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Marginal Prince Short Story
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■エドガー×ヤン
■追加シナリオクリア推奨
14歳の俺は、その日も退屈凌ぎにジムに来ていた。
いつものようにジムからウーティス寮サロンに戻ってきた。

バトラーに飲み物を頼む時、この島では『竜の涙』と呼ばれてる物を、
わざとぶっきらぼうに『レモンソーダ』と言って、端っこにあるソファに不満げに座った。

ウーティスの同級生が二人、近寄ってきた。
同じ顔をした、一卵性双生児。マックとリックだ。

「エドガー、シュヌーシアに新入生が来たらしいよ」

「ふうん」

「中二だって。珍しいよね、14歳で入学なんて」

「ふうん」

「その新入生の為に、数学の特別講師も来るんだって」

「ふうん」

「なんだよ、興味なし?」

「そりゃあ、誰かが来て、誰かが去っていくだろうが。
しかも他の寮だろ? 俺には関係ない」

「もー。新入生が来たらワクワクしろよ」

二人は俺の身体を揺すって「ワクワクしろよー」と声を合わせる。

「いちいちハモんなよ、双子」


一日の授業が終わって、俺は校舎から寮に帰るところだった。
ウーティス寮の前には、月桂樹の森がある。
今日は課題も出てねえし、晩メシまでちょこっとシエスタでもしようかと思った。

俺のお気に入りの昼寝スポットは泉の傍だ。
そこには一本だけ場違いな木がある。月桂樹の森なのに違う木が生えているのだ。
棕櫚という亜熱帯植物らしいと上級生に聞いていた。
棕櫚の周りだけ、スポットライトを浴びてるように日当たりが良くて好きだった。

そこに行ったら、先客が居た。
艶のない灰色の髪。眼鏡のデザインがあんまり古かったから、
まだ見たことない先輩が居たのかな、と思ったくらいだ。

手に持ってる本がちらりと見えた。
なんか如何にも数学の教科書っぽい表紙だったのを覚えてる。
それで、新任の先生かもと思った。双子に数学の先生が来るって聞いてたから。
まさかこれが、同い年の新入生とは思わなかった。

俺、結構近くまで来てるのに、俺の存在に気付いてない。
なんか、ずっと木を見上げてるから、何を見てるんだろうと思って、
俺も木の上を見てみたけど、別に何もない。

もう一度そいつを見ると、唇が小さく動いてた。何かぶつぶつ言ってる。
半端な長さの、ぼさぼさの灰色の髪なのに、木洩れ陽のせいで、銀髪に見えた。

ぱさっ、と音がした。本が地面に落ちている。
そいつの身体が、ふっと後ろ向きに傾いた。

「おいっ!」

俺は気が付くと駆け出していて、そいつの背中を受け止めながら、地面に倒れ込んだ。
腕の中に抱えた身体は、見た目より華奢だった。

「おい、大丈夫か、あんた」

顔を覗き込むと、苦しそうに顔を歪め、目を瞑っていた。
か細い声で、呻くように言った。

「はい…ちょっと、頭がぐるぐるして…」

「ぐるぐるって、めまい?」

「たぶん…もう少し休んだら、治ると、思います…」

そいつは地面の上でうずくまるように横になった。放っておくわけにも行かねえし、俺も座った。
あれ、と言う声が聞こえた。

「なんだ?」

そいつは棕櫚の木のほうを指差した。

「あの木、今、なんか、ゆらっとした…みたいに見えて…」

急に倒れたかと思えば、次に意味が解らないことを言い出した。
呼吸が荒いし、ドラッグでもやってんのか、こいつ。

立てるようになってから、遠慮を押し切って保健室に連れて行った。
うちの学校には医師免許をもつ先生が居る。眼鏡で、柔らかそうな茶髪。
40代に入ったようには見えないお兄さん顔の先生だ。

俺から状況を聞いた先生は、ヤンをベッドに寝かした。
横になっている顔からはさっきの苦しさは見受けられない。
俺は傍の丸椅子に座る。

「先生、こいつ、大丈夫なのか?」

「ええ。起立性低血圧による立ち眩みのようですね」

「なんすか、それ」

「ああ、すみません。急に立ち上がった時や、ずっと立っている時に、ふらっと目眩に襲われる症状です。
君達の年代には時折見られることです。大丈夫、一時的なものですから、心配ありません」

