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■マジプリの愉快な仲間達
■ハルヤのクリスマスイベントベース
聖夜。ロレート公国。
窓の外では星達がきらきらと瞬いている。
一日の執務が終わった王は就寝の時間だった。
「…いけません、陛下。今宵はっ」
「イブ、だろう?」
王の寝台では今夜も押し問答が始まっていた。
国主に組み敷かれた臣下は抵抗を試みる。
「我がロレートは、キリスト教ではございません」
「宗教に関わらず、世界中が聖夜を口実に使っているさ」
臣下の赤い襟に手を伸ばした。慣れた様子で留め金を外す。
くすんだ緑翠の瞳が主を見上げる。なんとか諭そうと言葉を続ける。
「ですが…明日は大切な式典が」
晒された臣下の首筋に、主が顔を埋める。
「構わん。今はクリスマスディナーを頂く方が先決だ」
王の長い髪に鎖骨をくすぐられた。臣下は息を呑み、柳眉を歪める。
「…お食事は、お済みの筈ですが」
「では食後の美酒ということで」
王に慣らされた身体は嫌でもすぐに熱くなる。
既に額にはうっすらと汗が滲んでいる。
臣下は壊れそうな理性を必死で繋ぎ止める。
「陛下っ、偶には、私の言うことも聞いて下さい」
くくと漏れる忍び笑い。吐息が臣下の肌に直接伝わる。
主の舌先が耳の傍を上がっていく。
「その無駄な抵抗が余計にそそるな。わざと歯向かっているのか、ラル」
「違います…私は陛下の側近として、心からのお願いを…っあ」
耳たぶを愛撫されて、耐え切れず声が漏れた。
王は不敵に笑い、白い耳に囁いた。
「では全面的に却下しよう。俺は喉が渇いてる」
聖アルフォンソ島 クリスマスの朝。
今日も鳥達が一日の始まりを告げている。
ウーティス寮の一室で、ブルーのカーテンが開かれる。
「アンリ、そろそろ起きなさい?」
部屋に朝の光が差し込む。その眩しさに生徒は光に背を向ける。
毛布からは何も纏っていない白い肩が覗く。
カーテンを手にしている講師は苦笑する。
「今日はパーティの準備で朝から忙しいんだろう?」
「んん…」
低血圧な生徒は気だるげに呻くだけで、起きようとしない。
この生徒にとっては、一日の中で最も反応の鈍い時間帯だった。
「アンリは、いつもの方法で起こして欲しいのかな?」
渋々、寝起きの悪い目が開く。
生徒の前で身を屈めていたのは神秘学の特別講師だった。
生徒の瞳に、部屋の様子が映る。
テーブルの上には一本のボトル。
そう言えば、と数時間前の記憶が遅い速度で甦る。
昨夜は彼がシャンパーニュを片手に訪ねて来た。
それを飲みながら、少し神秘学の話をして。
確か、聖夜に纏わる話題だったと思うけれど、
話の内容は余り覚えていなかった。
オーギュストは既にきちんと衣服を身に付けている。
すぐにでも外に出られる格好だ。
目を擦りながら、彼の背景に少し異変を感じた。
机上にある写真立ての位置が、いつもと少しずれて見えた。
しかし、瞼が重くて再び目を閉じる。
「アンリ、もう起きないといけない時刻だよ?」
「…誰の、せいで、眠いと思っているの?」
寝返りを打つと、すぐ傍でクシャと音がした。
毛布と何かが擦れたらしい。
薄くしか開かない目で見慣れない物を睨む。
「なんなの…」
綺麗にラッピングされた箱。赤のリボンが結ばれていた。
講師は穏やかな笑顔で話す。
「明け方、サンタさんが置いていった物だよ。
今年も良い子だったアンリに、って」
リボンにはメッセージカードが挟まっている。
Joyeux Noel ジュワイユ・ノエル。フランス語の『メリークリスマス』だ。
少々クセのある筆記体。それは、毎週、黒板で見るものと酷似していた。
生徒が掠れる声で毒づく。
「変わったサンタクロースだね。僕が良い子に見えるなんて」
講師は生徒の髪に指を入れる。少し乱れた線を優しく梳いた。
「アンリは良い子だよ。担当教諭が言うのだから間違いないと思うな」
