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Marginal Prince Short Story
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■オーギュスト×アンリ
「講義は此処までにしようか」
神秘学の講師が教科書を閉じる。彼の名はオーギュスト・ボージェ。
今日はグレイのベストに、同色のジャケット。ベストの方が色が濃い。
受講生のアンリは時計を眺めた。鐘が鳴るまで十分近くある。
「さて。もうすぐ試験の季節だね。残りの時間で試験について説明するよ」
試験という単語を聞いても、此処の受講生達は静かなものだ。
「前回は筆記試験だったから、今回は口答試験にしようかと思うんだ。
受験者と試験官の一対一でね。
もちろん試験官は私が務めるから、緊張することはないよ。どうだろう、これで良いかな?」
教室は静かだった。反対意見はないようだが、賛成意見もない。
講師は勝手に全会一致と受け取り、「ありがとう」と言った。
講師は机に置いていたプリントを手にする。
教壇から降りると、彼の靴音だけがコツンと響く。
最前列の生徒達にプリントを配る。生徒は後ろの席に回していく。
全員に行き渡ったのを確認して、話し始めた。

「ではプリントを見てくれるかな。今回は試験問題を先に知らせておくよ?
心ゆくまで勉強して、試験に備えてね」
アンリはプリントに視線を落とす。
綴られていたのは一行の問題が三つ。問題と問題の間には広いスペースがある。
ほぼ白紙に近かった。B5の紙である必要性が感じられない。
講師の憎らしいほど穏やかな声が、その全三行を読み上げた。
「教科書で言うと、試験範囲は一冊全てかな。では問題文を読むよ?
第一問:ニュートン以前の錬金術師を一人挙げ、その人物について自由に論じて下さい。回答時間は二分。
第二問:現代の錬金術師と考えられる人物を一人挙げ、その理由を説明して下さい。これも二分。
第三問:神秘学の講義について、改善点を教えて下さい。こちらは一分。
配点は上から、40点、40点、20点だよ」
アンリは音無く息を吐く。
出題内容が解っていれば、試験範囲が限られるので生徒は無駄な勉強をしなくて済む。
その代わり、暗黙のうちに、より精度の高い回答が求められることになる。
親切なようで意地が悪い試験だ。彼らしいやり方に呆れた。
講師は紳士的な口調で話している。
「講義の改善点については、できるだけ批判的にお願いしたいな。
時間が足りなければ続きは後日、もしくはメールで教えてくれるとありがたいね。
回答時間は大体の目安だから、一人の持ち時間が五分といったところだね。
プリントの裏には、諸君の受験順を書いておいたから」
教室に紙の音が響く。
「自分の試験時間になったら、教室のドアをノックして入っておいで。
試験会場は此処、第二化学室だ」
アンリは自分の受験時間を見る。大体真ん中に位置している。
名前のアルファベッド順に並んでいた。
「では次に持ち物について。試験会場には紙一枚の持込を許可するよ。
今、配った用紙に回答を書いておくと便利ではないかな?
紙を見ながら話して良いから、全文を暗記してくる必要はないからね。
私からの説明は以上だけど、質問はないかな?」
アンリは肘を机に突いたまま、軽く手を挙げる。講師は生徒の名を呼ぶ。
「どうぞ、アンリ」
「第一問と第二問の答え方がよく解らなかったのだけど。
できれば、具体的な回答例を挙げて貰えますか? ボージェ教授」
「成程。私の説明不足でイメージが伝わらなかったのだね。申し訳ない。
第一問は、そうだね。仮に、君の始祖サン・ジェルマン伯爵について論ずるならば」
琥珀の瞳が驚いたように瞬く。講師は一瞬の微笑を見せて続けた。
「つまりね、伯爵がどういう人か、私に紹介して欲しいんだ。
彼が生きた時代はいつ頃で、彼の功罪は何かとか、もし解れば、人となりなどもね。
試験官は神秘学について何も知らない素人、だと思って貰いたいな。
難しい専門用語を用いる場合は、それについても解説があると解り易いね。
最後には伯爵に対する、君だけの、ユニークな意見を添えて貰えると、もっと良いな。
それは、どの歴史書にも載っていないものだからね。
第二問も同様に、人物紹介から始めると良いかな。
そして何故、その人の用いる術が錬金術だと考えられるのか、
諸君の柔軟な意見を教えて欲しい。アンリ、今の説明で伝わったかな?」
「最初からそう説明して貰えればね」
「すまない。諸君もイメージが掴めたかい?」
意見はない。アンリはプリントに今の説明を軽くメモをして、教科書に挟んだ。
丁度良い機会だ。伯爵について論じよう。そう思ったところだった。
「本番では、今の例以外で回答してくれるようお願いするよ」
アンリは顔を上げて、講師を睨み付ける。
彼は目を合わさず、教壇の上でテキストを揃えている。
なんとなく微笑しているように見える。
鐘が鳴る。講師は講義を終了させた。
「今回は口答試験だから特に喉を傷めないようにね。では諸君、ごきげんよう」
生徒達が退室していく。講師は教室に背を向けて黒板消しを持つ。
アンリは頬杖を突きながら、グレイの背中を眺めていた。

他の生徒達が皆、居なくなってから、その背中に声を掛けた。
「オーギュスト」
最後の文字を拭き取った講師が振り返る。
「おや、アンリ。他にも質問があったかね?」
「わざとなの?」
「何がだい?」
「わざと僕に質問させたの? 伯爵を例にとって、本番で回答させない為に」
「考え過ぎだよ、アンリ。君が質問するかなんて解らないじゃないか」
教壇を降りて生徒の傍に来る。
「それより、アンリ。今日が何の日か知っているかい?」
「ただの金曜日でしょう? 十三日ではないと思ったけれど」
「今日はね、教え子にケーキをご馳走したくなる日なんだ」
「勝手に決めないで。大体その日、年に何回あるの?」
「なるべく多い方が良いな。アンリはそう思わないかね?」
「思わない」
「おいで。きっと気に入るよ?」
講師は教室を出て行く。教え子は教科書を抱え、席を立つ。
少し頬を膨らませて、グレイの背に続く。不機嫌な声で質問した。
「オーギュ」
「なんだね?」
「何のケーキなの」
「レアチーズだよ。アンリの肌のような」


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