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■ロレートシナリオ
翌日の午後。殿下と私はロレートの街へお忍びで出掛けることとなった。
今日も公用車は使わずに一般車を使用している。
護衛に部下を一人だけ連れた。今は運転手を務めてくれている。
襟元までのアッシュブラウンの髪。名はアル・エメリー。
階級上では私の下になるが、年は変わらない。
私と同様に、主に似て、裏では口の悪い男。気の置けない同僚だ。
私は後部座席。殿下のお隣に座っていた。
殿下の横顔をそっと盗み見る。今日の殿下はいつも以上に知性的だ。
カジュアルなジャケット姿。背まである長い髪。
眼鏡の奥に見えるブルーの瞳。
殿下だと街の人間に気付かれないように、少し変装をしてみたのだ。
私と部下は髪や瞳は変えていないが、軍服ではなく私服を纏っていた。
相変わらず、私は適当な話題が出てこない。
無言の車内。殿下が、あの、と口火を切った。主に気を遣わせてしまい、申し訳ない。
「俺、学院を卒業したら、あのお邸に、カーディスと一緒に住んでも良いんでしょうか?」
「ええ。その予定でしたが、陛下と同じお住まいではお嫌でしたか?」
「いいえ。嬉しいです。卒業後はランベールに戻らなくてはいけないのだと思っていたから」
グラントの本家、ランベール館。歴史ある大財閥らしい、城のような家だ。
私も陛下のお供で幾度か訪れたことがある。
あの広い館で、殿下はさぞ心細い少年時代を過ごされたことだろう。
「そう言えば、グラントのランベール館にも、殿下のお荷物はございますか?
こちらに、お送り頂かなくてはなりませんね」
「特にないと思います。必要なものは学院に全て持ってきているので。
寮にある家具は学院の物だし、大きな物は何も…あ」
「何かございましたか?」
「…はい。でも、もし、できればですが」
「ご遠慮なく仰って下さい」
「あの…アルセイデスを、馬を一頭、連れて行くことはできますか?」
家具などより余程大きい。
普段は控えめだが、時に破天荒なことを仰るお方だ。殿下の声が小さくなる。
「すみません。無理なら…」
臣下の私は、畏まりました、と言うより他になかった。
「アルセイデス様のお住まいもご用意します」
新しく厩舎を作らなくてはいけないかもしれない。
殿下をロレートのどこにご案内しようか、昨夜から考えた末。
ロレートのごく日常的な場所を回ることにした。
最初に中心地、歓楽街まで車を進め、ゆっくりと邸へ引き返すルート。
夕食前の市場は活気があった。ここでは車を降りて、少し歩いた。
母親を抜かして駆けて行く男の子。威勢の良い店主。ご婦人方のお喋りが、通り過ぎていく。
店主の何人かと私は目が合った。
彼等は私の隣を見て、少し驚いた様子だったが、笑顔で見逃してくれた。
住宅街に入ると、公立の小学校があった。
丁度、放課後のようで、帰宅途中の子供達が居た。
小さな身体には少し重そうな鞄を持って、通学路を歩いている。
陛下のお側に就いて以来、私も時々しか目にできない光景だった。
最後にお連れしたのは、邸から程近いロレート王室ゆかりの国営公園。
花祭りの時は、ここも会場のひとつとなる。
今は季節の薄紅色の花が絨毯のように咲き誇っていた。
公園で遊ぶには、時間が少し遅いおかげで、人もそれほど多くない。
ここで休憩していくことにした。
ロレートの皇太子が公園のベンチに腰掛けているとは誰も思うまい。
私は殿下のお隣に座らせて頂く。護衛のエメリーは向かいにある噴水の縁に腰掛けている。
殿下と私は砂場で遊んでいる幼い子供達を眺めながら、少しお話した。
「ここは、エドワード様とカーディス様がご幼少の頃、
よく遊びに来られていたそうです。兄君が弟君のお手を引いて」
「カーディスにも子供の頃があったんですね。なんだか、想像できないな」
私も写真や、先輩諸氏から伝え聞いたことしか知らない。
それはそれは仲の良いご兄弟だったらしい。
兄君は弟が生まれたことをお喜びになって、とても可愛がっていたそうだ。
二人の後継者に恵まれ、王室も国全体も幸福だった。
