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■アイヴィーとデッドプリンス
アルフォンソ島の南西部。
海近くの崖っぷちコテージに、仲良し三人組が遊びに来た。
手にはそれぞれの好きな飲み物を持参して。
何故なら、この家にはそれがないのを知っているからである。
「おーっす。アイヴィー、邪魔するぜー!」
「オフだと聞いたので、遊びに来てあげましたー!」
「こんちはー」
アルフレッド、シルヴァン、ハルヤが家の中に入る。
家主のアイヴィーは、物想いな溜め息を吐いて、PCの前に座っていた。
顔だけ、生徒達のほうを向く。
「まーた来ちゃったのか、お前さん達」
「あれ? お仕事中でしたか?」
「いんや。仕事とはカンケーねえサイト見てただけだよ。何回見ても、イイ写真だからさ」
「写真? あっ、解りました! またピンクなサイト見てたんですね?」
「ば、バカ! ナニを言い出してんだよ!」
「えっ……」
その手の話題が極端に弱い日本人が声を失っている。
「ちょ、ハルヤ! 思いっきり信じてんじゃねえよ!」
「そーゆーことかー。この家、エッチな本とかねーなー、って思ってたんだよー」
「アルフレッド……俺んちにそんな期待を持ってたのかよ」
「なあなあ、俺にもそのピンクなサイト見せろよ~」
アルフレッドがひょいひょいとやってきて、アイヴィーの背後からPCを覗いた。
そこに表示されていたのは、何枚もの写真と文字の羅列。
「なんだ、フツーのニュースサイトじゃねえかよ、つまんね」
「お前さんの期待が間違ってんだよっ。それにな、これはつまんないどころじゃねえ。
昨日、ついにアストンマーチンの新モデルが発表されたのよ!」
シルヴァンが画面に顔を近付ける。
「モーターショーのニュースですか?」
「ああ。スイスに世界中の最新車が大集結ってわけよ!」
大丈夫そうだ、と感じたハルヤが、のろのろと皆の傍に寄る。
PCの画面上には、車の写真がたくさん表示されていた。
ただ、多くの車が映っているのではなく、一台の車をあちこちの角度から撮影したものだ。
車の色は、一言では言い表し難い不思議な色。
濃い灰色に紺色の絵の具を少し溶かしたよう、とでも言うのだろうか。
メタリックな色で星を散りばめた夜空みたいにも見える。渋い色なのにオシャレなかんじだ。
アイヴィーが言うには、これがアストンマーチン特有の『高級感ある塗装』なのだと言う。
「ふうん。なんだかカッコイイ車だね」
「だろ、だろ? ハルヤは車を見る目があるな!」
今日のアイヴィーは、珍しくハイテンションだった。
ハルヤにとって、アイヴィーは『ずっと年上のお兄さん』だったが、
今日は、ちょっと子供っぽいアイヴィーを見た気がした。
「こいつはな、one-77(ワン・セブンセブン)って名前で、世界で限定77台しか生産されないんだ。
トップスピードが時速322km、それで車両重量は1500kgってんだから、スゲーだろ!?」
アイヴィーが熱く語っている横で、他三名はきょとん顔である。
「俺達には、それがどんくらいスゲーのか、全っ然伝わんねーから」
「世界一だよ、世界一。one-77は最速の車。この軽量で、この速度はねえんだぞ、マジで」
「77台の『限定』という響きが、マニア魂に火を付けるというのは解りますよ、僕」
「俺は別にマニアじゃねえけどな」
「そう言えば、アイヴィーの『スカッとしたい時用』の車はアストンマーチンでしたね?」
「おうよ!」
イギリスの高級車メーカー、アストンマーチン。
アイヴィーが所有しているのは同社のV12ヴァンキッシュ。ボディカラーはシルバーグレイ。
購入当時の最新モデルであり、2000年から2007年まで生産された車種だ。
アイヴィーは公私で三台の車を使い分けている。
『仕事用』のベントレー、『ちょっと遊びに行く時用』のBMW、
中でも一番のお気に入りが、この『スカッとしたい時用』のアストンマーチンだった。
シルヴァンがハルヤの様子に気付く。
黙ったまま、アイヴィーのことをぼうっと見つめていた。
「どうしたんですか? ハルヤ」
