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■ジョシュア×アンリ
「ジョシュア! 開けてくれるかい、ジョシュア!」
入れ替わってから三日目の放課後。
アンリが部屋で読書をしていると、陽気な生徒代表の声がした。
仕方なくドアを開けると、彼の後方にはシュヌーシアの中等部が一人居た。
顔は知っているが、話したことはもちろんない。
いかにも甘え方が上手そうな子。僕の嫌いなタイプだ。
テオはこちらを見て言った。
「ジョシュア。この子を助けてやっておくれ」
僕に利益がない頼まれごとは基本的に受け付けない。
だが、ジョシュアは損得勘定という概念を持っていないのだ。
仕方なく話は聞いてあげることにした。
「どうしたの?」
「ラビがね、怪我した子猫を見付けたんだ」
「…猫?」
中等部が腕の中に抱えていた小さい獣を僕に見せる。
淡いオレンジのような薄いブラウン。ルフナの色だなと思った。
スリランカ島の南部に位置するルフナはセイロンティーの原産地。
華やかな香りと淡い水色が特徴で、『セイロン紅茶のシャンパン』と呼ばれる。
その高貴な紅茶に似た毛色だった。
猫はぐったりした様子で、右の前足に変色した血の痕が見えた。
テオは沈痛な表情で言う。
「森の隅で、うずくまっていたのだって」
「森で?」
「うん。学院の子ではないと思うから迷子だろうね。
怪我の手当てをしてくれないだろうか?
動物を愛する君ならば、できるのではないかと思ったのだよ」
ジョシュアの動物好きは皆に知られている。
猫の手当てには自信がない、そう言うこともできる。けれど。
「解った。預かるよ」
それまで不安そうにしていたシュヌーシアの二人は、
キューを出された役者のように、全く同時に破顔した。
「ありがとう、ジョシュア!」
「ジョシュアって優しいんだね、テオが言った通りだ!」
アリガトウ。ヤサシイ。
言われ慣れてない台詞を浴びせられた。
中等部に差し出された猫を受け取る。思ったより重かった。
とりあえず、柔らかそうなベッドにそっと乗せた。
ジョシュアが救急箱を仕舞っている場所は知っている。
サッカーで怪我をした時に見たばかりだ。
茶色の戸棚を開けて一番上。そこに包帯はある。
テオ達が見ている。僕はジョシュア・グラント役を演じなくてはならない。
救急箱を取る。開けるとちゃんと包帯はあった。
だが、包帯の前に薬を塗るのでは――どれを?
「どうしたんだい、ジョシュア?」
邪魔だから寮に帰って、と伝えたい。
それを『ジョシュア語』に変換する。
「すみません。なんだか、見られていると思うと集中できなくて」
「ああ、すまない。ではラビ、ここはジョシュア先生にお任せしよう」
「うん」
二人が寮に帰っていくのを確認して、ベッドを振り返った。
紅茶色の小さい身体。
「君も本物の方が良いよね」
僕は部屋を出て、彼を呼びに行った。
「これで大丈夫」
ジョシュアは馴れた手付きで、動物の手当てをした。
仔猫の足に白い包帯が綺麗に巻かれている。
彼は猫の頭を撫で、「数日で良くなるからね」と囁いていた。
僕の顔が見たこともないような優しい顔をするのを、僕は呆然と見ていた。
彼は僕にできないことを易々とこなす。
僕の身体を持っても、彼は動物愛護者で、優等生で、嫌な奴だ。
彼が僕の視線に気付く。
「ん? アンリも抱きたいのかい? この子」
「ううん。ハズレだったなと思っただけ」
「ハズレ?」
「単細胞と入れ替わるよりは君の方が良かったと思っていたんだけど、
君もハズレだったな。怪我した動物を担ぎ込まれたり、面倒ごとに巻き込まれる」
彼がまた僕にできない顔をする。
「この子を放っておけなかったんだろう?」
違う。
「僕は君らしく振舞っただけだ」
彼に「今は君がジョシュアなんだから」と言われて、
今夜は、僕が猫と一夜を過ごすことになった。
猫のベッドは、大き目の籠にタオルをたっぷり敷いた臨時ベッド。
夕食後の猫は、包帯を巻いた足を引き摺りながら歩いたりして、痛々しかった。
今は流石に疲れたようで、良く眠っている。
薄い茶色の身体が小さく息をしている。綺麗な毛。ルフナのセイロン色。
「おやすみ、ルフナ」
白い包帯。この学院に彼が居て良かった。もう何匹も救っている。
もし、僕達が入れ替わっていなくて、僕が僕のままだったら。
僕が猫を部屋に入れて世話をしていたら、周囲は変な顔をするだろう。
アンリという人間ではできないことも、この身体なら、できる。
チク、タク。時計の針が進んでいる。
ジョシュアが部屋に来てから、互いに今日の出来事を報告した。
昨日よりはスムーズに日常が送れたらしい。
「僕達、いつ元に戻れるんだろうね?」
「うん…そう、だね」
「僕は物事を考える時の癖も君とは全く逆でね、最悪の可能性ばかり思い付くんだ。
まあ、僕の場合はそれが処世術だったから、君と違ってね」
僕は君とは違う。違い過ぎる。
「最悪、一生このまま元に戻れないのだとしたら。僕と君。どちらが有利か、君は考えた?」
「…有利?」
「そう。圧倒的に有利なのは、ジョシュア・グラントの身体を持っている僕だと言っているの」
「えっ?」
「呆れるほどにお人好しだね、君は。
どうして君は『僕が君のフリを本気で続けたらどうなるのか』と考えないの?
