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■ハルヤ×ドニ
■愛のアルフォンソ劇場 第三幕「罪の味は本ワサビ」 続編
放課後。ハルヤはキャンパス内を宛ても無く歩いていた。
擦れ違う生徒達は少々心配そうにハルヤを眺めている。
ふらふらした足取りだった。
「どうして、毎日、おなかが空くのかなあ…」
ハルヤは心の底からそう思った。
空腹で頭が働かないし、手の指先もちょっと冷たく感じられる。
植物園には行きたくないし、本を読む気にもなれないので図書館にも行けない。
だから夕食までの時間潰しに、普通の散歩をしているのだ。
シュヌーシア寮に行くつもりはない、行ってはいけないのだと自分に言い聞かせていた。
その時、何処からか良い匂いがしてきた。
ふらりと足がそちらへと向かう。
着いた場所はアルファルド寮だった。
建物の裏側から灰色の煙がモクモク上っている。
炭火焼きの香ばしい匂い。パチパチと火が弾ける音。
外でバーベキューをしている男が居た。
背が高く浅黒い腕。一人で黙々と肉や魚を焼いている。
串には月桂樹の葉も刺さっているし、おそらく『王の剣』と呼ばれる料理のようだが。
あれって、みんなでわいわい食べるものじゃなかったっけ、とハルヤは疑問に思う。
少なくともウーティスとシュヌーシアではそうだ。
一緒にバーベキュー大会をしたことだってある。
その時、アルファルドにも一応声は掛けたのだが返事すらなかった。
個人主義者が多い寮なので、しょうがないのかも知れない。
赤々と燃える炭。既に白になっている灰。オレンジの火の粉。
少し焦げ色の付いた野菜。じゅうじゅうと焼ける肉。
網の端では貝がぱっくりと開いている。
料理ばかり見ていたと気付き、ハルヤはゆっくり視線を上げていく。
あっと思う。この前見た顔だ。
街へ行くシェフ三人に遭遇した時、彼を見た。
アルファルドのシェフ。確か名前は、アラン・ウー。
ハルヤは木の陰からそっと彼を見る。黒のTシャツにジーンズという格好。
料理中はきちんとそれなりの衣装を身に付けるカミーユやドニとは方針が違うらしい。
そう言えば、前にシルヴァンが、こんなことを言っていた。
アルファルドのシェフは、エスニックとイタリアンが得意だと。
エスニック料理と言えば、インド、タイ、ベトナムなど東南アジア一帯の
主にスパイシーな料理のことを言う。カレーもそのうちのひとつ。
イタリアンの代表はパスタだと言えるだろう。
もちろんハルヤはカレーもパスタも嫌いではない。
高級フランス料理よりは、よっぽど馴染み深い料理だ。
去年のクリスマスパーティの時にアルファルドの料理も食べた。
ウーティスやシュヌーシアの味と比べて、辛めだったのが印象的だった。
シュヌーシアの小さい子達には辛過ぎたようで、不評の声も聞かれたが、
ハルヤはこれはこれで美味しいなと思っていた。
甘いものよりは辛いものの方が得意だった。
危険な水死体ほど辛いのはダメだけれど。
今までアルファルドのキッチンに行ったことはない。
シェフとは話したこともない。
あのシェフは、普段どんな料理を作るのだろう。どんな味がするのだろう。
きゅるるるるー。
ハルヤはお腹を押さえる。全く意味のない行動だが、手が勝手に動いてしまった。
顔を上げたシェフと一瞬目が合う。
無表情な眼差しが一直線にこちらを向いている。
ハルヤはさっと幹に身体を隠した。この行動にも全く意味が無い。
五秒ほど経った後、ハルヤはゆっくりと幹から顔を出す。
さっきと同じ眼差しにぶつかる。
ハルヤは頬を掻きながら、自然発生した曖昧な微笑を見せる。
それはオリエンタルスマイルと呼ばれるものだ。
今まで無表情だったシェフがそこで初めてほんの少し眉を顰めた。
何も面白いことは起こっていないのに、摩訶不思議なタイミングで笑われた為だ。
次にシェフは手許に視線を落とした。見なかったことにしてくれたのだろうか。
今がチャンスと感じたハルヤは小さく詫びた。
「し、失礼しました…」
そう言ってダッシュして寮に帰ろうと思った。
すると、シェフは網の上から一本の串を持ち上げた。
