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■シルヴァン×ジョシュア
■シルヴァンを大人の味で。
--------------------------
夜が深まった頃。
ジョシュアは寮を出て、月桂樹の森に居た。
眠れなくて、夜気にあたりたかった。
誰も居ない森に、月光だけが差している。
輝く月。
空全体は曇っているのに、月の周りだけが澄み渡っていた。
まるで、雲が月の存在を認め、称えているかのようだ。
雲が場所を譲るくらい、今夜の月は高貴な美しさに溢れている。
ぼうっと眺めていると、夜空に吸い込まれそうだった。
突然、ふわっと風が吹いて、後ろから抱きとめられた。
耳元で囁かれる。
「そんな顔で月を見ていると、かぐや姫のようですよ?」
すぐに背中の温かさが消え、身体が解放される。
ジョシュアが振り向くと、いつもと変わらない笑顔があった。
「シルヴァン…」
「すみません。貴方が月に帰ってしまいそうだったので。
つい、引き止めてしまいました♪」
「月に? …ああ、日本の古典文学だね?」
「ええ。美しい月の姫が、彼女を慕う男達を置いて、月に戻ってしまうお話です。
置いて行かれる方には、もちろん同情しますが、
姫がどんな想いで月を眺めていたかと思うと、姫にも同情を禁じ得ませんね」
ジョシュアは苦笑する。
「俺は、そんな顔で月を見ていた?」
「ええ。…眠れませんか、ジョシュア?」
少しトーンの下がった声に、自分への気遣いを感じて、
ジョシュアは申し訳無い気持ちになる。
きっと、寮を出て行くところを見られたのだろう。
「すまない、心配させてしまったね。俺は大丈夫だから」
先程まで眩く輝いていた月が、
霞のような雲に覆われていく。
薄い衣を纏って、月光が幻想的に揺らめく。
澄み切った光より、艶めいて見えた。
シルヴァンは、ポンッと手を叩いて、明るい表情に変わる。
「ジョシュアは、夜にコーヒーを飲んでも平気な人ですよねっ!?」
「…ああ、そうだけど?」
シルヴァンの笑顔が輝く。
「ではっ! これから『オトナのお茶会』などいかがです?」
ジョシュアは「僕の部屋で待っていて下さいね♪」と言われた。
暫くすると、彼は二つのコーヒーカップを持って現れた。
「お待たせしましたー♪
すみません、作るのにちょっと時間かかっちゃって」
ガラスの透明なカップは、
上から白、黒、茶の三層になっていた。
「綺麗だね…シルヴァン、これは?」
「アイリッシュコーヒーです。
アイリッシュウイスキーを入れたコーヒーを、
ホイップクリームで包んだホットカクテルです。
アイルランドに行った時に出会ったんです!
身体が温まるので、寒い冬や夜のお供にはピッタリですよ♪」
シルヴァンは先に飲み始める。
「んー♪ やっぱり甘くて美味しいです」
ジョシュアも三層のドリンクに手を伸ばす。
カップを持っただけで、ウイスキーの香りが漂う。
温められたことで、蒸留酒の甘さが、より際立っているようだった。
その香りだけで、酔ってしまいそうだ。
一口飲むと、冷たくて甘いクリームが唇に付いて、
後から温かいコーヒーの苦味が口内に広がる。
「美味しい…」
喉から胸に温かさが伝わっていくのが解る。
ウイスキーの効果だろうか、夜風に晒していた身体が早くも熱を帯びて来る。
「こんなコーヒーがあるんだね…。
俺、普段、ブラックしか飲まないから知らなかったよ。
確かに、冬には最適だね」
「ええ。これは、冷えて疲れた人を温める為に生まれたんです」
シルヴァンはカップを置いて、人差し指を立てる。
講義をする教授のように、話し始めた。
「考案されたのは1942年。大西洋を横断する、
飛行船の乗客達に振る舞われたのが、最初だと言われています。
当時の飛行船は、暖房設備が整っておらず、飛行距離も短かった為、
アイルランドで燃料補給をする必要がありました。
寒く、長い旅に憔悴しきった乗客を見て、
アイリッシュのシェフ達が、彼等を温める為に創り出したドリンク。
それが、このアイリッシュコーヒーだったんです」
ジョシュアは、相槌を打ちながら、カップをソーサーに戻す。
持っていたら、落としてしまいそうだった。
瞼が重い。
全身が温かくなるにつれ、思考が遅くなる。
シルヴァンの声が少しずつ遠くなる。
「心優しいシェフ達を称えて、アイルランドの空港にあるカフェには、
記念プレートがあるんですよ。僕は、そこで初めて飲んだんですっ!
