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■テオ×アンリ 王×側近 ソクーロフ×アイヴィー
聖アルフォンソ学院に、今日最後のチャイムが鳴る。
情報学の教室からも、教授が立ち去っていった。
生徒達は友達と話したり、大きく伸びをしたりと、放課後の緩やかな雰囲気になる。
デッド・プリンスの三人組は同じ長机に着いていた。
その真ん中で、高等部二年のシルヴァンは、堂々と腕枕をしていた。
両脇に座っている高等部一年のアルフレッドとハルヤが声を掛ける。
「おい、シルヴァン」
「授業終わったよ?」
ハリウッドスターと人間国宝の孫に起こされ、両腕を伸ばす。
首を左右に曲げると、ポキ、ポキと良い音が鳴った。
「ん、うーん。あっという間でしたねー、今日の授業は」
「そりゃ、お前が寝てたからだろっ」
アルフレッドに頭を叩かれ、シルヴァンは笑う。
後ろの席では、高等部二年のジョシュアが苦笑していた。
テキストを綺麗に揃え、隣を向く。
「アンリ。この後、時間を貰えるかい?」
高等部一年のアンリは、テキストにブックバンドを掛けながら、
「なに?」
「体育館で、一戦、お相手願えないかなと思ってね?」
「フェンシング? 今日はあんまり気分じゃないな、眠たいし」
校内放送のチャイムが鳴った。
教室の生徒達は話を止めて、ふっと顔を上げる。
「愛しいマージナルプリンス諸君、今日も一日、授業お疲れ様! 生徒代表のテオです!」
マイクに近付き過ぎの大きな声がスピーカーから聞こえてきた。
アンリは溜め息を漏らし、額を押さえる。
叫ばないで済ませる為にマイクというものがあるのに、あの人は地声からして大き過ぎる。
「今日、私が放送室をジャックしたのには、他でもない訳があるのだよ!
私から愛しい皆へ、大切な、大、切、な、連絡があります!」
声量に耐えられなかったマイクがハウリングを起こし、キーンと鳴る。
「ああ、失礼、失礼」
生徒代表の声がマイクから少し遠くなる。
「えー、全校生徒は、至急、噴水広場へ集合して下さい!
ああ、他に急ぎの用事がある人はその限りではないけれどね?
それから、いつもお世話になっている先生方、
職員の皆さんも、よろしければ手を止めて、是非お集まり下さい。
では、みんな、噴水広場で待っているよ!」
放送終了のチャイムが鳴り、スピーカーは静かになった。
同時に、教室や廊下が、ガヤガヤと騒がしくなる。テオと同類のお調子者は歓迎ムードだ。
「テオったら、また面白いことを思い付いたみたいですね!」
菫色の目はパッチリ覚めたようである。眼鏡の東洋人は困り顔だ。
「なんか、めんどくさそうじゃない?」
「何言ってんだよ、ハルヤ。ほら、行ってみようぜっ!」
テオと親しいデッド・プリンスは駆け足で教室を出て行った。ジョシュアも席を立つ。
「アンリ、俺達も行こう。噴水広場って言っていたよね?」
「君、フェンシングしたいんじゃなかったの?」
「でも生徒代表が全員集合するようにって。ほら、皆も移動しているし。早く行かなきゃ」
アンリは重い腰を上げる。
「あーあ。行きたくない」
生徒達が噴水広場に到着する。
そこは英国式ローズガーデンと化していた。
赤い薔薇の花で敷き詰められた、華やかな庭園。
真っ白なテーブルクロスの上には、焼き立てのお菓子や飲み物が勢揃いしている。
まるで貴族が集う、立食式のティパーティのようだ。
「集まってくれてありがとう、マージナルプリンス諸君!」
胸に赤い薔薇を差した生徒代表が白の燕尾服で登場した。
制服の白バージョンである。おそらく色だけを変更し、
デザインは忠実に制服を再現した特注品なのだろうと一般生徒達は思った。
生徒代表と同じシュヌーシア寮の生徒達が、「テオー!」と歓声を上げている。
テオは手を振って声援に応える。そしてマイクを手にした。
「ようこそ! テオプレゼンツ・バレンタイン・パーティへ!