「アイヴィー、カッコイイな、って思って」
「ええっ!?」
「この車バカが!?」
「バカまで行ってねえっつの!」
「いてっ!」
「ちょっと、ハルヤ! アイヴィーの、ドコが、カッコイイんですかっ!?」
「車のこと詳しいのって、なんか『大人の男』ってかんじでさ。俺、車って全然知らないし、運転もできないし」
シルヴァンがハルヤの両肩に手を置く。
「大丈夫です、ハルヤ! ハルヤはハルヤのままで、サイコーに! カワイイですからっ!」
アイヴィーの左肩が下がる。
「……どんなフォローだよ。まあ、間違ってはねーけど」
アルフレッドは一人用のソファに座る。オレンジの缶ジュースを開ける。
「で、アイヴィー。その車、欲しいのか?」
「アストンマーチンのファンなら、欲しいに決まってるって」
アルフレッドにつられて、シルヴァンとハルヤがロングソファに座る。
「じゃあ、そんなに言うなら、買っちゃえばいいじゃないですか、one-77」
「買っちゃえばって……そうカンタンに言ってくれるけどなあ。
限定77台だし、まー、カンタンには買えねえお値段だぞ、こいつは」
「お幾らなんですか?」
「聞いて驚くなよ? なんと、100万ポンドだ!」
アルフレッドとハルヤは同時に首を傾げた。
「イギリスの通貨じゃ解んねえよ。ドルで言えよ、ドルで」
「そーだなあ、ドルだと……140万ドルくらいか」
ハルヤは反対側に首を傾げた。
ドルで言われても、金額が大き過ぎて、どのくらいなのか計算できなかったのである。
シルヴァンの服をちょいちょいと引っ張る。
「ね。日本円だと、どのくらいか解る?」
「んー。そうですねえ。ちょっと待って下さい」
人差し指を立て、空中に数字を書きながら、計算をする。
「お待たせしました。ざっとですけど、1億4000万円くらいですね」
「うそ……宝くじの1等でも当てないとダメじゃん」
「やっと解って貰えたかー。one-77はスペックだけじゃなくて、価格も世界一なわけよ。
な? 欲しくてもカンタンには買えねえだろ?
けど、既に100人以上、手を挙げてる奴が居るらしいんだよなー。どんだけセレブなんだっつーの」
「なら、俺が誕生日にでもプレゼントしてやろーか? その、oneなんだか、っていう車」
皆の視線が一気に集まる。アルフレッドはオレンジジュースを飲みながら、
「そーいや、アイヴィーの誕生日っていつ? てか、今何歳?」
アイヴィーが頭を押さえている。
「……忘れてた。お前さん、ハリウッドスターだったな」
ハルヤは日本人の微笑みを見せている。
「なんか、レッドのこと、すごく遠い存在に感じちゃった。俺なんかが友達でいいのかな……」
「何言ってんだよ、ハルヤ! 俺達、一緒にバンドやる仲だろ!?」
「そうだけど……俺、皆と違って、一般庶民だからさ」
「お前だって、人間国宝の孫だろ! スゲーじゃん!」
「それは、じいさまが凄いだけで、俺は違うし」
シルヴァンがハルヤの両肩に手を置く。
「大丈夫です、ハルヤ! ハルヤは僕よりも、ニッポンの漫画に詳しいじゃないですかっ!」
「……日本人だからね。でも、昔の作品はシルヴァンのほうが詳しいけど」
「ああっ、すみません、ハルヤ!」
「自信失くすとこじゃねえし、謝るとこじゃねえし。
で、お前さん達は俺んちに何しに来たんですかー? 俺、オフなのにー」
「あ?」
「ああ、そうでした!」
「俺達、アイヴィーにご飯を作って貰いに来たんだったね」
「ま、そんなこったろーと思ったけどな。パスタの材料しかないが。文句はねえな?」
「ないでーす!」
アイヴィーはPCをシャットダウンして、キッチンに向かう。
アルフレッドはソファに座ったまま、声を掛けた。
「なあ。マジでプレゼントしてやろーか? oneなんだかっていうヤツ」
アイヴィーはパスタを手にしながら硬直した。
one-77の艶めかしいボディが思い出される。
けど、ひと回り年下のガキに車を買って貰うなんて。
オトナのお兄さんとしてどうなんだ、俺。
てゆうか、100万ポンドだし。
でも、自分じゃ買えねえし。
頭の中でちっちゃな天使と悪魔のアイヴィーが戦う。
時間にして三秒。
オトナのお兄さんは、迷った。
