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Marginal Prince Short Story
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■ジョシュア×アンリ
午後の講義は体育。しかもサッカーだ。
僕だったら面倒な時は見学している。
ジョシュアはゲームで重宝がられるし、優等生なので見学など有り得ない。
参加せざるを得なかった。それに僕には勝算があった。
身体が入れ替わっているのだから、身体能力を受け継いでいても可笑しくはない。
サッカーの授業でシュートをする。それは今までやってみたことはない。
純粋な知的好奇心に突き動かされた。


「行けっ、ジョシュア!」

試合中、アルフレッドからパスが来た。良いコースだ。
蹴ればシュートが入るかもしれない。僕はボールに足を伸ばした。
爪先からボールが擦り抜ける。青い空が見えた。


「おいおい、派手にすっ転んだなあ、ジョシュア」

単細胞に見下ろされた。むかつく。
見学席に座らせておいた人が走ってきた。
周囲が驚いている。あのアンリが一目散にジョシュアの元へ来たのだから。
彼が僕の前でしゃがむ。

「平気かい? ごめん、膝を見るよ?」

お節介焼きが僕のズボンを捲る。白い膝は赤く滲んでいた。
彼はピッチに向かって声を上げた。

「レッド! 選手交代」
「あ、ああ」

アルフレッドはベンチに目を向け、ジョシュアの代わりになる生徒を選抜する。

「じゃあ、シルヴァン!」
「はーい。シルヴァン、行きまーす」

呼ばれた生徒は元気良く手を挙げてピッチに向かった。

「肩を貸すよ、立てるかい?」

僕は彼に支えられて静かに立つ。そっと足を前に踏み出す。
ビクと痛みが走って、膝がぐらつく。

「痛そうだね。ゆっくり行こう」

一歩ずつ進んで、フィールドの外に出た。


ピッチ内のハルヤは眼鏡を押し上げて二人の様子を眺めていた。

「へえ。アンリってジョシュアには優しいんだ。付き合い長いからかなあ?」

アルフレッドは舌打ちする。

「ちげーよ。介抱するフリして、テイ良く授業サボるつもりだろ? 上手いコト考えるぜ」

シルヴァンが腰を左右に回しながら、笑顔で歩いてくる。

「妬けますよねー、あんな光景を見せられると」
「妬いてなんかねーよ!」

シルヴァンは手首に巻いていたヘアゴムで髪を束ねる。

「さ、僕達は試合を続けましょう。僕、ハットトリック決めちゃいますから」


僕達がベンチに入ると、生徒達の視線を浴びた。
皆が僕を、いや、ジョシュアの身体を心配しているようだった。
「大丈夫?」「平気か?」という類の声を幾つも掛けられた。
慣れないものに晒されて、痛みを忘れるほど居心地が悪かった。

「傷口、洗おうか、ジョシュア」

彼は向こうの水飲み場を指差した。

「少し滲みるかもしれないけど。保健室には行かなくて済むよ?」

足を少し引き摺りながら、水飲み場に辿り着く。
もう周りに他の生徒は居ない。
彼は僕を木陰に座らせると、ハンカチを水に浸していた。
固く絞ってから、僕の傷口にそっと当てる。冷たい刺激に、膝が少し震えた。

「ごめん、アンリ。少し我慢して」

泥や血を丁寧に拭う。傷口が綺麗になるとハンカチを洗っていた。

「ねえ」

「ん?」

「どうして、走ってきたの」

「え? だって、アンリが怪我をしたと思ったから…」

「今は君がアンリ。僕は、君と違って過保護じゃないの。
他の連中が不思議がっていたでしょう?」

「ああ、そうか。ごめん。アンリのマネって難しいな」

鳥の彫刻が飾られた蛇口から雫が一滴落ちた。

「僕だって君のマネをしてあげてるんだから、ちゃんとやってくれない?」

「アンリだって、俺のマネ、できていないよ?」

「何が」

「怪我の手当てをして貰ったら、俺は『ありがとう』って言うと思うな」

さあ言ってみろという状況で素直に礼が言える性格ではなかった。

「…僕は、君じゃない」

彼は笑顔で立ち上がり、僕に手を差し出す。

「じゃ、おあいこだね?」

その顔で爽やかに笑わないで。


やっと長い一日が終わった。
夕食後、寮のチェスボードを持って僕の部屋を訪ねる。
他の連中と一緒に居る時は気が抜けなかったが、
彼と二人きりなると、なんだかほっとした。