とても美味しくて、感激してしまいました。
その時に、作り方を教えて貰って…」
ジョシュアは額に手を置く。
眠気は眩暈を感じるほど強まっていた。
人の話を聞きながら眠るなんて、
そんな失礼なことしたくはないのに。
強い睡魔に抗うことができなくて。
「すまない…」と呟きながら目を閉じた。
彼の寝息が、規則的なリズムを刻み始めた頃。
シルヴァンは、やっと息を吐いた。
眠りに落ちる時まで、人を気遣った彼に優しく微笑む。
「良いんですよ。謝らなくてはいけないのは、僕の方なんですから」
安らかな寝顔に、懺悔の言葉を口にする。
「すみません。コーヒーに入れたのは、ウイスキーだけじゃないんです」
ポケットから小さなカプセルを取り出す。
「流石、ソクーロフ博士の睡眠薬は即効性がありますね。
くすねて来て良かったです」
カプセルを机の引き出しに仕舞う。
ジョシュアは、ここ暫く眠れていないようだった。
何が原因かなど聞かずとも解る。
自分が何も出来ないことも解っていて、歯痒かった。
誰しも眠れない夜があるのは仕方がない。
しかし、睡眠不足は悩みを増幅させ、更に眠れなくなる。
その悪循環に陥る前に、一度深く眠らせた方が良い。
仮初の手段だとは承知の上だが、
また夜中に寮を出て行くジョシュアを見掛けて、
その背を追い駆けずには居られなかった。
彼の為なら、この命さえ喜んで差し出せるのに。
今の自分に出来るのは、彼に一時の休息を与えることぐらい。
ソファで眠っている彼を、起こさないように抱き上げて、
その身体をベッドへ横たえる。
彼の髪を撫でて、静かに侘びる。
「ごめんなさい、こんなことしか出来なくて」
柔らかい髪。
それは緩やかな曲線を描いている。
手で梳くと、滑らかに指の間を流れていく。
少しだけ絡む指通りが心地好くて、もう一度触れる。
彼の表情は微塵も変わらず、起きる気配は一向にない。
横髪を少し手に取って。
このまま朝まで眠れるよう、おまじないをかける。
「おやすみなさい、ジョシュア。せめて、いい夢を」
毛布を掛けようとして、彼の首元が目に入った。
シャツのボタンが、首元まで閉まっている。
シルヴァンは、そっと手を伸ばす。
第一ボタンを開け、第二ボタンも外す。
シャツの間から、くっきりと浮かんだ鎖骨が覗く。
雪のように真っ白で。
触れたら、溶けてしまうかもしれない。
そんなことを考えている自分が居た。
目を閉じて、毛布を持ち直す。
その白い首元まで覆った。
無防備に晒された寝顔を見下ろして、苦笑する。
「僕も飲んだ方が良いですかね、睡眠薬」
ソファに戻り、まだ薬の入っていない自分のカップに口付ける。
上部の甘いクリームは既に消えている。
冷めたアイリッシュコーヒーは、すっかり香りが消えていた。
最後まで飲み干す。
底に沈殿していたウイスキーが口に入る。
それは、角のない、まろやかさを持つ筈なのに。
クリームの甘さに慣れた舌には、
少し、苦く感じられた。
翌朝。ジョシュアは目を覚ますと、寝惚け眼に違和感を覚えた。
何かがいつもと違う。
「おはようございます、ジョシュア」
「え…シルヴァン?」自分が彼の部屋に居ることに気付く。
「そうか。俺、昨日あのまま眠ってしまったんだね、すまない」
「いいえ。昨日は、ちょっとウイスキーの量が多過ぎたみたいで、
こちらこそ、すみませんでした。僕の部屋に泊めてしまって」
「ううん。ベッドを取ってしまってごめんね。
シルヴァンは何処で寝たの?」
「あ、僕はソファーで。
普段も割とそこで寝てますから、気にしないで下さい」
「…実は、俺、最近あまり眠れていなかったんだ。
でも今日は、久し振りによく眠れた気がするよ。
シルヴァンが作ってくれた、アイリッシュコーヒーのおかげだね」
「気に入って頂けて良かったです」
「あの、シルヴァン…」
「はい?」
「とても美味しかったから…また、飲ませてくれる?」
「喜んで。貴方のお望みなら、いつでもお作りしますよ♪」
「ありがとう」
その微笑は、クリームより甘くて。
どんなホットカクテルより、自分を温めてくれる。
シルヴァンは、思わず吐息を漏らす。
「…酔っているんですね、僕は」
「え? シルヴァン、大丈夫かい?」
「はい、ご心配なく。いつものことですから」
fin
■シルヴァンを大人の味で。
