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■カーディス
イギリスのパブリックスクールで毎年開かれる国際交流式典。
他国からわざわざやってくる高校生と一緒に世界の文化に触れる恒例行事。
一人の生徒が見知らぬ外国人にも優しい笑顔を惜しげなく晒している。
その写真の下には、<民族工芸と触れ合うエドワード王子>とあった。
新聞に掲載されたカラー写真をじっと眺めた後、
ポイッと朝食のテーブルに置いたのは実の弟。10歳。
パブリックスクールとはつまり、金を積めば入れる全寮制の学校。
特にここは王侯貴族ご用達のお坊ちゃん学校で、
やんちゃなことで有名なカーディス王子は、先ずそんな学校に行っても楽しくなさそうな気がした。
「俺もさー、13になったら、このガッコ行くわけ? ヤだなー」
「おや。どうしてだい? カーくん」
香りの良いコーヒーを飲んでいた父親が穏やかに尋ねる。
「小さい頃は何でも、エドくんと一緒がいいって言っていたのに」
お行儀悪くミルクを一気飲みした弟は、
唇の上にできた『白いヒゲ』を手の甲で拭う。
「オヤジ…それはガキの頃の話だろ。てか、いい加減、その呼び方」
「いいじゃないか、家族なんだから。それで、エドくんとケンカでもしたのかい?
お父さんが仲直りのお手伝いをしようか?」
「ちがうって。なんか息詰まりそーなガッコだし、兄貴とおんなじ場所に居たら、余計比べられるだけだろ?
『エドワード王子に比べてカーディス王子は活発ですわね。おほほほ』ってさ。
はいはい、どーせ不良ですよ。てゆうか、俺が王子様なのが未だにイミ解んない」
「カーくんが不良なんてお父さんは思わないけどなあ。
お父さんはこのままのカーくんが大好きだよ」
「オ、オヤジがどう思っても、世間の目ってのがあるだろ。
あー、俺、次男に生まれて良かった。素で王子様な兄貴と違って、
俺、カメラに向かって笑顔で手なんか振れないもん」
カゴに盛られた焼き立てのバターロールに手を伸ばし、むしゃむしゃほうばる。
零れ落ちるパンくずを見ても、ロレート公国の王様は咎めなかった。
今は家族だけの食卓なのだし、自由に育って欲しいという教育方針だった。
「そうか。では13歳になったら、カーくんは、
聖アルフォンソ学院に行ってみるかい?」
「あるほんほ?」
口いっぱいのバターロールを飲み込んで、弟は再び喋り出す。
「聞いたことない。どのへん?」
「地図には載っていない島にあるんだよ」
「何それっ!? そんなとこあんの!?」
「ああ。秘密の島だから、どんなメディアも近付けない」
「うわ、サイコーじゃん! 俺、そこがイイ! そこに決めたっ!」
それから26年。
やんちゃな王子様は、やんちゃな王様になっていた。
主が語った昔話を聞いて、側近は微笑んだ。
「素直で可愛らしいお子様だったのですね」
「ああ。今思うと可愛い悪ガキだったな。当時の俺は解っていなかったが、
要らぬ後継者争いを避ける目的で、俺は兄貴と離されたのだろう」
王は封筒を手にしていた。上質な紙。
その隅には、小枝を咥えた鳥がデザインされている。
「アルフォンソ学院には、他国の皇族が居た。
俺とは違い、祖国に帰れば本当に玉座が待っている者もな。
それに比べれば第二王子である俺など、気楽なものだと思えた。
学生時代は悪友どもと好き放題に遊んだものだ」
封筒には、綺麗な文字が綴られている。
差出人には、王の甥に当たる名前と姓。
夏休みに友人を連れてロレートに遊びに来ないかと誘った手紙への返事だ。
喜んで伺います、などと律儀な謝辞が書き連ねてある。
後継者と決まってから、叔父と甥は快い頻度で文通ができるようになった。
時代錯誤な手段ではあるいが、なかなか良いものだ。
「俺は生徒代表になど選ばれるわけもないと思っていたし、実際選ばれなかった。
それを日々こなしているジョシュアは、よくやっているものだと思う。
聖アルフォンソ学院の生徒代表に、王位が務まらない筈がない。
問題児だった俺でも成立しているのだからな」
便箋の最後にはこうあった。
『森の写真を送ります。貴方もこの森が好きでしたか?』
封筒から一枚の写真を取り出す。
同じ学院の卒業生は、ぼうっと眺めた。
「後に王に据えるには惜しいだろうか。
この写真、なかなかよく撮れている。王室の専属カメラマンにでもなれそうだ」
四角に切り取られた月桂樹の森。
自分がこの中に在りし日が思い出される。
「ここでよく、授業を休講にして、悪友と昼寝をしたものだ」
「素敵な思い出ですね」
「ああ。もう二度と叶わぬ」
枝葉の隙間から、燦々と輝く光。
今、目を閉じても、瞼にそのあたたかさが甦りそうだ。
側近は一息置いて、さて、と言った。
「陛下。郷愁の最中に申し訳ありませんが、そろそろお仕事にお戻り頂けますか?」
王の前には山積みの書類。
「執務に厳しい側近を持って、幸せなことだな」
「恐れ入ります。怠惰なカーくんのお傍に居るものですから」
「カーくんは止めてくれ」
「失礼致しました」
fin
イギリスのパブリックスクールで毎年開かれる国際交流式典。
他国からわざわざやってくる高校生と一緒に世界の文化に触れる恒例行事。
一人の生徒が見知らぬ外国人にも優しい笑顔を惜しげなく晒している。
その写真の下には、<民族工芸と触れ合うエドワード王子>とあった。
新聞に掲載されたカラー写真をじっと眺めた後、
ポイッと朝食のテーブルに置いたのは実の弟。10歳。
パブリックスクールとはつまり、金を積めば入れる全寮制の学校。
特にここは王侯貴族ご用達のお坊ちゃん学校で、
やんちゃなことで有名なカーディス王子は、先ずそんな学校に行っても楽しくなさそうな気がした。
「俺もさー、13になったら、このガッコ行くわけ? ヤだなー」
「おや。どうしてだい? カーくん」
香りの良いコーヒーを飲んでいた父親が穏やかに尋ねる。
「小さい頃は何でも、エドくんと一緒がいいって言っていたのに」
お行儀悪くミルクを一気飲みした弟は、
唇の上にできた『白いヒゲ』を手の甲で拭う。
「オヤジ…それはガキの頃の話だろ。てか、いい加減、その呼び方」
「いいじゃないか、家族なんだから。それで、エドくんとケンカでもしたのかい?
