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■ロレートシナリオ
「あ、来たよ。ラルちゃんの王子サマ」
アイヴィー様が額に手を翳す。
キャンパスから正門まで真っ直ぐ続いている月桂樹のアーチ。
木漏れ日の下を歩く二人が見えた。
左に見えるのが、殿下。今日は白の爽やかなジャケットをお召しだ。
そのお隣に居るのがご友人のようだ。背は殿下より少し低い。
何か話しながら歩いている。ご友人と笑い合っている殿下を、私は初めて見た。
お二人の距離は近かった。
殿下がこちらに気付く。ふわり、と笑う。
「お待たせしました、レイナ卿。あれ、アイヴィー」
私の隣で、片手を挙げた彼は「よっ」と明るく笑った。
島の安全を一手に担う警備責任者から、
タクシードライバーのお兄さんに変わった瞬間を見たような気がした。
「今日からロレートか、気を付けて行って来いよ」
「はい。度々出掛けてすみませんが、留守の間、お願いします」
「任せな。お、今日はアンリも一緒だっけか。楽しそうだな」
「ええ」
笑顔で応えた殿下が私に向き直る。
「レイナ卿、紹介しますね」隣に居るご友人を手で示す。
「こちらがアンリ。俺の、一番親しい友人です」
真っ白な肌、襟元で揃えた宵闇の髪。
シックなダークブルーのスーツ。男装の麗人かと思ったほど美しい。
学院の中から現れたのだから姫ではなく、王子、なのか。これで?
次に殿下は私を手で示す。
「アンリ、こちらは…」
美しい人が私に一歩近付く。琥珀の瞳が私を試すように捉える。
「貴方が、レイナ卿ですね?」
思いの外、低い声。それを聞いて、やっと王子だと納得できた。
アンリ、という名は確かフランス語圏の名だったはず。彼はまさに、フランス人形のような、白肌美人だ。
私は胸に手を置き、丁寧に頭を下げた。
「はい。ラルヴィス・レイナと申します。どうぞお見知りおきを」
「初めまして。僕はアンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。
ジョシュアより一学年下です。それから」
冷たい微笑を見せて言った。
「僕は、古くからグラントと敵対している家の者です」
殿下がご友人を振り返る。
「アンリ、なんでわざわざそんなことを」
宵闇の髪が気だるげに揺れる。
「隠す方が怪しくない? 事実なんだから仕様がないでしょう?
君はもうグラントの跡取りではないんだからいいじゃない、別に」
「そうだけど…だからって自己紹介でいきなり言うことじゃ…」
「軽い冗談のつもりだったんだけどな。君って冗談が通じないよね」
「いや、今のは笑えないと思うよ、アンリ」
私は「お戯れを」と言って笑うべきだったのか?
動揺が表情に出てしまったのか、殿下は必死に取り繕った。
「すみません、レイナ卿。アンリに悪気はないんです。
他の人より…ちょっと正直なところがあるだけで、
成績は優秀だし、事業も起こしてますし、俺より立派な…」
「ジョシュア。過剰なフォローは逆効果にしかならないから、そのくらいでいいよ」
殿下のご友人は、きっと殿下に似ているのだろうと思っていた。
が、これではむしろ対照的だ。本当に親友という間柄なのだろうかと疑ってしまう。
ご友人は、ねえ? と私に尋ねた。
「貴方はカーディス1世の側近じゃなかった? 今はジョシュアの側近?」
「いえ。当面、兼任となりました」
琥珀色の瞳が瞬く。
「それは、カーディス1世のご命令?」
「ええ。もちろんです」
「ふうん。成程ね」
サン・ジェルマン様は胸ポケットに手を入れた。
優雅に差し出されたのは、小さな長方形。
「レイナ卿、僕の名刺をお渡しします。よろしければ、貴方の名刺を頂けますか?」
殿下のご学友と名刺交換をすることになるとは。
頂戴した上質なカード。役職には、CEO、最高経営責任者とあった。
高2で社長? さすが、殿下のご友人だ。なんと優秀な御方なのだろう。
若き社長は「君も欲しい?」と言いながら殿下に名刺を渡していた。
殿下は名刺を眺めながら指差す。
「…え? アンリ、これ、携帯の番号?」
「ああ。携帯を持てって煩いのが居て。貰ったの。
まあ、そろそろ仕事でも必要になってきてたから。これ」
ブルーの携帯電話を取り出す。
「ここ何日かで、まとまりそうな商談があるから、持って来たんだ。
結果の一報を聞きたいだけなんだけど」
「ごめん。忙しい時期だった?」
「別に。あとは結果待ちだから。それに、僕もロレートには一度行ってみたかったし。
君の目にどう映ってるかは知らないけれど、僕はこの旅行、大いに楽しみにしてたんだよ?
