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Marginal Prince Short Story
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■オーギュスト×アンリ
■ダーク
目が覚めたら、講師に見下ろされていた。
僕を心配する顔。下ろされた前髪。青白い鎖骨。
教室では見せないものだ、とまだ起きていない頭がどうでもいい判断をした。
此処は教室ではない。僕のベッド。部屋はまだ暗闇に染まってる。

「怖い夢を見ていなかったかね? かなりうなされていた」
「見たよ。高層ビルから突き落とされる夢なら」

とん、と胸を押されて、ビルの屋上から放り出される。
自分の肢体が宙に浮く。その感覚。今もはっきりと思い出せる。
重力に逆らえない身体が、真っ逆さまに。

「笑ってたよ、あの人。嬉しかったんだろうね」

地面に落ちていく中、彼の顔を見た。
僕が彼を喜ばせる方法は、こんなことくらいしかないのだろう。
おそらくそれが、唯一の親孝行と言えるのかもしれない。

「よく見るのかい、その夢は」
「初めてだよ? 突き落とされたのは」

僕が思い付く限りの方法が、夢の中でひとつひとつ試される。
ミステリー作家にでもなれそうなくらいだ。
無意識下の僕は既に幾度も、あの人の手に掛かってる。
まるで、『当日』に向けて、心の準備をするように。
何度も何度も。呆れるほどリハーサルしてる。

「大丈夫だよ、アンリ。ただの夢だ」
「だと良いけれど」

君の優しい声。でもそれは気休めにしかならない。
いつ、その日がやってくるか解らない。
あの人からこんなに離れた場所に居るのに。
夢の中では、どうしようもない。
せっかく高額で雇ってるボディーガードも役に立たない。
それに、夢の中での僕は、貴方の前で何の抵抗もしないのだ。
ただ呆然と、貴方を見上げることしかできなくなる。
そして、僕は思う。もう充分解っていることなのに、未練がましく。
僕はこの人に愛されていないのだと、思い知らされる。

「夢だよ、アンリ。現実にはならないから」

講師は静かに僕の頭に触れた。
髪を撫でられると、自分が嫌になる。
髪に触られると、以前は身体が強張った。
父に折檻され、髪を引っ張られた記憶が、未だに染み付いていた。
けれど、今では違う条件反射が起こる。この講師に、塗り替えられた。
髪に触られると、身体は数時間前のことを思い出す。

「Je ne veux pas dormir(眠りたくない)」
「Oui(うん)」

与えられる口付け。
抗えない。
刹那の愉悦だと解ってる。
今はそれだけが欲しい。
あの笑顔が忘れられれば、それでいい。

秒針。
囁き。
衣擦れ。
水音。
吐息。
声。

どうして、講師とこんなこと。
愛して欲しかった人は、君ではないのに。
もしかしたら。
年上の男なら、誰でも良いのかもしれない。


最低だな、僕は。


fin
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