怒られたし。
「いいなあ。僕もお兄ちゃんと一緒の舞台に立ちたかったです」
「あ。そう言えば、兄弟の共演作品ってなかったね、まだ」
「うん。一緒にお仕事したこともないし、家でもあんまり遊んだことないんだ…」
そっか。トニー君んちはお父さんはプロデューサー、お母さんは女優。
4人兄弟の上2人は監督業、下2人は役者っていうスゴイ芸能一家だから。
子どもの時でも、うちみたいに姉貴としょっちゅう遊んだりもできなかったのか。
だけど、レッドはトニー君のこと大好きでよく自慢話もしてるし。
この前もトニー君の出てる作品、すごく褒めてた。そうだ、それ言わなきゃ。
「あ、あのね、トニー君!」
「はい?」
「トニー君が出てる2時間のドラマ、レッドと一緒に見たんだよ」
「お兄ちゃんと?」
「うん。あの、最後に、本当のお父さんと暮らせるようになる話。
俺、ラストで泣いちゃったよ。トニー君が『お父さん』って呼べたところ、
すっごく感動しちゃった。やっぱりトニー君ってすごいや」
「ありがとうございます。なんだか照れちゃうな」
わわ、生で見るトニー君の笑顔も可愛い。姉貴が見たら倒れちゃいそうだよ。
笑った顔は子役だった頃のレッドになんとなく似てるかも。
今日一日でトニー君のファンになっちゃいそう。
俺、アルフレッド・ヴィスコンティのファンなのに。
それから二時間後。
二人の裕福な老父が海の見えるテラスで珈琲を飲んでいた。
年の頃はどちらも80歳くらい。
ビーチチェアに背を預け、全身で潮風と夕陽を浴びている。
気心の知れた茶飲み仲間が目尻に皺を寄せる。
「お孫さん達が遊びに来ているんですか」
「ええ。ジャンニの下のせがれが二人ね」
「それはそれは。良かったですな、ヴィットーリオさん」
映画監督の巨匠、そう呼ばれた老父。
彼は現役を引退後、この海の綺麗な島でのんびりと余生を送っている。
映画界の第一線を先導していた頃は、
常にギラギラと輝いていた瞳も今ではだいぶ柔和になった。
当時、メガホンを握り締めていた手も、握力はかなり落ちていた。
今、持っているのは白のポーン。
二人の間にはチェスボードがあった。やや白が優勢に見える。
まだ若かった頃は映画のことしか考えられず、
こうやってチェスに興じる余裕もなかった。
「さっき、初めて孫とゆっくり話をしましたよ」
ポーンを置くと、しみじみと海を眺めた。
「いつのまに大きくなったのか。子どもの成長は早いものですな」
聞き役の老人は、にこやかに頷いた。
「そうですねえ、本当に」
黒のビショップを持つ指もしわしわだった。
幾つかゴールドの指輪が嵌っている。
髪色は元々は黒かったようだが、今はロマンスグレイに色付いていた。
こちらの老父は、ヴィスコンティ邸の近くに第二邸を持つ。
海辺に建てられた邸、そのテラスからは美しいシチリアの海が一望できたので、
ヴィットーリオを招いて、お茶を楽しむことが多々あった。
今、丁度、海に赤い陽が落ちようとしているところだ。
眩しい輝きに元映画監督は目を細める。
かつて夕陽待ちをした挙句、途中で雨にやられた作品が思い浮かんだ。
年を重ねる毎に、どんな出来事も許せるようになった。
何もかもただ懐かしく、愛おしい記憶に感じられる。
「ああ、今日の夕陽も、美しい」
朱色の海を眺めながら、ずずとエスプレッソを啜る。
老後の長閑な時間が潮風と共に流れる。
他愛の無い穏やかな会話が、ゆっくりゆっくりと交わされていた。
ゴールドに輝く指が、白のキングに伸びる。
「よいしょ、っと。すみません、チェックメイトです」
映画巨匠は笑顔で少し禿げ上がったおでこを叩く。
「はは。カルロさんには敵いませんなあ。さすが、お強い」
勝負をして相手を恨むことなど、もはやない。
「いやいや。ヴィットーリオさんは覚えたばかりなのに上達が早いですよ」