今日は2月14日! 愛するプリンス諸君へ、ささやかながら愛の広場を提供させて貰ったよ。
ここで、美味しいお菓子と紅茶を片手に、皆それぞれの、友情や愛を深め合って欲しい!」
バッと左手を伸ばして、大きなモニュメントを指し示す。
「そして! 二人で鳴らすと親睦が深まる『ラブラブ・ベル』も用意してみました!
みんな、自由に鳴らして、新しい伝説を作っておくれ!」
シルヴァンが手を挙げて、大声で質問する。
「テオー! ところでー! 放送で言っていた、僕達への大切な連絡って何ですかー?」
生徒代表は大きく息を吸い込み、マイクに向かって叫ぶ。
「愛しているよ、みんなっ!!」
キーンと再びマイクが鳴った。
全校生徒を巻き込んでのティタイム。
嫌々付いて来たアンリは、紅茶を飲みながら、パーティ会場を観察する。
生徒代表からの連絡はさておき、『授業が終わった放課後』、
という絶妙のタイミングで用意されたお菓子は、生徒達の小腹に収まっていった。
今日テーブルに並んでいるのは、世界各国から集めたおやつ。
祖国の菓子を見つけた生徒は懐かしんだり、友人に説明したり、自然と話が弾んでいた。
生徒達も『テオのお戯れ』に付き合わされることに慣れつつあった。
テオは、海運王と呼ばれるメネシス家の子息。父親も祖父もこの学院の卒業生である。
ギリシャでも有数の資産家であり、その財力は聖アルフォンソ学院の中でもトップクラスに位置する。
テオが住むシュヌーシア寮は、メネシスの寄付で建築された寮だ。
テオは度々、突拍子もなくイベントを開催するが、
自己満足だけではなく、皆を楽しませる作りになっている。
テオのパーティはいつも、彼が時折口にするモットー『私も楽しい、みんなも楽しい』を形にしたものだ。
アンリ自身も何度か必要に迫られて、パーティを開催したことがある。
それは常に「自分のプライドが許すパーティであるか」が基準になる。
参加者が喜ぶかどうか、などを気にしようとも思わない。
テオと自分では、生まれた環境、考え方、好みの全てが異なる。違う星の下に生まれた生き物にしか思えない。
しかし、テオはアンリを見つける度に、好意の感情をぶつけてくる。
シュヌーシア寮に住んでいるくせに、ウーティスにもしょっちゅう遊びに来て、
「今日も美しい!」とか、「また学年トップの成績を修めたんだって? 素晴らしいね!」などと言ってくる。
彼の辞書には、褒め言葉しか載っていないのかと思うほどだ。
アンリは陰でテオのことを『初代褒め殺し用生物兵器』と呼んでいた。
まるで、自分の周囲には嫌いな人間など一人も居ない、とでも言うように。
息を吸うかの如く、誰にでも、称賛や感謝の言葉を浴びせることができる人。
いつでも大勢の友人の囲まれ、太陽のようなテオが、アンリはどうしても苦手だった。
このバレンタイン・パーティ中でも、テオは生徒達の間を縫って移動しながら、皆に愛を撒き散らしている。
愛の安売りもいいところだ。甘い言葉を囁いたり、肩に触れたり、ハグしたり。
相手によって、コミュニケーションの度合いを適切に使い分けているように見えた。
それが、試行錯誤の末に導かれた結論であるのか、天性の才能であるのかは、
アンリには知り得ないことだったし、どうでもいいことだった。
ウーティス寮生が揃っているテーブルにも、生徒代表は褐色の手をブンブン振ってやってきた。
「ああ、居たっ! 東洋の黒い真珠!!」
大袈裟な愛称の名付け親は、それを大声で叫んだ。
周りの生徒達に笑われ、ハルヤは頬を染めた。
今年入ったハルヤ・コバヤシ。出身は日本。
元々、東洋文化に興味を持っていたらしい生徒代表は、この新入生を大層可愛がっていた。
テオがウーティス寮に顔を出した時、アンリより先にハルヤを構うようになったので、
アンリが褒め殺される頻度は、前年と比べて随分減ったものだ。
今もテオは一目散に東洋人の傍へ向かった。
「東洋の黒い真珠、お菓子はたくさん食べてくれたかい?」
「あ、うん。和菓子まであったし」
「気付いてくれたのだねっ! キョートからお取り寄せしてみたのだよ!