生徒は横たわったまま、肩を竦める。
「間違いを犯している教諭に言われてもね」
クリスマス当夜。
聖アルフォンソ学院 クリスマスパーティ会場。
既に各寮の生徒達が大勢集まっている。
こうして3つの寮が揃ってパーティを行うことは極めて珍しいことだった。
立食式のメニューが色鮮やかに並んでいる。
今宵の料理は3人のシェフそれぞれの得意分野による競演。
ウーティス寮シェフは高級フレンチ、アルファルド寮シェフはエスニックとイタリアン、
シュヌーシア寮シェフは世界の家庭料理と世界のクリスマスメニューが勢揃いしている。
生徒達は他の寮の味に興味津々だった。
どの皿も盛況のようで、ほぼ均等に無くなっていく。
シェフ達は食べ盛りの青年達に負けないよう、新しい皿をせっせと運んでいた。
催し物には不参加することが多いアルファルド寮の生徒達の姿もある。
囲まれているアルファルドの生徒が一人居た。
小麦の肌に長い金髪。肩には大型の鳥。
頭にトナカイの角を付けたオウムが高らかにクリスマスソングを歌っていた。
「マッカな オハナのー、トナカイサンはー♪」
この日に合わせて覚えた新曲だった。
ところどころ音程はあやしいものの、見事にワンコーラスを歌い切った。
生徒達から大きな拍手を受けて、オウムは「アリガトー!」と得意げに翼を挙げる。
気を良くしたらしいオウムは続けて次の曲を披露する。
「ジングーベー、ジングーベー♪」
「へー。人気あんじゃん、あのボーカル。俺達のライバル出現だな!」
デッドプリンスのギター兼ボーカルが笑う。
今宵のパーティでは各寮を代表するバンドが曲を披露することになっていた。
ウーティスの代表はもちろん、デッドプリンスだ。
アルフレッドは本番前でも緊張した素振りは微塵も見せない。
むしろ、いつもより元気がみなぎっているようだった。
隣には熱烈なファン。
「ねえ、レッド。今日は何歌ってくれるの?」
ユウタはライブが待ち切れない様子だ。
「俺達の曲のクリスマスバージョンと、今夜の為に作った新曲もあるぜ?」
「本当! 楽しみだなー!」
「そういや、うちのドラマーは何処行った?」
ギターの問いに、ベースが答える。
「シルヴァンなら飲み物を持ってくるって、どっか行ったけど?」
ハルヤは手に皿を持っていた。アボカドとマグロのサラダだ。
日本人の味覚に付いていけないアルフレッドは嫌な顔をする。
「お前、また生魚食ってんのかよ」
「だって、本番前に食べておかないと、なくなっちゃいそうじゃん?」
ハルヤはそこで、はあ、と溜め息を漏らした。
「でもさ、なんか緊張しちゃって食欲ないんだよね。
シュヌーシアの料理、美味しかったから、もっと食べたいんだけど」
「いや、めちゃくちゃ食ってるし。てゆうか、さっきから食ってばっかだし」
一人早食い大会の如く、空の皿が積み重なっていた。
離れたテーブルでは、シルヴァンが白ワインに口付けていた。
周囲には友人を連れていない。日頃、陽気な彼にしては晴れない表情をしていた。
「シルヴァン?」
近付いて来た柔らかな声に振り向く。
心配そうな顔をしているのは今年度の生徒代表だった。
「どうしたんだい? あまり楽しんでいないようだね?」
「ああ、いえ。楽し過ぎて、ちょっと…」
大きなクリスマスツリーを見上げる。カラフルなライトが目映く輝いている。
「今宵が、皆さんと過ごせる最後のクリスマスなんだなと思ってしまって」
「そう、だね」
ジョシュアもツリーを見つめた。あれはもみの木ではなかった。
生徒達の希望で、学院のシンボルである月桂樹に飾り付けたものだった。
ジョシュアはこの学院に来て6年目になるが、
輝く月桂樹を見たのは今夜が最初であり、おそらく、最後になる。
シルヴァンは長い髪を耳に掛ける。
ツリーのライトを浴びて、キラリとピアスが光った。
「すみません。らしくなかったですよね、僕」
ジョシュアは、何も言葉を返せなかった。
