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■ロレートシナリオ
建国記念式典終了後。
私はロレートの公用車で殿下を聖アルフォンソ学院までお送りした。
私は陛下から、暫くの間、殿下の世話役との兼任を命ぜられた。
理由は伺うまでもなく、殿下が王位継承を決意される以前から、
私は使者として島へ送られていた為だろう。
当時、殿下が私を見るお顔には怖れすら浮かんでいた。
任務とは言え、心苦しかった。けれど今では、笑顔も向けて下さる。
この大きな正門にも、徐々に親しみを感じ始めていた。
「学院に到着です。ご乗車お疲れ様でした」
「あ、はい」
私は先に降り、車のドアを開ける。
車の降り方さえ、優雅な御方だ。お荷物をお渡しする。
「残り少ない学院生活の最中に恐縮ですが、
また後日、お迎えに上がることになります。
それまでどうぞお元気でお過ごし下さいませ」
「はい。解りました。いつも学院の前まで乗せて頂いて、すみません」
「お気になさらず、殿下。学院までご無事にお送りするのが私の任務ですから」
「…任務、ですか。そうですよね」
お声が小さくなった。
「殿下?」
「あ、いえ。送って下さって、ありがとうございました」
「このようなことでお礼のお言葉など。
殿下のお傍に居ると、お心遣いが身に沁みます。殿下はお優しい」
「そうでしょうか?」
「ええ。私は普段、品行方正とは無縁の御方に仕えているものですから、
殿下のお側に居る間は、心が洗われるようですよ」
「そんな…」
「申し訳ありません。殿下は式典でお疲れですのに、引き止めてしまいましたね。
今宵は寮でごゆっくりお休み下さい」
「はい。それじゃ、また」
「失礼致します」
殿下のお姿が見えなくなるまで、頭を下げていた。
「見事な礼だねー。ラールちゃん」
明るい声が聞こえた。公用車の後方に黄色いタクシー。
金髪の男性が運転席から降りてきた。この御方には顔が割れていた。
「司令官閣下。おはようございます」
「おはよーございます。もー、ラルちゃん、『閣下』はダメだってばー。
マジプリどもに聞かれたら、からかわれるだけだからさー」
「ああ、すみません。そうでしたね」
この小さな孤島には、専属の警備組織が存在する。
辺境の王子達を守る為、世界中から集められた精鋭集団。
若くしてその頂点に立っているのがアイヴィー様だった。
私が島に来ると、気さくにお声を掛けて下さる。
もちろん、初めの頃は私が不審者でないか検査されていたのだろう。
今はどうだろうか。疑いが晴れていたら嬉しい。
親しく振る舞っていても、島の外部からやってくる者に対しては、
気を許していないのかもしれない。
もし私が生徒のどなたかに刃を向ければ、この御方は容赦なく私を葬るだろう。
警備に属する者は、それが任務。誰かを守るということは、そういうことだ。
この御方と利害が一致していることは幸いだ。
「ラルちゃん、ジョシュアを送ってきてくれたとこか。
あ、ニュース見たよー? ジョシュア王子、大人気じゃん?
もしかして、ひと揉めあるかと思ってたけど、今んとこ平気そうでヨカッタね?」
「はい。ほっとしています」
「王子様フィーバーに乗っかって『王室公式!王子様グッズ』でも売り出してみれば?
国家予算、ドーンと増えちゃうかもよ? ひひひ」
ロレートは小国ながら、経済的には豊かだ。
予算にはそれほど困ってはいないが、あって悪いものではない。
「そう、でしょうか。私の判断では決められないので、本国に持ち帰って…」
「あー、お持ち帰りしなくてイイから。
ま、王様から、失笑が取れるか取れないかくらいだと思うし」
どうだろう。案外「名案だ」と仰るかもしれない。ならば『王様グッズ』も好評を博すのでは。
「にしてもさー、ラルちゃん、毎回遠いとこから王子サマの送り迎えして大変じゃない?
