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Marginal Prince Short Story
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■テオ×クラウス
「行こうよ、レオン」
「行―かーなーいっ!」
「ダメだったら」
「もし注射されたらどーすんだよ!」
「しないかもしんないじゃん。先生、優しいから大丈夫だよ」
「俺はあの先生がコワイんだよ!」
放課後のシュヌーシア寮。
レオンの部屋から言い争う声が漏れている。
普段は仲良しの中等部一年生コンビが何か揉めているようだ。
部屋の前を通り掛かった、高等部二年の足が止まる。
廊下まではっきり届いている方の声がレオン。少し高い方の声がラビット。
同じ寮で高等部二年のテオは、この小さなコンビが大好きだった。
彼等が仔犬のようにじゃれあう様子を見ているだけで、
胸があたたかくなり、愛おしくて堪らなかった。
テオは、そそそとドアに近付き、聞き耳を立てる。ラビが珍しく強引だ。
「レオンってば! ねえ、行こっ」
「ヤダっつんてんだろ、しつこいぞ、ラビ!」
「んもう…レオンのばかっ!」
「っだとー! ラビのばかばかばかっ!」
テオはコンコンとドアをノックした。
「レオン、ラビ。どうしたの?」
「あっ、テオだ!」と声が聞こえ、ばたばたと足音がやってくる。
勢い良くドアが開く。二人がテオの腕を一本ずつ取った。
「聞いてくれよー、テオー! ラビがしつこいんだ!」
「違うよ! レオンがやだやだって言うんでしょ!」
テオは可笑しそうに笑った。
笑われるとは思わなかった二人は顔を見合わせる。
「ああ、すまない。頬を膨らましている君達が余りに可愛らしいものだから」
テオの笑顔を見て、興奮気味だった二人の勢いが少し静まる。
それぞれが掴んでいたテオの腕を離す。
「それで二人は何の話をしていたの?」
「レオンがね、カゼ引いたみたいなの。
だから、保健室にお薬貰いに行こうって言ってるんだけど」
「おや。大丈夫かい? レオン」
テオは身を屈めて、レオンの額と自分の額を合わせてみる。
ぴたっと合わさった肌。自分の温度とそれほど差はないようだ。額を離す。
「ごめん、私では解らないな。心配だから、一応、ソクーロフ博士に診て頂いたら?」
「ヤだよ。オレ、別にどこも悪くないんだけど」
「だって、ほら、声、ヘンだもん。カゼの引き始めなんだよ、レオン」
「そーかあ?」
確かに、今日のレオンの声は、少し低めのようにも聞こえる。
テオは、うーん、と考えてみた後、あっ、と言った。
「ではもしかしたら、カゼではないのかもしれないね。
 レオンは声変わりが始まったのではないかな?」
「声変わり?」
「うん。中等部の頃に皆が経験することだよ。大人になるのだよ、声もね」
「声、変わるの? え、じゃあ、テオも?」
「うん。私も終わっているよ。君達ぐらいの時はもっと高い声だったから」
「そうなんだ…声って変わるんだ…あれ。僕は? 僕はまだなの?」
「人によっていつ始まるのかが違うんだ。ここ数年のうちには来るよ」
「ふーん。じゃあ、オレ、ラビより早く大人になるってことだな!」
ラビは頬を膨らます。すかさずレオンが「えいっ」と指で突いていた。


「ね。可愛いだろう? ああ、愛しい子達だねえ。食べてしまいたいと思ったよ、私は」
シュヌーシア寮サロン。テオは、生徒代表室から帰って来たクラウスに、
つい先程の出来事を『今日の楽しかったこと第一位』として発表していた。
「愛しいとか、食べたいとか…表現が大袈裟なんだよ、お前は」
「だって、私達の子供達がすくすくと成長していく様子は愛おしいものだろう?」
「…色々間違ってるぞ、表現が」
シュヌーシア寮のお父さんとお母さん、と誰もが認める二人なのだが、
ただ一人、クラウスだけがそのポジションを認めたがらない。
「クラウス、コーヒーのおかわりは? それとも私にする?」
「コー、ヒー、を、頼む」
「照れ屋さんだねえ、クラウスは。まあ、そんなところも愛しいのだけれど」
席を立って、クラウスのデミタスカップを持つ。
最近お気に入りのエスプレッソマシンの準備をする。
このコーヒーは、二十秒で抽出するため、イタリア語の『急行』の名が付いた。
どちらかと言うとせっかちなクラウスにはピッタリだ。
また、エスプレッソには『あなたのために』という意味もあるらしい。
サロンにコーヒー豆の良い香りが流れた。

翌日、シュヌーシア寮食堂。
朝食の準備中、パジャマ姿の寮生が集まり出した頃。
「レオン、やっぱり風邪だったみたい」
ラビに手を引かれて、レオンが保健室から戻って来た。
「これ、お薬貰ってきた。朝ごはんの後に飲みなさいって」
クラウスは苦い顔をしたまま黙る。テオは席を立ってレオンの前に行く。
「ごめんね、レオン。昨日のうちに保健室に連れて行った方が良かったね」
レオンが口を開く。何か言おうとしているが、掠れて声にならなかった。
ラビがレオンと目を合わせて、「僕が言ってあげる」と笑顔になる。
テオに向き直って、自慢げに言った。
「今日ね、レオン、声が出ないの。だからね、今日は僕が、
レオンの声になることにしたんだ。『テオのせいじゃないよ』で良い?」
うんうん、とレオンが頷く。ラビは笑顔でテオを見上げる。
「良いって!」