ヴィットーリオにチェスを教えて欲しいと請われ、丁寧に教えたのはこの老人だった。
二人の背後に、強面の男が近付いてきた。
「パパ、風が出てきたよ」
長い黒髪には緩やかなウエーブ。潮風に煽られた髪を押さえる。
その指にも金色のリングが光っていた。大の男がそっと老父の肩に手を置く。
「そろそろ中に入ろう? 風邪が治ったばかりなんだから」
顎鬚を持つ男を見上げ、パパと呼ばれた老父は目許を更にしわくちゃにする。
安心させるように、肩に置かれた手に老いた手を重ねる。
「ありがとう、大丈夫だよ。全く心配性だねえ、お前は」
電子音が鳴る。男が「すみません」と言って携帯を取り出し、
話しながら離れたところへ歩き出す。小さく聞こえてくるのは悪態。
そのドスの効いた声は、先程まで父親に見せていた優しさの欠片もない。
まるでマフィアのようだった。カルロは茶飲み仲間に詫びる。
「すみません、あれは血の気の多い子で」
ヴィットーリオはもう慣れたもので、気にしていないと微笑む。
電話が終わると、たたたと父親の所へ戻ってくる。父親は息子を見上げた。
「行くのかい?」
「うん。ごめん、ちょっと今日は帰れないみたいだ」
「おや。残念だね。今日は久し振りに家族揃ったから、
晩ご飯はお前の好きなペペロンチーノを作るとママが言っていたのに」
「本当? ああ…なんてことだ、ママのペペロンチーノが食べられないなんて」
まるでこの世の終わりのような嘆き方で、父親の腕を掴む。
「どうしよう、またママに怒られちゃう。
ねえパパ、ママにもごめんって言っておいてくれる?」
「ああ。儂が代わりに怒られておくよ」
「ごめんね。あ、それから、これから外は冷えるから早く家の中に入ってね」
「解ったよ。それじゃ、気を付けて」
父親は息子の手を取り、優しくキスをした。
その夜。ヴィットーリオ・ヴィスコンティ邸。
滞在時にアルフレッドが使う部屋は広く、かなり派手だった。
ベッドは昔の映画で見るようなキングサイズの天蓋付き。
白のレースカーテンが柱に巻かれている。
王様みたいでなんかイイだろ、とアルフレッド本人が買ったものだ。
アルフレッドは大の字で寝そべっている。
弟は傍の壁に凭れていた。その壁紙もやたら派手な模様が付いている。
ユウタは別室のゲストルームに居た。携帯電話で姉に今日の自慢をしている頃、
ヴィスコンティ兄弟も今日の出来事を話していた。
二人がゆっくり話をするのは久し振りだった。
兄は祖父に一杯食わされたことを悔しがっていた。
「ったく、食えないジジイだぜ、なあ?」
「ううん。僕は知ってたから」
「はああ!?」
「おじーちゃんに、アルフレッドには言うなよ、って」
「言えよ! なんで俺に教えないんだよ!」
メガネの奥の目は細くなる。
「ダマされる方がワルイ」
イタリアでは常識となっている言葉を吐き付けられて、兄が詰まる。
弟は年齢より遙かに大人びた微笑を見せた。
「イイじゃん。だから、聖アルフォンソ学院に行けたんでしょ?」
兄は天井を見上げる。学院でできた友達の顔が次々と浮かんでくる。
あいつらとは学院に行かなければ出会えなかった。
それを考えると、じいさんにダマされてもおつりが来る。
「…ん、まあ、そうだな」
今回は友達を一人連れて来ていたことを思い出す。
「あ、お前等は今日楽しかったか? 面白いヤツだろ、ユウタって」
「ん、面白かったけどさ…レッドって呼ばせてるんだね、彼に」
「え? ああ。てゆうか、みんなに」
「あっそ」頭の後ろで手を組む。
「ねえ。なんで、ユウタ、連れて来たの?」
「友達連れて来ちゃいけないのかよ?」
「いけないよ、あんなピュアな人…レッド兄はああいう弟が欲しかったわけ?」
「何言ってんだよ、お前」
トニーは壁から身を起こし、テラスの方へ歩き出す。
まだ成長過程の背中は小さい。