ジョシュアなら俺が空港まで乗せてくのに、タダで」
アイヴィー様の表の顔は、学院の専属ドライバー。
生徒の多くは、裏の顔を知らないそうだ。
「お心遣い恐縮です。ですが、これは陛下直々のご命令ですので」
「俺じゃ王子サマを任せらんないって?」
「とんでもございません」
以前、陛下が島に来られた時、閣下とお話をされたことがある。
初対面ながら「今度一緒に飲もう」と、お二人は意気投合されていた。
「貴方のことは、陛下も厚くご信頼…」
「あー、ゴメンゴメン。今のは冗談だってば」
「…申し訳ありません」
「いやー、こっちこそ、面白くない冗談言っちゃって、ゴメンナサイ」
ぺこっと頭を下げられる。
高いご身分の割りに、随分と身軽な御方だ。陛下と似ていらっしゃる。
「でも、今日はイイ天気でヨカッタ。昨日はね、珍しく雨だったんだよ?」
「そうですか。閣下、今日は何か雨では良くないことでも?」
「お天気だと、青空の下でラルちゃんと立ち話できんじゃん?」
「…えっ? それも、ご冗談ですか?」
「いんや。俺、結構スキだからさ、ラルちゃんとお話しすんの。
普段は会えないしー、レアキャラなんだよね、俺ん中では。
俺の周りって、わーわー煩いのとか、ドSさんとかだからさ、
たまーにラルちゃんみたいな落ち着いた人とお話しすると、妙にほっとしちゃうんだよね」
「お褒め頂いたのでしょうか…ありがとうございます」
「いえいえー。どういたしましてー」
「アイヴィー様、これから生徒様の送迎ですか?」
「ん。バンドをたしなんでるマージナルプリンスどものねー」
学院の方から人の気配が近付いて来る。閣下は僅かに声を張り上げた。
「けど、俺んちに乗り込んで来ては『腹減ったー腹減ったー』って。
そちらの王子サマと違って、まー、意地汚い王子サマ方でさー」
閣下の背後に三人の青年が立つ。殿下と同じ、緑の制服。学院の生徒のようだ。
うち二人が背にギターバッグを背負っていた。短髪の生徒が片手を腰に置く。
「聞こえてんぞ、アイヴィー!」
「聞こえるように言ってんだよ、マージナルプリンスども」
「世間話に僕達の悪口言わなくてもいいじゃないですかー」
長髪の生徒が頬を膨らます。眼鏡の生徒は表情を曇らせた。
「これからアイヴィーんちで、ごはん食べさせて貰おうと思ったのに頼み難いよ…」
「やっぱりかよ。先にスーパーで買い物して来て正解だったな」
閣下は親指を助手席に向けた。
そこにはブラウンの大きな紙袋。長いフランスパンが顔を出している。
「なんだよ。あんた、やる気満々じゃん!」
「こっからスーパー寄って俺んち帰るんじゃ、行ったり来たりでめんどいんだよ」
短髪の生徒は白い歯を見せ、肘で閣下の横腹を突く。
「よかった。じゃ、早くアイヴィーんち行こ。俺、お腹空いて死にそう」
「なら、さっさと乗んな」
生徒達は飛び込むように後部座席に入っていく。
彼等を見る閣下の目は、私に向けられるものよりずっと優しかった。
「あ、またねー、ラルちゃん」
「はい。いってらっしゃいませ、皆様」
閣下は笑顔で私に手を振り、運転席に乗る。
去り際、クラクションを二回鳴らして下さった。
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建国記念式典終了後。
私はロレートの公用車で殿下を聖アルフォンソ学院までお送りした。
私は陛下から、暫くの間、殿下の世話役との兼任を命ぜられた。
理由は伺うまでもなく、殿下が王位継承を決意される以前から、
私は使者として島へ送られていた為だろう。
当時、殿下が私を見るお顔には怖れすら浮かんでいた。
任務とは言え、心苦しかった。けれど今では、笑顔も向けて下さる。
この大きな正門にも、徐々に親しみを感じ始めていた。
「学院に到着です。ご乗車お疲れ様でした」
「あ、はい」
私は先に降り、車のドアを開ける。
車の降り方さえ、優雅な御方だ。お荷物をお渡しする。
「残り少ない学院生活の最中に恐縮ですが、
また後日、お迎えに上がることになります。
それまでどうぞお元気でお過ごし下さいませ」
「はい。解りました。いつも学院の前まで乗せて頂いて、すみません」
「お気になさらず、殿下。学院までご無事にお送りするのが私の任務ですから」
「…任務、ですか。そうですよね」
お声が小さくなった。
「殿下?」
「あ、いえ。送って下さって、ありがとうございました」
「このようなことでお礼のお言葉など。
殿下のお傍に居ると、お心遣いが身に沁みます。殿下はお優しい」
「そうでしょうか?」
「ええ。私は普段、品行方正とは無縁の御方に仕えているものですから、
殿下のお側に居る間は、心が洗われるようですよ」
「そんな…」
「申し訳ありません。殿下は式典でお疲れですのに、引き止めてしまいましたね。
今宵は寮でごゆっくりお休み下さい」
「はい。それじゃ、また」
「失礼致します」
殿下のお姿が見えなくなるまで、頭を下げていた。
「見事な礼だねー。ラールちゃん」
明るい声が聞こえた。公用車の後方に黄色いタクシー。
金髪の男性が運転席から降りてきた。この御方には顔が割れていた。
「司令官閣下。おはようございます」
「おはよーございます。もー、ラルちゃん、『閣下』はダメだってばー。
マジプリどもに聞かれたら、からかわれるだけだからさー」
「ああ、すみません。そうでしたね」
この小さな孤島には、専属の警備組織が存在する。
辺境の王子達を守る為、世界中から集められた精鋭集団。
若くしてその頂点に立っているのがアイヴィー様だった。
私が島に来ると、気さくにお声を掛けて下さる。
もちろん、初めの頃は私が不審者でないか検査されていたのだろう。
今はどうだろうか。疑いが晴れていたら嬉しい。
親しく振る舞っていても、島の外部からやってくる者に対しては、
気を許していないのかもしれない。
もし私が生徒のどなたかに刃を向ければ、この御方は容赦なく私を葬るだろう。
警備に属する者は、それが任務。誰かを守るということは、そういうことだ。
この御方と利害が一致していることは幸いだ。
「ラルちゃん、ジョシュアを送ってきてくれたとこか。
あ、ニュース見たよー? ジョシュア王子、大人気じゃん?
