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■ロレートシナリオ
アイヴィー様はレモンソーダをテーブルに置いた。
「いやー、今回はほんっと、お疲れさんだったね、ラルちゃん」
「いえ。皆様にご協力頂き、ありがとうございました」
「イイんだよ。俺達、マージナルプリンスをお守りするのがお仕事だし。ね、ソクちゃん?」
「ああ。興味深い研究対象をご提供頂き、こちらこそありがとうございました、レイナ卿」
ここは聖アルフォンソ島の食事処。
アイヴィー様が仰っていた『今度、一緒にメシ食べ行こーね』という、いつかの社交辞令。
それが実現する夜が来た。私の左隣にアイヴィー様。彼の前の席はソクーロフ医師だ。
今回の一件について、アイヴィー様にご報告したところ、
翌日、洗脳・自白のプロフェッショナルが、犯人との面談を希望されているとの連絡があった。
マージナルプリンス関連の犯罪は、こちらで調査研究する必要があるからと。
犯人の身柄はマフィアの元から、聖アルフォンソ島に渡った。
アイヴィー様はフライドポテトにケチャップを付けながら、
「んで、ドクターさん。なんか解った? アンリを誘拐した奴のこと」
「名はノア・ベネット。彼はエドワード派閥の残党だ」
アイヴィー様は「ありゃりゃあ」と言った。
黒いスーツ姿のドクターは参考資料を持たずに、すらすらと話した。
「彼等の狙いは最初からカーディス1世だったそうだ。
カーディスの警備を手薄にする為、ジョシュアに怪文を送り、機会を伺っていた。
街でジョシュアとアンリが歩いているのを見掛け、同胞である庭師に連絡を取ったらしい」
サン・ジェルマン様の誘拐及び、殿下の誘拐未遂の最中、邸では陛下に銃が向けられていた。
エメリーが庭師を取り押さえ、陛下をお守りしたという。
その際、銃弾がエメリーの右腕を掠めた。幸い軽傷で済み、安静にしていれば直に治るとのこと。
一歩間違えば、私は陛下と親しい同僚を同時に失くしていただろう。
アイヴィー様がケチャップの付いた親指を舐める。
「ラルちゃん達の留守中を狙って、二通目を発見したと騒ぎ、王様を狙ったってわけね」
ドクターが頷く。
「二通の怪文はどちらも、庭師の狂言というわけだ」
「素人が考えそうな手だな。第一、完全犯罪じゃなきゃイミねえだろ」
マフィアはシガーカッターで葉巻のヘッドを切り落とした。
ゴールドのライターで葉巻に火を点ける。
私の真向かいから昇った白煙はヘーゼルモカのような甘くて苦い香りがした。
葉巻を美味そうに吹かしたマフィアは店員を見付け、空のジョッキを掲げた。
「あ、兄ちゃん! このビールおかわり。
あと、ギョーザ追加。もうちょい、ハバネロ効かせてくれてもイイぜ」
アイヴィー様が声を張り上げる。
「つーか! なんで、あんたまで居んだよ! ディーノ!」
「お姫様を送り届けに来たから、島に居るに決まってんだろうが」
「そーじゃなくて! なんであんたが俺達と仲良くメシ食ってんのかって聞いてんの!
シチリアで食えよ、シチリアで! 仲良しのパパとママが待ってんだろ!?」
「ママには、『今日は友達の家に泊まってくる』ってちゃんと言ってある」
「また俺んち泊まる気かい! 今日はラルちゃんが泊まんだからダメ!
その前に、いちいちママにお泊まり報告してんのかよ!? イイ子かっ!」
「ギャアギャア煩せえな。俺様と二人きりの飲み会じゃねえからって、ダダこねてんのか?