「僕みたいなマセガキが弟で悪かったね。
僕はレッド兄みたいになりたくて子役になったのに…」
「おい、トニー。落ち着…」
弟はクルリと振り向く。
「なーんちゃって」
舌を出して、あっかんべーをする。
「…おい、まさか今の」
見えないシルクハットをクルクルと降ろして、礼をする。
「トニー君劇場にご来場ありがとうございましたー」
「この…」
カラカラと天才子役が笑っている。
「はー。ねえ、レッド兄の友達って、みんなレッド兄みたいな人ばっかなの?」
「どーゆーイミだ、それ」
「なんにも計算してない人だってこと。ズルイよ、演技なしで可愛いなんて。
今度、ああいう役が来たら、モデルにしよっかなって思ったよ」
トニーは眼鏡を外し、放るように棚の上に置いた。
兄は驚かず、はあ、と息を吐く。
「お前は相変わらず、口悪いなー。
そういや、そのメガネどーしたんだ? 目悪くなったのか?」
「度は入ってないよ。外歩く時は最近してるんだ、コレ。
メガネ掛けてる方がウケがイイかな、って思ってさ」
人差し指と親指でメガネのフレームを弾く。コツン、と音が鳴った。
「お前は…ユウタの前でも猫被ってたし…俺の友達にまで良い顔する必要ねーじゃん?」
「だって、彼、僕のファンだっていうし。ファンの前で悪い顔してどーすんの」
カメラの前では自然に笑顔になってる。
可愛いトニー君を演じるのには、もう慣れた。
息を吸うように演技できている。
女優の母と元天才子役の兄を持つ弟。世間は僕をサラブレットだと見てる。
奔放な少年役で評価される兄に対抗するには、
彼が唯一できなかったインテリ役の演技で挑むしかない。
お前ならできる、と弟は父に言われていた。
天才少年役なら、アルフレッド・ヴィスコンティを超えられると。
ヴィスコンティ家の末弟にとって、三番目の兄は、兄弟の中で最も親しい存在、
素顔を晒せる家族であり、また生涯のライバルだった。
「ったく、お前の本性をファンが知ったらビックリすんだろうなー」
「大丈夫。僕はそんなヘマはしないよ。
カメラの前ではちゃんと『可愛いトニー君』してるから」
兄は唇を噛む。弟がかつての自分と同じ道を辿ろうとしている。
ファンの期待を裏切ってはいけないと思いながら、
重過ぎる鎖を断ち切りたくてもがいていた自分。
もう子どもではないのに、世間は子どもであるアルフレッドを求めていた。
「なあ、トニー。そういうのは後で疲れるぞ。役者が演じるのは役だ。自分じゃない」
弟は何も言わず、普段は開きっ放しのレースカーテンに触れた。
布を閉じている紐を解き、ひとつひとつカーテンを閉めていく。
「何してんだ?」
「せっかくカーテン付いてんだからさ、偶には使ってあげなよ。
レッド兄、このカーテン、使ってたの最初だけじゃん」
「いちいち開けたり閉めたりすんの面倒だろ」
「レッド兄が買ったんでしょ、これ」
全てのカーテンを閉め、トニーは内側に入る。
閉ざされた空間は、外の世界より薄暗くなってしまう。
兄は弟の行動の意図が読めなかった。
外界から薄いレースで遮断された空間。
弟はゆっくりとベッドに乗った。傍へ来て、兄を見下ろす姿勢を取る。
そのまま暫く兄を見つめていた。兄は首を傾げる。
「なんだ、お前? プロレスごっこでもしたいのか?」
「バカ兄貴」
「お前まで俺をバカ扱いすんな!」
「イメトレだよ。こういうシーンも、いつか撮るかもしれないでしょ?」
弟の笑顔が兄の眼前に迫る。ぴしっ、と弟のおでこを叩く。
「バーカ。お前にはまだ早いよ」
「レッド兄よりは、僕の方が早く来ると思うけどなー。
お兄さんよりトニー君の方が大人っぽいね、ってよく言われるしー」
「ちょっと見ない間に、またマセたな、お前」
末弟は三番目の兄を軽く睨む。声が少し低くなった。
「どうせなら、大人になったって言ってくれない?