ああ、君に気に入って貰えて良かった! ありがとう! とても嬉しいよ!」
思わずと言わんばかりに抱き着いた。ハルヤが目を丸くする。
「テ、テオっ……」
「ハッピー・バレンタイン、東洋の黒い真珠。
私の溢れんばかりの愛は受け取って貰えたかな?」
「う、うん。苦しい、くらいに……」
嬉しそうに笑った生徒代表は、ハルヤの耳許に唇を寄せ、何か囁いた。
NOと言えない日本人は、抱擁されたまま、耳まで赤くした。
――嫌なら嫌と言えば良いのに。
アンリは何故か無性に腹が立って、口を出した。
「お気に入りの東洋人で遊ぶのは、そのくらいにしたら?」
生徒代表がハルヤから離れる。
「ああ、私としたことが」
微笑みながらアンリに近付いてくる。テオの背後でハルヤのほっとした顔が見えた。
アンリの目の前まで来たテオは、冷たい手を取り、ゆっくり囁く。
「すまない、アンリ。淋しい思いを、させてしまったね?」
アンリは冷笑する。
「勘違いも、貴方のレベルまで行くと、いっそ清々しいよね」
「おやおや。氷の微笑までキレがない。ごめんね、アンリ」
アンリが一歩あとずさるより先に、テオの腕はその細身を捕まえていた。
うんざり、といった表情をして、顔を逸らす。その様子はテオの目には入っていない。
「案ずることはないよ、アンリ。私はハルヤだけではなく、君のことも」
「僕、別にハルヤの身代わりになろうと思ったわけじゃないんだけど」
「またそんな強がりを言って、可愛らしい! 大好きだ!」
きつく抱き締められる。テオがよくする、加減を知らない全力の抱き着き方だ。
アンリは、いつもの冷笑を見せる。
「僕の骨が折れそう」
「ああ、ごめんごめん!」
いつのまにか憤りが消えていることに、アンリは気付かなかった。
首を傾げたハルヤが、こそっとシルヴァンに尋ねる。
「ねえ、シルヴァン」
「なんですか?」
「テオってさ、ここが男子校だって解ってる……よねえ?」
「ああ、ハルヤはまだご存じありませんでしたか。今年来たばかりですもんね」
「ん? どういうこと?」
「先輩方の中には、聖アルフォンソ学院で出会ったことをキッカケに、
本当に結ばれたカップルも居るんですよ? 一組や二組の例ではありません。
意外と、というか必然ですよね、この環境では」
「……えっ、うそ。冗談だよね?」
「いえいえ。フツーに本当ですよ? あっ、ニッポンはまだ同性同士のカップルは、
法律で認められていないんでしたっけ? まあ、世界的にも寛容な流れになってきましたので、
ニッポンでも、そのうちに法改正されると思いますけど」
「へ、へえ。こういうことでも、カルチャーショックがあるんだね……」
「というわけで、ハルヤ! 一緒に『ラブラブ・ベル』、鳴らしに行きましょう!」
「えっ!? ちょ、ちょっと、シルヴァン!」
同日夜、ロレート公国。
王の寝室では、側近が退室するところだった。