後にご兄弟がどんな運命を辿るのか、誰も予想しなかっただろう。
「あれ? なんか見たことあるなあ…」
私の横に少年が居た。しまった。殿下だと気付かれたらしい。
護衛のエメリーがこちらに駆けてくる。
私が立ち上がろうとした時、少年が指を差した。
「あ! わかった! おーさまのおともだち!」
小さな指は私に向けられていた。私も変装が必要だったとは思わなかった。
しかし、私が『おうさまのおともだち』とは。とんでもない誤解だ。
子供の相手は苦手だが、なるべく冷静に誤解を正す。
「違いますよ。私は王様のお友達ではありません」
「えっ? うそっ。だって、テレビで見たことあるもん。
いつも、おーさまの、おとなりにいるひとでしょ? ちょっとだけ、テレビに映るの」
成程。この子の中では『いつも側にいる』イコール『友達』という式があるようだ。
間違いとは言えないが、正解とも言えない。
だが、陛下と私との関係が『友人』ではなく『主従』だと説くには、彼は幼過ぎる。
「きれーだなーっていつも思ってたんだ。テレビで見るよりきれー。
ねえねえ、あのさ、おんなのひと? おとこのひと? どっちかわからないから、きいてみたかったんだ」
「…男の人です」
「おにーさんなんだー。おねーさんかと思ってた」
何故、解らない。
ククッと笑い声が聞こえた。傍まで来ていた護衛のエメリーだ。
私は彼を軽く睨んで、向こうへ行け、と目で命じる。
はいはい、と手を空に向けて、肩を揺らしながら噴水へ戻っていく。
少年は無邪気に笑っていた。
「おにーさんは、おーさまに、あえるんだよね?」
「ええ」
「いいなー」
「王様のことがお好きなのですか?」
「うんっ。すきっ。あのね、ママもね、おーさまのことすきだよ。
おーさまがね、ロレートをよくしてくれてるんだって、りっぱなひとなのよって。
ぼくもね、おおきくなったら、おひげにするの、おーさまみたいに、ココんとこ!」
まだお髭の生えない唇の上を人差し指でなぞった。
少年が「もうおうちにかえらなきゃ」と走って行ったので、私達もおうちに帰ることにした。
帰りの車中、殿下は窓から見える街の様子に目を向けていた。
国民の私には、もはや特別面白い景色には映らない。いつもの街並みだ。
ヨーロッパの片隅にある小さな国。
陛下が守ってきた国。そして、いつか殿下に受け継がれる国。
今、殿下は何をお考えになりながら、ロレートの街並みをご覧になっているのだろう。
「いい国ですね、ロレート公国って」
殿下は窓の外に目を向けながら、ぽつりと仰った。
「今日で、ロレートが全部、見れたわけじゃないですけど、
なんだか似ている気がします。聖アルフォンソ島に。
昨日より、ずっと、この国が好きになってしまいました。
レイナ卿、エメリーさん、今日は俺の我が侭に付き合って下さって、ありがとうございました」
運転席に居るエメリーは「いえ」とだけ、かろうじて返事した。
彼も驚いたのだろう。私も遅れて、返事をした。
「このくらいでしたらお安い御用ですよ、殿下。
今日、ご案内した所は陛下のお忍びコースなんです」
「え? カーディスが好きな場所、なんですか?」
「はい。今日回ったのは昼のコースの一部です。
夜のお忍びコースにはまだお連れできませんが、ご容赦下さい」
「は、はあ…。でも、カーディスは、どうして、街を歩くんでしょうか?」
「さあ。『気晴らしに』としか教えて下さいません。
ただ、以前、お酔いになった時に、こう仰っていました。
『俺の仕事は、こういう当たり前の景色が、いつまでも当たり前に続いていくことだ』と。
けれど、真意の程は解りません。元々、椅子にじっと座ることのできない御方ですし」
「…でも、レイナ卿は、カーディスを止めず、一緒に街を回るんでしょう?」
「主のご命令ですから」
車窓の向こうに小さく邸が見えてきた。
空は夕闇。白い半月が、静かにこの車に付いて来る。
「レイナ卿」
「はい?」
「俺、レイナ卿に謝らなくちゃいけないことがあるんです」
「何ですか?」
「初めて、レイナ卿と会った頃は、俺、貴方に会うのが恐ろしかったんです。すみません」
「…そのようなこと」
謝るのなら、こちらのほうだ。