そうすれば、君はどんなに『自分がジョシュアだ』と主張しても、
錬金術師の末裔は、やっぱりホラ吹きだと指を差されて、終わりだ。
もしくは、僕の父に止めを刺されて、本当に終わってしまうかもしれない。
逆に僕は、グラント家の後継者の座を手に入れることができる。
サン・ジェルマン家の永遠のライバルである、グラント家に復讐の機会が与えられる」
「アンリ…」
「そう考えると、これはこれで面白いかもしれな…」
背中に腕を回され、引き寄せられた。
僕は彼の胸の中に居た。
「アンリはいつもそうだね」僕ではこんな声を出せない。
「不安な時ほど冷たいことを言っているよ? 鎧を纏うように」
猫にしたように髪を撫でた。
「お互いのフリをして無理をしているから、アンリは疲れているんだよ。
だから、悪い方へと考えてしまっているんだ」
「やだ…離して」
穏やかな声で、彼がきっぱりと言う。
「離さない」
「ジョシュア」
「大丈夫。きっと戻れるから」
何の根拠もないくせに。
真実味のない只の慰めだった。
To be continued
「ジョシュア! 開けてくれるかい、ジョシュア!」
入れ替わってから三日目の放課後。
アンリが部屋で読書をしていると、陽気な生徒代表の声がした。
仕方なくドアを開けると、彼の後方にはシュヌーシアの中等部が一人居た。
顔は知っているが、話したことはもちろんない。
いかにも甘え方が上手そうな子。僕の嫌いなタイプだ。
テオはこちらを見て言った。
「ジョシュア。この子を助けてやっておくれ」
僕に利益がない頼まれごとは基本的に受け付けない。
だが、ジョシュアは損得勘定という概念を持っていないのだ。
仕方なく話は聞いてあげることにした。
「どうしたの?」
「ラビがね、怪我した子猫を見付けたんだ」
「…猫?」
中等部が腕の中に抱えていた小さい獣を僕に見せる。
淡いオレンジのような薄いブラウン。ルフナの色だなと思った。
スリランカ島の南部に位置するルフナはセイロンティーの原産地。
華やかな香りと淡い水色が特徴で、『セイロン紅茶のシャンパン』と呼ばれる。
その高貴な紅茶に似た毛色だった。
猫はぐったりした様子で、右の前足に変色した血の痕が見えた。
テオは沈痛な表情で言う。
「森の隅で、うずくまっていたのだって」
「森で?」
「うん。学院の子ではないと思うから迷子だろうね。
怪我の手当てをしてくれないだろうか?
動物を愛する君ならば、できるのではないかと思ったのだよ」
ジョシュアの動物好きは皆に知られている。
猫の手当てには自信がない、そう言うこともできる。けれど。
「解った。預かるよ」
それまで不安そうにしていたシュヌーシアの二人は、
キューを出された役者のように、全く同時に破顔した。
「ありがとう、ジョシュア!」
「ジョシュアって優しいんだね、テオが言った通りだ!」
アリガトウ。ヤサシイ。
言われ慣れてない台詞を浴びせられた。
中等部に差し出された猫を受け取る。思ったより重かった。
とりあえず、柔らかそうなベッドにそっと乗せた。
ジョシュアが救急箱を仕舞っている場所は知っている。
サッカーで怪我をした時に見たばかりだ。
茶色の戸棚を開けて一番上。そこに包帯はある。
テオ達が見ている。僕はジョシュア・グラント役を演じなくてはならない。
救急箱を取る。開けるとちゃんと包帯はあった。
だが、包帯の前に薬を塗るのでは――どれを?