「それでは、おやすみなさいませ、陛下」
「ラル」
「何か?」
「お前、今日が何の日だか」
「聖バレンタイン氏の命日、でしょうか?」
「何だ、その色気のない言い方は」
「私は事実を申し上げたまで。陛下こそ、ロレート全土のご婦人方から、
バレンタインの贈り物を頂いて、まだ何かご不満でも?」
マスコミには様々なことを書かれるカーディス1世も、
その容貌や功績から、国内の女性には圧倒的な支持を受けている。
「国民からのプレゼントは、俺の元に届かんじゃないか」
「ええ。貴方がお決めになったことですからね」
王室に届いたお菓子は、国営の児童福祉施設へ送られる。
そこに住む身寄りの無い子供達は、王からのお菓子を毎年楽しみにしている。
「ラル。俺は、お前からまだ貰っていないのだが?」
「毎年同じことを申し上げて恐縮ですが、私は何も用意していませんよ。
王と従者の間で、そのような行事は相応しくないかと」
「では、毎年言うようだが、その身体で……」
「お断り致します、今年こそ」
「無駄な足掻きを。そう俺を楽しませるな」
同時刻、聖アルフォンソ島。
追憶の塔から、司令官とカウンセラーが出てくる。
「今日も結局、遅くなっちゃったねー」
アイヴィーとソクーロフは仕事が終わったところだった。
建物から駐車場までの海辺を、肩を並べて歩いている。
「ソクちゃん、メシまだだよね? これから食いに行こ?」
「ほう。どうしてまた?」
「べ、別に理由なんかないよ? 毎日ハラは減るもんでしょ?」
「今日がバレンタインだから、じゃないのか?」
「え、今日14日だっけー? 気付かなかったー」
「白々しい。この私に嘘を吐こうとした無謀な勇気だけは認めてやろう」
「ウ、ウソじゃないもん! バレンタインなんて知らなかったっ!」
「まあ、いい。今宵は、寂しい男に付き合ってやるか」
「ちょ、寂しい男はあんたもでしょ!」
「そうか。すまない。お前にはまだ言っていなかったな」
アイヴィーの足が止まる。
「え? な、何なに?」
「私達がよく行く中華料理屋があるだろう? 旧市街の」
「あ、うん。俺の好きな『パリパリ海鮮おこげ』があるトコ?」
「ああ。来月なのだがな、私は、あの店の娘さんと挙式を上げる予定なんだ」
「えええーっ!? あのチャイナドレスの子とソクちゃんが!? いつのまにそんなことに!?」
「初めて会った時から惹かれ合っていた。お前、傍に居ながら、全く気付かなかったのか?」
「い、いや。でも、そんな…てゆうか、あの片言の子と、どうやって気が合ったの?」
「フッ。愛があれば、言葉など」
「うっわ。変態鬼畜ドS眼鏡から、そんな言葉を聞く日が来るなんて……どうしよう、明日、島が海に沈むかもしれない……」
「何故、本気でそんな心配をする?」
「あんた、あの店、通ってたの、チャイナっ娘が目当てだったのかよ!?
