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■オーギュスト×アンリ
■アンリの日記より
生徒が尋ねてもいないことには、勝手に講釈するくせに。
生徒の質問には回答しない。
そんな可笑しな教授が、僕の特別講義を受け持っている。
オーギュスト・ボージェ。40歳前後の紳士。
サン・ジェルマン家の者は、神秘学を修める習慣がある。
入学した日、当時の生徒代表にそう言われた。
僕が受けてみたい、と言った為に招かれた特別講師。
彼は講義にはフォーマルな格好で来る。スーツかベスト。
首許も開けずに、クロスタイを留めている。
間違ってもTシャツにジーンズなどでは来ない。
そう言えば、プライベートでもラフな格好はしていない。
せいぜいタイを外しているくらいで、襟のあるシャツを着ている。
彼が住んでいるのはメルキュール館。教職員の宿舎だ。
内装は生徒の部屋とさして変わらず、カスタマイズも可能。
彼の部屋を訪ねたことはある。
初めて入った時は、オカルティズムの権威なのだから、壁一面に魔法円があるとか、
可笑しな香りで清めていたりするのかと思っていたのだけど。
生徒の期待は呆気なく裏切られる。
綺麗に整頓された、こざっぱりとした部屋だった。
机の引き出しを開けたら、何か変なものが出てくるのかもしれないけれど。
彼のプライベートを僕はあまり知らない。
もう四年も彼の講義を受けているのに。
彼には掴み所ない部分がある。講義中も自分の話は殆どしない。
講義をしていない時の彼が、何処で何をしているのか。
単細胞の証言から、ジムで見掛けることはないそうだし、
よく外出するお調子者に聞いても、街で見たことはないと言う。
僕と同じで学内からあまり出ない生徒代表殿も、彼とは出会わないらしい。
時折、教授が一人で出掛けていく姿は見掛ける。
けれど、何処へ行くのかは解らない。
教えてくれないのだ。
神秘学の権威が好きそうな場所は何処か。
静かな喫茶店か、何処か神秘が宿る場所でも知っているのか。
そんなことを考えながら図書館へ向かっていた時だった。
正門の方に歩いている紳士。
シックな紺のコートを羽織っている。手には黒の鞄。
「オーギュ」
振り向いた教授は、僕を見て笑顔になった。
「ごきげんよう。アンリ」
「これから出掛けるところ?」
「うん」
「何処へ行くの?」
「ちょっとね」
「何処へ行くのかと聞いているの」
「アンリ、私とデートがしたいのかね?」
「違う」
教授は微笑んで、左手を上げる。
「ではまたね、アンリ」
「待って。まだ僕の質問に」
上げた左手を、ぽんと生徒の頭に乗せた。
「行き先を訊ねる人は、相手に好意を抱いていることが多い」
まただ。理屈っぽい口調が始まる。
「自分の目の届かないところで、相手が何をしているのか、
気になって仕方がない。この考え方の多くは好意的な感情から生じる。
例えば、小さな子を持つ親や、愛しい人の行動を知っておきたい場合だね」
「勝手なこと言わないで。僕は君に好意なんか感じてない」
「それでは私の行き先を知らなくても良いんじゃないのかね? では失礼するよ」
憎らしい後ろ姿。
紺の裾が翻るのを睨むことしか出来なかった。
僕は彼の背中ばかり見ている気がする。
fin
■アンリの日記より
生徒が尋ねてもいないことには、勝手に講釈するくせに。
生徒の質問には回答しない。
そんな可笑しな教授が、僕の特別講義を受け持っている。
オーギュスト・ボージェ。40歳前後の紳士。
サン・ジェルマン家の者は、神秘学を修める習慣がある。
入学した日、当時の生徒代表にそう言われた。
僕が受けてみたい、と言った為に招かれた特別講師。
彼は講義にはフォーマルな格好で来る。スーツかベスト。
首許も開けずに、クロスタイを留めている。
間違ってもTシャツにジーンズなどでは来ない。
そう言えば、プライベートでもラフな格好はしていない。
せいぜいタイを外しているくらいで、襟のあるシャツを着ている。
彼が住んでいるのはメルキュール館。教職員の宿舎だ。
内装は生徒の部屋とさして変わらず、カスタマイズも可能。
彼の部屋を訪ねたことはある。
初めて入った時は、オカルティズムの権威なのだから、壁一面に魔法円があるとか、
可笑しな香りで清めていたりするのかと思っていたのだけど。
生徒の期待は呆気なく裏切られる。
綺麗に整頓された、こざっぱりとした部屋だった。
机の引き出しを開けたら、何か変なものが出てくるのかもしれないけれど。
彼のプライベートを僕はあまり知らない。
もう四年も彼の講義を受けているのに。
彼には掴み所ない部分がある。講義中も自分の話は殆どしない。
講義をしていない時の彼が、何処で何をしているのか。
単細胞の証言から、ジムで見掛けることはないそうだし、
よく外出するお調子者に聞いても、街で見たことはないと言う。
僕と同じで学内からあまり出ない生徒代表殿も、彼とは出会わないらしい。
時折、教授が一人で出掛けていく姿は見掛ける。
けれど、何処へ行くのかは解らない。
教えてくれないのだ。
神秘学の権威が好きそうな場所は何処か。
静かな喫茶店か、何処か神秘が宿る場所でも知っているのか。
そんなことを考えながら図書館へ向かっていた時だった。
正門の方に歩いている紳士。
シックな紺のコートを羽織っている。手には黒の鞄。
「オーギュ」
振り向いた教授は、僕を見て笑顔になった。
「ごきげんよう。アンリ」
「これから出掛けるところ?」
「うん」
「何処へ行くの?」
「ちょっとね」
「何処へ行くのかと聞いているの」
「アンリ、私とデートがしたいのかね?」
「違う」
教授は微笑んで、左手を上げる。
「ではまたね、アンリ」
「待って。まだ僕の質問に」
上げた左手を、ぽんと生徒の頭に乗せた。
「行き先を訊ねる人は、相手に好意を抱いていることが多い」
まただ。理屈っぽい口調が始まる。
「自分の目の届かないところで、相手が何をしているのか、
気になって仕方がない。この考え方の多くは好意的な感情から生じる。
例えば、小さな子を持つ親や、愛しい人の行動を知っておきたい場合だね」
「勝手なこと言わないで。僕は君に好意なんか感じてない」
「それでは私の行き先を知らなくても良いんじゃないのかね? では失礼するよ」
憎らしい後ろ姿。
紺の裾が翻るのを睨むことしか出来なかった。
僕は彼の背中ばかり見ている気がする。
fin
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