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Marginal Prince Short Story
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■オーギュスト×アンリ
僕の隠れ家 続編
時刻は夜が良い。
カーテンは開けておく。月の光が部屋に入るように。
今宵はふっくらとした半月。満月に近い柔らかな白い光だ。
なんとなく、月光を浴びた方が、力が高まるような気がするから。
僕の直感力も、タロットが持つ力も。

僕の机には22枚のタロットカード。
自分では解決できないことがあった時。
これから何かありそうな時。
行き先に迷って、道標が欲しい時。
つまり、大体は、嫌な気分の時。
僕は、タロットの前に座って、触れてみる。

このタロットを見付けたのは家の物置小屋。
埃を被った小さな木箱に入っていた。
サン・ジェルマン伯爵家に代々伝わる物。
父と祖父はこれを使わなかったけれど。

正式な占い方は知らない。
サン・ジェルマン伯爵家にもタロットの本はあったし、
学院の図書館にもある。此処はその類の文献も豊富だから。
タロットカードは錬金術とも関わりがあるため、
神秘学の棚にもタロットの本がある。
手に取って読んだことはない。知りたくないから。
これは正式な占いではない、
と自分に言い訳ができるように、なのかもしれない。

占いの前は、目を閉じて気を静める。
気分が落ち着いてから、ちょっとした儀式をする。
一枚のカードに、これから占う事を伝えるのだ。
手にするカードは決まっている。
カード番号は1番。タロットはこのカードから始まる。
『魔術師』のカードだ。

寓意絵には聖衣を纏う男性。彼が魔術師。
または奇術師、手品師、そして、ペテン師という説もある。
頭上には無限大を示す記号が浮かぶ。
腰に巻いている紐帯はウロボロスを表すとされる。

彼の前にはテーブルがあり、四つのアイテムが置かれている。
杖(ワンド)、杯(カップ)、剣(ソード)、金貨(ペンタクル)。
これは錬金術の四大元素、火、水、気、土を意味すると言われる。
だから、『彼は錬金術師なのかもしれないね』と、
何処かの憎らしい講師が言っていた。

余計なことを思い出した。
せっかく落ち着いていた気が波立つ。
深呼吸をして、もう一度気持ちを静める。
1番のカードに、占いたいことを伝える。

「伯爵」

錬金術師、ペテン師、と呼ばれる謎の貴族。
サン・ジェルマンの始祖。僕の遠い父。
僕を血縁者だと認めてくれる大人。
僕に流れる血に語り掛ける。

「あの講師の隠れ家を、僕に教えて」

唇でカードに軽く触れる。
これは伯爵へ敬愛の口付け。毎回することではない。
僕がここまでするのは珍しいことだ。

オーギュストの隠れ家探し。
何故、こんなに執着しているのか、自分でもよく解らない。
だけど、とても大事なことのような気がするのだ。
僕の中で相反する想いが揺れている。
知りたいけれど、知ってはいけないような。
ただそんな予感がするだけで、理由などは見当も付かない。
ともかく、これで儀式は終了。
人差し指と中指に挟んだカードを机に戻す。

僕の占い方は到ってシンプル。
カードをシャッフルして一枚引く。それだけだ。
混ぜる手、混ぜ方は、その時の気分で決める。
机に無造作に広げたカード。この時、カードは全て裏模様。
黒と白のタロット縞。細く、長い無限の蛇が描かれている。

カードの上に手を置く。ひやりと冷たくて気持ち良い。
今日は左手、左回りに手が動いたのでそれに従う。
このシャッフルでカードの正位置、逆位置が決まる。
占いの結果を左右する重要な作業だ。

こうしてカードに触れている僅かな時間。
自分の意識が不思議なほど集中しているのが解る。
この身体に、高貴な伯爵の血が流れていると感じる。

シャッフルしている間は、何も考えていないのだ。
未来も現在も、過去も、忘れられる。
あらゆる雑音が聞こえなくなる。
夜、一人の部屋。
僕のタロットが擦れ合う音だけ。