焦んな、後でたんまり可愛がってやるからよ。ああ、それからラルちゃんもな? 今日は金髪ハーレムナイトだぜ」
「それは面白そうだね。私も同席して良いかい? 『マンゾーニ先生の完全犯罪講座』を拝聴したいし」
「コッチの眼鏡美人は、なんかムカつくな。偉そうにしてるが、お前はアイヴィーの何だ?」
ドクターが薄く笑う。
「私に対して気に食わないという感情を抱くのは、同属嫌悪だろうね」
「やんのか、美人ドクターさんよ」
「暴力では敵わないだろうが。私も負ける気はしないよ?」
「ほう。俺様にお注射でもする気か? お注射対決なら俺も負ける気はしねえぜ?」
「コラコラー! そこのドSさんチーム! ラルちゃんがコワがってるから、ここで火花散らすの止めよ?
ラルちゃん、ごめんね。ホントは俺、ラルちゃんと二人っきりでお疲れサマ会しようと思ってたんだけど、
帰り掛けにコワイ人達に捕まっちゃって、こんな世にもアブナイ面子に…」
「あ、いえ…」
「ラルちゃん、今日、なんかしょぼんってなってない? やっぱこの面子じゃヤだったよね。俺もコワイもん」
「いいえ。皆様のせいでは…」
怪文書については、これで幕を下ろせるとして。
問題がひとつ残っている。ごく個人的な、私の問題だ。
――玉座から下りる男に就くか、玉座に上る男に就くか、お前の好きなほうでいい。
陛下と殿下。私はどちらのお側に就けば良いのだろう。
「ラルちゃん、もしかして、悩み事? 俺で良ければ聞くよ?
あ、今日は一応プロのカウンセラーさんも居るしー」
「一応プロとは失礼な」
「あ、ゴメンゴメン。あと、他の力で解決できそうなヒトも居るし…勧められないけど、俺以外は」
「イイぜ、ラルちゃん。俺の胸に飛び込んできな。慰めてやるぜ、じっくり、朝までな」
「ちょ、ディーノ! ラルちゃんにまで手ぇ出すなあっ!」
その夜は結局、四人全員がアイヴィー様のご自宅に雪崩れ込むことになった。
マフィアが勝手に冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出していた。
皆でテーブルに付き、再び酒宴になった。私が覚えているのは、そこまで。
気が付くと朝になっていて、私は紫煙が染み付いたベッドで起きた。
頭に鈍い痛みが走る。記憶を失うまで飲んだのは生涯で初めてだった。
***
葉巻とメンソール。
真夜中のリビングに二本の煙がまだ昇っていた。
他国の側近は寝室のベッドで、この島の警備責任者はリビングのソファで寝息を立てていた。
寝顔を肴にマフィアは葉巻を楽しんでいた。
「金髪美人チームを寝かしつけて、これからオトナの時間ってか?」
「ああ。君とヒミツの話をしたくてね。警備責任者のほうには後で伝える予定だが」
「ヒミツじゃねえのかよ。俺は変態眼鏡と話すことなんてねえぞ」
「おや。私は君にも大変興味があるのだがね?」
「話がねえなら俺はもう寝る。ベッドでな」
もう埋まっているよ、と言いながらドクターはメンソールの灰を落とす。
「アンリを誘拐した男と庭師には、黒幕が居る可能性がある」
マフィアは欠伸して、子供のように目を擦った。
立派な髭を蓄えた男は、時折酷く幼い言動を見せる。
「そう吐いたのか?」
「いいや。あの二人は持っている情報が少な過ぎる。それがどうも気になってね」
「誰か、手引きした奴が居るってか?」
「アンリは今やサン・ジェルマン家当主だ。あの子ならば一代で莫大な財産を築き上げるだろう。
まだ若いうちに、邪魔な芽を摘み取ってしまおうと考えている人間が居ても可笑しくはない」
「んなことは解ってんだよ」
「ほう。流石はマンゾーニ家だ。アンリも知っているのかい?」
