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Marginal Prince Short Story
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■アンリ ユウタ ジブリール ジョシュア
ユウタはトーマス・ミルドの作品を気に入っているらしい。
そこを通る度、絵をチラチラ見ているから。

ウーティスにはミルドの作品が二枚ある。
サロンにあるボート遊びの絵、
階段の壁には湖の前に人が集まっている絵。

独特の柔らかいタッチで描かれたそれは、日常的な光景でさえも、幻想的な夢物語の一場面に見せる。
まるで理想郷、シャングリラが描かれたような絵。

だから僕も、この絵を初めて見た時、足が止まった。


「気に入ったか、アンリ」

当時の生徒代表、ジブリール・アブル・アルファマードは、僕の視線に気付いた。

目付きが鋭く、冷徹という第一印象を持たせる人だが、
時が経つうちに、中身は案外普通らしいと解った。

「これは19世紀スカンジナビアの風景画家、トーマス・ミルドの作品だ」

生徒代表はミルドについて軽く解説した。
これは近年、遺族から寄贈された絵であり、
風景画で有名なミルドが描いた人物画は、世界でもこの学院にある二枚だけだという。

「ミルドが人物画を描いたのは、在学時だけだそうだ」

僕は黙って聞いていた。
目付きの悪い生徒代表は、絵画に背を向ける。

「この学院には他にも貴重な作品が数多くある。これから至る所で目にするだろう、嫌でもな」

次の場所に行こう、と言われ、僕達はサロンを後にした。


休み時間。今日もユウタは、サロンに入ってくると、ミルドの絵を見た。
僕は隅の席で本を読みながら、盗み見る。
後に人物が描けなくなった画家の絵を。

「アンリ、そろそろ次の授業が始まるよ」

今年の生徒代表に声を掛けられた。家が敵同士になるジョシュア・グラント。

「一緒に行こう、アンリ」

同じ講義を受けているからと言って、どうして行動を共にしたがるのか解らないけれど。
特別断る理由もないので、僕は席を立った。


「アンリ、気に入ってるんだね、ユウタのこと」

教室に向かう途中、彼は唐突にそう言った。

「ジョシュアって、どこに目を付けてるの?」

「サロンに居る時、ユウタのこと、気にしてるだろう?」

「してないよ。見ているとしたら、絵のほうだ」

教室に着く。
ジョシュアは周囲の生徒に挨拶され、挨拶を返していた。

僕が席に座ると、ジョシュアは隣に座った。

「アンリ、ユウタが最近、絵画の特別授業で何の絵を描いているか知ってるかい?」

「僕が知るわけないでしょ」

「課題でミルドの作品を模写しているそうだよ。放課後、ちょっと見学に行こうか?」


放課後。僕は無理矢理アトリエに連れて行かれた。
ジョシュアは「中には入らないで、外から覗くだけにしよう」と言った。

窓越しに絵描き姿のユウタの背中が見える。
覗く為に、近くにあった空のペンキ缶に乗ってまで。

「なんで僕がコソコソしなきゃならないの?」

ジョシュアが人差し指を立てる。

「俺達が見てるって知られたら、邪魔になってしまうだろう?」

「じゃあ来なきゃいいのに」

「まあまあ。ほら、見てごらん? ユウタ、上手だよね」

「模写だからでしょう?」

僕はユウタの周りを見る。

「ねえ、手本の絵が見当たらないんだけど」

「ああ、もう覚えてしまったそうだよ、毎日寮で見てるからって」

一枚の絵を覚えるなんてことができるのだろうか。
ユウタはこの寮に初めて来た時も、ミルドが描いた二枚の絵を「なんとなく似てる」と言いのけた。
人間は、カメラで写真を撮るように、目に映ったものを記憶することもできるが。
ユウタの場合、その能力が特別に高いということか。

「あっ、アンリ、しゃがんで」

「え?」

この三秒間の出来事はこうだ。
ユウタが席を立つのを見て、こちらに向かってくるのを怖れたジョシュアが、「しゃがんで」と僕の肩を押した。
その拍子に僕が乗っていたペンキ缶のバランスが崩れる。
ジョシュアもつられて、二人で転んだ。


fin
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