「今日は疲れただろう、アンリ」
「ああ。キャンパスを歩いているだけで、やたら挨拶されるんだもの」
「ちゃんと挨拶を返してくれたのかい?」
「まあ、適当にね」

本当かな、というように彼は苦笑した。が、すぐに表情を曇らせた。

「アンリ、今日はすまない」
「何を謝っているの?」

彼は僕の膝に触れた。布越しのその場所には彼が巻いた包帯がある。

「俺のせいで、君に怪我をさせたから」
「怪我をしたのは僕のせいで、怪我をしたのは君の身体でしょ」

彼は首を横に振る。

「痛い思いをしたのはアンリだ。すまない。今も痛むかい?」
「別に。さっさと情報交換をしよう」

今日一日の出来事を報告し合う。
彼は金融工学が意外と面白かったと楽しそうに話していた。
僕は動物園に行ってリスの観察をしたと話したら、
良かったね、と言われて、ちょっとむかついた。
入れ替わった理由については、互いに考えてはみたが思い当たる節もなかった。
ファンタジーの入れ替わりモノで見るような『原因』は、やっていない。
頭をぶつけるどころか、額が触れ合うようなこともしていないし、
ここ暫く至って天気は良く、雷に打たれるわけもない。
結論の出ない議論は、やるだけ無駄だ。

僕は窓辺に寄り添って、少しカーテンを開ける。
窓の向こうには遠くまで広がる森。今は真っ暗だ。
窓を見たまま、僕は呟いた。

「ねえ。君は僕になっても、見えないの?」
「何がだい?」

僕はこちらの額を指差す。

「此処に、月桂樹の王冠」

入れ替わった朝、鏡を見た時に感じた違和感。
この額には、王冠がないのだ。
彼がこちらの額を見つめる。大きなリアクションはない。
いくらじっと見ても、発見できないようだった。
額を見られている間、少し落ち着かない気分になった。
そう言えば、そんなに見つめないでくれないか、と彼にはいつも言われる。

「すまない。俺には見えないみたいだ」

視線を外されて、少しほっとしている自分が居た。

「そう。本人にも見て貰えたら良かったんだけどね。君の王冠」

「アンリは? 今も見えるのかい?」

「ううん。自分の頭の上なんて見えないし、鏡にも映らないものだから。
もしくは、魂が僕だから、王冠自体が姿を消しているのかもしれないし」

「そう、だね」

王冠について話す時、君はいつも以上に自信のない顔をする。

「まだ納得してないんだ、王冠の話。君、僕のこと、ホラ吹きだと思ってる?」

「違うよ。アンリが嘘を言っているとは思ってない。
だけど、王冠なんて…俺に相応しいとは思えないから」

「馬鹿馬鹿しい。あるものはあるの。君が信じようと信じまいとね」

「うん。ありがとう」

「お礼を言われるようなことを言ったつもりはない。もう寝よう」
「そうだね。今日は本当にお疲れ様、アンリ」

彼が部屋を出て行こうとした。

「待って。君はココ。僕の部屋で寝るの」
「ああ、そうか」
「じゃ」

僕は部屋を出て行った。


ジョシュアの部屋は一階、右側の棟の一番奥。
意識しなくても足は自然と其処へ向かう。
インテリアは、ほぼ入学当初のまま。
机上には教科書の類が綺麗に並んでいる。
夢に堕ちるまで少し間があるので、明日の予習でもしようかと思った。
ジョシュアの授業とは言え、講義の内容がよく解らないのが不快だったからだ。
教科書を取ろうとしたら、他の本を床に落とした。
その時、本の隙間から何かがひらりと舞った。

四角に切り取られた記憶。
幼いジョシュアがご両親と共に映っている写真だった。
父親はプリンス・エドワード、母親はクリスティーナ・グラント。
幸福な親子の写真。彼にとって、これは過去。
懐かしいという感情だけではないのだろう。
このような写真を只の一枚も持っていない家と、どちらが不幸だろう。

写真を適当に本に挟んで本棚に戻す。読もうとした教科書を机に置いた。
電気を消して、ベッドに横たわる。
毛布を引き寄せた。


To be continued
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