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■ロレートシナリオ
王の執務室に居ると度々思う。
どのように素晴らしい御人でも、向き不向きの作業はあるものだと。
「進みませんね、陛下」
「悪かったな」
今日も今日とて、陛下の前に積まれた書類はなかなか減らない。
次期国王が決まったこともあり、ロレートと接触を図ろうとする者が増えているせいでもある。
お仕事は手伝えないが、お飲み物でも淹れて差し上げようと思った。
「コーヒーになさいますか?」
「ワイン」
「コーヒーですね。畏まりました」
私がコーヒーを淹れている間「少しのワインがあれば捗ると思うがなあ」というお戯れが聞こえたが、
私の耳には入らなかったことにした。
ブラックコーヒーを用意しつつ、ふと窓の向こうを見た。
すると、数人の部下が外へ走っていくのが見えた。様子が可笑しい。
私はさり気なく腕時計を見るフリをする。
コーヒーをお渡ししながら言った。
「すみません、少し打ち合わせがありますので、失礼致します」
「そうか。ゆっくり話し合ってこい」
「嬉しそうに仰らないで下さい」
執務室を辞して外へ向かう。廊下を曲がったところで、部下と鉢合わせた。
「ああ、閣下。今、伺うところでした」
「どうした」
「庭師が不審な男を発見したそうです」
「何だと」
庭師というのは、あの投げ込み文書を発見した男だろうか。
「今、警備の者が取り押さえています。行きましょう」
邸の外に数人集っている。その中央に白いワイシャツ姿の男。不審者というには爽やかな出で立ちだ。
輪の外で、帽子を握り締めて、成り行きを見守っているのは、庭師のケビン・ロロだった。
警備の者達は紺の制服を着ているので、不審者の白は一際目立った。
近付いていくと、彼等の声が聞こえてきた。
「俺、ちょっとカーディス元気かなーと思っただけで、何も悪いことは…」
「陛下を呼び捨てにするとは無礼者! それに陛下に来客予定などない」
「だから、ちょっとふらっと寄っただけで、約束はしてないんですってば」
「王の邸にふらっと来る奴など居るか!」
「あー、まあ、そうですけどー」
肩まである長い髪。東洋の顔立ちをしていたが、英語を話していた。
ゆるやかな口調。あっと思う。
その時、庭師が私に気付いた。
「あっ! レイナ卿ー! 僕、アヤシイ男、見付けましたー!」
皆がこちらを振り向く。
不審者扱いされていた彼も、私を見た。
「あれっ、ラルヴィスさん?」
彼の口から私の名前が出た途端、警備の者達は一歩後ろに下がった。
「助かったー。ラルヴィスさーん。すみませーん。助けてくださーい」
私は彼の顔を知っていた。
お会いしたのは、もう随分昔のことに思えるが、あれはほんの数ヶ月前。
陛下が直接、ジョシュア様に王位継承のお話をされた時のこと。
聖アルフォンソ島から帰国するところだった陛下と、
校歌作成の為に学院へ向かうところだった彼は、空港で偶然再会した。
あろうことか、お二人は搭乗予定のチケットをその場でキャンセルし、街へ繰り出した。
お二人とも翌日の予定があったと言うのに、酒宴は深夜まで延々続き、陛下は強かに酔ってしまわれた。
おかげで私は散々な思いをした。忘れる筈もない。
彼は聖アルフォンソ学院の卒業生であり、陛下と最も親しい同級生だ。
立場が逆転した部下と訪問者は、互いに気まずい顔になる。私も上官として頭を下げた。
「申し訳ありません。彼等は、貴方様のことを存じ上げず」
「ああ、いいんです、いいんです」
訪問者は開いた両手を上げて、お許しになった。
「昼間っからウロチョロ歩いてた俺がアヤシかったんだし。
なんか俺、ラルヴィスさんには迷惑掛けてばっかですね、すみません」
全くだ。
「いいえ。どうかお気になさらず」
「ラルヴィスさんは優しいなあ」
この場に陛下がいらしたら、きっと「こいつがか?」と笑っただろう。
「それにしても、よく私の名前など覚えていらっしゃいましたね。お会いしたのはあの時だけですのに」
「そりゃあ、覚えますよ。カーディスがあれだけラルヴィス、ラルヴィスって言ってたんですから」
彼の目にどう映ったのかは知らないが、あの夜、陛下はお酒を召されて、少し饒舌になっていただけだ。
「お時間がありましたら、陛下とお会いになりますか?」
「良いんですか?」
邸まで訪ねて来られたご学友を追い返したなどと陛下に知れたら、何を言われるか解らない。
「ええ。陛下もお喜びになるでしょう。ご案内します、どうぞ」
私達を警備の者達は敬礼して見送ってくれた。
『不審者』から『陛下のお客様』へ大出世した彼は、ぺこりと頭を下げながら歩いていた。
長い廊下を歩いていると、彼のほうから話し掛けて来た。
「俺、実は前にも、この辺りちょっと来たことがあったんですけど、
そん時は、普通にお邸の周り、散歩できたんですよねー。
でも、今回はすーぐ、とっ捕まっちゃって。警備、厳しくなったんですか?」
その身で経験された方に嘘など吐けない。「以前よりは」と答えた。
「ロレート、物騒になったんですか? もしかして、カーディス、誰かに狙われて…」
「いいえ。ご心配なく」
「そうですか? なら、いいんですけど。
あの、これ、どこに向かってるんですか? ずっと階段昇ってますけど」
「古い邸なものですから階段しかなくて恐れ入ります。
陛下のところに向かっていますよ。本当は執務室にいらっしゃる筈なのですが。
おそらく、こちらでしょう。さあ、着きました」
「でも、ここは」
「ええ。屋上ですよ」
