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Marginal Prince Short Story
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■ジョシュア×アンリ
夜は面倒なことにバーベキューパーティだった。
アンリはなるべく、寮生から離れた所に居るようにした。

「足、大丈夫? ジョシュア」

後方から声を掛けられた。眼鏡を掛けた東洋人。
僕にとっては空気のような存在。
彼から話し掛けられたことはあまりなかった。
ジョシュアになら話し掛け易いのだろう、僕よりはずっと。
黒い瞳は心配そうに僕を、いや、ジョシュアの顔を見上げている。
生徒代表曰く『東洋の黒い真珠』
日頃から大袈裟な賛辞を乱用する人だけれど、
この瞳に関しては、異論を唱えるつもりはない。

「ジョシュア、やっぱり、痛いの?」
「大したことはないよ。心配掛けてすまない」

するりと謝罪の言葉が出た。
ジョシュアのマネをしようと思ったわけではなかったのに。

「そっか。俺、昨日はビックリしちゃった。アンリがジョシュアの介抱するなんて」

全くだ。僕が一番驚いた。いや、呆れたという方が正確だ。
ハルヤは少しキョロキョロした。近くにアンリの姿がないか確認しているようだ。
僕の身体を持つ人は、向こうの方でシルヴァンとレッドに絡まれている。
ハルヤはひそひそ声で続けた。

「アンリってさ、いつもはツンツンしてるけど、
俺が入学したばっかの時とか、さりげなく声掛けてくれたんだよね。
おとといもさ、テオが俺に色々言ってくる時、アンリ、助けてくれたし」

それはあの陽気過ぎる声を黙らせたいだけだ、という言葉を飲み込む。

「でもアンリは、俺のこと、そんなに好きじゃないんだろうなあ」

嫌いだと言った事はない筈だ。大して話したこともないのだし。

「ハルヤ。どうして、そう思うの?」
「だって、ジョシュアと違って、そんな話し掛けて貰えるわけでもないし…」

話し掛ける量が好意と比例するとでも思っているのだろうか。
必ずしもそうとは言えないのに。

「あ、ごめん。なんかヘンなこと言ってるね、俺。
さっき、シルヴァンにダマされて、お酒飲まされちゃったからかも。
炭酸ジュースですよ、って言われて飲んだら、シャンパンでさ。
ごめんごめん。俺、もうちょっとバーベキュー食べてこよっかな、じゃね」

「アンリは」

「えっ?」

「君のこと、嫌いじゃないと思うけど、別に」

「そっかなあ?」

ハルヤは困ったような笑顔を見せた。
ジョシュアの性格から判断して、真実味を帯びない只の慰めに聞こえたようだ。
過度にお人好しだと言葉を信じて貰えない時があるらしい。自業自得だ。

「嫌いだったらそもそも話し掛けないよ。それに君は単細胞と違って静かで良い」
「た、単細胞?」
「…って、アンリなら言うんじゃないかな?」
「あ、あはは。そうかも」

長い付き合いだけあってモノマネ上手いね、と褒められた。
ジョシュアのフリは疲れる。
君のことが嫌いじゃないのは本当だけれど、今日はもうどっかへ行って欲しい。

「あ、そう言えばさ」

なんで、今日に限ってお喋りなのかな、君は。
ハルヤにシャンパンを飲ませたお調子者を軽く呪いたい。
大体何故、ハルヤを酔わせたのか。

「アンリって、歌、上手いよね」
「歌?」

君の前で歌ったことなどない。

「この前、サロンで歌ってるの聞こえちゃったんだ。
なんか、アンリっぽいなってかんじで、いい曲だった。
あ、俺が聞いてたってアンリには言わないでね?」

僕は王子様の微笑を浮かべてみる。

「うん。言わないよ、ハルヤ」
「ありがと」


「おい、アンリ、お前ゼンゼン食べてねーじゃん!」

アルフレッドは自分より背の低い同級生をからかう。

「好き嫌いするから、背がそこで止まったんだぞ?
ほれ、このピーマンも食え」

アルフレッドがアンリの持っている皿にピーマンを乗せる。
シルヴァンがそれを奪って、自分の皿に乗せた。

「レッド。それ、自分が嫌いなものを押し付けてるだけじゃないですか?
アンリ、お腹が一杯なら、お飲み物はいかがです?
僕、今日はシャンパンを持ってきたんですよ。お注ぎして良いですか?」