月桂樹の葉の他に、肉と何か緑の野菜が刺さった『王の剣』。
剣の先はハルヤの方に向けられている。だが、彼は無言だ。
ハルヤは、えっと、と途惑いながら聞いてみる。
「あの、それ、俺にくれるんですか?」
シェフは無言のままだが、縦に頷いた。
笑顔でも何でもないが、とにかく自分にくれるらしい。
おそるおそる彼の方に歩いていく。
すぐ傍まで来て、彼の手から王の剣を受け取った。
空腹時に我慢できないバーベキューの匂い。
最初の肉を齧る。柔らかい。ブラックペッパーが効いていて美味しい。
カミーユはここまで香辛料を使わない。
アルファルドの料理は、やはりスパイシーに仕上がっているようだ。
次は緑の野菜。シシトウのようだ。これは辛くないだろう。
むせた。
「か、からっ…」
ハルヤは涙目になっている。
シェフはハルヤの手から串をそっと取って、それを食べた。
ほんの少し首を傾げたが、無表情のままだ。
どうやら彼には辛くないらしかった。
「あの、今の、緑のは何ですか?」
ハルヤの問い掛けに、シェフの口が初めて開く。
ハリウッドの二枚目俳優のような渋い声だった。
「青唐辛子」
シェフは串をハルヤに返す。串には肉が残っている。
これを食べろという意味なのだろうかと思い、ハルヤは肉を口に入れる。
ジューシーな肉のおかげで口内の辛味が幾らか緩和された。
と言うよりむしろ、唐辛子のおかげで肉の旨味が引き立っているくらいだ。
ハルヤは素直に感想を述べた。
「あれ、さっきより美味しい…」
シェフはちらりとハルヤを見たが、何も言わない。
再び網の上に視線を落とし、焼き上がったものを皿に乗せたりしていた。
一本食べ終わったハルヤはもう一度シェフにお礼を言って、寮に戻った。
さっきまで空っぽだったおなか。今は満たされている。
舌はちょっとヒリヒリするけど。
身体があたたかくなったようで、指先もぽかぽかしていた。
小さくなるアルファルド寮を眺めながら、ハルヤは密かに思う。
一本だけ差し出された王の剣。
(…アランの、おいしかったな)
fin
■愛のアルフォンソ劇場 第三幕「罪の味は本ワサビ」 続編
放課後。ハルヤはキャンパス内を宛ても無く歩いていた。
擦れ違う生徒達は少々心配そうにハルヤを眺めている。
ふらふらした足取りだった。
「どうして、毎日、おなかが空くのかなあ…」
ハルヤは心の底からそう思った。
空腹で頭が働かないし、手の指先もちょっと冷たく感じられる。
植物園には行きたくないし、本を読む気にもなれないので図書館にも行けない。
だから夕食までの時間潰しに、普通の散歩をしているのだ。
シュヌーシア寮に行くつもりはない、行ってはいけないのだと自分に言い聞かせていた。
その時、何処からか良い匂いがしてきた。
ふらりと足がそちらへと向かう。
着いた場所はアルファルド寮だった。
建物の裏側から灰色の煙がモクモク上っている。
炭火焼きの香ばしい匂い。パチパチと火が弾ける音。
外でバーベキューをしている男が居た。
背が高く浅黒い腕。一人で黙々と肉や魚を焼いている。
串には月桂樹の葉も刺さっているし、おそらく『王の剣』と呼ばれる料理のようだが。
あれって、みんなでわいわい食べるものじゃなかったっけ、とハルヤは疑問に思う。
少なくともウーティスとシュヌーシアではそうだ。
一緒にバーベキュー大会をしたことだってある。
その時、アルファルドにも一応声は掛けたのだが返事すらなかった。
個人主義者が多い寮なので、しょうがないのかも知れない。
赤々と燃える炭。既に白になっている灰。オレンジの火の粉。
少し焦げ色の付いた野菜。じゅうじゅうと焼ける肉。
網の端では貝がぱっくりと開いている。
料理ばかり見ていたと気付き、ハルヤはゆっくり視線を上げていく。
あっと思う。この前見た顔だ。
街へ行くシェフ三人に遭遇した時、彼を見た。
アルファルドのシェフ。確か名前は、アラン・ウー。
ハルヤは木の陰からそっと彼を見る。黒のTシャツにジーンズという格好。
料理中はきちんとそれなりの衣装を身に付けるカミーユやドニとは方針が違うらしい。
そう言えば、前にシルヴァンが、こんなことを言っていた。