→5-2
王の執務室に居ると度々思う。
どのように素晴らしい御人でも、向き不向きの作業はあるものだと。
「進みませんね、陛下」
「悪かったな」
今日も今日とて、陛下の前に積まれた書類はなかなか減らない。
次期国王が決まったこともあり、ロレートと接触を図ろうとする者が増えているせいでもある。
お仕事は手伝えないが、お飲み物でも淹れて差し上げようと思った。
「コーヒーになさいますか?」
「ワイン」
「コーヒーですね。畏まりました」
私がコーヒーを淹れている間「少しのワインがあれば捗ると思うがなあ」というお戯れが聞こえたが、
私の耳には入らなかったことにした。
ブラックコーヒーを用意しつつ、ふと窓の向こうを見た。
すると、数人の部下が外へ走っていくのが見えた。様子が可笑しい。
私はさり気なく腕時計を見るフリをする。
コーヒーをお渡ししながら言った。
「すみません、少し打ち合わせがありますので、失礼致します」
「そうか。ゆっくり話し合ってこい」
「嬉しそうに仰らないで下さい」
執務室を辞して外へ向かう。廊下を曲がったところで、部下と鉢合わせた。
「ああ、閣下。今、伺うところでした」
「どうした」
「庭師が不審な男を発見したそうです」
「何だと」
庭師というのは、あの投げ込み文書を発見した男だろうか。
「今、警備の者が取り押さえています。行きましょう」
邸の外に数人集っている。その中央に白いワイシャツ姿の男。不審者というには爽やかな出で立ちだ。
輪の外で、帽子を握り締めて、成り行きを見守っているのは、庭師のケビン・ロロだった。
警備の者達は紺の制服を着ているので、不審者の白は一際目立った。
近付いていくと、彼等の声が聞こえてきた。
「俺、ちょっとカーディス元気かなーと思っただけで、何も悪いことは…」
「陛下を呼び捨てにするとは無礼者! それに陛下に来客予定などない」
「だから、ちょっとふらっと寄っただけで、約束はしてないんですってば」
「王の邸にふらっと来る奴など居るか!」
「あー、まあ、そうですけどー」
肩まである長い髪。東洋の顔立ちをしていたが、英語を話していた。
ゆるやかな口調。あっと思う。
その時、庭師が私に気付いた。
「あっ! レイナ卿ー! 僕、アヤシイ男、見付けましたー!」
皆がこちらを振り向く。
不審者扱いされていた彼も、私を見た。
「あれっ、ラルヴィスさん?」
彼の口から私の名前が出た途端、警備の者達は一歩後ろに下がった。
「助かったー。ラルヴィスさーん。すみませーん。助けてくださーい」
私は彼の顔を知っていた。
お会いしたのは、もう随分昔のことに思えるが、あれはほんの数ヶ月前。
陛下が直接、ジョシュア様に王位継承のお話をされた時のこと。
聖アルフォンソ島から帰国するところだった陛下と、
校歌作成の為に学院へ向かうところだった彼は、空港で偶然再会した。
あろうことか、お二人は搭乗予定のチケットをその場でキャンセルし、街へ繰り出した。
お二人とも翌日の予定があったと言うのに、酒宴は深夜まで延々続き、陛下は強かに酔ってしまわれた。
おかげで私は散々な思いをした。忘れる筈もない。
彼は聖アルフォンソ学院の卒業生であり、陛下と最も親しい同級生だ。
立場が逆転した部下と訪問者は、互いに気まずい顔になる。私も上官として頭を下げた。
「申し訳ありません。彼等は、貴方様のことを存じ上げず」
「ああ、いいんです、いいんです」
訪問者は開いた両手を上げて、お許しになった。
「昼間っからウロチョロ歩いてた俺がアヤシかったんだし。
なんか俺、ラルヴィスさんには迷惑掛けてばっかですね、すみません」
全くだ。
「いいえ。どうかお気になさらず」
「ラルヴィスさんは優しいなあ」
この場に陛下がいらしたら、きっと「こいつがか?」と笑っただろう。
「それにしても、よく私の名前など覚えていらっしゃいましたね。お会いしたのはあの時だけですのに」
「そりゃあ、覚えますよ。カーディスがあれだけラルヴィス、ラルヴィスって言ってたんですから」
彼の目にどう映ったのかは知らないが、あの夜、陛下はお酒を召されて、少し饒舌になっていただけだ。
「お時間がありましたら、陛下とお会いになりますか?」
「良いんですか?」
邸まで訪ねて来られたご学友を追い返したなどと陛下に知れたら、何を言われるか解らない。
「ええ。陛下もお喜びになるでしょう。ご案内します、どうぞ」
私達を警備の者達は敬礼して見送ってくれた。
『不審者』から『陛下のお客様』へ大出世した彼は、ぺこりと頭を下げながら歩いていた。
長い廊下を歩いていると、彼のほうから話し掛けて来た。
「俺、実は前にも、この辺りちょっと来たことがあったんですけど、
そん時は、普通にお邸の周り、散歩できたんですよねー。
でも、今回はすーぐ、とっ捕まっちゃって。警備、厳しくなったんですか?」
その身で経験された方に嘘など吐けない。「以前よりは」と答えた。
「ロレート、物騒になったんですか? もしかして、カーディス、誰かに狙われて…」
「いいえ。ご心配なく」
「そうですか? なら、いいんですけど。
あの、これ、どこに向かってるんですか? ずっと階段昇ってますけど」
「古い邸なものですから階段しかなくて恐れ入ります。
陛下のところに向かっていますよ。本当は執務室にいらっしゃる筈なのですが。
おそらく、こちらでしょう。さあ、着きました」
「でも、ここは」
「ええ。屋上ですよ」
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