陛下のご命令とは言え、まだ高校生の貴方に、
次期国王となるよう、大き過ぎる決断を迫ったのは私共なのだから。
偽りのブルーの瞳がこちらを捉える。
「だけど俺、今はもう貴方のことをそんなふうには思いません。
カーディスがレイナ卿を信頼しているのも、少し解った気がします」
私には殿下のお言葉が理解できなかった。殿下が微笑まれる。
「公園で会った男の子が言っていたじゃないですか。カーディスのことが好きだって」
「ですが、それは偏に陛下の…」
功績と人望に依るものだ。私などとは関係がない。そう言おうとした。
殿下の長い髪が、いいえ、と揺れる。
「王は、一人では王になれません」
その夜。
今日、護衛を務めたエメリーが、私の部屋に来た。
夜中だというのに、気軽に訪れてくれるのだ。
勝手にベッドに座って、部屋を見回す。
「相変わらず、隙のない部屋だな、レイナ」
仕事中は「レイナ卿」「閣下」とわざとらしく呼ぶ奴だが、
二人きりになると、私を名字で呼び捨てる。そのほうが私も落ち着く。
「何の用だ、エメリー」
「大した用じゃないんだけどね」
「じゃあ、来るな」
奴がククッと笑う。
「あんたって俺には冷たいよなー。ご主人サマ方には従順なシモベなのに?」
「お前は私の主ではないからな」
「そう邪険にするなよ。今日の感想の言い合いっこでもしようかと思ってきたんだぜ」
「殿下のことか?」
「ああ」
こいつと殿下のことについて、ちゃんと話をしたことはまだなかった。
私は椅子に座る。
「聞く」
「陛下にちょっと似てると思わないか? 『格』みたいな所がさ」
「…お前もそう思うか」
「それに。あんた、もう王子サマに懐かれたみたいだしさ」
「エメリー」
「はいはい。間違えました。『王子サマ』じゃなくて、『殿下』でした。
あんたってスゴイよね。陛下のお気に入りだし。殿下も落とすなんてさ」
エメリーがベッドに両手を着いて、喉元を晒す。
「あーあ。一度でイイから、あんたのご主人サマになってみたいよ。気分イイんだろうな」
「何を言う。昇級試験を蹴ったのはお前だろう?」
あの試験を受け、私を負かしていれば、私達の位は逆になっていた筈だ。
「そりゃ、蹴るさ。俺はあんたの下にしか就けないからね」
意味が解らない。
「数秒前と矛盾しているぞ、エメリー」
また笑う。喰えない笑い方をする奴だ。
「矛盾なんかしてないよ。ガンボウとゲンジツ、だろ?」
ベッドから立ち上がる。
「じゃ、おやすみ、レイナ。また王子サマとデートする時は俺を呼んでくれよ?」
ひらひらと手を振って出て行った。
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翌日の午後。殿下と私はロレートの街へお忍びで出掛けることとなった。
今日も公用車は使わずに一般車を使用している。
護衛に部下を一人だけ連れた。今は運転手を務めてくれている。
襟元までのアッシュブラウンの髪。名はアル・エメリー。
階級上では私の下になるが、年は変わらない。
私と同様に、主に似て、裏では口の悪い男。気の置けない同僚だ。
私は後部座席。殿下のお隣に座っていた。
殿下の横顔をそっと盗み見る。今日の殿下はいつも以上に知性的だ。
カジュアルなジャケット姿。背まである長い髪。
眼鏡の奥に見えるブルーの瞳。
殿下だと街の人間に気付かれないように、少し変装をしてみたのだ。
私と部下は髪や瞳は変えていないが、軍服ではなく私服を纏っていた。
相変わらず、私は適当な話題が出てこない。
無言の車内。殿下が、あの、と口火を切った。主に気を遣わせてしまい、申し訳ない。
「俺、学院を卒業したら、あのお邸に、カーディスと一緒に住んでも良いんでしょうか?」
「ええ。その予定でしたが、陛下と同じお住まいではお嫌でしたか?」
「いいえ。嬉しいです。卒業後はランベールに戻らなくてはいけないのだと思っていたから」
グラントの本家、ランベール館。歴史ある大財閥らしい、城のような家だ。
私も陛下のお供で幾度か訪れたことがある。
あの広い館で、殿下はさぞ心細い少年時代を過ごされたことだろう。
「そう言えば、グラントのランベール館にも、殿下のお荷物はございますか?