てゆうか、レッド兄にそーゆーこと言われんの、ショックなんだけど?」
トニー・ヴィスコンティが家族にしか見せない素顔。
カメラの前では絶対に晒さないカオだ。
「マセない子役なんて居ないよ。レッド兄だってそうだったんでしょ?」
「まあな。お前ほどじゃねーけどな」
役柄では純真な子どもを演じていても子役本人はそうではない。
それはアルフレッドも同じだ。
大人に混ざって仕事をするうち、大人の考えを吸収し、
普通の子どもより内面が大人になるにも関わらず、
カメラを向けられた時は、普通の子どもより子どものカオを求められる。
自分の外側が売れる度、内側はどんどん擦れて、息が詰まりそうな時期があった。
今、弟はその時期に居る。
「大人ってさ、僕達のこと、子どもだと思ってるみたいだけど、
僕達は自分のこと、子どもなんて思ってないのに。
自分が子どもだった頃の感情忘れてるヤツに、
『そこはもっと子どもらしい演技で』とか言われてさ。大人の方がよっぽどバカだよねー」
軽く笑って、ばたりと隣に寝そべった。
兄は弟の肢体を眺めた。背が着実に伸びている。
ここ数年は特に、見る度に大人になっていく。
肢体も着実に子どもから大人へと変わっていくのが見て取れた。
学院に入学してからは、テレビ画面を通して弟を見ることが多くなったが。
作品を重ねるごとに演技力を身に付けているのが解った。
「なーんか、お前の方が大変そうだな、俺の時よりも。
何なら、お前も13歳になったらアルフォンソ学院に来るか?」
「どうかなー。結構先までスケジュール埋まってるしー。
映画に出ると続編も決まっちゃうし。父さんにはダメって言われそうだしなー」
「すっげーイイとこだそ、あの学院は」
「…アルフォンソ王の劇してるレッド兄、楽しそうだったね」
「そりゃそーさ! あいつらと芝居できたんだからな!」
「でもさ、アドリブ多過ぎじゃない?」
「舞台にトラブルは付き物さ」
「うわ、おじーちゃんみたい。おんなじガッコ行って、似てきたんじゃないの?」
「あんな食えないジジイと一緒にされたくないねっ」
兄の子どもっぽさに、弟が笑う。それは演技ではない笑顔だった。
組んだ足をリズム良く振る。
「ま。学院に行くのもありカモねー」
「そうだ。学院でさ、お前の最新作見たぜ? ホームドラマの」
「ああ、ユウタからも聞いたよ。一緒に見たんだってね」
「アレ、すっげー良かったな!」
嬉しそうな笑顔を向けられて、弟の声が小さくなる。
「そう、かな?」
「メディアとかにはさ、ラストのお涙シーンが最高なんて言われてっけど、
俺に言わせれば、お前の登場シーンだね。
実の父親を前にして、でも、お父さんって言えない時の表情が一番良かった!」
トニーは寝返りを打ち、こちらを向く。
「…ほ、ほんと?」
「ああ。俺はあんなデリケートな演技したことねえし。お前、俺に似て天才!」
弟の表情が微かに柔らかくなった。
「ありがと。僕も、そこが一番気を付けたシーンなんだ」
「そうだろ、そうだろー? やっぱなー!」
嬉しそうに弟の首に腕を回す。別に誰も聞いてないのに耳許で囁いた。
「見る目のない奴等の言うことなんか気にすんなよ。お前は天才なんだから。
お前の演技力は俺が解ってる。なんたって俺の弟だもんな!」
「それ、褒めてるの、僕じゃなくて自分じゃん」
「どっちでもおんなじさ。んじゃ、そろそろ寝ようぜー。お前も部屋戻んな?」
兄は大欠伸をする。弟は身体を起こしていなかった。
「おーい、トニー?」
「やだ」
トニーは、両手をベッドに広げる。
「僕、今日は疲れたから動けないー。ココで寝るー」
「…なんだ、お前。都合良い時だけ子どもみたいなこと言いやがって」
「イイでしょ、バカでかいベッドなんだから。レッド兄がもっとそっち行ってよ」
「おい、押すなよ。てか、毛布を取んな!」
「早く電気消してよ。でも完全に暗いのはダメだからね。んじゃー、おやすみっ」
fin
イタリア特別自治州シチリア。
海に囲まれた緑いっぱいの場所。
学院の休暇中、ユウタはレッドのおじいさんの家に連れて来て貰った。
「あーあ。姉貴と一緒に来れたらなー」
今日はレッドがおじいさんと二人で演技の話してるからってことで、
レッドの弟トニー君とシチリア観光してるんだよ! どうしよう、姉貴!
あの天才メガネ少年役で大人気のトニー・ヴィスコンティと、
ホテルのカフェで甘くて美味しいレモンジュースとか飲んじゃってるよ。
シチリア産のレモンってやっぱ美味しいんだね。
トニー君が飲んでるのはブラックのアイスコーヒー。大人だなー。
今日はテレビで見るより、ちょっとお洒落なメガネを掛けてて、めちゃくちゃ似合う。
携帯で写真撮って、姉貴に送りたいくらいなんだけど、やっぱダメかなー。
姉貴、ヘディック博士とかインテリ系の人も好きだから、トニー君のことも好きなんだよなあ。
レッドに見せて貰った雑誌にも『弟にしたい子役ランキング一位』って載ってたし。
俺より年下なのに、しっかりしてるし、頭も良さそうだし、
可愛いし、俺の弟にしちゃいたいくらいだよ。
トニー君はお母さん似で、知的で綺麗な男の子ってかんじ。
わんぱく少年なレッドとはちょっと似てないよなあ。
最近多い役も、レッド曰く『俺が唯一苦手なガリ勉役』だし。
これがトニー君にはハマリ役で、去年は彼主演の少年探偵映画が大ヒットして、
続編も決定してるし、こっちも絶対に観に行くつもり。姉貴と行きたかったけど無理かなあ。
それにしても、このカフェ綺麗だなあ。
窓から海見えるし、なんか周りにお客さん居なくて貸切みたいになってるし。
でも、店員の女の人達、こっちチラチラ見てる。
トニー君のファンなんだろうなあ、やっぱり。
でも声とかは掛けて来ないし、プライベートだから気を遣ってくれてるのかな。
シチリアって、マフィアとか居るかも思ってたけど、結構優しい人多いみたい。
でも、レッドのおじいさんは近所のマフィアが茶飲み仲間だって、
レッドが言ってたんだけどな…あれ? 近所? 近所って大丈夫なのかな?