あー、サイアクだー。ソクちゃんのエッチ! スケベ! ヘンタイ!」
「失礼な。私の目当ては『プリプリエビチリ』だ」
「やっぱあのスリットのチラリズムが……って、エビチリ?」
「挙式など上げるわけないだろう」
「ウソかよっ! ウソがなげえよ!」
「本当にダマされ易いな、お前は」
「あ、あんたが真顔で淡々とウソ吐くからだろっ!」
「私はチャイナドレスになど興味はない、お前と違ってな」
「お、俺だって興味ありませんっ!」
「では何だ、さっきのスリットがどうのって言うのは」
「いいい、言ってませんよ、そんなこと!」
「アイヴィー、脈が上がり過ぎだぞ。大丈夫か、色んな意味で」
「あんたのせいでしょうが! てか、ナチュラルに脈を取るな!」
「お前の手に触れたくてな」
「えっ……」
「面白いように上がってくれる」
「俺の脈で遊ぶなっ!」
fin
聖アルフォンソ学院に、今日最後のチャイムが鳴る。
情報学の教室からも、教授が立ち去っていった。
生徒達は友達と話したり、大きく伸びをしたりと、放課後の緩やかな雰囲気になる。
デッド・プリンスの三人組は同じ長机に着いていた。
その真ん中で、高等部二年のシルヴァンは、堂々と腕枕をしていた。
両脇に座っている高等部一年のアルフレッドとハルヤが声を掛ける。
「おい、シルヴァン」
「授業終わったよ?」
ハリウッドスターと人間国宝の孫に起こされ、両腕を伸ばす。
首を左右に曲げると、ポキ、ポキと良い音が鳴った。
「ん、うーん。あっという間でしたねー、今日の授業は」
「そりゃ、お前が寝てたからだろっ」
アルフレッドに頭を叩かれ、シルヴァンは笑う。
後ろの席では、高等部二年のジョシュアが苦笑していた。
テキストを綺麗に揃え、隣を向く。
「アンリ。この後、時間を貰えるかい?」
高等部一年のアンリは、テキストにブックバンドを掛けながら、
「なに?」
「体育館で、一戦、お相手願えないかなと思ってね?」
「フェンシング? 今日はあんまり気分じゃないな、眠たいし」
校内放送のチャイムが鳴った。
教室の生徒達は話を止めて、ふっと顔を上げる。
「愛しいマージナルプリンス諸君、今日も一日、授業お疲れ様! 生徒代表のテオです!」
マイクに近付き過ぎの大きな声がスピーカーから聞こえてきた。
アンリは溜め息を漏らし、額を押さえる。
叫ばないで済ませる為にマイクというものがあるのに、あの人は地声からして大き過ぎる。
「今日、私が放送室をジャックしたのには、他でもない訳があるのだよ!
私から愛しい皆へ、大切な、大、切、な、連絡があります!」
声量に耐えられなかったマイクがハウリングを起こし、キーンと鳴る。
「ああ、失礼、失礼」
生徒代表の声がマイクから少し遠くなる。
「えー、全校生徒は、至急、噴水広場へ集合して下さい!
ああ、他に急ぎの用事がある人はその限りではないけれどね?
それから、いつもお世話になっている先生方、
職員の皆さんも、よろしければ手を止めて、是非お集まり下さい。
では、みんな、噴水広場で待っているよ!」
放送終了のチャイムが鳴り、スピーカーは静かになった。
同時に、教室や廊下が、ガヤガヤと騒がしくなる。テオと同類のお調子者は歓迎ムードだ。
「テオったら、また面白いことを思い付いたみたいですね!」
菫色の目はパッチリ覚めたようである。眼鏡の東洋人は困り顔だ。
「なんか、めんどくさそうじゃない?」
「何言ってんだよ、ハルヤ。ほら、行ってみようぜっ!」
テオと親しいデッド・プリンスは駆け足で教室を出て行った。ジョシュアも席を立つ。
「アンリ、俺達も行こう。噴水広場って言っていたよね?」
「君、フェンシングしたいんじゃなかったの?」
「でも生徒代表が全員集合するようにって。ほら、皆も移動しているし。早く行かなきゃ」
アンリは重い腰を上げる。
「あーあ。行きたくない」
生徒達が噴水広場に到着する。
そこは英国式ローズガーデンと化していた。
赤い薔薇の花で敷き詰められた、華やかな庭園。
真っ白なテーブルクロスの上には、焼き立てのお菓子や飲み物が勢揃いしている。
まるで貴族が集う、立食式のティパーティのようだ。
「集まってくれてありがとう、マージナルプリンス諸君!」
胸に赤い薔薇を差した生徒代表が白の燕尾服で登場した。
制服の白バージョンである。おそらく色だけを変更し、
デザインは忠実に制服を再現した特注品なのだろうと一般生徒達は思った。
生徒代表と同じシュヌーシア寮の生徒達が、「テオー!」と歓声を上げている。
テオは手を振って声援に応える。そしてマイクを手にした。
「ようこそ! テオプレゼンツ・バレンタイン・パーティへ!
