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Marginal Prince Short Story
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■アイヴィー5年前
囚われ人6 続編
毎日、外食してたから『俺的 美味いメシ食えるとこマップ』は完成度が上がってきた。
これも島の地理を覚えるのに役に立っただろう、ちょっとは。

大体の店を一周したので、今日はあの店に行こうと思った。
前に、誰かと人違いされた店だ。赤毛のお兄さん、今日も居るかな。
あの時のナチョス、ウマかったから、今日はアレ食べて帰ろ。
新市街と旧市街の中間にある駐車場に車を停める。今日は月がキレイ。

おぼろげに覚えてる道順を辿っていくと、ステンドグラスで出来たドアを見付けた。
けど、透けて見える店内は真っ暗だ。ドアには『CLOSE』と彫られたプレートが引っ掛けてあった。

「あちゃー。もしかして、今日はお休みの日?」

だけど、俺は料理しないから、冷蔵庫の中もほぼ空だし。こんな時間にスーパーもやってない。
家に帰っても、あったかい料理で迎えてくれるヒトなんかも居ないわけで。

「……非常食用の缶詰、なんかあったかなあ」

仕方なくナチョスを諦めて、帰ろうとした時。
店の裏で、しゃがんでる男が見えた。ちょっと結んだ赤毛に、黄色いTシャツ。
黒猫に何かご飯をあげてるみたいだ。

「美味しい? ベル」

チリン、と首許で小さなベルが鳴る。黒猫が俺を見た。

「ベル? どうしたの?」

その声を無視して、猫はこっちに歩いてきた。
俺の前まで来て、ニャアと鳴いた。お兄さんが俺に気付く。

「あっ、お客さん、この前の」

「覚えててくれた?」

「うんっ。また来てくれたんだ。嬉しいな」

俺も嬉しかった。お兄さんの隣に、しゃがむ。

「このにゃんこ、お兄さんが飼ってんの?」

「一応ね。でも、お腹が空いたら、うちに来てくれるってかんじだよ。もう大分おじいちゃん猫なんだ」

「へえ。おじいちゃんにしては、カワイイじゃん?」

なんとなく手を差し出してみると、寄ってきた。

「ちょ、くすぐったいよ。人見知りしない奴なんだね」

手をペロペロされてる俺を見て、お兄さんは驚いてるみたいだった。

「ベルも解るんだ……」

「何が?」

「あ、ううん。あの、お客さん、ご飯食べに来たんですよね? 店、入ろ」

「でも、今日はお休みなんじゃないの? また来るよ、俺」

「ま、待ってっ!」

腕を掴まれた。お兄さんのブレスレットがシャラシャラと鳴った。

「ご、ごめんなさい」

パッと手を離される。

「あ、あの。俺ね、ここに住み込みで働いてんだ」

お兄さんは店のてっぺんを指差した。

「屋根裏部屋が俺んち。だから、あの、ヘーキだからさ、ご飯食べて行ってよ」

誰かが足音を忍ばせ、俺の背後に近付いて来る気配がした。
振り向くと、黒いロングコートの男。

「ドクター……、なんで、あんたが、こんなトコに」

カウンセラーは人の好い笑みを浮かべた。

「私が外食しては可笑しいかい? どこかで夕食にしようと思ったら、
君の姿が見えたものだからね。君もこれからなんだろう? ご一緒して良いかな?」

「どうぞどうぞ」と、店員のお兄さんが勝手に答えた。
俺はドクターと二人っきりでメシなんて、イヤだったのに。
お兄さんは猫に「おやすみ、ベル。またあしたね」と言った。
黒猫は、首輪のベルを鳴らしながら、のそのそと立ち去って行った。
お兄さんに勧められるまま、俺とドクターは、店の中へ入った。

真っ暗なバー。客が一人も居なくて、BGMもかかっていないバーは見慣れないせいか、
なんだか少し不気味で、ゴーストハウスのように見えた。
お兄さんがパチパチと照明を付けてくれて、店内が丁度良い薄明かりになる。
手際良くレコードを回してくれた。最近じゃCDが専らなのに、レトロな店だ。

「好きなところに座って下さいね、今日はお二人の貸し切りですから」

俺はテーブル席に座る気にはなれなかった。
まだよく知りもしないドクターと二人きりでお食事なんて、なんかやだし。
俺はドクターが動く前に、お兄さんが居るバーカウンターの席に座った。
ドクターの足音がして、俺の隣に座った。
カウンターの向こう側から、お兄さんがメニュー表を差し出す。