ただ、目の前にある光景を一緒に見つめていた。
彼の気持ちが痛い程、伝わってきて。喉の所が苦しかった。
「シルヴァーン! 俺達、もうすぐ出番だぜー!」
遠くからよく通る声。アルフレッドが手を振っている。
傍では皿を持ったハルヤが何か口に運んでいた。
シルヴァンは笑顔で手を振り返す。
「はーい! 今行きまーす!」
残っていた白ワインを飲み干す。
「じゃ、僕、ちょっと歌って来ますね?」
グラスを置くと、もう普段の笑顔に戻っていた。
「ジョシュアも僕達のクリスマスライブ楽しんで下さい」
「うん。皆で聞いているよ」
同じ学年の友人がステージに向かう。
その背中を生徒代表はぼんやり眺めていた。
「ジョシュアー!」
跳ねるような明るい声。
ユウタがアンリの手を引いて駆け寄って来た。
今年入ったばかりの高等部一年生。
今宵のパーティの開催が決まったのは彼一人のおかげだとジョシュアは感じていた。
ユウタがミハイルやエンジュと仲良くなるにつれ、各寮の交流が広がった。
今までにない流れが、学院に生まれつつある。
これから学院は徐々に変わっていくだろう。
自分にはその様子を見届ける時間が残されていないけれど。
ユウタに腕を引かれる。
「もうすぐライブ始まるって。一緒に最前列で見ようよ!」
ユウタは右手にアンリ、左手にジョシュアの手を繋いだ。
同時刻、地中海最大の島シチリア。
イタリアはこの日、店も交通機関も休みとなる。
国中が大好きな家族と一緒にクリスマスを過ごすからだ。
家でパネトーネと呼ばれる伝統的なパンを食べるのが慣例だった。
シュトレンのイタリア版とも言えるだろうか。
パネトーネはドーム型で柔らかいパンだ。
中にはオレンジピール、レーズンなどのドライフルーツが入っている。
最凶のシチリアンマフィア、マンゾーニ家でも、
クリスマスパーティの真っ最中だった。
「やはり、ママのパネトーネは最高じゃな」
老父は愛妻お手製のパンをむしゃむしゃとほうばっている。
この日ばかりはどんな仕事も放棄して、家族との時間を過ごしていた。
息子が最愛の両親にプレゼントを渡す。
「パパ、ママ。Buon Natale ブォン・ナターレ(メリークリスマス)!」
「おや。プレゼントかい?」
「うん。開けて開けて」
顎鬚を蓄えた長身の男が、わくわくと急かす。
中から出てきたのは、ダイヤを散りばめた豪華な指輪。
息子は自分の手の甲を両親に向けた。
「俺とパパとママとお揃いなんだよ?」
父親は目を細め、息子を抱き寄せた。
「ああ、ディーノ。お前はなんて可愛い息子なんだろう」
親子3人はひしと抱き合った。
同時刻、メネシス城、とご近所に言われる豪華な建築物。
ギリシャ内でも有数の資産家が溢れる財産で建てたものだ。
海運王の住む城でも今宵はクリスマスパーティ。
親戚や関係者に加え、個人的に呼び寄せた有名人など、大勢招いた盛大な催しだった。
開始時刻が迫り、城内は何かと慌ただしい足音があちらこちらで聞こえた。
メネシスの次期当主は一人で自室に居た。
一人部屋にしてはかなり広過ぎるくらいだった。
隅にクリスマスツリーとその下にプレゼントらしい小さな箱がある。
部屋の主は机に向い、何か読んでいた。
開かれたページには、3年前の今日の日付。
ささやかで幸福な日常が綴られていた日記帳だった。
他には誰も居ない部屋で、次期当主が呟く。
「今宵はシュヌーシア寮でもパーティをしているのだろうねえ」
膝の上にはぬいぐるみが乗っていた。
頭にサンタの帽子を被ったシャチ。黒い背中を撫でながら微笑む。
「今宵がクリスマスだと気付いているのかなあ。
忘れていそうだと思わないかい、エオル?」
真っ直ぐに見上げてくる黒目。
会えない友人と良く似た眼差しだった。
コンコン、とドアがノックされた。どうぞ、と答える。
現れたのはテオ専属の執事。年は30代半ばとまだ若い。
「こちらでしたか、テオ様」
長いストレートの金髪を高いところでひとつに結わえている。
