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Marginal Prince Short Story
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■六年前
東京の六月は酷く蒸し暑い。今日も雨が降っている。
梅雨に入り、学校全体がジメジメしてた。
壁もしっとりと汗をかいている。
授業前の休み時間。
五年三組の一部はゲームの話題で盛り上がっていた。
クラスにはお金持ちの家の子が一人や二人は居る。
昨日発売されたばかりのゲームの自慢をしていた。
みんなは「お前の家に生まれたらよかったー」などと言っていた。
話題は次々と変わる。人気のRPGで、昨日はどこまで行ったとか、
あの中ボスが強過ぎんだよな、とわいわい話が進んでいた。
会話に加わっていない奴が一人。
通路を挟んで俺の左前に居る、小林春也。
去年、新学期でもない時期に、和歌山から来た転校生。
時々なまったアクセントで話す、ちょっと変わった奴。
転校してきた日、「好きな食べ物は?」って聞かれて、
「アボカドマグロ丼です」って答えてたし。アボカドってなんだ。
小林は女みたいな顔をしてるせいか、女子にはすぐに気に入られて、
他のクラスから、わざわざ見に来る女子まで居た。
小林は話を振られれば喋るけど、自分からはあんまり喋ってない。
金持ち野郎が小林に話し掛けていた。
「なあ、小林は何のゲーム持ってんの? 64派? プレステ派?」
「持ってないんだ」
「え? でもゲームボーイは持ってんだろ?」
「ううん」
「えー。めずらしーな、お前。家で何やってんの?」
「えっと…マンガ、読んだりとか」
「ジャンプ派? コロコロ派? ガンガン派?」
「あ、ジャンプ」
「ジャンプ派かー。じゃあさ、ジャンプのどれが好き?」
「先生、来たよー」
廊下を覗くのがシュミの奴が叫んだ。みんなバタバタと自分の席に戻った。

四時間目は総合学習。
なんか去年くらいから新しくできた科目で、
道徳っぽいこととか、社会っぽいこととかやる授業だ。
「今日は父の日なので、お父さんにお手紙を書きます。
うちに帰ったら、お父さんに渡してあげて下さいね」
えー、というブーイング。先生は気にせず紙を配る。
いつもの作文用紙ではない。本物の便箋だった。綺麗な水色。
「こういう時に、ちゃんと、ありがとうって言っておかないとね」
みんな嫌がっていたが、ざわざわしていた教室も、
次第に鉛筆の音だけになっていく。
クラス全員が書き終わった頃、先生は水色の封筒を見せた。
「書けましたか? ではこれから、この封筒を配ります。
封筒の表には、『お父さんへ』って書いて、プレゼントしてあげてね」
クラスに二人は居るバカが手を挙げた。
「せんせー、『オヤジへ』でもイイですかー?」
「良いですよ。いつもオヤジって呼んでるの?」
「いえ、お父様です」
みんなは笑っていた。
最前列の席から後ろへ封筒が回される。
小林は、封筒に便箋を入れると、
封筒の表には何も書かず、机の中に入れていた。


「ただいま」
春也が家に帰ると、母親は出掛ける準備をしていた。
母は料亭を営んでいる。この時間は仕事に行く前で慌ただしい。
「あの、母様。80円切手、あるかな?」
母親は手を止めて、春也を振り向く。
「あるわよ。手紙を出すの?」
「えっと、ジャンプの、懸賞なんだけど」
「そう。当たると良いわね。切手、1枚で良いの?」
「うん」
母親は切手を持ってきて、春也に渡した。
時計を見ると、もう仕事に行く時間が迫っていた。
「じゃ、行って来るわね。ごはん、台所に置いてあるから」
「ん。いってらっしゃい」
バタンと戸が閉まる。
春也は少し濡れたランドセルから水色の封筒を出した。
和歌山県から始まる住所と梅ヶ枝 近春様と書いた。
封筒を引っ繰り返す。
東京都から始まる住所と小林 春也と書いた。
ぺろっと舌を出して、切手を舐める。
切手の裏は、白いご飯のような味がした。
切手を封筒に貼り、剥がれないように縁を一周撫でた。
ぐう、と小さな音が聞こえた。鳴った場所をさする。
「ごはん食べてから、ポストに行こっかな」
台所に向かう。テーブルには丼が置いてあった。
白飯の上には鮮やかな赤と緑。
「あ、アボカドマグロ丼だ」
やった、と小さく言った。


fin
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