こちらに、お送り頂かなくてはなりませんね」
「特にないと思います。必要なものは学院に全て持ってきているので。
寮にある家具は学院の物だし、大きな物は何も…あ」
「何かございましたか?」
「…はい。でも、もし、できればですが」
「ご遠慮なく仰って下さい」
「あの…アルセイデスを、馬を一頭、連れて行くことはできますか?」
家具などより余程大きい。
普段は控えめだが、時に破天荒なことを仰るお方だ。殿下の声が小さくなる。
「すみません。無理なら…」
臣下の私は、畏まりました、と言うより他になかった。
「アルセイデス様のお住まいもご用意します」
新しく厩舎を作らなくてはいけないかもしれない。
殿下をロレートのどこにご案内しようか、昨夜から考えた末。
ロレートのごく日常的な場所を回ることにした。
最初に中心地、歓楽街まで車を進め、ゆっくりと邸へ引き返すルート。
夕食前の市場は活気があった。ここでは車を降りて、少し歩いた。
母親を抜かして駆けて行く男の子。威勢の良い店主。ご婦人方のお喋りが、通り過ぎていく。
店主の何人かと私は目が合った。
彼等は私の隣を見て、少し驚いた様子だったが、笑顔で見逃してくれた。
住宅街に入ると、公立の小学校があった。
丁度、放課後のようで、帰宅途中の子供達が居た。
小さな身体には少し重そうな鞄を持って、通学路を歩いている。
陛下のお側に就いて以来、私も時々しか目にできない光景だった。
最後にお連れしたのは、邸から程近いロレート王室ゆかりの国営公園。
花祭りの時は、ここも会場のひとつとなる。
今は季節の薄紅色の花が絨毯のように咲き誇っていた。
公園で遊ぶには、時間が少し遅いおかげで、人もそれほど多くない。
ここで休憩していくことにした。
ロレートの皇太子が公園のベンチに腰掛けているとは誰も思うまい。
私は殿下のお隣に座らせて頂く。護衛のエメリーは向かいにある噴水の縁に腰掛けている。
殿下と私は砂場で遊んでいる幼い子供達を眺めながら、少しお話した。
「ここは、エドワード様とカーディス様がご幼少の頃、
よく遊びに来られていたそうです。兄君が弟君のお手を引いて」
「カーディスにも子供の頃があったんですね。なんだか、想像できないな」
私も写真や、先輩諸氏から伝え聞いたことしか知らない。
それはそれは仲の良いご兄弟だったらしい。
兄君は弟が生まれたことをお喜びになって、とても可愛がっていたそうだ。
二人の後継者に恵まれ、王室も国全体も幸福だった。
後にご兄弟がどんな運命を辿るのか、誰も予想しなかっただろう。
「あれ? なんか見たことあるなあ…」
私の横に少年が居た。しまった。殿下だと気付かれたらしい。
護衛のエメリーがこちらに駆けてくる。
私が立ち上がろうとした時、少年が指を差した。
「あ! わかった! おーさまのおともだち!」
小さな指は私に向けられていた。私も変装が必要だったとは思わなかった。
しかし、私が『おうさまのおともだち』とは。とんでもない誤解だ。
子供の相手は苦手だが、なるべく冷静に誤解を正す。
「違いますよ。私は王様のお友達ではありません」
「えっ? うそっ。だって、テレビで見たことあるもん。
いつも、おーさまの、おとなりにいるひとでしょ? ちょっとだけ、テレビに映るの」
成程。この子の中では『いつも側にいる』イコール『友達』という式があるようだ。
間違いとは言えないが、正解とも言えない。
だが、陛下と私との関係が『友人』ではなく『主従』だと説くには、彼は幼過ぎる。
「きれーだなーっていつも思ってたんだ。テレビで見るよりきれー。
ねえねえ、あのさ、おんなのひと? おとこのひと? どっちかわからないから、きいてみたかったんだ」
「…男の人です」
「おにーさんなんだー。おねーさんかと思ってた」
何故、解らない。
ククッと笑い声が聞こえた。傍まで来ていた護衛のエメリーだ。
私は彼を軽く睨んで、向こうへ行け、と目で命じる。
はいはい、と手を空に向けて、肩を揺らしながら噴水へ戻っていく。
少年は無邪気に笑っていた。
「おにーさんは、おーさまに、あえるんだよね?」
「ええ」
「いいなー」
「王様のことがお好きなのですか?」
「うんっ。すきっ。あのね、ママもね、おーさまのことすきだよ。
おーさまがね、ロレートをよくしてくれてるんだって、りっぱなひとなのよって。
ぼくもね、おおきくなったら、おひげにするの、おーさまみたいに、ココんとこ!」
まだお髭の生えない唇の上を人差し指でなぞった。
少年が「もうおうちにかえらなきゃ」と走って行ったので、私達もおうちに帰ることにした。
帰りの車中、殿下は窓から見える街の様子に目を向けていた。