「どうしたんだい、ジョシュア?」
邪魔だから寮に帰って、と伝えたい。
それを『ジョシュア語』に変換する。
「すみません。なんだか、見られていると思うと集中できなくて」
「ああ、すまない。ではラビ、ここはジョシュア先生にお任せしよう」
「うん」
二人が寮に帰っていくのを確認して、ベッドを振り返った。
紅茶色の小さい身体。
「君も本物の方が良いよね」
僕は部屋を出て、彼を呼びに行った。
「これで大丈夫」
ジョシュアは馴れた手付きで、動物の手当てをした。
仔猫の足に白い包帯が綺麗に巻かれている。
彼は猫の頭を撫で、「数日で良くなるからね」と囁いていた。
僕の顔が見たこともないような優しい顔をするのを、僕は呆然と見ていた。
彼は僕にできないことを易々とこなす。
僕の身体を持っても、彼は動物愛護者で、優等生で、嫌な奴だ。
彼が僕の視線に気付く。
「ん? アンリも抱きたいのかい? この子」
「ううん。ハズレだったなと思っただけ」
「ハズレ?」
「単細胞と入れ替わるよりは君の方が良かったと思っていたんだけど、
君もハズレだったな。怪我した動物を担ぎ込まれたり、面倒ごとに巻き込まれる」
彼がまた僕にできない顔をする。
「この子を放っておけなかったんだろう?」
違う。
「僕は君らしく振舞っただけだ」
彼に「今は君がジョシュアなんだから」と言われて、
今夜は、僕が猫と一夜を過ごすことになった。
猫のベッドは、大き目の籠にタオルをたっぷり敷いた臨時ベッド。
夕食後の猫は、包帯を巻いた足を引き摺りながら歩いたりして、痛々しかった。
今は流石に疲れたようで、良く眠っている。
薄い茶色の身体が小さく息をしている。綺麗な毛。ルフナのセイロン色。
「おやすみ、ルフナ」
白い包帯。この学院に彼が居て良かった。もう何匹も救っている。
もし、僕達が入れ替わっていなくて、僕が僕のままだったら。
僕が猫を部屋に入れて世話をしていたら、周囲は変な顔をするだろう。
アンリという人間ではできないことも、この身体なら、できる。
チク、タク。時計の針が進んでいる。
ジョシュアが部屋に来てから、互いに今日の出来事を報告した。
昨日よりはスムーズに日常が送れたらしい。
「僕達、いつ元に戻れるんだろうね?」
「うん…そう、だね」
「僕は物事を考える時の癖も君とは全く逆でね、最悪の可能性ばかり思い付くんだ。
まあ、僕の場合はそれが処世術だったから、君と違ってね」
僕は君とは違う。違い過ぎる。
「最悪、一生このまま元に戻れないのだとしたら。僕と君。どちらが有利か、君は考えた?」
「…有利?」
「そう。圧倒的に有利なのは、ジョシュア・グラントの身体を持っている僕だと言っているの」
「えっ?」
「呆れるほどにお人好しだね、君は。
どうして君は『僕が君のフリを本気で続けたらどうなるのか』と考えないの?
そうすれば、君はどんなに『自分がジョシュアだ』と主張しても、
錬金術師の末裔は、やっぱりホラ吹きだと指を差されて、終わりだ。
もしくは、僕の父に止めを刺されて、本当に終わってしまうかもしれない。
逆に僕は、グラント家の後継者の座を手に入れることができる。
サン・ジェルマン家の永遠のライバルである、グラント家に復讐の機会が与えられる」
「アンリ…」
「そう考えると、これはこれで面白いかもしれな…」
背中に腕を回され、引き寄せられた。
僕は彼の胸の中に居た。
「アンリはいつもそうだね」僕ではこんな声を出せない。
「不安な時ほど冷たいことを言っているよ? 鎧を纏うように」
猫にしたように髪を撫でた。
「お互いのフリをして無理をしているから、アンリは疲れているんだよ。
だから、悪い方へと考えてしまっているんだ」
「やだ…離して」
穏やかな声で、彼がきっぱりと言う。
「離さない」
「ジョシュア」
「大丈夫。きっと戻れるから」
何の根拠もないくせに。
真実味のない只の慰めだった。
To be continued
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