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■ロレートシナリオ
「レイナ」
紅茶をお届けした帰り、廊下で呼びとめられた。
陛下と似た長い髪の男。ホワイトだ。私は側役の中でも背が低いので、奴にはいつも見下ろされる。
ホワイトは背を壁に預け、腕を組んだ姿勢だった。待ち伏せされていたらしい。
切れ長の瞳。氷柱に突き刺されるように感じてしまう。
「陛下がお前をお呼びだ」
陛下ご自身がそう仰ったのだろうか。お人が悪い。
何故、よりによって伝言役をホワイトに。
「『寝室に白を』との仰せだ。伝えたぞ」
「すまない」
長い髪が揺れる。
「何を謝った?」
「いや…何でもない」
ホワイトを前にすると、どうも息が詰まる。私は彼の前を通り過ぎようとした。
「お辛くないのだろうか、陛下は」
独り言のように、ホワイトは言った。
「亡き兄上のことでずっと苦しまれてきた御方なのに。あれほど似ているお顔を間近にして」
「ホワイト? 殿下のことを言っているのか?」
「ジョシュア殿下は生き写しと言っても過言ではない。お若い頃のエドワード殿下を見ているようだ。
私などはエドワード様を思い出してならない。これからもっと似てくるのだろうしな」
お顔もお人柄も、殿下はエドワード様の血を濃く受け継いでおられる。
陛下も、そのお顔を最初にご覧になった時は、立ち尽くしてしまったと仰っていた。
「レイナ、陛下は辛いと仰ったことはないのか? お前にも」
私は省みる。陛下が殿下を次期国王に指名すると仰ってから今までのことを。
――俺のことは二番目の父ができたと思ってくれて構わない。俺は良い息子ができたと思ってる。
陛下が殿下を評したお言葉は、このくらいだ。兄上と似ているからといっても「辛い」とは仰らなかった。
私は聞いていない、とホワイトに伝えると、そうか、と呟いて、壁から背を起こした。
奴が言うように、殿下に兄上の面影を見て、苦しまれる時もあるのだろうか。
ホワイトの足音が遠ざかっていく。奴の後ろ姿は、陛下に似ている。
陛下の寝室に伺うと、煙草の煙がした。
窓辺で陛下が紫煙を燻らせていた。
無表情に闇夜を仰ぐ横顔。それは一瞬のうちに消え、
咥え煙草のまま、ワインのほうへ近づいて来た。
私達は向かい合って座る。グラスを合わせる音が寝室に響く。
今宵お持ちしたのは、少し甘味のあるドイツワインだ。
「白をご所望になるなんて、珍しいですね、陛下」
「お前は赤より白のほうが好みだろう?」
珍しいことを仰る。どうせお戯れだろう。寝室で囁かれた王のお言葉を本気にしてはいけない。
「ええ。昔は白のほうが好きでしたが」
「今は?」
「赤も嫌いではなくなってしまいました。陛下に赤ばかり飲まされましたので」
「俺色に染まったというわけか」
「結果的に」
陛下のワイングラスが空く。私は青いボトルを傾け、二杯目をお注ぎした。
「今日はこれでおしまいにして下さい。今宵は殿下とご学友もいらっしゃるのですから」
「そう言えば、ジョシュアがあんな友人を連れて来るとはな」
「陛下はサン・ジェルマン様のことがお気に召されたのでしょう?」
「ああ。アンリはお前と同じだからな」
「えっ?」
「美人で、口が悪い」
「殿下のご学友と私などでは比にならないかと」
「自分のほうが美人、か?」
「違います」
陛下が微笑して、ワイングラスに口付ける。
また窓の外をご覧になっていた。すると、突然すうっと席を立たれて、私の前に来られた。
「陛下?」
「ラル」あろうことか、私の前で膝を着いた。陛下が私を見上げている。
「陛下! 何を」
俺は、と遮られ、私は黙る。陛下は落ち着いた声で仰った。
「俺はお前が居なければ、王などやってられなかった。改めて礼を言う。
こんなろくでもない王の側によく居てくれた」
ありがとう、と呟いて、私を見上げる。王は少し笑った。
「俺が言うと、そんなに、らしくないか?」
「…いえ。勿体無いお言葉です。どう、されたのですか、急に」
「たまには良いだろう?」
「ですが、あの」
主が、ぽつりと呟く。
「聞くな」
臣下は、それ以上、伺うことができなくなった。