マフィアの横顔を見つめる。
「さあな」
ドクターはメンソールを咥える。自分で吹かした煙を仰ぐ。
「君のような男を盾に持っているのだから、何らかの身の危険を感じているのだろうね」
「何言ってんだ」マフィアが嗤う。
「あいつが俺を手放さねえのは、俺に惚れてるからだろ?」
***
→25
アイヴィー様はレモンソーダをテーブルに置いた。
「いやー、今回はほんっと、お疲れさんだったね、ラルちゃん」
「いえ。皆様にご協力頂き、ありがとうございました」
「イイんだよ。俺達、マージナルプリンスをお守りするのがお仕事だし。ね、ソクちゃん?」
「ああ。興味深い研究対象をご提供頂き、こちらこそありがとうございました、レイナ卿」
ここは聖アルフォンソ島の食事処。
アイヴィー様が仰っていた『今度、一緒にメシ食べ行こーね』という、いつかの社交辞令。
それが実現する夜が来た。私の左隣にアイヴィー様。彼の前の席はソクーロフ医師だ。
今回の一件について、アイヴィー様にご報告したところ、
翌日、洗脳・自白のプロフェッショナルが、犯人との面談を希望されているとの連絡があった。
マージナルプリンス関連の犯罪は、こちらで調査研究する必要があるからと。
犯人の身柄はマフィアの元から、聖アルフォンソ島に渡った。
アイヴィー様はフライドポテトにケチャップを付けながら、
「んで、ドクターさん。なんか解った? アンリを誘拐した奴のこと」
「名はノア・ベネット。彼はエドワード派閥の残党だ」
アイヴィー様は「ありゃりゃあ」と言った。
黒いスーツ姿のドクターは参考資料を持たずに、すらすらと話した。
「彼等の狙いは最初からカーディス1世だったそうだ。
カーディスの警備を手薄にする為、ジョシュアに怪文を送り、機会を伺っていた。
街でジョシュアとアンリが歩いているのを見掛け、同胞である庭師に連絡を取ったらしい」
サン・ジェルマン様の誘拐及び、殿下の誘拐未遂の最中、邸では陛下に銃が向けられていた。
エメリーが庭師を取り押さえ、陛下をお守りしたという。
その際、銃弾がエメリーの右腕を掠めた。幸い軽傷で済み、安静にしていれば直に治るとのこと。
一歩間違えば、私は陛下と親しい同僚を同時に失くしていただろう。
アイヴィー様がケチャップの付いた親指を舐める。
「ラルちゃん達の留守中を狙って、二通目を発見したと騒ぎ、王様を狙ったってわけね」
ドクターが頷く。
「二通の怪文はどちらも、庭師の狂言というわけだ」
「素人が考えそうな手だな。第一、完全犯罪じゃなきゃイミねえだろ」
マフィアはシガーカッターで葉巻のヘッドを切り落とした。
ゴールドのライターで葉巻に火を点ける。
私の真向かいから昇った白煙はヘーゼルモカのような甘くて苦い香りがした。
葉巻を美味そうに吹かしたマフィアは店員を見付け、空のジョッキを掲げた。
「あ、兄ちゃん! このビールおかわり。
あと、ギョーザ追加。もうちょい、ハバネロ効かせてくれてもイイぜ」
アイヴィー様が声を張り上げる。
「つーか! なんで、あんたまで居んだよ! ディーノ!」
「お姫様を送り届けに来たから、島に居るに決まってんだろうが」
「そーじゃなくて! なんであんたが俺達と仲良くメシ食ってんのかって聞いてんの!
シチリアで食えよ、シチリアで! 仲良しのパパとママが待ってんだろ!?」
「ママには、『今日は友達の家に泊まってくる』ってちゃんと言ってある」
「また俺んち泊まる気かい! 今日はラルちゃんが泊まんだからダメ!
その前に、いちいちママにお泊まり報告してんのかよ!? イイ子かっ!」
「ギャアギャア煩せえな。俺様と二人きりの飲み会じゃねえからって、ダダこねてんのか?