あのカーディス国王陛下にお目通りが叶うなんて、逃す手はないからね」
それまで、やりとりを楽しそうに見守っていたアイヴィー様は「おっ?」と声を上げた。
「アンリ、お前さんのセンセも、お見送りに来てくれたみたいだぜ?」
キャンパスのほうから、こちらに向かってくる紳士。年は四十前後だろうか。
落ち着いた茶のベストが似合う。成程、先生らしい容貌に見える。
彼はサン・ジェルマン様の前に立つとほっと息を吐いた。
「良かった。間に合ったみたいだね」
サン・ジェルマン様は、彼を見上げて冷たく呟いた。
「…オーギュスト。何しに来たの?」
「アンリのお見送りだよ、もちろん」
そう優しく微笑んで、次に殿下に向かって言った。
「生徒代表君、アンリのこと、よろしく頼むよ」
「あ、はい」
「それから、アンリ。授業で教えていなかったことを、伝えに来たんだけれどね?」
「ボージェ教授。それ、今、必要な話?」
「うん。とても大切なことだから、ちゃんと聞きなさい?」
教え子はあからさまに不機嫌な顔になる。
「じゃあ、早く言えば?」
教授は人差し指を立てて、こう言った。
「いいかね? お友達の家に上がる時は、まず『こんにちは、お邪魔します』と言うんだよ?
アンリはお友達の家に遊びに行くの、初めてだろう? だからちょっと心配でね。
おうちの人にご迷惑をかけるようなことは、いけないんだよ? 解るかね?」
アイヴィー様だけが腹を抱えている。教え子は呆然と教師を見つめる。
「…それだけを言いに来たの、君は」
「あと、もうひとつ」
「まだあるの?」
「私へのロレート土産には気を遣わなくても良いからね?」
教え子はゆっくりと言い放つ。
「元々、君に買う予定はない」
どこまでも小生意気な生徒を見る先生の目はどこまでも優しかった。
「では、気を付けて、いっておいで」
私達は、先生とタクシードライバーに見送られ、学院を出発することとなった。
私は公用車の扉を開ける。殿下は先生方に「いってきます」と礼をしてから車に乗り込む。
ご学友は彼等を無視し、頬を膨らませ、ぶつぶつ言っていた。
「なんで、わざわざ見送りに来るのかな、講師のくせに」
学院から空港までの車中。
後部座席から、こんな会話が聞こえてきた。
「アンリ、友達の家に遊びに行くの、俺が初めてなの?」
殿下がそう控えめに尋ねると、ご学友は不機嫌に返した。
「僕は、休暇中も学院に居るでしょう?」
肯定の返事。
今までに一度も友達の家に行ったことがないというのは、自然とは言えない。
何か事情があるのだろうか。
「俺も初めてだよ」殿下は優しく仰る。「ロレートの家に友達を連れて行くのは」
バックミラー越しに見えたのは、笑顔だった。ご友人が首を傾げている。
「何が面白いの?」
殿下は照れているのか少し俯いて、
「嬉しいんだ」
そう噛み締めるように仰った。
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「あ、来たよ。ラルちゃんの王子サマ」
アイヴィー様が額に手を翳す。
キャンパスから正門まで真っ直ぐ続いている月桂樹のアーチ。
木漏れ日の下を歩く二人が見えた。
左に見えるのが、殿下。今日は白の爽やかなジャケットをお召しだ。
そのお隣に居るのがご友人のようだ。背は殿下より少し低い。
何か話しながら歩いている。ご友人と笑い合っている殿下を、私は初めて見た。
お二人の距離は近かった。
殿下がこちらに気付く。ふわり、と笑う。
「お待たせしました、レイナ卿。あれ、アイヴィー」
私の隣で、片手を挙げた彼は「よっ」と明るく笑った。
島の安全を一手に担う警備責任者から、
タクシードライバーのお兄さんに変わった瞬間を見たような気がした。