眼鏡のフレームに長い横髪が少し掛かっていた。
彼はメネシスの使用人の息子。幼い頃から共に育ってきた。
テオが兄のように慕う存在で、気のおけない主従関係だった。
18歳になる主人は、日記帳を閉じる。
「ああ、すまない。もうパーティの始まる時間なのだね?」
執事はそれについては何も言わず、主人の手元と表情を覗った。
「テオ様? お顔の色が良くないように見えますが」
「ん? そうかい?」
学生時代は健康的な丸みを帯びた頬をしていたが、
この頃では少し身体が引き締まり、大人びて見えた。
「もし、ご気分が優れないのでしたら」
「心配要らないよ。少し寝不足なだけだと思うから」
若い執事は、主人の元気を取り戻す術を心得ていた。
「テオ様、先程、お姉様がご到着されましたよ?」
次期当主の笑顔がぱあっと輝く。
「もう着いたのかい!」
「ええ。既にホールでテオ様をお待ちかと」
「では急いで向かわなくては!」
慌てて部屋を出ようとする主人を執事が呼び止める。
「テオ様、お姉様にクリスマスプレゼントがあるのでしょう?」
次期当主の動きが止まり、くるりと部屋に戻ってくる。
「おっと、いけない。そうだった、そうだった」
ツリーの下に置いてあったプレゼントを手に取る。中身は宝石箱だった。
箱の中には緑の宝石をあしらったネックレスも添えている。
蓋を開けるとオルゴールが流れる。それは姉が愛していた曲。
テオが心を込めて考えた、姉へのクリスマスプレゼントだった。
「このプレゼント、姉上に喜んで貰えるかな」
「テオ様がご用意されたものですから、きっと」
若い執事は主人の肩に優しく手を置く。テオと似た笑顔になる。
「大丈夫だよ、テオ。お前の姉さんが喜ばないわけないだろ?」
打ち解けた言葉は子供の頃と同じものだった。
主人は太陽の笑顔で頷く。
「そうだね。私の姉上だもの。喜んでくれるよね!」
あねうえー! と叫びながら、箱を抱えて駆け出した。
fin
■ハルヤのクリスマスイベントベース
聖夜。ロレート公国。
窓の外では星達がきらきらと瞬いている。
一日の執務が終わった王は就寝の時間だった。
「…いけません、陛下。今宵はっ」
「イブ、だろう?」
王の寝台では今夜も押し問答が始まっていた。
国主に組み敷かれた臣下は抵抗を試みる。
「我がロレートは、キリスト教ではございません」
「宗教に関わらず、世界中が聖夜を口実に使っているさ」
臣下の赤い襟に手を伸ばした。慣れた様子で留め金を外す。
くすんだ緑翠の瞳が主を見上げる。なんとか諭そうと言葉を続ける。
「ですが…明日は大切な式典が」
晒された臣下の首筋に、主が顔を埋める。
「構わん。今はクリスマスディナーを頂く方が先決だ」
王の長い髪に鎖骨をくすぐられた。臣下は息を呑み、柳眉を歪める。
「…お食事は、お済みの筈ですが」
「では食後の美酒ということで」
王に慣らされた身体は嫌でもすぐに熱くなる。
既に額にはうっすらと汗が滲んでいる。
臣下は壊れそうな理性を必死で繋ぎ止める。
「陛下っ、偶には、私の言うことも聞いて下さい」
くくと漏れる忍び笑い。吐息が臣下の肌に直接伝わる。
主の舌先が耳の傍を上がっていく。
「その無駄な抵抗が余計にそそるな。わざと歯向かっているのか、ラル」
「違います…私は陛下の側近として、心からのお願いを…っあ」
耳たぶを愛撫されて、耐え切れず声が漏れた。
王は不敵に笑い、白い耳に囁いた。
「では全面的に却下しよう。俺は喉が渇いてる」
聖アルフォンソ島 クリスマスの朝。
今日も鳥達が一日の始まりを告げている。
ウーティス寮の一室で、ブルーのカーテンが開かれる。
「アンリ、そろそろ起きなさい?」
部屋に朝の光が差し込む。その眩しさに生徒は光に背を向ける。
毛布からは何も纏っていない白い肩が覗く。
カーテンを手にしている講師は苦笑する。
「今日はパーティの準備で朝から忙しいんだろう?」
「んん…」