お父さんが仲直りのお手伝いをしようか?」
「ちがうって。なんか息詰まりそーなガッコだし、兄貴とおんなじ場所に居たら、余計比べられるだけだろ?
『エドワード王子に比べてカーディス王子は活発ですわね。おほほほ』ってさ。
はいはい、どーせ不良ですよ。てゆうか、俺が王子様なのが未だにイミ解んない」
「カーくんが不良なんてお父さんは思わないけどなあ。
お父さんはこのままのカーくんが大好きだよ」
「オ、オヤジがどう思っても、世間の目ってのがあるだろ。
あー、俺、次男に生まれて良かった。素で王子様な兄貴と違って、
俺、カメラに向かって笑顔で手なんか振れないもん」
カゴに盛られた焼き立てのバターロールに手を伸ばし、むしゃむしゃほうばる。
零れ落ちるパンくずを見ても、ロレート公国の王様は咎めなかった。
今は家族だけの食卓なのだし、自由に育って欲しいという教育方針だった。
「そうか。では13歳になったら、カーくんは、
聖アルフォンソ学院に行ってみるかい?」
「あるほんほ?」
口いっぱいのバターロールを飲み込んで、弟は再び喋り出す。
「聞いたことない。どのへん?」
「地図には載っていない島にあるんだよ」
「何それっ!? そんなとこあんの!?」
「ああ。秘密の島だから、どんなメディアも近付けない」
「うわ、サイコーじゃん! 俺、そこがイイ! そこに決めたっ!」
それから26年。
やんちゃな王子様は、やんちゃな王様になっていた。
主が語った昔話を聞いて、側近は微笑んだ。
「素直で可愛らしいお子様だったのですね」
「ああ。今思うと可愛い悪ガキだったな。当時の俺は解っていなかったが、
要らぬ後継者争いを避ける目的で、俺は兄貴と離されたのだろう」
王は封筒を手にしていた。上質な紙。
その隅には、小枝を咥えた鳥がデザインされている。
「アルフォンソ学院には、他国の皇族が居た。
俺とは違い、祖国に帰れば本当に玉座が待っている者もな。
それに比べれば第二王子である俺など、気楽なものだと思えた。
学生時代は悪友どもと好き放題に遊んだものだ」
封筒には、綺麗な文字が綴られている。
差出人には、王の甥に当たる名前と姓。
夏休みに友人を連れてロレートに遊びに来ないかと誘った手紙への返事だ。
喜んで伺います、などと律儀な謝辞が書き連ねてある。
後継者と決まってから、叔父と甥は快い頻度で文通ができるようになった。
時代錯誤な手段ではあるいが、なかなか良いものだ。
「俺は生徒代表になど選ばれるわけもないと思っていたし、実際選ばれなかった。
それを日々こなしているジョシュアは、よくやっているものだと思う。
聖アルフォンソ学院の生徒代表に、王位が務まらない筈がない。
問題児だった俺でも成立しているのだからな」
便箋の最後にはこうあった。
『森の写真を送ります。貴方もこの森が好きでしたか?』
封筒から一枚の写真を取り出す。
同じ学院の卒業生は、ぼうっと眺めた。
「後に王に据えるには惜しいだろうか。
この写真、なかなかよく撮れている。王室の専属カメラマンにでもなれそうだ」
四角に切り取られた月桂樹の森。
自分がこの中に在りし日が思い出される。
「ここでよく、授業を休講にして、悪友と昼寝をしたものだ」
「素敵な思い出ですね」
「ああ。もう二度と叶わぬ」
枝葉の隙間から、燦々と輝く光。
今、目を閉じても、瞼にそのあたたかさが甦りそうだ。
側近は一息置いて、さて、と言った。
「陛下。郷愁の最中に申し訳ありませんが、そろそろお仕事にお戻り頂けますか?」
王の前には山積みの書類。
「執務に厳しい側近を持って、幸せなことだな」
「恐れ入ります。怠惰なカーくんのお傍に居るものですから」
「カーくんは止めてくれ」
「失礼致しました」
fin
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