焦んな、後でたんまり可愛がってやるからよ。ああ、それからラルちゃんもな? 今日は金髪ハーレムナイトだぜ」
「それは面白そうだね。私も同席して良いかい? 『マンゾーニ先生の完全犯罪講座』を拝聴したいし」
「コッチの眼鏡美人は、なんかムカつくな。偉そうにしてるが、お前はアイヴィーの何だ?」
ドクターが薄く笑う。
「私に対して気に食わないという感情を抱くのは、同属嫌悪だろうね」
「やんのか、美人ドクターさんよ」
「暴力では敵わないだろうが。私も負ける気はしないよ?」
「ほう。俺様にお注射でもする気か? お注射対決なら俺も負ける気はしねえぜ?」
「コラコラー! そこのドSさんチーム! ラルちゃんがコワがってるから、ここで火花散らすの止めよ?
ラルちゃん、ごめんね。ホントは俺、ラルちゃんと二人っきりでお疲れサマ会しようと思ってたんだけど、
帰り掛けにコワイ人達に捕まっちゃって、こんな世にもアブナイ面子に…」
「あ、いえ…」
「ラルちゃん、今日、なんかしょぼんってなってない? やっぱこの面子じゃヤだったよね。俺もコワイもん」
「いいえ。皆様のせいでは…」
怪文書については、これで幕を下ろせるとして。
問題がひとつ残っている。ごく個人的な、私の問題だ。
――玉座から下りる男に就くか、玉座に上る男に就くか、お前の好きなほうでいい。
陛下と殿下。私はどちらのお側に就けば良いのだろう。
「ラルちゃん、もしかして、悩み事? 俺で良ければ聞くよ?
あ、今日は一応プロのカウンセラーさんも居るしー」
「一応プロとは失礼な」
「あ、ゴメンゴメン。あと、他の力で解決できそうなヒトも居るし…勧められないけど、俺以外は」
「イイぜ、ラルちゃん。俺の胸に飛び込んできな。慰めてやるぜ、じっくり、朝までな」
「ちょ、ディーノ! ラルちゃんにまで手ぇ出すなあっ!」
その夜は結局、四人全員がアイヴィー様のご自宅に雪崩れ込むことになった。
マフィアが勝手に冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出していた。
皆でテーブルに付き、再び酒宴になった。私が覚えているのは、そこまで。
気が付くと朝になっていて、私は紫煙が染み付いたベッドで起きた。
頭に鈍い痛みが走る。記憶を失うまで飲んだのは生涯で初めてだった。
***
葉巻とメンソール。
真夜中のリビングに二本の煙がまだ昇っていた。
他国の側近は寝室のベッドで、この島の警備責任者はリビングのソファで寝息を立てていた。
寝顔を肴にマフィアは葉巻を楽しんでいた。
「金髪美人チームを寝かしつけて、これからオトナの時間ってか?」
「ああ。君とヒミツの話をしたくてね。警備責任者のほうには後で伝える予定だが」
「ヒミツじゃねえのかよ。俺は変態眼鏡と話すことなんてねえぞ」
「おや。私は君にも大変興味があるのだがね?」
「話がねえなら俺はもう寝る。ベッドでな」
もう埋まっているよ、と言いながらドクターはメンソールの灰を落とす。
「アンリを誘拐した男と庭師には、黒幕が居る可能性がある」
マフィアは欠伸して、子供のように目を擦った。
立派な髭を蓄えた男は、時折酷く幼い言動を見せる。
「そう吐いたのか?」
「いいや。あの二人は持っている情報が少な過ぎる。それがどうも気になってね」
「誰か、手引きした奴が居るってか?」
「アンリは今やサン・ジェルマン家当主だ。あの子ならば一代で莫大な財産を築き上げるだろう。
まだ若いうちに、邪魔な芽を摘み取ってしまおうと考えている人間が居ても可笑しくはない」
「んなことは解ってんだよ」
「ほう。流石はマンゾーニ家だ。アンリも知っているのかい?」
マフィアの横顔を見つめる。
「さあな」
ドクターはメンソールを咥える。自分で吹かした煙を仰ぐ。
「君のような男を盾に持っているのだから、何らかの身の危険を感じているのだろうね」
「何言ってんだ」マフィアが嗤う。
「あいつが俺を手放さねえのは、俺に惚れてるからだろ?」
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