低血圧な生徒は気だるげに呻くだけで、起きようとしない。
この生徒にとっては、一日の中で最も反応の鈍い時間帯だった。
「アンリは、いつもの方法で起こして欲しいのかな?」
渋々、寝起きの悪い目が開く。
生徒の前で身を屈めていたのは神秘学の特別講師だった。
生徒の瞳に、部屋の様子が映る。
テーブルの上には一本のボトル。
そう言えば、と数時間前の記憶が遅い速度で甦る。
昨夜は彼がシャンパーニュを片手に訪ねて来た。
それを飲みながら、少し神秘学の話をして。
確か、聖夜に纏わる話題だったと思うけれど、
話の内容は余り覚えていなかった。
オーギュストは既にきちんと衣服を身に付けている。
すぐにでも外に出られる格好だ。
目を擦りながら、彼の背景に少し異変を感じた。
机上にある写真立ての位置が、いつもと少しずれて見えた。
しかし、瞼が重くて再び目を閉じる。
「アンリ、もう起きないといけない時刻だよ?」
「…誰の、せいで、眠いと思っているの?」
寝返りを打つと、すぐ傍でクシャと音がした。
毛布と何かが擦れたらしい。
薄くしか開かない目で見慣れない物を睨む。
「なんなの…」
綺麗にラッピングされた箱。赤のリボンが結ばれていた。
講師は穏やかな笑顔で話す。
「明け方、サンタさんが置いていった物だよ。
今年も良い子だったアンリに、って」
リボンにはメッセージカードが挟まっている。
Joyeux Noel ジュワイユ・ノエル。フランス語の『メリークリスマス』だ。
少々クセのある筆記体。それは、毎週、黒板で見るものと酷似していた。
生徒が掠れる声で毒づく。
「変わったサンタクロースだね。僕が良い子に見えるなんて」
講師は生徒の髪に指を入れる。少し乱れた線を優しく梳いた。
「アンリは良い子だよ。担当教諭が言うのだから間違いないと思うな」
生徒は横たわったまま、肩を竦める。
「間違いを犯している教諭に言われてもね」
クリスマス当夜。
聖アルフォンソ学院 クリスマスパーティ会場。
既に各寮の生徒達が大勢集まっている。
こうして3つの寮が揃ってパーティを行うことは極めて珍しいことだった。
立食式のメニューが色鮮やかに並んでいる。
今宵の料理は3人のシェフそれぞれの得意分野による競演。
ウーティス寮シェフは高級フレンチ、アルファルド寮シェフはエスニックとイタリアン、
シュヌーシア寮シェフは世界の家庭料理と世界のクリスマスメニューが勢揃いしている。
生徒達は他の寮の味に興味津々だった。
どの皿も盛況のようで、ほぼ均等に無くなっていく。
シェフ達は食べ盛りの青年達に負けないよう、新しい皿をせっせと運んでいた。
催し物には不参加することが多いアルファルド寮の生徒達の姿もある。
囲まれているアルファルドの生徒が一人居た。
小麦の肌に長い金髪。肩には大型の鳥。
頭にトナカイの角を付けたオウムが高らかにクリスマスソングを歌っていた。
「マッカな オハナのー、トナカイサンはー♪」
この日に合わせて覚えた新曲だった。
ところどころ音程はあやしいものの、見事にワンコーラスを歌い切った。
生徒達から大きな拍手を受けて、オウムは「アリガトー!」と得意げに翼を挙げる。
気を良くしたらしいオウムは続けて次の曲を披露する。
「ジングーベー、ジングーベー♪」
「へー。人気あんじゃん、あのボーカル。俺達のライバル出現だな!」
デッドプリンスのギター兼ボーカルが笑う。
今宵のパーティでは各寮を代表するバンドが曲を披露することになっていた。
ウーティスの代表はもちろん、デッドプリンスだ。
アルフレッドは本番前でも緊張した素振りは微塵も見せない。
むしろ、いつもより元気がみなぎっているようだった。
隣には熱烈なファン。
「ねえ、レッド。今日は何歌ってくれるの?」
ユウタはライブが待ち切れない様子だ。
「俺達の曲のクリスマスバージョンと、今夜の為に作った新曲もあるぜ?」
「本当! 楽しみだなー!」