fin
アルフォンソ島の南西部。
海近くの崖っぷちコテージに、仲良し三人組が遊びに来た。
手にはそれぞれの好きな飲み物を持参して。
何故なら、この家にはそれがないのを知っているからである。
「おーっす。アイヴィー、邪魔するぜー!」
「オフだと聞いたので、遊びに来てあげましたー!」
「こんちはー」
アルフレッド、シルヴァン、ハルヤが家の中に入る。
家主のアイヴィーは、物想いな溜め息を吐いて、PCの前に座っていた。
顔だけ、生徒達のほうを向く。
「まーた来ちゃったのか、お前さん達」
「あれ? お仕事中でしたか?」
「いんや。仕事とはカンケーねえサイト見てただけだよ。何回見ても、イイ写真だからさ」
「写真? あっ、解りました! またピンクなサイト見てたんですね?」
「ば、バカ! ナニを言い出してんだよ!」
「えっ……」
その手の話題が極端に弱い日本人が声を失っている。
「ちょ、ハルヤ! 思いっきり信じてんじゃねえよ!」
「そーゆーことかー。この家、エッチな本とかねーなー、って思ってたんだよー」
「アルフレッド……俺んちにそんな期待を持ってたのかよ」
「なあなあ、俺にもそのピンクなサイト見せろよ~」
アルフレッドがひょいひょいとやってきて、アイヴィーの背後からPCを覗いた。
そこに表示されていたのは、何枚もの写真と文字の羅列。
「なんだ、フツーのニュースサイトじゃねえかよ、つまんね」
「お前さんの期待が間違ってんだよっ。それにな、これはつまんないどころじゃねえ。
昨日、ついにアストンマーチンの新モデルが発表されたのよ!」
シルヴァンが画面に顔を近付ける。
「モーターショーのニュースですか?」
「ああ。スイスに世界中の最新車が大集結ってわけよ!」
大丈夫そうだ、と感じたハルヤが、のろのろと皆の傍に寄る。
PCの画面上には、車の写真がたくさん表示されていた。
ただ、多くの車が映っているのではなく、一台の車をあちこちの角度から撮影したものだ。
車の色は、一言では言い表し難い不思議な色。
濃い灰色に紺色の絵の具を少し溶かしたよう、とでも言うのだろうか。
メタリックな色で星を散りばめた夜空みたいにも見える。渋い色なのにオシャレなかんじだ。
アイヴィーが言うには、これがアストンマーチン特有の『高級感ある塗装』なのだと言う。
「ふうん。なんだかカッコイイ車だね」
「だろ、だろ? ハルヤは車を見る目があるな!」
今日のアイヴィーは、珍しくハイテンションだった。
ハルヤにとって、アイヴィーは『ずっと年上のお兄さん』だったが、
今日は、ちょっと子供っぽいアイヴィーを見た気がした。
「こいつはな、one-77(ワン・セブンセブン)って名前で、世界で限定77台しか生産されないんだ。
トップスピードが時速322km、それで車両重量は1500kgってんだから、スゲーだろ!?」
アイヴィーが熱く語っている横で、他三名はきょとん顔である。
「俺達には、それがどんくらいスゲーのか、全っ然伝わんねーから」
「世界一だよ、世界一。one-77は最速の車。この軽量で、この速度はねえんだぞ、マジで」
「77台の『限定』という響きが、マニア魂に火を付けるというのは解りますよ、僕」
「俺は別にマニアじゃねえけどな」
「そう言えば、アイヴィーの『スカッとしたい時用』の車はアストンマーチンでしたね?」
「おうよ!」
イギリスの高級車メーカー、アストンマーチン。
アイヴィーが所有しているのは同社のV12ヴァンキッシュ。ボディカラーはシルバーグレイ。
購入当時の最新モデルであり、2000年から2007年まで生産された車種だ。
アイヴィーは公私で三台の車を使い分けている。
『仕事用』のベントレー、『ちょっと遊びに行く時用』のBMW、
中でも一番のお気に入りが、この『スカッとしたい時用』のアストンマーチンだった。
シルヴァンがハルヤの様子に気付く。
黙ったまま、アイヴィーのことをぼうっと見つめていた。
「どうしたんですか? ハルヤ」
「アイヴィー、カッコイイな、って思って」
「ええっ!?」
「この車バカが!?」
「バカまで行ってねえっつの!」
「いてっ!」