ふっと現実に返ってきた時、自然に手が止まる。
何回カードを混ぜたのかは解らない。
シャッフルが終わったカードを一つの束に重ねていく。
大アルカナ22枚の塔。その頂上のカードを引く。

カード番号17。湖に佇む女性。手には二つの壺。
天空には大きな星。その周囲では七つの小さな星が輝いている。
12星座では水瓶座を表すカード。
正位置だったら『願いが叶う』という意味があるのに。

「どうして…」

手の中にあるカードは、天地が引っ繰り返っている。
壺は逆さま。水は零れ落ち、洪水を引き起こす。
もちろん、正位置の意味も逆になる。
『取引の失敗』だとか『意思が弱い』など不の意味しか持たない。

「僕の、高望みだと言うの?」

右手で持ったカードを額に当てた。
目を閉じて、意識を集中させる。
悪いカードが出た時、言葉や絵が思い浮かぶ時がある。
それが、解決策や回避策になる場合が多い。
暫く黙って、何かが降りてくるのを待つ。
見えるのは、真っ暗な黒と、ぼんやりとした光だけ。

駄目だ。集中力が分散する。何も感じない。
何故だか解らないけれど。
オーギュに関わることを占うと、何も見えないことが多い。
途端にこのカードは、僕に何も教えてくれなくなる。
手札を机に戻す。自分が引いたカードが恨めしい。
空から降る水、地に落ちた星。
絵柄は綺麗なのだけど。

「おや。『星』の逆位置かね? 残念だったね、アンリ」

突然、練れた大人の声。
声には出なかったが、とても驚いた。
左の肩越しに、カードを覗き込む講師。
今、占っていた人物だ。
僕は当然の苦情を申し立てる。

「…オーギュスト。驚かせないで。一体いつ入って来たの?」
講師は屈めていた上体を起こす。
「少し前だよ。アンリが占い中だったから、終わるまで待っていたんだ」
僕は座ったまま、左側を見上げる。
「僕は君に用事はないから、さっさと帰って」
「ご機嫌斜めだね。一体何を占っていたんだい?」
講師は『星』のカードを手に取る。表や裏にして、カードを眺める。
「君なんかには教えない。それは僕のタロットだ。返して」
「はいはい。ごめんね」
僕は取られたカードに右手を伸ばす。
彼の方を見上げると、すぐ近くに紳士の微笑があった。
「君のご機嫌を損ねたお詫びをするよ」

『星』が僕の横を通り過ぎた。
大人の長い指が、僕の髪の間に滑り込む。
しまった、と思った時にはもう重なっていた。
君はいつも優しい優しいキスから始める。
薄い唇。これは器用過ぎて嫌だ。
君が優しいのは、最初だけだもの。

息が続かなくなるまで、深く口付けて。
不自然なタイミングで中断される。
愉悦の余韻と酸素が足りなくて、僕は短い呼吸を繰り返していた。
君が僕の左手を柔らかく握る。
それは彼の唇に運ばれた。
僕の人差し指に軽くキスを落として、君は確かにこう言った。

「尾を咥える蛇、だね」

それは錬金術の象徴。無限、永劫回帰を表す記号。
我がサン・ジェルマン家の紋章。
どうしてそれを、君が今、口にしたの?

「…オーギュ…何が、ウロボロスなの?」

君は儚く微笑んだ。
視線を足許に落して呟いた。

「ん? 君のタロットだよ」

僕が教えて欲しいことは、答えてくれないのに。
君は余計な事ばかり教えてくる。
僕が聞いてないこと。
僕は望んでない。
僕に何を隠してるの、オーギュ。

甘い舌。
どんなお菓子より。
どんなクリームより。
柔らかくて、甘くて。
泣きたくなる。
嫌だ。
僕が僕でなくなってしまう。

君の右手が、僕の胸元に伸びる。
肌が熱くなる。
下半身が締め付けられる。
こんな声は僕じゃない。
こんな息遣いは。

どうして。
君は。
どうして。
君なんか。

「んっ…ぁ…」


遠くなる理性。
視界の隅に一枚のカードが映る。
彼の足許。
『星』が地に堕ちていた。


fin
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