「そういや、うちのドラマーは何処行った?」
ギターの問いに、ベースが答える。
「シルヴァンなら飲み物を持ってくるって、どっか行ったけど?」
ハルヤは手に皿を持っていた。アボカドとマグロのサラダだ。
日本人の味覚に付いていけないアルフレッドは嫌な顔をする。
「お前、また生魚食ってんのかよ」
「だって、本番前に食べておかないと、なくなっちゃいそうじゃん?」
ハルヤはそこで、はあ、と溜め息を漏らした。
「でもさ、なんか緊張しちゃって食欲ないんだよね。
シュヌーシアの料理、美味しかったから、もっと食べたいんだけど」
「いや、めちゃくちゃ食ってるし。てゆうか、さっきから食ってばっかだし」
一人早食い大会の如く、空の皿が積み重なっていた。
離れたテーブルでは、シルヴァンが白ワインに口付けていた。
周囲には友人を連れていない。日頃、陽気な彼にしては晴れない表情をしていた。
「シルヴァン?」
近付いて来た柔らかな声に振り向く。
心配そうな顔をしているのは今年度の生徒代表だった。
「どうしたんだい? あまり楽しんでいないようだね?」
「ああ、いえ。楽し過ぎて、ちょっと…」
大きなクリスマスツリーを見上げる。カラフルなライトが目映く輝いている。
「今宵が、皆さんと過ごせる最後のクリスマスなんだなと思ってしまって」
「そう、だね」
ジョシュアもツリーを見つめた。あれはもみの木ではなかった。
生徒達の希望で、学院のシンボルである月桂樹に飾り付けたものだった。
ジョシュアはこの学院に来て6年目になるが、
輝く月桂樹を見たのは今夜が最初であり、おそらく、最後になる。
シルヴァンは長い髪を耳に掛ける。
ツリーのライトを浴びて、キラリとピアスが光った。
「すみません。らしくなかったですよね、僕」
ジョシュアは、何も言葉を返せなかった。
ただ、目の前にある光景を一緒に見つめていた。
彼の気持ちが痛い程、伝わってきて。喉の所が苦しかった。
「シルヴァーン! 俺達、もうすぐ出番だぜー!」
遠くからよく通る声。アルフレッドが手を振っている。
傍では皿を持ったハルヤが何か口に運んでいた。
シルヴァンは笑顔で手を振り返す。
「はーい! 今行きまーす!」
残っていた白ワインを飲み干す。
「じゃ、僕、ちょっと歌って来ますね?」
グラスを置くと、もう普段の笑顔に戻っていた。
「ジョシュアも僕達のクリスマスライブ楽しんで下さい」
「うん。皆で聞いているよ」
同じ学年の友人がステージに向かう。
その背中を生徒代表はぼんやり眺めていた。
「ジョシュアー!」
跳ねるような明るい声。
ユウタがアンリの手を引いて駆け寄って来た。
今年入ったばかりの高等部一年生。
今宵のパーティの開催が決まったのは彼一人のおかげだとジョシュアは感じていた。
ユウタがミハイルやエンジュと仲良くなるにつれ、各寮の交流が広がった。
今までにない流れが、学院に生まれつつある。
これから学院は徐々に変わっていくだろう。
自分にはその様子を見届ける時間が残されていないけれど。
ユウタに腕を引かれる。
「もうすぐライブ始まるって。一緒に最前列で見ようよ!」
ユウタは右手にアンリ、左手にジョシュアの手を繋いだ。
同時刻、地中海最大の島シチリア。
イタリアはこの日、店も交通機関も休みとなる。
国中が大好きな家族と一緒にクリスマスを過ごすからだ。
家でパネトーネと呼ばれる伝統的なパンを食べるのが慣例だった。
シュトレンのイタリア版とも言えるだろうか。
パネトーネはドーム型で柔らかいパンだ。
中にはオレンジピール、レーズンなどのドライフルーツが入っている。
最凶のシチリアンマフィア、マンゾーニ家でも、
クリスマスパーティの真っ最中だった。
「やはり、ママのパネトーネは最高じゃな」
老父は愛妻お手製のパンをむしゃむしゃとほうばっている。
この日ばかりはどんな仕事も放棄して、家族との時間を過ごしていた。
息子が最愛の両親にプレゼントを渡す。
