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Marginal Prince Short Story
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■ジョシュア×アンリ
僕はゆっくりベッドから立つ。頬に添えられた冷たい手が離れる。
壁に背を預ける。カーテンの隙間から眩しい朝陽が漏れている。
ジョシュアも起きたらアンリになっていたらしい。
二人とも昨日は特別変わったことなどしていない。
どうしてこんなことになってしまったのか、彼も僕も検討が付かなかった。
そのうちに朝食の時間が来る。打ち合わせ時間もそれほど長くはないようだ。
今日は平日。授業はある。
僕と彼の能力と性格を考慮し、今日一日を予測する。
この展開は僕には得になりそうだと試算が出た。

「不本意ではあるけれど、今日一日は、君は僕、僕は君として過ごすしかないよね?」

「えっ? でも…」

「いい? 君がアンリ。僕がジョシュア。
僕は君らしく振る舞ってあげるから、君も僕らしく振る舞ってね?」

「アンリらしく?」

「もう三年も同じ寮に居るんだから、模倣くらいはできるでしょう?
それから、夕食後には僕の部屋で今日の出来事を情報交換。
元に戻った時に情報が抜けていると怪しまれるからね。
――まあ、いつ戻れるかは解らないけれど」

「ねえ、アンリ。誰かに相談した方が良いんじゃないかな? あ、ソクーロフ博士とか」

「寝言を言わないで。あのサディストに、こんな状態の身体を差し出したら、
保健室から生きて帰って来れないよ」

「言い過ぎだよ、アンリ。どうして、そんなに博士のことを酷く言うんだ。
親切で信頼できるドクターじゃないか」

「僕の声で、あれを信頼できるとか言わないで。
ソクーロフについて議論している時間はない」

「寮のみんなにも秘密にするのかい?」

「彼等に言ったってどうにもならないし、僕達の身体がお調子者達に遊ばれるだけだよ。
では会議は終了だね。君は早く部屋に戻って。
この部屋から、寝巻姿で出て行くのを他の人に見られたくないし。その格好で朝食に行くつもり?」

「着替え? あ、アンリ」

「なに」

「俺、君の服、着て良いのかな?」

「いちいち聞かないで。身体に合うものを着るしかないでしょう」


ウーティス寮ダイニングルーム。
朝食はビュッフェスタイル。各自好きなものを自由に取っていく。
席に着くと、ウーティス寮の執事が傍に来た。

「おはようございます、ジョシュア様」

そう言ってコーヒーを置いた。
ジョシュアなら朝はブラックコーヒーを飲むと決まっているので、
何も言わずともそれを提供したのだろう。優秀な執事だ。
けれど僕は、よほどカフェインを必要とする時以外は飲まない。
だって、あの黒い液体は苦いもの。
ミルクティに換えて、と言いたいのを堪えて彼が毎朝言っている台詞を演じる。

「…おはよう、バトラー」

執事は一礼して、次の生徒の元へ行った。

「おはようございます、アンリ様」

彼には紅茶。ミルクピッチャーも差し出している。

「おはよう、バトラー」

条件反射のように彼は言った。
執事は一瞬、はて、という顔をした。当たり前だ。
おはよう、なんて僕は言わないし、朝からそんなに爽やかな笑顔はできない。
例え夜だって、君のような笑顔は持ち合わせていないのに。
ほら、他の連中も変な顔をしている。
彼に僕役だなんて、酷いミスキャストだ。

