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■ロレートシナリオ
程なくして、再びジョシュア様をロレートにお連れすることとなった。
皇太子殿下に課せられた儀式などの気詰まりな諸手続が行われるためだ。
今日の最後には、殿下が快諾された乗馬風景の取材が行われた。
なるべく混乱を避ける為、建国記念式典より日を置いたのだが、
陛下が公式行事にお顔を見せる時より、むしろカメラの数が多い。
王室の取材陣というのは、大体決まった顔が並ぶものだが、初めて見る顔も、ちらほら居る。
加えて、どうも女性記者の割合が高い。
華やかな衣が私の前を通る度、きつい香りがして眉を顰めた。
私は警備の任を遂行しつつ、殿下のお姿を拝見していた。
紅の乗馬服はよくお似合いで、その腕も確かなものだった。
颯爽と駆け抜けるお姿に、ご婦人方から時折溜め息さえ漏れ聞こえる。己の役得を感じているのだろう。
乗馬中、殿下は報道陣の存在を忘れたかのように、リラックスされたご様子だった。
気分転換になったのなら幸いだ。走り終わると、馬にも何かお言葉を掛けられていた。
たった数十分で親しくなった馬の背に乗り、ゆっくりとこちらに帰って来る。
報道陣が詰め掛ける。微かに地鳴りがした。
「ジョシュア王子、笑顔の写真を一枚!」
「王子、こちらもお願いします!」
「あ、はい」
「ジョシュア王子、初めて馬に乗ったのはいつごろですか?」
「そうですね…五歳、くらいからだったと思います」
「クリスティーナ様は乗馬の名手でしたね。お母様から手解きを?」
「ええ。大切なことは。でもあの頃はただ馬に乗せてもらうのが楽しかっただけで、
ちゃんと手綱を取れるようになったのは…もう少し後です」
「大切なこと、というのは?」
「馬は人間と同じ、だと」
幼少の頃からフラッシュを浴びることには慣れていたであろう殿下も、
直接マイクを向けられることは、今まで多くはなかった筈だ。
不慣れな状況ながらも、ひとつひとつ誠実にお答えになる。
それは私にとって珍しい光景だった。
私が今まで見てきたものは、カメラやマイクの前を突き通る、孤独な背中だ。
「悪いな。王子を借りていくぞ」
カーディス様がお見えになった。陛下、という声が次々と掛かる。
私も驚いた。この場にお姿を見せるとは思っていなかった。
殿下を捉えていたカメラやマイクが一斉に陛下へ向けられる。
「陛下、ぜひ殿下とご一緒のお写真を」
「断る。皆知っての通り、俺は王子ほど気前が良くないのでな」
「ではどうして、こちらに?」
「ジョシュア、迎えにきた。来い」
殿下は首を傾げている。殿下にはこの後の予定を伝えていなかった。
言わなくていい、と私は陛下に口止めされていた。
メディアに囲まれる殿下が万が一にも、その場所を漏らさない為に。
熱心な報道記者がICレコーダーを突き出している。
「陛下、殿下とこれから、何を?」
「今日はもう充分フィルムを使っただろう? 行くぞ、ジョシュア」
「は、はい。あの、今日はありがとうございました。失礼します」
報道陣へ丁寧に頭を下げて、陛下の後を追う。
陛下のお言葉もあったせいか、お二人の背をしつこく追い駆ける輩は居なかった。
カメラを背負い、携帯電話で社に連絡を入れる者など、帰り支度を始めたようだ。
おそらく、今得た収穫を一刻も早く国民に見せたいのだろう。
私の運転する車に、陛下と殿下がお乗りになる。
今日は公用車ではない。お忍び用の一般自動車だ。
バックミラーから後部座席のお二人が見える。
車内は走行音だけがBGMだった。
陛下は足を組み、窓の方を向いている。殿下は手を膝に置いていた。
気の利いた話題のひとつも浮かんでこない私は、
安全運転を心掛けてステアリングを切ることしかできなかった。
「カーディス…あ、いえ、陛下」
「どうした、ジョシュア。ラルヴィスの真似か?」
「いえ。俺、正式に皇太子になったから、もう貴方のことを名前で呼ぶのは不敬では…」
今までは、陛下のことをお名前でお呼びになったり、『カーディス叔父さん』と仰ることもあったのだ。
「学院の数少ない慣習を忘れたか、辺境の王子よ。
『学院の生徒同士は、学年を問わず、ファーストネームで呼び合う』だろう?