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夜が深まった頃。
ジョシュアは寮を出て、月桂樹の森に居た。
眠れなくて、夜気にあたりたかった。
誰も居ない森に、月光だけが差している。
輝く月。
空全体は曇っているのに、月の周りだけが澄み渡っていた。
まるで、雲が月の存在を認め、称えているかのようだ。
雲が場所を譲るくらい、今夜の月は高貴な美しさに溢れている。
ぼうっと眺めていると、夜空に吸い込まれそうだった。
突然、ふわっと風が吹いて、後ろから抱きとめられた。
耳元で囁かれる。
「そんな顔で月を見ていると、かぐや姫のようですよ?」
すぐに背中の温かさが消え、身体が解放される。
ジョシュアが振り向くと、いつもと変わらない笑顔があった。
「シルヴァン…」
「すみません。貴方が月に帰ってしまいそうだったので。
つい、引き止めてしまいました♪」
「月に? …ああ、日本の古典文学だね?」
「ええ。美しい月の姫が、彼女を慕う男達を置いて、月に戻ってしまうお話です。
置いて行かれる方には、もちろん同情しますが、
姫がどんな想いで月を眺めていたかと思うと、姫にも同情を禁じ得ませんね」
ジョシュアは苦笑する。
「俺は、そんな顔で月を見ていた?」
「ええ。…眠れませんか、ジョシュア?」
少しトーンの下がった声に、自分への気遣いを感じて、
ジョシュアは申し訳無い気持ちになる。
きっと、寮を出て行くところを見られたのだろう。
「すまない、心配させてしまったね。俺は大丈夫だから」
先程まで眩く輝いていた月が、
霞のような雲に覆われていく。
薄い衣を纏って、月光が幻想的に揺らめく。
澄み切った光より、艶めいて見えた。
シルヴァンは、ポンッと手を叩いて、明るい表情に変わる。
「ジョシュアは、夜にコーヒーを飲んでも平気な人ですよねっ!?」
「…ああ、そうだけど?」
シルヴァンの笑顔が輝く。
「ではっ! これから『オトナのお茶会』などいかがです?」
ジョシュアは「僕の部屋で待っていて下さいね♪」と言われた。
暫くすると、彼は二つのコーヒーカップを持って現れた。
「お待たせしましたー♪
すみません、作るのにちょっと時間かかっちゃって」
ガラスの透明なカップは、
上から白、黒、茶の三層になっていた。
「綺麗だね…シルヴァン、これは?」
「アイリッシュコーヒーです。
アイリッシュウイスキーを入れたコーヒーを、
ホイップクリームで包んだホットカクテルです。
アイルランドに行った時に出会ったんです!
身体が温まるので、寒い冬や夜のお供にはピッタリですよ♪」
シルヴァンは先に飲み始める。
「んー♪ やっぱり甘くて美味しいです」
ジョシュアも三層のドリンクに手を伸ばす。
カップを持っただけで、ウイスキーの香りが漂う。
温められたことで、蒸留酒の甘さが、より際立っているようだった。
その香りだけで、酔ってしまいそうだ。
一口飲むと、冷たくて甘いクリームが唇に付いて、
後から温かいコーヒーの苦味が口内に広がる。
「美味しい…」
喉から胸に温かさが伝わっていくのが解る。
ウイスキーの効果だろうか、夜風に晒していた身体が早くも熱を帯びて来る。
「こんなコーヒーがあるんだね…。
俺、普段、ブラックしか飲まないから知らなかったよ。
確かに、冬には最適だね」
「ええ。これは、冷えて疲れた人を温める為に生まれたんです」
シルヴァンはカップを置いて、人差し指を立てる。
講義をする教授のように、話し始めた。
「考案されたのは1942年。大西洋を横断する、
飛行船の乗客達に振る舞われたのが、最初だと言われています。
当時の飛行船は、暖房設備が整っておらず、飛行距離も短かった為、
アイルランドで燃料補給をする必要がありました。
寒く、長い旅に憔悴しきった乗客を見て、
アイリッシュのシェフ達が、彼等を温める為に創り出したドリンク。
それが、このアイリッシュコーヒーだったんです」
ジョシュアは、相槌を打ちながら、カップをソーサーに戻す。
持っていたら、落としてしまいそうだった。
瞼が重い。
全身が温かくなるにつれ、思考が遅くなる。
シルヴァンの声が少しずつ遠くなる。
「心優しいシェフ達を称えて、アイルランドの空港にあるカフェには、
記念プレートがあるんですよ。僕は、そこで初めて飲んだんですっ!