「…メルシー」

ジョシュアは、アンリなら何て言うだろうと生真面目に台詞を考えながら、
二人と会話していた。それに精一杯で、食は進んでいなかった。
アルフレッドはバーベキューの日は特に食欲旺盛で、
もう何本目かも解らない『王の剣』に被り付いていた。
香り付けに刺してあった月桂樹の葉が出てくると、串から抜く。
葉を火の中に放りながら、シルヴァンと話していた。
ジョシュアはアンリ役なので、話が自分に振られない時は、
なるべく無口で通そうとした。シャンパンを飲みながら二人の会話を聞く。

「なあ、シルヴァン。そのシャンパン、お前が買ってきたの?」

「いいえ? アイヴィーの家からちょっと頂いてきたんです、ナイショですけど」

「またかよ。怪盗にでもなれそーだな、おめーは」

「じゃ、今度は予告状でも出しときますかね。
『今夜0時に貴方のハートを頂きに参上します』なんてキスマーク入りで♪」

「…破られるぞ、ソレ」

「アイヴィーはそんなことしませんよー」

ジョシュアは、今、飲んでいるシャンパンが盗品だと知って、ショックを受けていた。
シルヴァンが常習的にそういうことをしているなら、
何か注意した方が良いんじゃないかとも思うけれど、今はアンリなので我慢するしかない。
心の中でアイヴィーに謝っていた。すみません、頂いてます。

「ねえ、アンリ」
「な、なに?」
「僕、前から聞いてみたかったことがあるんですけど、良いですか?」
「どんな、こと?」
「付き合いの長いアンリから見て、ジョシュアってどんな人なんですか?」
「…ジョシュア?」
「ええ。言えませんか?」
「いや、そう、だね…」

ジョシュアは考えた。
アンリは自分のことをどう思っているのだろうと。
忌憚のない表現で言えば良い。
そう思うと、この質問に答えるのは簡単かもしれない。
正直な自己評価を言えば良い。ぽろりと言葉が零れてきた。

「ジョシュアは…臆病な人だと思う」
「臆病? どこがだよ?」
「彼は…いつも周りの目を気にしている。
迷惑を掛けていないか、期待に応えられているか、そればかり。
そんなこと、僕からすれば、どうでもいいことだ」

言いながら、きっとそうだ、とジョシュアは思う。
アンリは俺のことをこんなふうに見ているだろう。
彼は自分の気持ちを正直に相手に伝えることができる。
人にどう思われようと関係なく。それはすごいことだと思う。
アンリは、俺にできないことを、思いのまま、自由にこなしている。
人を傷付けるまでの言葉を言いたいとは思わないけれど。
アンリみたいになれたら。
少しでも、アンリのように自分に正直になれたら。
そう思ったことは、一度や二度ではなかった。

「ジョシュアは自分がグラント家の出身だということを気にして、
聖アルフォンソ学院に居てはいけないんじゃないかと思っている。
自分の居場所が此処で良いのか不安なんだ。
学院の友達は、みんな好きなのに、どうしても気兼ねしてしまって。
完全に心を開けない自分が居て、なかなか距離を近付けられずにいる。
入学してからずっと。言いたいこともはっきり言えなくて、臆病者だ」

「お前なー! 付き合い長いからって、んなズケズケ言ってんじゃねーよ!」
「待って下さい、レッド」

シルヴァンは友人を止めた。

「きちんとジョシュアを見た上での意見だと思いますよ。
でも僕、ちょっと驚いちゃいました。
アンリがそんなにジョシュアのことを深く見ていたなんて」

「…長い付き合いだからね」

「アンリの目から見れば、ジョシュアは、
人に気を遣い過ぎるように見えるかもしれません。
だけど、それは彼の短所であり、同時に長所ですよね」

「…長所?」

「長所と短所というものは、同じものを逆の視点で表したものじゃないですか。
周囲を気にするということは、それだけ、相手を大切にできるということ、でしょう?
その能力は、聖アルフォンソ学院の中でもトップだと思いませんか?」