「ちょっと、ハルヤ! アイヴィーの、ドコが、カッコイイんですかっ!?」
「車のこと詳しいのって、なんか『大人の男』ってかんじでさ。俺、車って全然知らないし、運転もできないし」
シルヴァンがハルヤの両肩に手を置く。
「大丈夫です、ハルヤ! ハルヤはハルヤのままで、サイコーに! カワイイですからっ!」
アイヴィーの左肩が下がる。
「……どんなフォローだよ。まあ、間違ってはねーけど」
アルフレッドは一人用のソファに座る。オレンジの缶ジュースを開ける。
「で、アイヴィー。その車、欲しいのか?」
「アストンマーチンのファンなら、欲しいに決まってるって」
アルフレッドにつられて、シルヴァンとハルヤがロングソファに座る。
「じゃあ、そんなに言うなら、買っちゃえばいいじゃないですか、one-77」
「買っちゃえばって……そうカンタンに言ってくれるけどなあ。
限定77台だし、まー、カンタンには買えねえお値段だぞ、こいつは」
「お幾らなんですか?」
「聞いて驚くなよ? なんと、100万ポンドだ!」
アルフレッドとハルヤは同時に首を傾げた。
「イギリスの通貨じゃ解んねえよ。ドルで言えよ、ドルで」
「そーだなあ、ドルだと……140万ドルくらいか」
ハルヤは反対側に首を傾げた。
ドルで言われても、金額が大き過ぎて、どのくらいなのか計算できなかったのである。
シルヴァンの服をちょいちょいと引っ張る。
「ね。日本円だと、どのくらいか解る?」
「んー。そうですねえ。ちょっと待って下さい」
人差し指を立て、空中に数字を書きながら、計算をする。
「お待たせしました。ざっとですけど、1億4000万円くらいですね」
「うそ……宝くじの1等でも当てないとダメじゃん」
「やっと解って貰えたかー。one-77はスペックだけじゃなくて、価格も世界一なわけよ。
な? 欲しくてもカンタンには買えねえだろ?
けど、既に100人以上、手を挙げてる奴が居るらしいんだよなー。どんだけセレブなんだっつーの」
「なら、俺が誕生日にでもプレゼントしてやろーか? その、oneなんだか、っていう車」
皆の視線が一気に集まる。アルフレッドはオレンジジュースを飲みながら、
「そーいや、アイヴィーの誕生日っていつ? てか、今何歳?」
アイヴィーが頭を押さえている。
「……忘れてた。お前さん、ハリウッドスターだったな」
ハルヤは日本人の微笑みを見せている。
「なんか、レッドのこと、すごく遠い存在に感じちゃった。俺なんかが友達でいいのかな……」
「何言ってんだよ、ハルヤ! 俺達、一緒にバンドやる仲だろ!?」
「そうだけど……俺、皆と違って、一般庶民だからさ」
「お前だって、人間国宝の孫だろ! スゲーじゃん!」
「それは、じいさまが凄いだけで、俺は違うし」
シルヴァンがハルヤの両肩に手を置く。
「大丈夫です、ハルヤ! ハルヤは僕よりも、ニッポンの漫画に詳しいじゃないですかっ!」
「……日本人だからね。でも、昔の作品はシルヴァンのほうが詳しいけど」
「ああっ、すみません、ハルヤ!」
「自信失くすとこじゃねえし、謝るとこじゃねえし。
で、お前さん達は俺んちに何しに来たんですかー? 俺、オフなのにー」
「あ?」
「ああ、そうでした!」
「俺達、アイヴィーにご飯を作って貰いに来たんだったね」
「ま、そんなこったろーと思ったけどな。パスタの材料しかないが。文句はねえな?」
「ないでーす!」
アイヴィーはPCをシャットダウンして、キッチンに向かう。
アルフレッドはソファに座ったまま、声を掛けた。
「なあ。マジでプレゼントしてやろーか? oneなんだかっていうヤツ」
アイヴィーはパスタを手にしながら硬直した。
one-77の艶めかしいボディが思い出される。
けど、ひと回り年下のガキに車を買って貰うなんて。
オトナのお兄さんとしてどうなんだ、俺。
てゆうか、100万ポンドだし。
でも、自分じゃ買えねえし。
頭の中でちっちゃな天使と悪魔のアイヴィーが戦う。
時間にして三秒。
オトナのお兄さんは、迷った。
fin
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