「パパ、ママ。Buon Natale ブォン・ナターレ(メリークリスマス)!」
「おや。プレゼントかい?」
「うん。開けて開けて」
顎鬚を蓄えた長身の男が、わくわくと急かす。
中から出てきたのは、ダイヤを散りばめた豪華な指輪。
息子は自分の手の甲を両親に向けた。
「俺とパパとママとお揃いなんだよ?」
父親は目を細め、息子を抱き寄せた。
「ああ、ディーノ。お前はなんて可愛い息子なんだろう」
親子3人はひしと抱き合った。
同時刻、メネシス城、とご近所に言われる豪華な建築物。
ギリシャ内でも有数の資産家が溢れる財産で建てたものだ。
海運王の住む城でも今宵はクリスマスパーティ。
親戚や関係者に加え、個人的に呼び寄せた有名人など、大勢招いた盛大な催しだった。
開始時刻が迫り、城内は何かと慌ただしい足音があちらこちらで聞こえた。
メネシスの次期当主は一人で自室に居た。
一人部屋にしてはかなり広過ぎるくらいだった。
隅にクリスマスツリーとその下にプレゼントらしい小さな箱がある。
部屋の主は机に向い、何か読んでいた。
開かれたページには、3年前の今日の日付。
ささやかで幸福な日常が綴られていた日記帳だった。
他には誰も居ない部屋で、次期当主が呟く。
「今宵はシュヌーシア寮でもパーティをしているのだろうねえ」
膝の上にはぬいぐるみが乗っていた。
頭にサンタの帽子を被ったシャチ。黒い背中を撫でながら微笑む。
「今宵がクリスマスだと気付いているのかなあ。
忘れていそうだと思わないかい、エオル?」
真っ直ぐに見上げてくる黒目。
会えない友人と良く似た眼差しだった。
コンコン、とドアがノックされた。どうぞ、と答える。
現れたのはテオ専属の執事。年は30代半ばとまだ若い。
「こちらでしたか、テオ様」
長いストレートの金髪を高いところでひとつに結わえている。
眼鏡のフレームに長い横髪が少し掛かっていた。
彼はメネシスの使用人の息子。幼い頃から共に育ってきた。
テオが兄のように慕う存在で、気のおけない主従関係だった。
18歳になる主人は、日記帳を閉じる。
「ああ、すまない。もうパーティの始まる時間なのだね?」
執事はそれについては何も言わず、主人の手元と表情を覗った。
「テオ様? お顔の色が良くないように見えますが」
「ん? そうかい?」
学生時代は健康的な丸みを帯びた頬をしていたが、
この頃では少し身体が引き締まり、大人びて見えた。
「もし、ご気分が優れないのでしたら」
「心配要らないよ。少し寝不足なだけだと思うから」
若い執事は、主人の元気を取り戻す術を心得ていた。
「テオ様、先程、お姉様がご到着されましたよ?」
次期当主の笑顔がぱあっと輝く。
「もう着いたのかい!」
「ええ。既にホールでテオ様をお待ちかと」
「では急いで向かわなくては!」
慌てて部屋を出ようとする主人を執事が呼び止める。
「テオ様、お姉様にクリスマスプレゼントがあるのでしょう?」
次期当主の動きが止まり、くるりと部屋に戻ってくる。
「おっと、いけない。そうだった、そうだった」
ツリーの下に置いてあったプレゼントを手に取る。中身は宝石箱だった。
箱の中には緑の宝石をあしらったネックレスも添えている。
蓋を開けるとオルゴールが流れる。それは姉が愛していた曲。
テオが心を込めて考えた、姉へのクリスマスプレゼントだった。
「このプレゼント、姉上に喜んで貰えるかな」
「テオ様がご用意されたものですから、きっと」
若い執事は主人の肩に優しく手を置く。テオと似た笑顔になる。
「大丈夫だよ、テオ。お前の姉さんが喜ばないわけないだろ?」
打ち解けた言葉は子供の頃と同じものだった。
主人は太陽の笑顔で頷く。
「そうだね。私の姉上だもの。喜んでくれるよね!」
あねうえー! と叫びながら、箱を抱えて駆け出した。
fin
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