→18
「レイナ」
紅茶をお届けした帰り、廊下で呼びとめられた。
陛下と似た長い髪の男。ホワイトだ。私は側役の中でも背が低いので、奴にはいつも見下ろされる。
ホワイトは背を壁に預け、腕を組んだ姿勢だった。待ち伏せされていたらしい。
切れ長の瞳。氷柱に突き刺されるように感じてしまう。
「陛下がお前をお呼びだ」
陛下ご自身がそう仰ったのだろうか。お人が悪い。
何故、よりによって伝言役をホワイトに。
「『寝室に白を』との仰せだ。伝えたぞ」
「すまない」
長い髪が揺れる。
「何を謝った?」
「いや…何でもない」
ホワイトを前にすると、どうも息が詰まる。私は彼の前を通り過ぎようとした。
「お辛くないのだろうか、陛下は」
独り言のように、ホワイトは言った。
「亡き兄上のことでずっと苦しまれてきた御方なのに。あれほど似ているお顔を間近にして」
「ホワイト? 殿下のことを言っているのか?」
「ジョシュア殿下は生き写しと言っても過言ではない。お若い頃のエドワード殿下を見ているようだ。
私などはエドワード様を思い出してならない。これからもっと似てくるのだろうしな」
お顔もお人柄も、殿下はエドワード様の血を濃く受け継いでおられる。
陛下も、そのお顔を最初にご覧になった時は、立ち尽くしてしまったと仰っていた。
「レイナ、陛下は辛いと仰ったことはないのか? お前にも」
私は省みる。陛下が殿下を次期国王に指名すると仰ってから今までのことを。
――俺のことは二番目の父ができたと思ってくれて構わない。俺は良い息子ができたと思ってる。
陛下が殿下を評したお言葉は、このくらいだ。兄上と似ているからといっても「辛い」とは仰らなかった。
私は聞いていない、とホワイトに伝えると、そうか、と呟いて、壁から背を起こした。
奴が言うように、殿下に兄上の面影を見て、苦しまれる時もあるのだろうか。
ホワイトの足音が遠ざかっていく。奴の後ろ姿は、陛下に似ている。
陛下の寝室に伺うと、煙草の煙がした。
窓辺で陛下が紫煙を燻らせていた。
無表情に闇夜を仰ぐ横顔。それは一瞬のうちに消え、
咥え煙草のまま、ワインのほうへ近づいて来た。
私達は向かい合って座る。グラスを合わせる音が寝室に響く。
今宵お持ちしたのは、少し甘味のあるドイツワインだ。
「白をご所望になるなんて、珍しいですね、陛下」
「お前は赤より白のほうが好みだろう?」
珍しいことを仰る。どうせお戯れだろう。寝室で囁かれた王のお言葉を本気にしてはいけない。
「ええ。昔は白のほうが好きでしたが」
「今は?」
「赤も嫌いではなくなってしまいました。陛下に赤ばかり飲まされましたので」
「俺色に染まったというわけか」
「結果的に」
陛下のワイングラスが空く。私は青いボトルを傾け、二杯目をお注ぎした。
「今日はこれでおしまいにして下さい。今宵は殿下とご学友もいらっしゃるのですから」
「そう言えば、ジョシュアがあんな友人を連れて来るとはな」
「陛下はサン・ジェルマン様のことがお気に召されたのでしょう?」
「ああ。アンリはお前と同じだからな」
「えっ?」
「美人で、口が悪い」
「殿下のご学友と私などでは比にならないかと」
「自分のほうが美人、か?」
「違います」
陛下が微笑して、ワイングラスに口付ける。
また窓の外をご覧になっていた。すると、突然すうっと席を立たれて、私の前に来られた。
「陛下?」
「ラル」あろうことか、私の前で膝を着いた。陛下が私を見上げている。
「陛下! 何を」
俺は、と遮られ、私は黙る。陛下は落ち着いた声で仰った。
「俺はお前が居なければ、王などやってられなかった。改めて礼を言う。
こんなろくでもない王の側によく居てくれた」
ありがとう、と呟いて、私を見上げる。王は少し笑った。
「俺が言うと、そんなに、らしくないか?」
「…いえ。勿体無いお言葉です。どう、されたのですか、急に」
「たまには良いだろう?」
「ですが、あの」
主が、ぽつりと呟く。
「聞くな」
臣下は、それ以上、伺うことができなくなった。
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