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■ロレートシナリオ
ドアを開けると、新鮮な風に迎えられた。
一国の王は、あたたかな日差しを浴びながら、身体を丸めていた。
今日は午睡されているようだ。
「…国民にこのようなお姿は見せられませんが、貴方様なら良いでしょう。
どうぞ驚かせてあげて下さい」
陛下のご学友は忍び足で陛下の元へ行く。
側に座ると、同級生の寝顔を見て、ふっと笑った。
「悪ガキのままだなー、お前も」
陛下の肩を揺する。長い指だ。
「カーディス、起きろよ」
「ん…」
「午前の授業終わったから、昼メシ行くぞ」
「昼…」
「早くしないと、漁師の後悔、売り切れちまうぜ」
私には意味が解らない。
けれど陛下は、その一言でお目覚めになった。
ご学友の顔を見た陛下とピアニストは、また再会したことを喜び合った。
「王様のくせに何やってんだよ、カーディス」
「光合成。日を浴びないと生きていけない」
「言い訳まで同じかよ」
「わざわざロレートまで来て、それほど俺が恋しかったのか?」
「バーカ。近くまで来たからちょっと寄ってみようかと思ったんだよ。
さっきロンドンでコンサートしてきたとこなんだ」
「ロンドンか。それは近いな」
「最初は、カーディスんちだけ見て、帰ろうと思ってたんだけどね。
で、お前んちの前ウロウロしてたら、ラルヴィスさんに会えたってわけ」
『クラシック界の異端児』、また『さすらいのピアノマン』と呼ばれる人。
コンサートの依頼は気まぐれに受けたり断ったりで、
年間スケジュールなどはご本人にも解らないらしい。
その為、ひとたび、コンサートの開催が決まればプラチナチケットとなる。
かと思えば、呼ばれてもいない場所に突然ふらりと現れ、ピアノを奏でて去っていく。
風のように生きているのだ。
私は一度だけ、この方の演奏を聴いた。プラチナチケットが入手できたからではない。
お二人が空港で再会した時のことだ。
陛下と彼が行った店はジャズバーで、小さなステージの脇にピアノがあった。
それを見つけた陛下が「久し振りに聞かせてくれ」と仰った。彼は「良いよー」と気軽に腰を上げた。
大きなコンサートホールを満席にする彼は、たった十数人の前で、惜しげもなく素晴らしい演奏を披露した。
私もピアノは多少弾けるが、彼のように自由で軽やかな弾き方はできない。
彼の長く綺麗な指は、まるで妖精が踊るように見えたものだ。
陛下はウイスキーを舐めながら「変わらないな」と呟いていた。
一曲終わると、こじんまりとした店に、大きな歓声と拍手が起きた。アンコールは三回もあった。
ピアニストは他の客達からお礼にと、飲み物やボトルをプレゼントされた。
その消費を手伝った陛下は、車にお乗せするのがやっとだった。
ご学友は私のことをちらちら見ながら言う。
「アポなしで来ちゃマズかったかなあ、やっぱ。お前、王様なんだもんね」
「構わんさ。丁度、退屈していたところだ」
そう仰って、にやりと笑う。陛下を退屈させていた私への仕返しだろう。
「ロンドンの次はどこへ行くんだ?」
「先のことなんて、まだ決めてないよ。せっかくだからロレートをぶらぶら見て行こっかな」
「今日のホテルは決めたのか?」
「ホテル? あー、忘れてた」
「ラルヴィス」
「了解致しました」
「え? 何? 何を了解?」
「今宵は泊まっていけ。もちろん、宿泊料は頂くぞ?」
「俺、そんな持ってないよ? 今日の出演料はまだだし」
「では身体で払って貰うしかないな」
「皿洗い?」
「お前の指にケガなどさせられるか」
「俺が絶対、皿割るみたいじゃん」
「割るだろう、お前は」
「割らないよ」
「ピアノだよ、ピアノ。そうだな、三曲は聞かせて貰うぞ」
ピアニストは、なーんだ、と言って笑う。そして、大仰に陛下の前に跪いた。
「仰せのままに、王様」
「止せ。お前に言われると気味が悪い」
「ったく。相変わらず口悪いなー、カーディス」
私はお二人を残し、部屋を出た。
ご友人がお泊まりになる部屋、食事の手配。
必要な情報を部下に伝えた後、陛下の元に戻るのは躊躇われた。
今は彼とご歓談中だろう。私など行くだけ邪魔になる。
あの時と同じだ。お二人が飲み明かした夜と同じ。
陛下は楽しそうだった。
執務室に閉じ込めておくよりずっと。
翌日。陛下はご学友に「暫く泊まっていけばいい」と仰ったが、
彼は「ひとつのトコに、長くは居られないから」と言って、またどこかへ流れていった。