「今日からロレートか、気を付けて行って来いよ」
「はい。度々出掛けてすみませんが、留守の間、お願いします」
「任せな。お、今日はアンリも一緒だっけか。楽しそうだな」
「ええ」
笑顔で応えた殿下が私に向き直る。
「レイナ卿、紹介しますね」隣に居るご友人を手で示す。
「こちらがアンリ。俺の、一番親しい友人です」
真っ白な肌、襟元で揃えた宵闇の髪。
シックなダークブルーのスーツ。男装の麗人かと思ったほど美しい。
学院の中から現れたのだから姫ではなく、王子、なのか。これで?
次に殿下は私を手で示す。
「アンリ、こちらは…」
美しい人が私に一歩近付く。琥珀の瞳が私を試すように捉える。
「貴方が、レイナ卿ですね?」
思いの外、低い声。それを聞いて、やっと王子だと納得できた。
アンリ、という名は確かフランス語圏の名だったはず。彼はまさに、フランス人形のような、白肌美人だ。
私は胸に手を置き、丁寧に頭を下げた。
「はい。ラルヴィス・レイナと申します。どうぞお見知りおきを」
「初めまして。僕はアンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。
ジョシュアより一学年下です。それから」
冷たい微笑を見せて言った。
「僕は、古くからグラントと敵対している家の者です」
殿下がご友人を振り返る。
「アンリ、なんでわざわざそんなことを」
宵闇の髪が気だるげに揺れる。
「隠す方が怪しくない? 事実なんだから仕様がないでしょう?
君はもうグラントの跡取りではないんだからいいじゃない、別に」
「そうだけど…だからって自己紹介でいきなり言うことじゃ…」
「軽い冗談のつもりだったんだけどな。君って冗談が通じないよね」
「いや、今のは笑えないと思うよ、アンリ」
私は「お戯れを」と言って笑うべきだったのか?
動揺が表情に出てしまったのか、殿下は必死に取り繕った。
「すみません、レイナ卿。アンリに悪気はないんです。
他の人より…ちょっと正直なところがあるだけで、
成績は優秀だし、事業も起こしてますし、俺より立派な…」
「ジョシュア。過剰なフォローは逆効果にしかならないから、そのくらいでいいよ」
殿下のご友人は、きっと殿下に似ているのだろうと思っていた。
が、これではむしろ対照的だ。本当に親友という間柄なのだろうかと疑ってしまう。
ご友人は、ねえ? と私に尋ねた。
「貴方はカーディス1世の側近じゃなかった? 今はジョシュアの側近?」
「いえ。当面、兼任となりました」
琥珀色の瞳が瞬く。
「それは、カーディス1世のご命令?」
「ええ。もちろんです」
「ふうん。成程ね」
サン・ジェルマン様は胸ポケットに手を入れた。
優雅に差し出されたのは、小さな長方形。
「レイナ卿、僕の名刺をお渡しします。よろしければ、貴方の名刺を頂けますか?」
殿下のご学友と名刺交換をすることになるとは。
頂戴した上質なカード。役職には、CEO、最高経営責任者とあった。
高2で社長? さすが、殿下のご友人だ。なんと優秀な御方なのだろう。
若き社長は「君も欲しい?」と言いながら殿下に名刺を渡していた。
殿下は名刺を眺めながら指差す。
「…え? アンリ、これ、携帯の番号?」
「ああ。携帯を持てって煩いのが居て。貰ったの。
まあ、そろそろ仕事でも必要になってきてたから。これ」
ブルーの携帯電話を取り出す。
「ここ何日かで、まとまりそうな商談があるから、持って来たんだ。
結果の一報を聞きたいだけなんだけど」
「ごめん。忙しい時期だった?」
「別に。あとは結果待ちだから。それに、僕もロレートには一度行ってみたかったし。
君の目にどう映ってるかは知らないけれど、僕はこの旅行、大いに楽しみにしてたんだよ?