十八年、離れてはいるが、俺達は先輩と後輩には違いない。
それとも、卒業生はもう仲間に入れてくれぬのか?」
「あ、そういうわけでは…でも、レイナ卿、良いんでしょうか?」
殿下は私にお尋ねになった。皇太子が臣下に許可を取ることなどない。
「陛下がそう仰られているのですから、ご心配なく、殿下。
殿下さえ宜しければ、陛下の我が侭を聞いて差し上げて下さい」
「口の悪い臣下だな。それで、ジョシュア。俺に何を聞こうとした?」
「あの、これから、どこに行くんですか?」
陛下は空をご覧になりながら仰った。
「ここから一時間ばかり走ったところさ」
→6-2
程なくして、再びジョシュア様をロレートにお連れすることとなった。
皇太子殿下に課せられた儀式などの気詰まりな諸手続が行われるためだ。
今日の最後には、殿下が快諾された乗馬風景の取材が行われた。
なるべく混乱を避ける為、建国記念式典より日を置いたのだが、
陛下が公式行事にお顔を見せる時より、むしろカメラの数が多い。
王室の取材陣というのは、大体決まった顔が並ぶものだが、初めて見る顔も、ちらほら居る。
加えて、どうも女性記者の割合が高い。
華やかな衣が私の前を通る度、きつい香りがして眉を顰めた。
私は警備の任を遂行しつつ、殿下のお姿を拝見していた。
紅の乗馬服はよくお似合いで、その腕も確かなものだった。
颯爽と駆け抜けるお姿に、ご婦人方から時折溜め息さえ漏れ聞こえる。己の役得を感じているのだろう。
乗馬中、殿下は報道陣の存在を忘れたかのように、リラックスされたご様子だった。
気分転換になったのなら幸いだ。走り終わると、馬にも何かお言葉を掛けられていた。
たった数十分で親しくなった馬の背に乗り、ゆっくりとこちらに帰って来る。
報道陣が詰め掛ける。微かに地鳴りがした。
「ジョシュア王子、笑顔の写真を一枚!」
「王子、こちらもお願いします!」
「あ、はい」
「ジョシュア王子、初めて馬に乗ったのはいつごろですか?」
「そうですね…五歳、くらいからだったと思います」
「クリスティーナ様は乗馬の名手でしたね。お母様から手解きを?」
「ええ。大切なことは。でもあの頃はただ馬に乗せてもらうのが楽しかっただけで、
ちゃんと手綱を取れるようになったのは…もう少し後です」
「大切なこと、というのは?」
「馬は人間と同じ、だと」
幼少の頃からフラッシュを浴びることには慣れていたであろう殿下も、
直接マイクを向けられることは、今まで多くはなかった筈だ。
不慣れな状況ながらも、ひとつひとつ誠実にお答えになる。
それは私にとって珍しい光景だった。
私が今まで見てきたものは、カメラやマイクの前を突き通る、孤独な背中だ。
「悪いな。王子を借りていくぞ」
カーディス様がお見えになった。陛下、という声が次々と掛かる。
私も驚いた。この場にお姿を見せるとは思っていなかった。
殿下を捉えていたカメラやマイクが一斉に陛下へ向けられる。
「陛下、ぜひ殿下とご一緒のお写真を」
「断る。皆知っての通り、俺は王子ほど気前が良くないのでな」
「ではどうして、こちらに?」
「ジョシュア、迎えにきた。来い」
殿下は首を傾げている。殿下にはこの後の予定を伝えていなかった。
言わなくていい、と私は陛下に口止めされていた。
メディアに囲まれる殿下が万が一にも、その場所を漏らさない為に。
熱心な報道記者がICレコーダーを突き出している。
「陛下、殿下とこれから、何を?」
「今日はもう充分フィルムを使っただろう? 行くぞ、ジョシュア」
「は、はい。あの、今日はありがとうございました。失礼します」
報道陣へ丁寧に頭を下げて、陛下の後を追う。
陛下のお言葉もあったせいか、お二人の背をしつこく追い駆ける輩は居なかった。
カメラを背負い、携帯電話で社に連絡を入れる者など、帰り支度を始めたようだ。
おそらく、今得た収穫を一刻も早く国民に見せたいのだろう。
私の運転する車に、陛下と殿下がお乗りになる。
今日は公用車ではない。お忍び用の一般自動車だ。
バックミラーから後部座席のお二人が見える。
車内は走行音だけがBGMだった。
陛下は足を組み、窓の方を向いている。殿下は手を膝に置いていた。
気の利いた話題のひとつも浮かんでこない私は、
安全運転を心掛けてステアリングを切ることしかできなかった。
「カーディス…あ、いえ、陛下」
「どうした、ジョシュア。ラルヴィスの真似か?」
「いえ。俺、正式に皇太子になったから、もう貴方のことを名前で呼ぶのは不敬では…」
今までは、陛下のことをお名前でお呼びになったり、『カーディス叔父さん』と仰ることもあったのだ。
「学院の数少ない慣習を忘れたか、辺境の王子よ。
『学院の生徒同士は、学年を問わず、ファーストネームで呼び合う』だろう?
十八年、離れてはいるが、俺達は先輩と後輩には違いない。
それとも、卒業生はもう仲間に入れてくれぬのか?」
「あ、そういうわけでは…でも、レイナ卿、良いんでしょうか?」
殿下は私にお尋ねになった。皇太子が臣下に許可を取ることなどない。
「陛下がそう仰られているのですから、ご心配なく、殿下。
殿下さえ宜しければ、陛下の我が侭を聞いて差し上げて下さい」
「口の悪い臣下だな。それで、ジョシュア。俺に何を聞こうとした?」
「あの、これから、どこに行くんですか?」
陛下は空をご覧になりながら仰った。
「ここから一時間ばかり走ったところさ」
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