→6-1
ドアを開けると、新鮮な風に迎えられた。
一国の王は、あたたかな日差しを浴びながら、身体を丸めていた。
今日は午睡されているようだ。
「…国民にこのようなお姿は見せられませんが、貴方様なら良いでしょう。
どうぞ驚かせてあげて下さい」
陛下のご学友は忍び足で陛下の元へ行く。
側に座ると、同級生の寝顔を見て、ふっと笑った。
「悪ガキのままだなー、お前も」
陛下の肩を揺する。長い指だ。
「カーディス、起きろよ」
「ん…」
「午前の授業終わったから、昼メシ行くぞ」
「昼…」
「早くしないと、漁師の後悔、売り切れちまうぜ」
私には意味が解らない。
けれど陛下は、その一言でお目覚めになった。
ご学友の顔を見た陛下とピアニストは、また再会したことを喜び合った。
「王様のくせに何やってんだよ、カーディス」
「光合成。日を浴びないと生きていけない」
「言い訳まで同じかよ」
「わざわざロレートまで来て、それほど俺が恋しかったのか?」
「バーカ。近くまで来たからちょっと寄ってみようかと思ったんだよ。
さっきロンドンでコンサートしてきたとこなんだ」
「ロンドンか。それは近いな」
「最初は、カーディスんちだけ見て、帰ろうと思ってたんだけどね。
で、お前んちの前ウロウロしてたら、ラルヴィスさんに会えたってわけ」
『クラシック界の異端児』、また『さすらいのピアノマン』と呼ばれる人。
コンサートの依頼は気まぐれに受けたり断ったりで、
年間スケジュールなどはご本人にも解らないらしい。
その為、ひとたび、コンサートの開催が決まればプラチナチケットとなる。
かと思えば、呼ばれてもいない場所に突然ふらりと現れ、ピアノを奏でて去っていく。
風のように生きているのだ。
私は一度だけ、この方の演奏を聴いた。プラチナチケットが入手できたからではない。
お二人が空港で再会した時のことだ。
陛下と彼が行った店はジャズバーで、小さなステージの脇にピアノがあった。
それを見つけた陛下が「久し振りに聞かせてくれ」と仰った。彼は「良いよー」と気軽に腰を上げた。
大きなコンサートホールを満席にする彼は、たった十数人の前で、惜しげもなく素晴らしい演奏を披露した。
私もピアノは多少弾けるが、彼のように自由で軽やかな弾き方はできない。
彼の長く綺麗な指は、まるで妖精が踊るように見えたものだ。
陛下はウイスキーを舐めながら「変わらないな」と呟いていた。
一曲終わると、こじんまりとした店に、大きな歓声と拍手が起きた。アンコールは三回もあった。
ピアニストは他の客達からお礼にと、飲み物やボトルをプレゼントされた。
その消費を手伝った陛下は、車にお乗せするのがやっとだった。
ご学友は私のことをちらちら見ながら言う。
「アポなしで来ちゃマズかったかなあ、やっぱ。お前、王様なんだもんね」
「構わんさ。丁度、退屈していたところだ」
そう仰って、にやりと笑う。陛下を退屈させていた私への仕返しだろう。
「ロンドンの次はどこへ行くんだ?」
「先のことなんて、まだ決めてないよ。せっかくだからロレートをぶらぶら見て行こっかな」
「今日のホテルは決めたのか?」
「ホテル? あー、忘れてた」
「ラルヴィス」
「了解致しました」
「え? 何? 何を了解?」
「今宵は泊まっていけ。もちろん、宿泊料は頂くぞ?」
「俺、そんな持ってないよ? 今日の出演料はまだだし」
「では身体で払って貰うしかないな」
「皿洗い?」
「お前の指にケガなどさせられるか」
「俺が絶対、皿割るみたいじゃん」
「割るだろう、お前は」
「割らないよ」
「ピアノだよ、ピアノ。そうだな、三曲は聞かせて貰うぞ」
ピアニストは、なーんだ、と言って笑う。そして、大仰に陛下の前に跪いた。
「仰せのままに、王様」
「止せ。お前に言われると気味が悪い」
「ったく。相変わらず口悪いなー、カーディス」
私はお二人を残し、部屋を出た。
ご友人がお泊まりになる部屋、食事の手配。
必要な情報を部下に伝えた後、陛下の元に戻るのは躊躇われた。
今は彼とご歓談中だろう。私など行くだけ邪魔になる。
あの時と同じだ。お二人が飲み明かした夜と同じ。
陛下は楽しそうだった。
執務室に閉じ込めておくよりずっと。
翌日。陛下はご学友に「暫く泊まっていけばいい」と仰ったが、
彼は「ひとつのトコに、長くは居られないから」と言って、またどこかへ流れていった。
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