あのカーディス国王陛下にお目通りが叶うなんて、逃す手はないからね」
それまで、やりとりを楽しそうに見守っていたアイヴィー様は「おっ?」と声を上げた。
「アンリ、お前さんのセンセも、お見送りに来てくれたみたいだぜ?」
キャンパスのほうから、こちらに向かってくる紳士。年は四十前後だろうか。
落ち着いた茶のベストが似合う。成程、先生らしい容貌に見える。
彼はサン・ジェルマン様の前に立つとほっと息を吐いた。
「良かった。間に合ったみたいだね」
サン・ジェルマン様は、彼を見上げて冷たく呟いた。
「…オーギュスト。何しに来たの?」
「アンリのお見送りだよ、もちろん」
そう優しく微笑んで、次に殿下に向かって言った。
「生徒代表君、アンリのこと、よろしく頼むよ」
「あ、はい」
「それから、アンリ。授業で教えていなかったことを、伝えに来たんだけれどね?」
「ボージェ教授。それ、今、必要な話?」
「うん。とても大切なことだから、ちゃんと聞きなさい?」
教え子はあからさまに不機嫌な顔になる。
「じゃあ、早く言えば?」
教授は人差し指を立てて、こう言った。
「いいかね? お友達の家に上がる時は、まず『こんにちは、お邪魔します』と言うんだよ?
アンリはお友達の家に遊びに行くの、初めてだろう? だからちょっと心配でね。
おうちの人にご迷惑をかけるようなことは、いけないんだよ? 解るかね?」
アイヴィー様だけが腹を抱えている。教え子は呆然と教師を見つめる。
「…それだけを言いに来たの、君は」
「あと、もうひとつ」
「まだあるの?」
「私へのロレート土産には気を遣わなくても良いからね?」
教え子はゆっくりと言い放つ。
「元々、君に買う予定はない」
どこまでも小生意気な生徒を見る先生の目はどこまでも優しかった。
「では、気を付けて、いっておいで」
私達は、先生とタクシードライバーに見送られ、学院を出発することとなった。
私は公用車の扉を開ける。殿下は先生方に「いってきます」と礼をしてから車に乗り込む。
ご学友は彼等を無視し、頬を膨らませ、ぶつぶつ言っていた。
「なんで、わざわざ見送りに来るのかな、講師のくせに」
学院から空港までの車中。
後部座席から、こんな会話が聞こえてきた。
「アンリ、友達の家に遊びに行くの、俺が初めてなの?」
殿下がそう控えめに尋ねると、ご学友は不機嫌に返した。
「僕は、休暇中も学院に居るでしょう?」
肯定の返事。
今までに一度も友達の家に行ったことがないというのは、自然とは言えない。
何か事情があるのだろうか。
「俺も初めてだよ」殿下は優しく仰る。「ロレートの家に友達を連れて行くのは」
バックミラー越しに見えたのは、笑顔だった。ご友人が首を傾げている。
「何が面白いの?」
殿下は照れているのか少し俯いて、
「嬉しいんだ」
そう噛み締めるように仰った。
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