今日は2月14日! 愛するプリンス諸君へ、ささやかながら愛の広場を提供させて貰ったよ。
ここで、美味しいお菓子と紅茶を片手に、皆それぞれの、友情や愛を深め合って欲しい!」
バッと左手を伸ばして、大きなモニュメントを指し示す。
「そして! 二人で鳴らすと親睦が深まる『ラブラブ・ベル』も用意してみました!
みんな、自由に鳴らして、新しい伝説を作っておくれ!」
シルヴァンが手を挙げて、大声で質問する。
「テオー! ところでー! 放送で言っていた、僕達への大切な連絡って何ですかー?」
生徒代表は大きく息を吸い込み、マイクに向かって叫ぶ。
「愛しているよ、みんなっ!!」
キーンと再びマイクが鳴った。
全校生徒を巻き込んでのティタイム。
嫌々付いて来たアンリは、紅茶を飲みながら、パーティ会場を観察する。
生徒代表からの連絡はさておき、『授業が終わった放課後』、
という絶妙のタイミングで用意されたお菓子は、生徒達の小腹に収まっていった。
今日テーブルに並んでいるのは、世界各国から集めたおやつ。
祖国の菓子を見つけた生徒は懐かしんだり、友人に説明したり、自然と話が弾んでいた。
生徒達も『テオのお戯れ』に付き合わされることに慣れつつあった。
テオは、海運王と呼ばれるメネシス家の子息。父親も祖父もこの学院の卒業生である。
ギリシャでも有数の資産家であり、その財力は聖アルフォンソ学院の中でもトップクラスに位置する。
テオが住むシュヌーシア寮は、メネシスの寄付で建築された寮だ。
テオは度々、突拍子もなくイベントを開催するが、
自己満足だけではなく、皆を楽しませる作りになっている。
テオのパーティはいつも、彼が時折口にするモットー『私も楽しい、みんなも楽しい』を形にしたものだ。
アンリ自身も何度か必要に迫られて、パーティを開催したことがある。
それは常に「自分のプライドが許すパーティであるか」が基準になる。
参加者が喜ぶかどうか、などを気にしようとも思わない。
テオと自分では、生まれた環境、考え方、好みの全てが異なる。違う星の下に生まれた生き物にしか思えない。
しかし、テオはアンリを見つける度に、好意の感情をぶつけてくる。
シュヌーシア寮に住んでいるくせに、ウーティスにもしょっちゅう遊びに来て、
「今日も美しい!」とか、「また学年トップの成績を修めたんだって? 素晴らしいね!」などと言ってくる。
彼の辞書には、褒め言葉しか載っていないのかと思うほどだ。
アンリは陰でテオのことを『初代褒め殺し用生物兵器』と呼んでいた。
まるで、自分の周囲には嫌いな人間など一人も居ない、とでも言うように。
息を吸うかの如く、誰にでも、称賛や感謝の言葉を浴びせることができる人。
いつでも大勢の友人の囲まれ、太陽のようなテオが、アンリはどうしても苦手だった。
このバレンタイン・パーティ中でも、テオは生徒達の間を縫って移動しながら、皆に愛を撒き散らしている。
愛の安売りもいいところだ。甘い言葉を囁いたり、肩に触れたり、ハグしたり。
相手によって、コミュニケーションの度合いを適切に使い分けているように見えた。
それが、試行錯誤の末に導かれた結論であるのか、天性の才能であるのかは、
アンリには知り得ないことだったし、どうでもいいことだった。
ウーティス寮生が揃っているテーブルにも、生徒代表は褐色の手をブンブン振ってやってきた。
「ああ、居たっ! 東洋の黒い真珠!!」
大袈裟な愛称の名付け親は、それを大声で叫んだ。
周りの生徒達に笑われ、ハルヤは頬を染めた。
今年入ったハルヤ・コバヤシ。出身は日本。
元々、東洋文化に興味を持っていたらしい生徒代表は、この新入生を大層可愛がっていた。
テオがウーティス寮に顔を出した時、アンリより先にハルヤを構うようになったので、
アンリが褒め殺される頻度は、前年と比べて随分減ったものだ。
今もテオは一目散に東洋人の傍へ向かった。
「東洋の黒い真珠、お菓子はたくさん食べてくれたかい?」
「あ、うん。和菓子まであったし」
「気付いてくれたのだねっ! キョートからお取り寄せしてみたのだよ!