もしかして、ひと揉めあるかと思ってたけど、今んとこ平気そうでヨカッタね?」
「はい。ほっとしています」
「王子様フィーバーに乗っかって『王室公式!王子様グッズ』でも売り出してみれば?
国家予算、ドーンと増えちゃうかもよ? ひひひ」
ロレートは小国ながら、経済的には豊かだ。
予算にはそれほど困ってはいないが、あって悪いものではない。
「そう、でしょうか。私の判断では決められないので、本国に持ち帰って…」
「あー、お持ち帰りしなくてイイから。
ま、王様から、失笑が取れるか取れないかくらいだと思うし」
どうだろう。案外「名案だ」と仰るかもしれない。ならば『王様グッズ』も好評を博すのでは。
「にしてもさー、ラルちゃん、毎回遠いとこから王子サマの送り迎えして大変じゃない?
ジョシュアなら俺が空港まで乗せてくのに、タダで」
アイヴィー様の表の顔は、学院の専属ドライバー。
生徒の多くは、裏の顔を知らないそうだ。
「お心遣い恐縮です。ですが、これは陛下直々のご命令ですので」
「俺じゃ王子サマを任せらんないって?」
「とんでもございません」
以前、陛下が島に来られた時、閣下とお話をされたことがある。
初対面ながら「今度一緒に飲もう」と、お二人は意気投合されていた。
「貴方のことは、陛下も厚くご信頼…」
「あー、ゴメンゴメン。今のは冗談だってば」
「…申し訳ありません」
「いやー、こっちこそ、面白くない冗談言っちゃって、ゴメンナサイ」
ぺこっと頭を下げられる。
高いご身分の割りに、随分と身軽な御方だ。陛下と似ていらっしゃる。
「でも、今日はイイ天気でヨカッタ。昨日はね、珍しく雨だったんだよ?」
「そうですか。閣下、今日は何か雨では良くないことでも?」
「お天気だと、青空の下でラルちゃんと立ち話できんじゃん?」
「…えっ? それも、ご冗談ですか?」
「いんや。俺、結構スキだからさ、ラルちゃんとお話しすんの。
普段は会えないしー、レアキャラなんだよね、俺ん中では。
俺の周りって、わーわー煩いのとか、ドSさんとかだからさ、
たまーにラルちゃんみたいな落ち着いた人とお話しすると、妙にほっとしちゃうんだよね」
「お褒め頂いたのでしょうか…ありがとうございます」
「いえいえー。どういたしましてー」
「アイヴィー様、これから生徒様の送迎ですか?」
「ん。バンドをたしなんでるマージナルプリンスどものねー」
学院の方から人の気配が近付いて来る。閣下は僅かに声を張り上げた。
「けど、俺んちに乗り込んで来ては『腹減ったー腹減ったー』って。
そちらの王子サマと違って、まー、意地汚い王子サマ方でさー」
閣下の背後に三人の青年が立つ。殿下と同じ、緑の制服。学院の生徒のようだ。
うち二人が背にギターバッグを背負っていた。短髪の生徒が片手を腰に置く。
「聞こえてんぞ、アイヴィー!」
「聞こえるように言ってんだよ、マージナルプリンスども」
「世間話に僕達の悪口言わなくてもいいじゃないですかー」
長髪の生徒が頬を膨らます。眼鏡の生徒は表情を曇らせた。
「これからアイヴィーんちで、ごはん食べさせて貰おうと思ったのに頼み難いよ…」
「やっぱりかよ。先にスーパーで買い物して来て正解だったな」
閣下は親指を助手席に向けた。
そこにはブラウンの大きな紙袋。長いフランスパンが顔を出している。
「なんだよ。あんた、やる気満々じゃん!」
「こっからスーパー寄って俺んち帰るんじゃ、行ったり来たりでめんどいんだよ」
短髪の生徒は白い歯を見せ、肘で閣下の横腹を突く。
「よかった。じゃ、早くアイヴィーんち行こ。俺、お腹空いて死にそう」
「なら、さっさと乗んな」
生徒達は飛び込むように後部座席に入っていく。
彼等を見る閣下の目は、私に向けられるものよりずっと優しかった。
「あ、またねー、ラルちゃん」
「はい。いってらっしゃいませ、皆様」
閣下は笑顔で私に手を振り、運転席に乗る。
去り際、クラクションを二回鳴らして下さった。
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