にこっとした笑顔ができる大人だ。生徒からの評判は滅法良い。
だけど、その真っ白な笑顔に、漂白剤のように人工的な清潔感を感じるのは気のせいだろうか。

「あ、眼鏡をお預かりするのを忘れていましたね」

患者から静かに眼鏡を外し、綺麗に畳んで、サイドテーブルに置いた。
優しい笑顔で患者を愛でる。

「改めまして。ようこそ、聖アルフォンソ学院保健室へ。
初回カウンセリングの前にお会いできて嬉しいですよ、ヤン・ハシェク君」

「どうして、僕の名前…」

「新入生は入学から二週間後に身体検査とカウンセリングを受けることになっていますからね、
僕の元にも事前に新入生の資料は来ているんですよ。
さて、ヤン君はここでもう少しゆっくりしていって貰おうかな。水分補給が必要ですし。
何か温かい飲み物でも用意しましょう。エドガー君もご一緒にどうですか?」

「ちょ、ちょっと待った!」

「はい。どうしました、エドガー君」

「こいつ、新入生なんですか? 新任の先生じゃなくて?」

「おや。エドガー君は知らないで連れて来たんですね。彼は新入生ですよ。
ヤン君は14歳ですから、エドガー君とは同じ学年になりますね」

同い年かよ、これで。

「そう言えば、ヤン君はどうして、棕櫚の木を長い間見ていたんですか?」

「数えてたんです、葉っぱ」

「数えてた?」

「キラキラして綺麗だったから。あ、あの木って、何か特別な木なんですか?」

「特別、というのは?」

「あそこ、月桂樹の森なのに、一本だけ他の木で、
僕が倒れちゃった後、ゆらっとしたんです、木のとこ。あれ、なんだったのかなあ?」

またなんか変なこと言ってる。
見間違いに決まってるのに、先生は丁寧に聞き直していた。
ヤンはもう一度同じことを語っていた。

「あっ、本がない」

突然ヤンが大きな声を上げた。ベッドから起きようとしている

「ヤン君、待って下さい。君はもう少し安静に」

それまでぼうっとしてたヤンが急に慌て始める。

「僕、本を森に置いてきちゃったんです。どうしよう。汚れちゃったかも、誰かに持っていかれちゃったかも」

「落ち着けよ。俺が持ってるから」

俺はブレザーのポケットから本を取り出す。
ヤンを木の下で休ませてる時に拾っておいたのだ。

「コレだろ?」

ヤンはパッと本に飛び付いた。汚れてないか確かめた上で、

「ありがとう。あ、えっと…」

「俺はエドガーだ。いや、エドでいい」

ヤンは笑う。

「ありがとう、エド」

老けて見える奴だけど、眼鏡を外した笑顔は年下に見えた。


俺の長閑で優雅な学生生活は、終わりを告げた。
それからというもの、俺は危なかっしいヤンの世話を焼かされることになる。
ヤンはフラフラ歩いては迷子になったり、眼鏡を割ったりしやがる。
おかげでヤンが来てからの五年はあっという間だった。

ただ、生徒代表になっても、ヤンのぼうっとしたところは変わらない。
棕櫚の下で俺達は寝そべっている。ヤンは根に触れながら、

「やっぱりここ、なんか特別な場所なんじゃないかなあ」

五年前から変わってない。

「まだ言ってんのかよ、ヤン」

「なんか、宝物が埋まってたりして」

「んなわけあるかよ」

俺は目を閉じる。もう眠たくなってきた。

「んじゃ、俺はもう寝るぜ?」

「あ、うん。おやすみ、エド」

ヤンは眼鏡を外した。
俺達が静かになると、鳥達も静かになったみたいだ。
月桂樹の葉が擦れる音。遠くから生徒の声がなんとなく聞こえた。
そっと目を開ける。胎児のような寝姿。

案外、俺は見つけたのかもしれない。
棕櫚の木の下で、宝物を。


fin
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