アルファルドのシェフは、エスニックとイタリアンが得意だと。
エスニック料理と言えば、インド、タイ、ベトナムなど東南アジア一帯の
主にスパイシーな料理のことを言う。カレーもそのうちのひとつ。
イタリアンの代表はパスタだと言えるだろう。
もちろんハルヤはカレーもパスタも嫌いではない。
高級フランス料理よりは、よっぽど馴染み深い料理だ。
去年のクリスマスパーティの時にアルファルドの料理も食べた。
ウーティスやシュヌーシアの味と比べて、辛めだったのが印象的だった。
シュヌーシアの小さい子達には辛過ぎたようで、不評の声も聞かれたが、
ハルヤはこれはこれで美味しいなと思っていた。
甘いものよりは辛いものの方が得意だった。
危険な水死体ほど辛いのはダメだけれど。
今までアルファルドのキッチンに行ったことはない。
シェフとは話したこともない。
あのシェフは、普段どんな料理を作るのだろう。どんな味がするのだろう。
きゅるるるるー。
ハルヤはお腹を押さえる。全く意味のない行動だが、手が勝手に動いてしまった。
顔を上げたシェフと一瞬目が合う。
無表情な眼差しが一直線にこちらを向いている。
ハルヤはさっと幹に身体を隠した。この行動にも全く意味が無い。
五秒ほど経った後、ハルヤはゆっくりと幹から顔を出す。
さっきと同じ眼差しにぶつかる。
ハルヤは頬を掻きながら、自然発生した曖昧な微笑を見せる。
それはオリエンタルスマイルと呼ばれるものだ。
今まで無表情だったシェフがそこで初めてほんの少し眉を顰めた。
何も面白いことは起こっていないのに、摩訶不思議なタイミングで笑われた為だ。
次にシェフは手許に視線を落とした。見なかったことにしてくれたのだろうか。
今がチャンスと感じたハルヤは小さく詫びた。
「し、失礼しました…」
そう言ってダッシュして寮に帰ろうと思った。
すると、シェフは網の上から一本の串を持ち上げた。
月桂樹の葉の他に、肉と何か緑の野菜が刺さった『王の剣』。
剣の先はハルヤの方に向けられている。だが、彼は無言だ。
ハルヤは、えっと、と途惑いながら聞いてみる。
「あの、それ、俺にくれるんですか?」
シェフは無言のままだが、縦に頷いた。
笑顔でも何でもないが、とにかく自分にくれるらしい。
おそるおそる彼の方に歩いていく。
すぐ傍まで来て、彼の手から王の剣を受け取った。
空腹時に我慢できないバーベキューの匂い。
最初の肉を齧る。柔らかい。ブラックペッパーが効いていて美味しい。
カミーユはここまで香辛料を使わない。
アルファルドの料理は、やはりスパイシーに仕上がっているようだ。
次は緑の野菜。シシトウのようだ。これは辛くないだろう。
むせた。
「か、からっ…」
ハルヤは涙目になっている。
シェフはハルヤの手から串をそっと取って、それを食べた。
ほんの少し首を傾げたが、無表情のままだ。
どうやら彼には辛くないらしかった。
「あの、今の、緑のは何ですか?」
ハルヤの問い掛けに、シェフの口が初めて開く。
ハリウッドの二枚目俳優のような渋い声だった。
「青唐辛子」
シェフは串をハルヤに返す。串には肉が残っている。
これを食べろという意味なのだろうかと思い、ハルヤは肉を口に入れる。
ジューシーな肉のおかげで口内の辛味が幾らか緩和された。
と言うよりむしろ、唐辛子のおかげで肉の旨味が引き立っているくらいだ。
ハルヤは素直に感想を述べた。
「あれ、さっきより美味しい…」
シェフはちらりとハルヤを見たが、何も言わない。
再び網の上に視線を落とし、焼き上がったものを皿に乗せたりしていた。
一本食べ終わったハルヤはもう一度シェフにお礼を言って、寮に戻った。
さっきまで空っぽだったおなか。今は満たされている。
舌はちょっとヒリヒリするけど。
身体があたたかくなったようで、指先もぽかぽかしていた。
小さくなるアルファルド寮を眺めながら、ハルヤは密かに思う。
一本だけ差し出された王の剣。
(…アランの、おいしかったな)
fin
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