ラビはレオンを席に座らせると、「あ、そうだ」と言った。
「ドニに言って、なんかレオン用のごはん作って貰わなきゃ」
ちょっと待っててね、と言い残し、たたたとキッチンへ走って行った。
テオは甲斐甲斐しい背中を見送って微笑んだが、クラウスは首を傾げていた。
「なんだ、あいつ。なんか、普段より生き生きしてないか?」
「レオンのお世話ができることが嬉しいのだよ。愛されているね、レオン?」
喋れないレオンはテーブルに両腕を置き、顎を乗せる。
口は恥ずかしそうに、ちょっと尖っていた。
クラウスはレオンを一瞥して、他の寮生達に言った。
「他に具合が悪い奴は居ないか? 居るならすぐに保健室に行けよ。無理はするな」
だいじょーぶー、という声や頷きが返ってくる中、
自己主張の強い手が一本だけ元気良く上がった。クラウスは苦い顔になる。
「その手はなんだ、テオ」
「私、今朝から喉が痛むんだ」
「仮病なら受け付けないぞ」
「おや。本当だよ? それから、この中で一番の体調不良は貴方ではないかな?」
「俺だと? 俺は別に」
テオは席を立って、クラウスの前まで行く。
昨日と同じようにぺたと額を合わせた。クラウスが驚いて仰け反る。
「お前、何をいきなり」
「貴方も微熱があるんじゃないかな? それにね、ココ」
クラウスの首許を指差す。
リボンタイはまだ付けていないが、既に制服のワイシャツ姿だ。
「ボタンを掛け違えるなんて、貴方らしくないもの」
「え?」
クラウスは首許を見る。上から二番目の穴に、一番目のボタンが嵌っている。
少し耳を赤くして、ボタンを留め直す。
「ね? クラウスも私と一緒に保健室に行こう?」
「お前だけで行って来い」
「おやおや。無理はするなと言ったのは貴方だよ、クラウス」

朝食後、テオに引き摺られる形でクラウスも嫌々保健室に訪れた。
診察を終えた医師は二人の前で結果を告げた。
首許には聴診器を掛けている。
「風邪だね。どうやら、君達もレオンと同じ症状のようだ」
二人の患者は全く別のリアクションを取った。
テオは両手をパンと合わせて、隣に笑顔を振りまく。
「聞いたかい、クラウス! 私達、お揃いだって!」
クラウスは鈍く痛むこめかみを押さえる。実は朝起きたから頭が重かった。
「喜ぶところじゃないだろう。お前、頭は痛くないのか?」
「少しね。でも良いよ、クラウスと同じなら」
博士は咳払いする。
「薬を処方しよう。今日は講義を休んだ方が良いだろう」
無遅刻無欠席の記録を伸ばしているクラウスはショックを受けた。
「講義を休む? どうしてもですか、博士」
「君達に無理はさせたくないからね。特にクラウス。君には休養を勧めるよ」
「俺ですか?」
「君はこのところ、生徒代表室に詰め過ぎに見える。
過労で抵抗力が落ちていた為に、いち早く感染したのではないかな?
友人から見てどうだい? テオ」
「博士の仰る通りです! ほら、クラウス、君は疲れているのだよ。
私と一緒にゆっくり静養しよう?」
「そうしたまえ。それに他の生徒にも感染する恐れがあるからね。
ドクターストップというところだな」
クラウスは肩を落とし、渋々「解りました」と言った。
医師は首に掛けていた聴診器を机に置く。
「しかし、既にシュヌーシア寮にはウイルスが蔓延していそうだな。
シュヌーシアの生徒達は風邪を引く時も仲が良いからね。
とりあえず、君達は保健室に隔離させて貰うよ。
その薬を飲んだら二階のベッドルームへ案内しよう」
「ソクーロフ博士、レオンは隔離しないんですか?」
クラウスが尋ねると、医師は眼鏡を押し上げた。
左手に覆われた口元が微笑んでいるのがちらりと見えた。
「彼は保健室がどうしても嫌らしいので、自室療養にしたよ。
それにラビットも傍で看病したい様子だったからね」

二階 ベッドルーム。
テオは隣のベッドを見つめていた。
クラウスの枕元には、部屋から持って来た教科書が積まれている。
先程から黙々と読んでいるのだ。
彼が言うには、講義を欠席しているのだから、
自分で今日の授業分を勉強しなくてはいけない、らしい。
こんなに傍に居るのに、全く構って貰えない。
テオは最初こそ残念に思ったが、放って置かれる状況に慣れてくると、
こうしてただ彼を愛でるだけ、というのも快いものに感じられてくる。
良く効くと評判の博士の薬は、明日には私達の熱を下げてくれるらしい。
それが少し残念にさえ思えた。
目の前には、病人であるにも関わらず、義務感に駆られ勉強している横顔。
薬が効いてきたせいか、文字を追うのも眠たげな瞼。
時折、漏れ聞こえる辛そうな吐息は、何とも艶めかしくて。
普段の凛々しい彼も良いけれど、体調不良の彼もまた美しい。
クラウスには、保健室まで来て勉強するよりは、何も考えず休養して欲しい。
けれど、無理をしている姿がまた愛しくて、いつまでも眺めていたくなる。
今日だけ展示されている芸術作品を眺めているような気分だった。
身体は熱くて苦しいが、風邪というのも偶には良いものだ。
テオは、今日は今日で楽しい時間を過ごせていることに満足していた。
頭は熱で、ぼうっとしつつ、高揚していた。
うっとりとクラウスを見つめたまま囁く。
「ねえ、クラウス」
呼ばれて、帝王学の教科書から少し顔を出す。
「テオ。まだ起きていたのか。お前は早く寝ろと」
「愛しいよ…今日のクラウス、とても愛しい…」
熱で潤んだ瞳。クラウスは本に視線を戻す。
「…寝てろ」


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