「あのー、ユウタさん?」
「は、はは、はいっ!?」
「そのレモンジュース、美味しくなかったですか?」
「あ、ううん。美味しかったよ、すっごく」
「そっか。良かった」
はー。ちょっとぼーっとしちゃってたー。
「そうだ、ナイチンゲールの役でしたよね? 文化祭の劇」
「ト、トニー君、見てたの!?」
「はい。家族全員で。皆が揃うなんて久し振りだったけど、
レッドお兄ちゃんの初監督作品だから」
「あ、そっか。初監督作品、だよね」
なんか、俺、すごい舞台に立っちゃったんだなあ。
「あの台本って全部お兄ちゃんが書いたんですか?」
「うん、そうだよ。すっごい一生懸命書いてた」
俺、ちょっとジャマしに行ったら殺気立ってて、めちゃくちゃ怒られたし。
「いいなあ。僕もお兄ちゃんと一緒の舞台に立ちたかったです」
「あ。そう言えば、兄弟の共演作品ってなかったね、まだ」
「うん。一緒にお仕事したこともないし、家でもあんまり遊んだことないんだ…」
そっか。トニー君んちはお父さんはプロデューサー、お母さんは女優。
4人兄弟の上2人は監督業、下2人は役者っていうスゴイ芸能一家だから。
子どもの時でも、うちみたいに姉貴としょっちゅう遊んだりもできなかったのか。
だけど、レッドはトニー君のこと大好きでよく自慢話もしてるし。
この前もトニー君の出てる作品、すごく褒めてた。そうだ、それ言わなきゃ。
「あ、あのね、トニー君!」
「はい?」
「トニー君が出てる2時間のドラマ、レッドと一緒に見たんだよ」
「お兄ちゃんと?」
「うん。あの、最後に、本当のお父さんと暮らせるようになる話。
俺、ラストで泣いちゃったよ。トニー君が『お父さん』って呼べたところ、
すっごく感動しちゃった。やっぱりトニー君ってすごいや」
「ありがとうございます。なんだか照れちゃうな」
わわ、生で見るトニー君の笑顔も可愛い。姉貴が見たら倒れちゃいそうだよ。
笑った顔は子役だった頃のレッドになんとなく似てるかも。
今日一日でトニー君のファンになっちゃいそう。
俺、アルフレッド・ヴィスコンティのファンなのに。
それから二時間後。
二人の裕福な老父が海の見えるテラスで珈琲を飲んでいた。
年の頃はどちらも80歳くらい。
ビーチチェアに背を預け、全身で潮風と夕陽を浴びている。
気心の知れた茶飲み仲間が目尻に皺を寄せる。
「お孫さん達が遊びに来ているんですか」
「ええ。ジャンニの下のせがれが二人ね」
「それはそれは。良かったですな、ヴィットーリオさん」
映画監督の巨匠、そう呼ばれた老父。
彼は現役を引退後、この海の綺麗な島でのんびりと余生を送っている。
映画界の第一線を先導していた頃は、
常にギラギラと輝いていた瞳も今ではだいぶ柔和になった。
当時、メガホンを握り締めていた手も、握力はかなり落ちていた。
今、持っているのは白のポーン。
二人の間にはチェスボードがあった。やや白が優勢に見える。
まだ若かった頃は映画のことしか考えられず、
こうやってチェスに興じる余裕もなかった。
「さっき、初めて孫とゆっくり話をしましたよ」
ポーンを置くと、しみじみと海を眺めた。
「いつのまに大きくなったのか。子どもの成長は早いものですな」
聞き役の老人は、にこやかに頷いた。
「そうですねえ、本当に」
黒のビショップを持つ指もしわしわだった。
幾つかゴールドの指輪が嵌っている。
髪色は元々は黒かったようだが、今はロマンスグレイに色付いていた。
こちらの老父は、ヴィスコンティ邸の近くに第二邸を持つ。
海辺に建てられた邸、そのテラスからは美しいシチリアの海が一望できたので、
ヴィットーリオを招いて、お茶を楽しむことが多々あった。
今、丁度、海に赤い陽が落ちようとしているところだ。
眩しい輝きに元映画監督は目を細める。
かつて夕陽待ちをした挙句、途中で雨にやられた作品が思い浮かんだ。
年を重ねる毎に、どんな出来事も許せるようになった。
何もかもただ懐かしく、愛おしい記憶に感じられる。
「ああ、今日の夕陽も、美しい」
朱色の海を眺めながら、ずずとエスプレッソを啜る。
