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Marginal Prince Short Story
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1日目2:ユウタ 続編
→ユウタ以外の人を選んだら、喧嘩になりそうだったから


ユウタ以外の人を選んだら、喧嘩になりそうだったから、
と姉に言われ、弟はちょっと残念そうに頬を掻く。
「…あっ、消去法で俺なんだね…」
今度は、へへと照れ笑いする。
「でも俺を選んで正解だよっ。誰か選んでたら、絶対他の人怒るもん」
ユウタは携帯を持ったままテラスへ出る。遠くには青い海が見えた。
風が吹いているようで、弟の髪がさらさらと弄ばれる。
「見てよ、姉貴。この部屋、景色まで最高だよー」
気持ち良さそうに言うと、弟は腕を伸ばし、携帯をテラスの外へ向けた。
姉は、落とさないでよ、と注意する。
「だーいじょうぶっ。俺が姉貴を離すわけないだろ?」

姉の携帯画面に、ポストカードのような光景が映る。
青い空はオレンジに染まろうとしていた。空の下には、ギリシャの美しい白い街並み。
白い屋根には夕陽が照り返し、遠くに見える海もその身を太陽に委ねていた。
ふと、今日出会った人の顔が思い浮かんだ。「愛するものは太陽と海」と言っていた。
少し可笑しな自己紹介だなとその時は感じたが、
この景色を持つ家に暮らしていたのならば、それも無理もないと思えた。
画面が動き、部屋の中へと戻っていく。ユウタは歩きながら話す。
「テオってさー、すっごくお金持ちなんだね。
ギリシャに来る前に、みんなからテオのこと少し聞いてたんだけど、
こんなおっきい家に住んでいるとは思わなかったよ」
すとんとソファに座る。
姉の表情を伺うように、でもね、と話し始めた。
「さっきさ、レッドが言ってたことなんだけど。
あの、やっぱ、こういうことは、先に言っておかなくちゃいけないから、
レッドも早く姉貴に言わなくちゃって思ったんだよ。だから、ちゃんと聞いてね?」
うん、と姉は頷く。
「テオはね、結婚する人、もう決まってるんだって。お金持ちの家の人と。
ギリシャの新聞にも出てたんだ。国内最高級のセレブ婚だって。
それでさ、もしかしたら、計算が間違ってるかもしれないんだけど…」
なに? と姉が聞く。
「あのね、婚約指輪の推定金額が載ってたんだ。
通貨単位がユーロで、シルヴァンが日本円に換算してくれたんだけど、
6億円ぐらいですかねって。俺、それ聞いて、テオと会うのちょっと怖かったんだけど、
会ってみたら、あんなかんじでさ、楽しい人で良かったよ。
でもさ、テオ、指輪なんて1個もしてなかったんだよなあ。6億だから普段はできないのかな?
あ、それで、結婚式の準備は着々と進んでて、日取りは未定だけど半年以内じゃないかって。
式の予想金額とかも話題になってた。だけど、こうも書いてあったんだ」
弟は俯いて言った。
「露骨な政略結婚で、愛は1ユーロもないって」
少し黙った後、ぴょこんと顔を上げる。
「そんなのヒドイ、って俺言ったんだ。だけど、みんなはテオにはこの話はするなって。
テオが自分で決めたことだから、俺達は勝手なこと言っちゃダメだって。
テオのお姉さんも政略結婚したから、今のメネシスがあるんだって言ってた。
だけど俺、もし姉貴が、テオのお姉さんの立場で、
俺が、テオの立場だったら、って思ったんだ。
そう考えたら、やっぱ、そんなの、そんなの絶対可笑しいよ。
俺がテオだったら、姉貴に政略結婚なんて絶対させない。
それで姉貴が幸せになるとは思えないよ。
…俺はテオみたいにお金持ちの出身じゃないし、全然普通の日本人だし、
頭もあんまり良くないし、まだ16歳だし、解ってないこともいっぱいあると思う。
テオに会ったのも今日初めてだから、テオが今何考えてんのかとか、
本当はどう思ってるのかとか、よく解んない。
でも結婚ってさ、好きな人とずっと一緒にいようって約束じゃないの?」
弟は辛そうな顔をしていたが、突然、勢い良く立ち上がった。
「やっぱり俺、テオとちょっと話してくる。姉貴も一緒に来て!」
携帯電話を握ったまま、ユウタは部屋を出て行った。