ああ、君に気に入って貰えて良かった! ありがとう! とても嬉しいよ!」
思わずと言わんばかりに抱き着いた。ハルヤが目を丸くする。
「テ、テオっ……」
「ハッピー・バレンタイン、東洋の黒い真珠。
私の溢れんばかりの愛は受け取って貰えたかな?」
「う、うん。苦しい、くらいに……」
嬉しそうに笑った生徒代表は、ハルヤの耳許に唇を寄せ、何か囁いた。
NOと言えない日本人は、抱擁されたまま、耳まで赤くした。
――嫌なら嫌と言えば良いのに。
アンリは何故か無性に腹が立って、口を出した。
「お気に入りの東洋人で遊ぶのは、そのくらいにしたら?」
生徒代表がハルヤから離れる。
「ああ、私としたことが」
微笑みながらアンリに近付いてくる。テオの背後でハルヤのほっとした顔が見えた。
アンリの目の前まで来たテオは、冷たい手を取り、ゆっくり囁く。
「すまない、アンリ。淋しい思いを、させてしまったね?」
アンリは冷笑する。
「勘違いも、貴方のレベルまで行くと、いっそ清々しいよね」
「おやおや。氷の微笑までキレがない。ごめんね、アンリ」
アンリが一歩あとずさるより先に、テオの腕はその細身を捕まえていた。
うんざり、といった表情をして、顔を逸らす。その様子はテオの目には入っていない。
「案ずることはないよ、アンリ。私はハルヤだけではなく、君のことも」
「僕、別にハルヤの身代わりになろうと思ったわけじゃないんだけど」
「またそんな強がりを言って、可愛らしい! 大好きだ!」
きつく抱き締められる。テオがよくする、加減を知らない全力の抱き着き方だ。
アンリは、いつもの冷笑を見せる。
「僕の骨が折れそう」
「ああ、ごめんごめん!」
いつのまにか憤りが消えていることに、アンリは気付かなかった。
首を傾げたハルヤが、こそっとシルヴァンに尋ねる。
「ねえ、シルヴァン」
「なんですか?」
「テオってさ、ここが男子校だって解ってる……よねえ?」
「ああ、ハルヤはまだご存じありませんでしたか。今年来たばかりですもんね」
「ん? どういうこと?」
「先輩方の中には、聖アルフォンソ学院で出会ったことをキッカケに、
本当に結ばれたカップルも居るんですよ? 一組や二組の例ではありません。
意外と、というか必然ですよね、この環境では」
「……えっ、うそ。冗談だよね?」
「いえいえ。フツーに本当ですよ? あっ、ニッポンはまだ同性同士のカップルは、
法律で認められていないんでしたっけ? まあ、世界的にも寛容な流れになってきましたので、
ニッポンでも、そのうちに法改正されると思いますけど」
「へ、へえ。こういうことでも、カルチャーショックがあるんだね……」
「というわけで、ハルヤ! 一緒に『ラブラブ・ベル』、鳴らしに行きましょう!」
「えっ!? ちょ、ちょっと、シルヴァン!」
同日夜、ロレート公国。
王の寝室では、側近が退室するところだった。
「それでは、おやすみなさいませ、陛下」
「ラル」
「何か?」
「お前、今日が何の日だか」
「聖バレンタイン氏の命日、でしょうか?」
「何だ、その色気のない言い方は」
「私は事実を申し上げたまで。陛下こそ、ロレート全土のご婦人方から、
バレンタインの贈り物を頂いて、まだ何かご不満でも?」
マスコミには様々なことを書かれるカーディス1世も、
その容貌や功績から、国内の女性には圧倒的な支持を受けている。