老後の長閑な時間が潮風と共に流れる。
他愛の無い穏やかな会話が、ゆっくりゆっくりと交わされていた。
ゴールドに輝く指が、白のキングに伸びる。
「よいしょ、っと。すみません、チェックメイトです」
映画巨匠は笑顔で少し禿げ上がったおでこを叩く。
「はは。カルロさんには敵いませんなあ。さすが、お強い」
勝負をして相手を恨むことなど、もはやない。
「いやいや。ヴィットーリオさんは覚えたばかりなのに上達が早いですよ」
ヴィットーリオにチェスを教えて欲しいと請われ、丁寧に教えたのはこの老人だった。
二人の背後に、強面の男が近付いてきた。
「パパ、風が出てきたよ」
長い黒髪には緩やかなウエーブ。潮風に煽られた髪を押さえる。
その指にも金色のリングが光っていた。大の男がそっと老父の肩に手を置く。
「そろそろ中に入ろう? 風邪が治ったばかりなんだから」
顎鬚を持つ男を見上げ、パパと呼ばれた老父は目許を更にしわくちゃにする。
安心させるように、肩に置かれた手に老いた手を重ねる。
「ありがとう、大丈夫だよ。全く心配性だねえ、お前は」
電子音が鳴る。男が「すみません」と言って携帯を取り出し、
話しながら離れたところへ歩き出す。小さく聞こえてくるのは悪態。
そのドスの効いた声は、先程まで父親に見せていた優しさの欠片もない。
まるでマフィアのようだった。カルロは茶飲み仲間に詫びる。
「すみません、あれは血の気の多い子で」
ヴィットーリオはもう慣れたもので、気にしていないと微笑む。
電話が終わると、たたたと父親の所へ戻ってくる。父親は息子を見上げた。
「行くのかい?」
「うん。ごめん、ちょっと今日は帰れないみたいだ」
「おや。残念だね。今日は久し振りに家族揃ったから、
晩ご飯はお前の好きなペペロンチーノを作るとママが言っていたのに」
「本当? ああ…なんてことだ、ママのペペロンチーノが食べられないなんて」
まるでこの世の終わりのような嘆き方で、父親の腕を掴む。
「どうしよう、またママに怒られちゃう。
ねえパパ、ママにもごめんって言っておいてくれる?」
「ああ。儂が代わりに怒られておくよ」
「ごめんね。あ、それから、これから外は冷えるから早く家の中に入ってね」
「解ったよ。それじゃ、気を付けて」
父親は息子の手を取り、優しくキスをした。
その夜。ヴィットーリオ・ヴィスコンティ邸。
滞在時にアルフレッドが使う部屋は広く、かなり派手だった。
ベッドは昔の映画で見るようなキングサイズの天蓋付き。
白のレースカーテンが柱に巻かれている。
王様みたいでなんかイイだろ、とアルフレッド本人が買ったものだ。
アルフレッドは大の字で寝そべっている。
弟は傍の壁に凭れていた。その壁紙もやたら派手な模様が付いている。
ユウタは別室のゲストルームに居た。携帯電話で姉に今日の自慢をしている頃、
ヴィスコンティ兄弟も今日の出来事を話していた。
二人がゆっくり話をするのは久し振りだった。
兄は祖父に一杯食わされたことを悔しがっていた。
「ったく、食えないジジイだぜ、なあ?」
「ううん。僕は知ってたから」
「はああ!?」
「おじーちゃんに、アルフレッドには言うなよ、って」
「言えよ! なんで俺に教えないんだよ!」
メガネの奥の目は細くなる。
「ダマされる方がワルイ」
イタリアでは常識となっている言葉を吐き付けられて、兄が詰まる。
弟は年齢より遙かに大人びた微笑を見せた。
「イイじゃん。だから、聖アルフォンソ学院に行けたんでしょ?」
兄は天井を見上げる。学院でできた友達の顔が次々と浮かんでくる。
あいつらとは学院に行かなければ出会えなかった。
それを考えると、じいさんにダマされてもおつりが来る。
「…ん、まあ、そうだな」
今回は友達を一人連れて来ていたことを思い出す。
「あ、お前等は今日楽しかったか? 面白いヤツだろ、ユウタって」
「ん、面白かったけどさ…レッドって呼ばせてるんだね、彼に」
「え? ああ。てゆうか、みんなに」
「あっそ」頭の後ろで手を組む。
「ねえ。なんで、ユウタ、連れて来たの?」
