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■卒業後のヤン・ハシェク
「あ。昨日って、クリスマスだったんだ。気付かなかったなあ」
カレンダーの前で、ぼりぼりと頭を掻く。灰色の髪には艶がない。
暫く散髪していない髪は、もう肩を越えている。
彼は大学院で数学を研究している。年は23。ここ連日、研究に没頭していた為、神の誕生日も忘れていた。
紺色のカーディガンの上に白衣を纏っている。
白衣はあちこちチョークの粉に塗れ、とてもじゃないが綺麗とは言えない。
此処は彼個人の研究室。書類やらメモやらで、足の踏み場がない程、散らかっていた。
ただ、書物だけはきちんと整頓されて本棚に収まっていた。
彼の名はヤン・ハシェクという。聖アルフォンソ学院の卒業生だ。
かつて生徒代表をも務めた数学の天才なのだが、
数学以外の能力は年々落ちているようだった。猫背が更に丸くなる。
「ケーキ、食べたかったな、いちごの」
ヤンはいちごが好きだった。味や色がどうというよりは、
フルーツの中では珍しい円錐という形が気に入っていた。
眼鏡を直しながら、カレンダーを眺める。
2日前の日付を見つめて、灰色の瞳が瞬く。
「あ。12月24日って、あったかそうな数字だなあ」
黒板の前に移動して、チョークを持つ。
その指は持つ前から粉が付着している。
黒板にも昨日書き散らした数式がまだ残っていた。
大雑把に黒板消しで拭き取る。消し跡が残る上に数字を書いた。
1、2、3、4、6、12と迷いなく綴る。
それをひとつの大きな丸で囲んだ。
黒板から2歩下がって、改めて眺める。
何か踏んでしまって、ビリと音がしたが、今のヤンには聞こえない。
「24は12の倍数だから、12の約数は全部24の約数だもんね」
丸で囲んだ数字を見つめ、穏やかに笑う。
12の全てを包み込む24。24という数字にヤンは包容力を感じてしまった。
「いいなあ、12は。なんだか24は12のマフラーみたい」
生き生きと灰色の瞳が輝いていく。
「それに、2つとも高度合成数だ。12が4番目で、24が5番目だよね」
高度合成数とは、その数未満の数と比べて、約数の個数が最も多いものを指す。
ヤンの笑顔は、クリスマスプレゼントを貰った子どものようだった。
「すごいや、さすが聖夜だなあ」
暫くぽーっとしていると電話が鳴った。
ヤンの肩がびくっと跳ねる。音はすれど本体が見えない。
紙が山積みで固定電話が埋もれてしまっていた。
持ち主さえ何の紙なのか解らない物を掻き分けて、やっと電話を発掘する。
受話器を耳に当てると、「よっ、ヤン」と耳に馴染む声がした。
卒業後も親交のある友人の声だ。ヤンの声が僅かに明るくなった。
「あ、エド? うん、元気、僕は。エドは? そっか、良かった」
寮は違うものの同じ学年だった友人。名前はエドガー・ラッセル。
明るい金髪が良く似合う、頼りになる人だ。彼とは長い付き合いになる。
在学時から、何かと危なっかしいヤンの世話を焼いてくれた。
ヤンは友人のことを学生時代と同じようにエドと呼んでいた。
「久し振りだね、エド。今日はどうしたの? うん。あ、メリークリスマスでした」
ヤンは受話器を持ったまま軽く頭を下げる。
そのせいで眼鏡がずり落ちた。
空いている手で掛け直すと、フレームがチョークの粉で汚れた。
それはヤンには見えていなかった。
「え? うん。忘れてたけど、さっき気付いたとこ。
あっ、そうだ。イブってね、いい日だったんだよ。12、24って。あのね」
ちょっと待った、という友人の声に止められる。
今、そっち行くから待ってろと言われた。
エドガーは携帯電話で話していて、すぐそこまで来ているらしい。
手土産の内容を聞いてヤンは瞳を大きくした。
「ほ、ほんと? あの、それ、いちご乗ってるかな?」