「国民からのプレゼントは、俺の元に届かんじゃないか」
「ええ。貴方がお決めになったことですからね」
王室に届いたお菓子は、国営の児童福祉施設へ送られる。
そこに住む身寄りの無い子供達は、王からのお菓子を毎年楽しみにしている。
「ラル。俺は、お前からまだ貰っていないのだが?」
「毎年同じことを申し上げて恐縮ですが、私は何も用意していませんよ。
王と従者の間で、そのような行事は相応しくないかと」
「では、毎年言うようだが、その身体で……」
「お断り致します、今年こそ」
「無駄な足掻きを。そう俺を楽しませるな」
同時刻、聖アルフォンソ島。
追憶の塔から、司令官とカウンセラーが出てくる。
「今日も結局、遅くなっちゃったねー」
アイヴィーとソクーロフは仕事が終わったところだった。
建物から駐車場までの海辺を、肩を並べて歩いている。
「ソクちゃん、メシまだだよね? これから食いに行こ?」
「ほう。どうしてまた?」
「べ、別に理由なんかないよ? 毎日ハラは減るもんでしょ?」
「今日がバレンタインだから、じゃないのか?」
「え、今日14日だっけー? 気付かなかったー」
「白々しい。この私に嘘を吐こうとした無謀な勇気だけは認めてやろう」
「ウ、ウソじゃないもん! バレンタインなんて知らなかったっ!」
「まあ、いい。今宵は、寂しい男に付き合ってやるか」
「ちょ、寂しい男はあんたもでしょ!」
「そうか。すまない。お前にはまだ言っていなかったな」
アイヴィーの足が止まる。
「え? な、何なに?」
「私達がよく行く中華料理屋があるだろう? 旧市街の」
「あ、うん。俺の好きな『パリパリ海鮮おこげ』があるトコ?」
「ああ。来月なのだがな、私は、あの店の娘さんと挙式を上げる予定なんだ」
「えええーっ!? あのチャイナドレスの子とソクちゃんが!? いつのまにそんなことに!?」
「初めて会った時から惹かれ合っていた。お前、傍に居ながら、全く気付かなかったのか?」
「い、いや。でも、そんな…てゆうか、あの片言の子と、どうやって気が合ったの?」
「フッ。愛があれば、言葉など」
「うっわ。変態鬼畜ドS眼鏡から、そんな言葉を聞く日が来るなんて……どうしよう、明日、島が海に沈むかもしれない……」
「何故、本気でそんな心配をする?」
「あんた、あの店、通ってたの、チャイナっ娘が目当てだったのかよ!?
あー、サイアクだー。ソクちゃんのエッチ! スケベ! ヘンタイ!」
「失礼な。私の目当ては『プリプリエビチリ』だ」
「やっぱあのスリットのチラリズムが……って、エビチリ?」
「挙式など上げるわけないだろう」
「ウソかよっ! ウソがなげえよ!」
「本当にダマされ易いな、お前は」
「あ、あんたが真顔で淡々とウソ吐くからだろっ!」
「私はチャイナドレスになど興味はない、お前と違ってな」
「お、俺だって興味ありませんっ!」
「では何だ、さっきのスリットがどうのって言うのは」
「いいい、言ってませんよ、そんなこと!」
「アイヴィー、脈が上がり過ぎだぞ。大丈夫か、色んな意味で」
「あんたのせいでしょうが! てか、ナチュラルに脈を取るな!」
「お前の手に触れたくてな」
「えっ……」
「面白いように上がってくれる」
「俺の脈で遊ぶなっ!」
fin
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