「友達連れて来ちゃいけないのかよ?」
「いけないよ、あんなピュアな人…レッド兄はああいう弟が欲しかったわけ?」
「何言ってんだよ、お前」
トニーは壁から身を起こし、テラスの方へ歩き出す。
まだ成長過程の背中は小さい。
「僕みたいなマセガキが弟で悪かったね。
僕はレッド兄みたいになりたくて子役になったのに…」
「おい、トニー。落ち着…」
弟はクルリと振り向く。
「なーんちゃって」
舌を出して、あっかんべーをする。
「…おい、まさか今の」
見えないシルクハットをクルクルと降ろして、礼をする。
「トニー君劇場にご来場ありがとうございましたー」
「この…」
カラカラと天才子役が笑っている。
「はー。ねえ、レッド兄の友達って、みんなレッド兄みたいな人ばっかなの?」
「どーゆーイミだ、それ」
「なんにも計算してない人だってこと。ズルイよ、演技なしで可愛いなんて。
今度、ああいう役が来たら、モデルにしよっかなって思ったよ」
トニーは眼鏡を外し、放るように棚の上に置いた。
兄は驚かず、はあ、と息を吐く。
「お前は相変わらず、口悪いなー。
そういや、そのメガネどーしたんだ? 目悪くなったのか?」
「度は入ってないよ。外歩く時は最近してるんだ、コレ。
メガネ掛けてる方がウケがイイかな、って思ってさ」
人差し指と親指でメガネのフレームを弾く。コツン、と音が鳴った。
「お前は…ユウタの前でも猫被ってたし…俺の友達にまで良い顔する必要ねーじゃん?」
「だって、彼、僕のファンだっていうし。ファンの前で悪い顔してどーすんの」
カメラの前では自然に笑顔になってる。
可愛いトニー君を演じるのには、もう慣れた。
息を吸うように演技できている。
女優の母と元天才子役の兄を持つ弟。世間は僕をサラブレットだと見てる。
奔放な少年役で評価される兄に対抗するには、
彼が唯一できなかったインテリ役の演技で挑むしかない。
お前ならできる、と弟は父に言われていた。
天才少年役なら、アルフレッド・ヴィスコンティを超えられると。
ヴィスコンティ家の末弟にとって、三番目の兄は、兄弟の中で最も親しい存在、
素顔を晒せる家族であり、また生涯のライバルだった。
「ったく、お前の本性をファンが知ったらビックリすんだろうなー」
「大丈夫。僕はそんなヘマはしないよ。
カメラの前ではちゃんと『可愛いトニー君』してるから」
兄は唇を噛む。弟がかつての自分と同じ道を辿ろうとしている。
ファンの期待を裏切ってはいけないと思いながら、
重過ぎる鎖を断ち切りたくてもがいていた自分。
もう子どもではないのに、世間は子どもであるアルフレッドを求めていた。
「なあ、トニー。そういうのは後で疲れるぞ。役者が演じるのは役だ。自分じゃない」
弟は何も言わず、普段は開きっ放しのレースカーテンに触れた。
布を閉じている紐を解き、ひとつひとつカーテンを閉めていく。
「何してんだ?」
「せっかくカーテン付いてんだからさ、偶には使ってあげなよ。
レッド兄、このカーテン、使ってたの最初だけじゃん」
「いちいち開けたり閉めたりすんの面倒だろ」
「レッド兄が買ったんでしょ、これ」
全てのカーテンを閉め、トニーは内側に入る。
閉ざされた空間は、外の世界より薄暗くなってしまう。
兄は弟の行動の意図が読めなかった。
外界から薄いレースで遮断された空間。
弟はゆっくりとベッドに乗った。傍へ来て、兄を見下ろす姿勢を取る。
そのまま暫く兄を見つめていた。兄は首を傾げる。
「なんだ、お前? プロレスごっこでもしたいのか?」
「バカ兄貴」
「お前まで俺をバカ扱いすんな!」
「イメトレだよ。こういうシーンも、いつか撮るかもしれないでしょ?」
弟の笑顔が兄の眼前に迫る。ぴしっ、と弟のおでこを叩く。
「バーカ。お前にはまだ早いよ」
「レッド兄よりは、僕の方が早く来ると思うけどなー。
お兄さんよりトニー君の方が大人っぽいね、ってよく言われるしー」
「ちょっと見ない間に、またマセたな、お前」
末弟は三番目の兄を軽く睨む。声が少し低くなった。
「どうせなら、大人になったって言ってくれない?