fin
「あ。昨日って、クリスマスだったんだ。気付かなかったなあ」
カレンダーの前で、ぼりぼりと頭を掻く。灰色の髪には艶がない。
暫く散髪していない髪は、もう肩を越えている。
彼は大学院で数学を研究している。年は23。ここ連日、研究に没頭していた為、神の誕生日も忘れていた。
紺色のカーディガンの上に白衣を纏っている。
白衣はあちこちチョークの粉に塗れ、とてもじゃないが綺麗とは言えない。
此処は彼個人の研究室。書類やらメモやらで、足の踏み場がない程、散らかっていた。
ただ、書物だけはきちんと整頓されて本棚に収まっていた。
彼の名はヤン・ハシェクという。聖アルフォンソ学院の卒業生だ。
かつて生徒代表をも務めた数学の天才なのだが、
数学以外の能力は年々落ちているようだった。猫背が更に丸くなる。
「ケーキ、食べたかったな、いちごの」
ヤンはいちごが好きだった。味や色がどうというよりは、
フルーツの中では珍しい円錐という形が気に入っていた。
眼鏡を直しながら、カレンダーを眺める。
2日前の日付を見つめて、灰色の瞳が瞬く。
「あ。12月24日って、あったかそうな数字だなあ」
黒板の前に移動して、チョークを持つ。
その指は持つ前から粉が付着している。
黒板にも昨日書き散らした数式がまだ残っていた。
大雑把に黒板消しで拭き取る。消し跡が残る上に数字を書いた。
1、2、3、4、6、12と迷いなく綴る。
それをひとつの大きな丸で囲んだ。
黒板から2歩下がって、改めて眺める。
何か踏んでしまって、ビリと音がしたが、今のヤンには聞こえない。
「24は12の倍数だから、12の約数は全部24の約数だもんね」
丸で囲んだ数字を見つめ、穏やかに笑う。
12の全てを包み込む24。24という数字にヤンは包容力を感じてしまった。
「いいなあ、12は。なんだか24は12のマフラーみたい」
生き生きと灰色の瞳が輝いていく。
「それに、2つとも高度合成数だ。12が4番目で、24が5番目だよね」
高度合成数とは、その数未満の数と比べて、約数の個数が最も多いものを指す。
ヤンの笑顔は、クリスマスプレゼントを貰った子どものようだった。
「すごいや、さすが聖夜だなあ」
暫くぽーっとしていると電話が鳴った。
ヤンの肩がびくっと跳ねる。音はすれど本体が見えない。
紙が山積みで固定電話が埋もれてしまっていた。
持ち主さえ何の紙なのか解らない物を掻き分けて、やっと電話を発掘する。
受話器を耳に当てると、「よっ、ヤン」と耳に馴染む声がした。
卒業後も親交のある友人の声だ。ヤンの声が僅かに明るくなった。
「あ、エド? うん、元気、僕は。エドは? そっか、良かった」
寮は違うものの同じ学年だった友人。名前はエドガー・ラッセル。
明るい金髪が良く似合う、頼りになる人だ。彼とは長い付き合いになる。
在学時から、何かと危なっかしいヤンの世話を焼いてくれた。
ヤンは友人のことを学生時代と同じようにエドと呼んでいた。
「久し振りだね、エド。今日はどうしたの? うん。あ、メリークリスマスでした」
ヤンは受話器を持ったまま軽く頭を下げる。
そのせいで眼鏡がずり落ちた。
空いている手で掛け直すと、フレームがチョークの粉で汚れた。
それはヤンには見えていなかった。
「え? うん。忘れてたけど、さっき気付いたとこ。
あっ、そうだ。イブってね、いい日だったんだよ。12、24って。あのね」
ちょっと待った、という友人の声に止められる。
今、そっち行くから待ってろと言われた。
エドガーは携帯電話で話していて、すぐそこまで来ているらしい。
手土産の内容を聞いてヤンは瞳を大きくした。
「ほ、ほんと? あの、それ、いちご乗ってるかな?」
fin
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