「テオの部屋、確かこの辺だったと思うんだけどなあ」
広い邸を歩きながら、キョロキョロする。
金色のポニーテールが角を曲がるのが見えた。
「あっ、テオのバトラーさんだ。あの人に聞いてみよう」
追い駆けると、ドアの向こうに消えたところだった。
ユウタは静かにドアに近付いていく。
「ゼノ、父上から電話ではなかったの?」
「ええ。申し訳ありませんが、テオ様にお話があるのは私です」
薄っすらと開いた隙間から執事とテオの声がする。
此処がテオの部屋なのかもしれない。だけど、少し様子が可笑しい。
ユウタの姉は、どうしたの、と弟に聞いた。弟は唇に人差し指を当てた。
「シッ。テオと何か話してるんだ。でも、なんか険悪なかんじ…」
若い執事は腕を組み、主人の傍に立っていた。
彼の纏っている空気が、ユウタ達の前で見せていたものと違う。
眼鏡で覆った緑翠の瞳が冷たい。
肩には一つに結わえた髪が乗っている。それはテオと似た色だった。
「テオ様は私に叱られたいのですか?」
テオはベッドに座らされ、きょとんと執事を見上げている。
「何を怒っているんだい? 私、何かいけないことをした?」
若い執事は額を押さえつつ答える。
「ええ。かなり」
「何だろう?」
「あの東洋の姫君のことです。それも、私の前で携帯越しの口付けなど」
「おやすみのキスだよ? ゼノだって」
「それは関係ありません。お立場をお考え下さい、テオ様。
貴方には指輪を交換した令嬢がいらっしゃいます。
あの指輪、まだ一度もして下さらないし」
テオは自分の左手に右手で触れた。声が小さくなる。
「指輪は、重いのだよ」
「貴方が他の姫君と親しくされるのは感心できません。
今回のお客様は、学院のご学友だけだというから、私はお連れしたのですよ?
どうして、お綺麗な方と親しくなさっているのですか」
「それは、みんなを夢中にさせている姫だというから、ぜひ私もお目に掛かりたくて」
「普通にご興味を持たないで下さい。
東洋の姫君とは、ご学友の皆様と一緒にお別れするのでしょう?」
「…うん」
「今回は短いご滞在で幸いでした。できれば明日にでもお帰り頂きたいくらいです」
そう淡々と言い放ち、テオの隣に座った。
主人は目を丸くして従者を見つめる。
「…何故、そんな失礼なことを」
「お前は俺達のようになってはいけない」
金髪がなびく。執事は年下の主人を抱き留めた。
冷静だった声が少し変化する。
敢えて感情を抑えるように、ゆっくりと言った。
「俺は他のことでお前を縛るつもりはない。
俺の務めは次期当主の自由意思を尊重し、手助けすることだけだと思ってる。
だが、これだけは…良い子だから言うことを聞いてくれ、テオ」
「ゼノ…」
「私は最初に伺った筈です」
執事は主人を抱いたまま、口調を改める。
「本当にあの令嬢とご婚約して良いのかと。
私が再度お訊ねしても、良いと仰ったのはテオ様です。
貴方が決めたことに貴方が反しているから、私はご指摘しているのです。
どうか東洋の姫君とはこれ以上親しくなさらぬよう」
執事に見つめられて、年下の主人は、すまない、と俯いた。
「ゼノには、いつも心配させてしまうね」
「テオ様は子供の頃から行動パターンが同じですから」
ユウタ達の前では見せなかった笑顔。
背をぽんぽんと撫でて、腕を離した。
「さて、明日は早いんでしたね?」
「うん。みんなにギリシャの美を案内してくるよ」
「明日は思いっ切り遊んで来い」
くしゃくしゃとテオの金色の髪を撫でる。
カツカツと主人から二歩下がって礼をすると、
もう忠実なだけの冷静な声に戻った。
「では私は夕食の支度がありますので失礼致します」

ユウタはドアから離れる。
「やばっ、こっち来る! じゃあな、姉貴」
素早く携帯をポケットに仕舞う。
広い廊下を駆け出して、来た道を引き返した。
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