アルフレッドは食べ終わった串を振りながら、

「まーなー。だからみんな、ジョシュアのこと信頼できるヤツだって思ってんだし。
俺は、もうちょい気楽にやってもイイんじゃねーかと思うけどな、
テオなんかみたいにさ。いや、あそこまでお気楽者じゃジョシュアじゃねえかっ」

「テオに悪いですよ、レッド」

「だって、ジョシュアには『ああ、なんと美しい氷の微笑だろう』とか言って欲しくねえだろ?」

「レッド、似てます!」

「あ、マジで? 『東洋の黒い真珠! 今日も愛らしいね!』」

それを聞いて、ハルヤが驚いて振り向いた。


バーベキューが終わった後、満腹な顔をした寮生達はそれぞれの部屋に帰って行った。
その後で、僕は僕の部屋を訪ねた。
未だに入れ替わったままなので、今日も一日の報告会をする必要がある。
ジョシュアから神秘学での出来事を聞いて、呆れた。

「レオシュに借りを作ってきてくれるとは、極めて優秀だね、君は」
「アンリ、レオシュと親しかったんだね。知らなかったよ」
「逆だよ。疎まれてるんだ。僕が居るせいで、彼は神秘学の成績がいつも二位だから」
「そうか。良いライバルなんだね」
「どうして君は、そう前向きな言葉がポンポン出てくるのかな」
「違ったかい?」
「僕は何とも思ってないのに、勝手に目を付けられてるだけだよ」

レオシュとは仮装行列の時にもライバル扱いされたことがある。
僕にお姫様の格好をして喜ぶ連中には、
姫派、女王派などという、どうでもいい派閥争いがあるらしい。

「あ、そうだ。パラケルススって、どんな人なんだい?」
「なに、神秘学に興味でも持ったの? 酔狂だね」
「ボージェ教授にね、復習をしておくようにって言われたんだ。
また今度、質問されるかもしれないから、教えて貰えるかな?」

復習しろなんて、今まで言われたことはない。
質問に答えられないという状況がなかったせいだろうか。

「アンリ? アンリも知らないことなの?」

失敬な。

「15世紀頃に活躍した錬金術師。亜鉛元素の発見者でもある。出身はスイス。本名は、
フィリップス・アウレオルス・テオフラスツス・ボンバスツス・フォン・ホーエンハイム。
最も有名な逸話は、人工生命体を創り出したという話だね、手乗りサイズ」

このくらいの、と人差し指と親指で数センチを示す。

「本当なのかい?」

「さあ。人工生命体については、大分、胡散臭い話だよ。
パラケルススは錬金術師である前に医師だった。
彼は黄金変成などに興味はなかった。
どんな病をも治す万能薬を作る為、錬金術を研究していた。
病気の概念を考えたのも彼だ」

「病気の概念って?」

講師でもないのに、どうして僕が神秘学の講釈などしなくてはならないのだろう。
けれど、ある程度の知識をジョシュアに与えておかないと、
教授に怪しまれる可能性がある。
オカルトコレクターは、あれで頭が切れるのだ。講義を続ける。

「当時は、身体内部の不調によって発熱などの症状が発生する、と考えられていた。
パラケルススは、外部からの攻撃によって病気になる、と考えた。
正しい概念だけれど、医学にウイルスの概念が確立する300年も前のことだったし、
彼は神秘学的思想の持ち主だったから、迫害されて、放浪することになるんだけどね」

ジョシュアは僕の顔で沈痛な表情を見せる。同情しているらしい。

「そうか…ニューパラダイムの発見者は、
大衆に受け入れられないことがあるからね…アンリ? どうしたんだい?」

「いや、何でもない」

「そう? じゃあ、今日はもう寝ようか。おやすみ」

ジョシュアが出ていく。
僕は天井を見ながら、先程浮かんだことを検討した。

今まで僕達は、自分達が何か変わったことをしたのでは
と、内部的な要因しか考えてなかった。
僕達に原因がないのなら、他の何かを疑うべきだ。
入れ替わった原因が、外部からの攻撃、という可能性もある。
例えば、何らかのウイルス。あるいは、もっと別の――
人智を超えたもののせいに仕掛けて、止めた。

「…僕も、変人にだいぶ毒されてるな」


To be continued
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