とても美味しくて、感激してしまいました。
その時に、作り方を教えて貰って…」
ジョシュアは額に手を置く。
眠気は眩暈を感じるほど強まっていた。
人の話を聞きながら眠るなんて、
そんな失礼なことしたくはないのに。
強い睡魔に抗うことができなくて。
「すまない…」と呟きながら目を閉じた。
彼の寝息が、規則的なリズムを刻み始めた頃。
シルヴァンは、やっと息を吐いた。
眠りに落ちる時まで、人を気遣った彼に優しく微笑む。
「良いんですよ。謝らなくてはいけないのは、僕の方なんですから」
安らかな寝顔に、懺悔の言葉を口にする。
「すみません。コーヒーに入れたのは、ウイスキーだけじゃないんです」
ポケットから小さなカプセルを取り出す。
「流石、ソクーロフ博士の睡眠薬は即効性がありますね。
くすねて来て良かったです」
カプセルを机の引き出しに仕舞う。
ジョシュアは、ここ暫く眠れていないようだった。
何が原因かなど聞かずとも解る。
自分が何も出来ないことも解っていて、歯痒かった。
誰しも眠れない夜があるのは仕方がない。
しかし、睡眠不足は悩みを増幅させ、更に眠れなくなる。
その悪循環に陥る前に、一度深く眠らせた方が良い。
仮初の手段だとは承知の上だが、
また夜中に寮を出て行くジョシュアを見掛けて、
その背を追い駆けずには居られなかった。
彼の為なら、この命さえ喜んで差し出せるのに。
今の自分に出来るのは、彼に一時の休息を与えることぐらい。
ソファで眠っている彼を、起こさないように抱き上げて、
その身体をベッドへ横たえる。
彼の髪を撫でて、静かに侘びる。
「ごめんなさい、こんなことしか出来なくて」
柔らかい髪。
それは緩やかな曲線を描いている。
手で梳くと、滑らかに指の間を流れていく。
少しだけ絡む指通りが心地好くて、もう一度触れる。
彼の表情は微塵も変わらず、起きる気配は一向にない。
横髪を少し手に取って。
このまま朝まで眠れるよう、おまじないをかける。
「おやすみなさい、ジョシュア。せめて、いい夢を」
毛布を掛けようとして、彼の首元が目に入った。
シャツのボタンが、首元まで閉まっている。
シルヴァンは、そっと手を伸ばす。
第一ボタンを開け、第二ボタンも外す。
シャツの間から、くっきりと浮かんだ鎖骨が覗く。
雪のように真っ白で。
触れたら、溶けてしまうかもしれない。
そんなことを考えている自分が居た。
目を閉じて、毛布を持ち直す。
その白い首元まで覆った。
無防備に晒された寝顔を見下ろして、苦笑する。
「僕も飲んだ方が良いですかね、睡眠薬」
ソファに戻り、まだ薬の入っていない自分のカップに口付ける。
上部の甘いクリームは既に消えている。
冷めたアイリッシュコーヒーは、すっかり香りが消えていた。
最後まで飲み干す。
底に沈殿していたウイスキーが口に入る。
それは、角のない、まろやかさを持つ筈なのに。
クリームの甘さに慣れた舌には、
少し、苦く感じられた。
翌朝。ジョシュアは目を覚ますと、寝惚け眼に違和感を覚えた。
何かがいつもと違う。
「おはようございます、ジョシュア」
「え…シルヴァン?」自分が彼の部屋に居ることに気付く。
「そうか。俺、昨日あのまま眠ってしまったんだね、すまない」
「いいえ。昨日は、ちょっとウイスキーの量が多過ぎたみたいで、
こちらこそ、すみませんでした。僕の部屋に泊めてしまって」
「ううん。ベッドを取ってしまってごめんね。
シルヴァンは何処で寝たの?」
「あ、僕はソファーで。
普段も割とそこで寝てますから、気にしないで下さい」
「…実は、俺、最近あまり眠れていなかったんだ。
でも今日は、久し振りによく眠れた気がするよ。
シルヴァンが作ってくれた、アイリッシュコーヒーのおかげだね」
「気に入って頂けて良かったです」
「あの、シルヴァン…」
「はい?」
「とても美味しかったから…また、飲ませてくれる?」
「喜んで。貴方のお望みなら、いつでもお作りしますよ♪」
「ありがとう」
その微笑は、クリームより甘くて。
どんなホットカクテルより、自分を温めてくれる。
シルヴァンは、思わず吐息を漏らす。
「…酔っているんですね、僕は」
「え? シルヴァン、大丈夫かい?」
「はい、ご心配なく。いつものことですから」
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