国民の私には、もはや特別面白い景色には映らない。いつもの街並みだ。
ヨーロッパの片隅にある小さな国。
陛下が守ってきた国。そして、いつか殿下に受け継がれる国。
今、殿下は何をお考えになりながら、ロレートの街並みをご覧になっているのだろう。
「いい国ですね、ロレート公国って」
殿下は窓の外に目を向けながら、ぽつりと仰った。
「今日で、ロレートが全部、見れたわけじゃないですけど、
なんだか似ている気がします。聖アルフォンソ島に。
昨日より、ずっと、この国が好きになってしまいました。
レイナ卿、エメリーさん、今日は俺の我が侭に付き合って下さって、ありがとうございました」
運転席に居るエメリーは「いえ」とだけ、かろうじて返事した。
彼も驚いたのだろう。私も遅れて、返事をした。
「このくらいでしたらお安い御用ですよ、殿下。
今日、ご案内した所は陛下のお忍びコースなんです」
「え? カーディスが好きな場所、なんですか?」
「はい。今日回ったのは昼のコースの一部です。
夜のお忍びコースにはまだお連れできませんが、ご容赦下さい」
「は、はあ…。でも、カーディスは、どうして、街を歩くんでしょうか?」
「さあ。『気晴らしに』としか教えて下さいません。
ただ、以前、お酔いになった時に、こう仰っていました。
『俺の仕事は、こういう当たり前の景色が、いつまでも当たり前に続いていくことだ』と。
けれど、真意の程は解りません。元々、椅子にじっと座ることのできない御方ですし」
「…でも、レイナ卿は、カーディスを止めず、一緒に街を回るんでしょう?」
「主のご命令ですから」
車窓の向こうに小さく邸が見えてきた。
空は夕闇。白い半月が、静かにこの車に付いて来る。
「レイナ卿」
「はい?」
「俺、レイナ卿に謝らなくちゃいけないことがあるんです」
「何ですか?」
「初めて、レイナ卿と会った頃は、俺、貴方に会うのが恐ろしかったんです。すみません」
「…そのようなこと」
謝るのなら、こちらのほうだ。
陛下のご命令とは言え、まだ高校生の貴方に、
次期国王となるよう、大き過ぎる決断を迫ったのは私共なのだから。
偽りのブルーの瞳がこちらを捉える。
「だけど俺、今はもう貴方のことをそんなふうには思いません。
カーディスがレイナ卿を信頼しているのも、少し解った気がします」
私には殿下のお言葉が理解できなかった。殿下が微笑まれる。
「公園で会った男の子が言っていたじゃないですか。カーディスのことが好きだって」
「ですが、それは偏に陛下の…」
功績と人望に依るものだ。私などとは関係がない。そう言おうとした。
殿下の長い髪が、いいえ、と揺れる。
「王は、一人では王になれません」
その夜。
今日、護衛を務めたエメリーが、私の部屋に来た。
夜中だというのに、気軽に訪れてくれるのだ。
勝手にベッドに座って、部屋を見回す。
「相変わらず、隙のない部屋だな、レイナ」
仕事中は「レイナ卿」「閣下」とわざとらしく呼ぶ奴だが、
二人きりになると、私を名字で呼び捨てる。そのほうが私も落ち着く。
「何の用だ、エメリー」
「大した用じゃないんだけどね」
「じゃあ、来るな」
奴がククッと笑う。
「あんたって俺には冷たいよなー。ご主人サマ方には従順なシモベなのに?」
「お前は私の主ではないからな」
「そう邪険にするなよ。今日の感想の言い合いっこでもしようかと思ってきたんだぜ」
「殿下のことか?」
「ああ」
こいつと殿下のことについて、ちゃんと話をしたことはまだなかった。
私は椅子に座る。
「聞く」
「陛下にちょっと似てると思わないか? 『格』みたいな所がさ」
「…お前もそう思うか」
「それに。あんた、もう王子サマに懐かれたみたいだしさ」
「エメリー」
「はいはい。間違えました。『王子サマ』じゃなくて、『殿下』でした。
あんたってスゴイよね。陛下のお気に入りだし。殿下も落とすなんてさ」
エメリーがベッドに両手を着いて、喉元を晒す。
「あーあ。一度でイイから、あんたのご主人サマになってみたいよ。気分イイんだろうな」
「何を言う。昇級試験を蹴ったのはお前だろう?」
あの試験を受け、私を負かしていれば、私達の位は逆になっていた筈だ。
「そりゃ、蹴るさ。俺はあんたの下にしか就けないからね」
意味が解らない。
「数秒前と矛盾しているぞ、エメリー」
また笑う。喰えない笑い方をする奴だ。
「矛盾なんかしてないよ。ガンボウとゲンジツ、だろ?」
ベッドから立ち上がる。
「じゃ、おやすみ、レイナ。また王子サマとデートする時は俺を呼んでくれよ?」
ひらひらと手を振って出て行った。
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