「何にしましょう?」

「あ、俺はナチョス。この前のウマかったから」

「ホント? ありがとう」

「では私も同じものを貰おうかな」

「はい、畏まりました」

ドクターに真似された。お兄さんは目の前でナチョスを作り始める。
俺はドクターと話すのが嫌で、赤毛のお兄さんに話し掛けた。

「この前さ、俺の顔見て『マイク』って呼んでたよね?
俺がそいつに似てたんだろ? ゴメンな、紛らわしい顔しててさ」

「ううん。お客さんが謝ることじゃ……」

「マイクってのは、お兄さんのトモダチ?」

「あ、うん。まあ、そんなかんじ」

「もしかしてさ、マイクって、元マージナルプリンスだったりする?」

あの学院に居られるのは高等部三年まで。
やんちゃな王子様なら、バーくらいには遊びに来てたかもしれない。

「惜しいな。マイクはタクシードライバーだよ、マージナルプリンスのね」

「え、ソッチ!? マジで?」

「うん。マイクは、俺がここに住んでるのも知ってたから、『酔い潰れても泊まっていける』って、
うちの店によく来てくれてさ。酒癖は悪いし、すげえ音痴なんだけど、面白い奴でさ。
でも、急に『転勤になった』って言いに来て。それっきり会えなくなっちゃった。
もう二年くらい昔の話なんだけどね」

なら、転勤というより、多分、契約切れだったんだろう。
警備の任期は三年から長くて十年。いつかは俺も、この島と、おさらばする時が来る。

「でも、マイクは、『休暇が取れたら島に遊びに来る』って言ってたからさ。
だから、この前、お客さんが来た時、マイクが帰ってきてくれたのかと思っちゃって……ごめんなさい」

「謝んなよ、気にしてないって言ったろ?」

「ん。ありがと」

島を出ていく時に寂しがられるのは、マージナルプリンスだけじゃないらしい。
俺がいつか出ていく時も、誰かがこんなふうに悲しんでくれるんだろうか。
二年経っても、いつ遊びに来るかって待ってて貰えたりするんだろうか。

「意外と自己評価が低いんだね、君は」

俺の頭ん中を読んだように、ドクターは言った。

「な、何のこと、言ってんだよ?」

「それより、彼に教えてあげたらいいんじゃないのかい? 君の職務を」

お兄さんに見つめられて、俺は答えることにした。

「えと、俺、この島に新しく来たドライバーなんだ、マージナルプリンスの」

「ほ、ほんとですか!?」

「ああ。新人ドライバーのアイヴィー。よろしくな」

「そうなんだ! 俺はジェフです! よろしく」

なんだかスゴク喜んでくれて、俺も少し嬉しくなった。
ジェフが作ってくれたナチョスは、期待通りの味がしてウマかった。
帰る時は「また来てね、アイヴィー」って言ってくれた。
新しい土地で、行きつけの店第一号ができたみたい。

店を出た後。
ドクターに「次の店に行こう」とか言われたらヤダなと思ってたら、こんなことを言われた。
「この後は、君と二軒目に行こうかと思っていたのだが、今日は帰るよ。
少し用事ができたのでね。また今度、ご一緒できる日を楽しみにしているよ」
二軒目なんて行きたくなかったけど、なんか肩透かし。用事ができたって、いつできたんだよ。


休み明け。出勤してすぐ、俺はクロイツに聞いてみた。

「砂漠の国の王子様については、その後、調査に進展あった?」

「ジブリール様のことですか」

「石油を巡る、国レベルの陰謀とかに巻き込まれてたりしないよね?」

「もちろん、その方向でも調べさせてはいますが、現地に送ったスタッフからは、
もう少しで確定情報が掴めそうなので、それまで待って欲しいとのことです」

「よっし。その情報、楽しみに待ってるよ、って伝えて」

「了解しました」

「あ、それからー、こっちは関係ない話なんだけどさ」

「手短にお願いします」

「……ハイ。えと、マイクって奴が、昔、うちに居たって聞いたんだけどー、
あ、でも、クロイツが来たの去年なんだっけ。知らないか」

「共に仕事をする機会はありませんでしたが、彼の件なら司令から伺っています」

「司令、って、前の?」

「あっ、失礼致しました。そうです、ゲーテ元司令から」

クロイツは俺の前任者のことを、司令、と呼んだ。
名前はジークフリート・フォン・ゲーテ。ピコ曰く、いつも威張り散らす、嫌なドイツ人。
クロイツからはそんな評判は聞いてないけど。

「司令。貴方はどこで、彼のことを?」

俺はマイクを知った経緯を簡単に説明した。
話を聞き終わったクロイツは、そうでしたか、と呟いた。

「では間違いありませんね、二年前まで在籍していた、マイク・キャンベルのことでしょう。
確かに、彼と貴方は髪型が似ています」

「そうなんだ? マイクの写真、どっかにあるかな?」

「ええ」

「やった」

じゃあ見たいなー、と言おうとした時、クロイツと目が合った。

「ん? どした?」

「司令も、そのジェフさんも、ご存知ではないようなので、申し上げますが」

「なに?」

「マイク・キャンベルは、殉職しています、この島で」


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