「ねえ、ジョシュア。今夜、お時間ありますか?」

髪の長いお調子者に話し掛けられた。
仮に時間があっても付き合いたくはないのだが、
なるべくジョシュアらしく応じてあげる。

「今夜、何かあるの? シルヴァン」

「はい。僕達、今日はライブのリハーサルをしますので見に来ませんか?
お客さんが居てくれると、僕達もやりがいがありますので」

「そうそう、先行試写会ってヤツ?
デッドプリンスライブの裏側に特別ご招待! どうだ、行きたいだろっ?」

単細胞のハリウッドスターは朝からテンションが高過ぎる。
僕はジョシュアを演じる為に、先ずは謝罪の言葉を述べてみた。

「すまない。今夜は先約があるから」
「おおっ? めずらしーな。夜に誰と約束してんだよ、ジョシュア」
「アンリと。ね、アンリ?」

彼は驚きながらも、僕に合わせて頷いた。
単細胞が、からかって口笛を吹く。

「アヤシーなー、お前等が夜に約束なんて。何すんだよ、二人で」
「チェスだよ。習いたいって頼んでいたんだ」


朝食後。僕達は互いの部屋に行って、今日の時間割を確認した。
僕は、動物行動学の教室へ向かった。
キャンパスを歩いていると、あちこちから朝の挨拶を掛けられた。
さすが人望が厚い優等生だ。いちいち挨拶を返さなくてはならないのが面倒臭い。
やっと教室に辿り着く。ジョシュアから聞いている彼の席に座る。
このクラスに居る者は例外なく動物に興味関心があるらしい。
成程、そんな面子が揃っている。だが、あれが居ない。学院一の動物狂が。
動物行動学という学問には興味がないのだろうか。

「みんな、おはよう」

教授が来た。眼鏡を掛けていて、いかにも動物が好きそうな善人顔。
アフリカで野生動物を研究することをフィールドワークにしている大学教授だ。
学院からの要請でこの講座を持つことになった。
まだ若い。三十前後に見える。アフリカの日差しで焼けたのか、褐色の肌をしていた。
教授は、今日は外で勉強しようと言い出した。
彼を先頭に生徒達が教室を出て行く。辿り着いたのは、あの場所だった。
一人の生徒がそこで待っていた。教授が生徒に手を向ける。

「今日の動物行動学は、ジャワハルワール全面協力の下、
彼の動物園を見学させて貰えることになったんだ。ご協力ありがとう」

「アリガトー!」

ジャワハルワールの肩でオウムが教授の口調を真似ている。
アルファルド寮のジャワハルワール。
入学時に動物園ごとやってきた。彼は祖国ミッタルの王となる者。
彼が連れてきた動物達の家が、動物園と呼ばれているのだ。
この動物狂が動物行動学を受講しているのは無理もないが、
授業にまで、オウムを連れてきているとは知らなかった。
邪魔にならないのだろうか、このクラスの生徒達には。
全員、そこまで動物愛護者なのか。
教授は微笑ましく鳥を見つめ、再び生徒達に向き直る。

「今日はこちらのコバタンオウム君も、
授業にご協力頂けるとのことだから、彼は特別講師だと思ってね?」

「トクベツコーシ!」

鳥の声が高過ぎる。
できることなら、今すぐあのクチバシを縛りたい。

「さあ、今日の授業は、実際に動物に触れて、生態を学ばせて貰おう」

観察記録を文章にして授業が終わるまでに提出するようにとのことだった。
ジャワハルワールの動物園は、個人の所有物とは思えない数の動物が居た。
何故これほど多くの動物を連れてくる必要があったのか理解できない。
何を観察しようか決め兼ねていると、オウムが飛んで来た。
僕の前に止まって、親しげに片翼を挙げた。

「ジョシュア! ウマ、ゲンキ?」
「え? ああ」

驚いた。このオウムはジョシュアの名前と顔が解るらしい。
しかも、馬を所有していることまで知っているのか。

「テンシ、ゲンキ?」
「…天使?」
「ジョシュア、スキ、テンシ! ヒミツダヨ! ヒミツダヨ!」

彼は鳥に何を教えているのか。
彼が「秘密だよ」と言った時の微笑が容易に想像できて嫌になる。

「…天使って誰のこと」
「コノ ハナシは コレで オシマイにシヨウ!」

バサバサと騒々しく飛び立って、次の話し相手を探しに行ったようだ。
選ばれたのは、黒い長髪の生徒。
僕は彼の顔を知っていた。彼も神秘学を受けているからだ。

「レオシュー!」
「煩いぞ、鳥」
「トクベツコーシ!」
「観察の邪魔だ、向こうへ行け」

慣れた様子でオウムと話している姿は意外に映った。
彼はいつも不機嫌そうで、
周囲に人を寄せ付けない雰囲気を持つ人だと思っていたが。
あの鳥とは親しいらしい。

「トクベツコーシ、カンサツ!」
「お前のことは見飽きている」
「トクベツコーシ、カンサツ! カンサツ!」
「おい、ジャワハルワール、鳥を何とかしろ」

ゾウと無言の対話中だったジャワハルワールは、
ゆっくりとレオシュとオウムを見やる。オウムが片翼を挙げる。

「ジョウオウは、キョウもゴキゲンナナメ!」

ジャワハルワールは、そうだね、とでも言うように無言で頷く。
再びゾウに向き直り愛おしげに長い鼻を撫でていた。


To be continued
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