てゆうか、レッド兄にそーゆーこと言われんの、ショックなんだけど?」
トニー・ヴィスコンティが家族にしか見せない素顔。
カメラの前では絶対に晒さないカオだ。
「マセない子役なんて居ないよ。レッド兄だってそうだったんでしょ?」
「まあな。お前ほどじゃねーけどな」
役柄では純真な子どもを演じていても子役本人はそうではない。
それはアルフレッドも同じだ。
大人に混ざって仕事をするうち、大人の考えを吸収し、
普通の子どもより内面が大人になるにも関わらず、
カメラを向けられた時は、普通の子どもより子どものカオを求められる。
自分の外側が売れる度、内側はどんどん擦れて、息が詰まりそうな時期があった。
今、弟はその時期に居る。
「大人ってさ、僕達のこと、子どもだと思ってるみたいだけど、
僕達は自分のこと、子どもなんて思ってないのに。
自分が子どもだった頃の感情忘れてるヤツに、
『そこはもっと子どもらしい演技で』とか言われてさ。大人の方がよっぽどバカだよねー」
軽く笑って、ばたりと隣に寝そべった。
兄は弟の肢体を眺めた。背が着実に伸びている。
ここ数年は特に、見る度に大人になっていく。
肢体も着実に子どもから大人へと変わっていくのが見て取れた。
学院に入学してからは、テレビ画面を通して弟を見ることが多くなったが。
作品を重ねるごとに演技力を身に付けているのが解った。
「なーんか、お前の方が大変そうだな、俺の時よりも。
何なら、お前も13歳になったらアルフォンソ学院に来るか?」
「どうかなー。結構先までスケジュール埋まってるしー。
映画に出ると続編も決まっちゃうし。父さんにはダメって言われそうだしなー」
「すっげーイイとこだそ、あの学院は」
「…アルフォンソ王の劇してるレッド兄、楽しそうだったね」
「そりゃそーさ! あいつらと芝居できたんだからな!」
「でもさ、アドリブ多過ぎじゃない?」
「舞台にトラブルは付き物さ」
「うわ、おじーちゃんみたい。おんなじガッコ行って、似てきたんじゃないの?」
「あんな食えないジジイと一緒にされたくないねっ」
兄の子どもっぽさに、弟が笑う。それは演技ではない笑顔だった。
組んだ足をリズム良く振る。
「ま。学院に行くのもありカモねー」
「そうだ。学院でさ、お前の最新作見たぜ? ホームドラマの」
「ああ、ユウタからも聞いたよ。一緒に見たんだってね」
「アレ、すっげー良かったな!」
嬉しそうな笑顔を向けられて、弟の声が小さくなる。
「そう、かな?」
「メディアとかにはさ、ラストのお涙シーンが最高なんて言われてっけど、
俺に言わせれば、お前の登場シーンだね。
実の父親を前にして、でも、お父さんって言えない時の表情が一番良かった!」
トニーは寝返りを打ち、こちらを向く。
「…ほ、ほんと?」
「ああ。俺はあんなデリケートな演技したことねえし。お前、俺に似て天才!」
弟の表情が微かに柔らかくなった。
「ありがと。僕も、そこが一番気を付けたシーンなんだ」
「そうだろ、そうだろー? やっぱなー!」
嬉しそうに弟の首に腕を回す。別に誰も聞いてないのに耳許で囁いた。
「見る目のない奴等の言うことなんか気にすんなよ。お前は天才なんだから。
お前の演技力は俺が解ってる。なんたって俺の弟だもんな!」
「それ、褒めてるの、僕じゃなくて自分じゃん」
「どっちでもおんなじさ。んじゃ、そろそろ寝ようぜー。お前も部屋戻んな?」
兄は大欠伸をする。弟は身体を起こしていなかった。
「おーい、トニー?」
「やだ」
トニーは、両手をベッドに広げる。
「僕、今日は疲れたから動けないー。ココで寝るー」
「…なんだ、お前。都合良い時だけ子どもみたいなこと言いやがって」
「イイでしょ、バカでかいベッドなんだから。レッド兄がもっとそっち行ってよ」
「おい、押すなよ。てか、毛布を取んな!」
「早く電気消してよ。でも完全に暗いのはダメだからね。んじゃー、おやすみっ」
fin
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