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Marginal Prince Short Story
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■ジョシュア×姉貴 アイヴィー 王×側近
生徒代表室に、午後の日射しが差し込んでいる。
窓の向こうには、青々と広がる森。月桂樹は今日も、さわさわと、その葉を揺らしていた。

「もう、アイヴィー。そういう冗談は、困ります……」

生徒代表のジョシュアは、PCの前で俯いていた。
画面上では、金髪の男が白い歯を見せている。

「いやー、ワリィ、ワリィ。お前さん、からかうと面白いからさー。
何でも、すぐ本気にすんだもんよ。そんなんじゃ、悪いオジサンにダマされちゃうぞー?」

ネットミーティングが終わった後で、生徒代表は、PC越しの警備責任者と雑談をしていた。
ジリリ、とアンティークな呼び出し音が鳴った。

「あっ、すみません。電話が」

「みたいだな。んじゃ、メールの件は、そーゆーことでヨロシク。またなー」

「ええ。失礼します」

生徒代表は固定電話の前に向かう。
この古めかしい電話は、生徒代表としての自分に用がある人間から掛かってくる電話だ。
呼吸を整え、心の準備をしてから、受話器を取った。

「お待たせしました。生徒代表のジョシュア・グラントです」

「交換台のスミスでございます。ウーティス寮のバトラーから、
ジョシュア様が生徒代表室にいらっしゃると伺い、ご連絡差し上げました。
カーディス国王陛下から、ジョシュア様にお電話でございます」

「えっ? カーディスからですか?」

「ええ。陛下がお急ぎのご様子でしたので、今、こちらのお電話にお繋ぎしても、よろしいでしょうか?」

余程の緊急事態なのだろうか、とジョシュアは緊張する。

「繋いで下さい」

「畏まりました。そのまま、お待ち下さいませ」

プツ、と無機質な音がして、回線が切り替わる。

「急に電話をしてすまないな、ジョシュア。今、話せるか?」

父と似た、柔らかく頼もしい声。間違いなく叔父の声だった。

「ええ。ロレートで、何かあったんですか?」

「いいや? 今度の公式行事のことで、少し話したいことがあってな」

何事かと思えば、次の帰国スケジュールの確認だった。
ジョシュアは既に、ロレートの次期国王に指名されているので、
国の行事に出席すること自体には、何ら異論はないのだが。
一国の主が時間を割いて、わざわざ電話してくる内容には、到底思えなかった。

これまで、ロレートからジョシュアへの連絡は、カーディスの側近が行っていた。
ラルヴィス・レイナ。金髪緑眼。若くして、王の右腕を務める優秀な人だ。
カーディスが最も信頼する存在であることは、ジョシュアにも見て取れた。

「あの、カーディス?」

「何だ?」

「今日、レイナさんはどうしたんですか? もしかして体調が悪いとか……大丈夫ですか?」

尋ねながら、それにしても変だな、とジョシュアは思う。
王に仕える従者はレイナだけではない。他に何人も居るのだ。

「ラルヴィスなら、普段通り口煩くしているぞ? 今は席を外しているがな。あいつに用があったのか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど、貴方から俺に電話なんて、珍しいから」

「今日はお前に頼みがあって、電話したんだ」

「カーディスが、俺に?」

「ああ。何、難しいことではない。先程話した公式行事、今回は、お前の姫にも出席して欲しいんだ」

カーディスが『姫』と呼んだのは、ユウタの姉のことだ。
先日、ロレートで行われた建国記念式典にて、
ジョシュアの王位継承権復帰と共に、その正式なパートナーとして発表された。
新たな『世紀の恋』の誕生に、皆が驚き、歓喜した。

「国民も、俺も、東洋の姫にまた会いたいと願っている。国中からのリクエストだ。
お前から姫に、都合が付くかどうか、聞いておいてくれないか?」

「解りました、聞いてみます」

「頼んだぞ。それから、もうひとつ。実はこちらのほうが本題だ。
こういう話は、姫の前では話し難いから、お前に直接、言っておきたくてな」

ジョシュアに再び緊張が走る。
彼女に言えない話。何かまた良からぬ陰謀でも持ち上がっているのだろうか。

「何ですか?」

「悪いが、俺はこの先も、妃を取る予定はない」

「えっ?」

「これが、どういう意味かは解るな? ジョシュア」

「えっと……」

「お前の次に、王となる者を、俺が作るつもりはない、と言っているんだ。
後継者の用意は任せたぞ、ジョシュア」

「ちょっと、カーディス……」

「真面目な話さ。お前まさか、ロレート大公家を自分の代で終わりにするつもりか?」

「い、いいえ……」

「だが、あまり焦ると、姫に嫌われるから、気を付けろよ?
かと言って、ここぞという好機に、男が躊躇するのは、最も良くない。
いいか? チャンスがあれば迷わず、口を塞いで押し倒」

言葉が途切れるのと同時に、「陛下、いい加減にして下さい!」と言う怒声が聞こえた。
いつの間にか戻って来ていたらしい側近が、とても恐縮した声で電話に出た。

「殿下、レイナでございます。申し訳ありません。
私が居ない隙に、陛下がこんな悪ふさげを……ご気分を害し、大変失礼致しました」

「そんな。カーディスは俺のことを心配して」

「恐れながら申し上げますが、違います。本来、殿下へのお電話は全て、私から差し上げるもの。
陛下は、ただ、戯れに貴方を弄んで、お楽しみになっただけです。本当に申し訳ございません。
二度とこのようなことがないよう、陛下には後でよく言って聞かせますので。どうかお許し頂きたく」

「ええ。俺は、大丈夫ですから」

「ありがとうございます。殿下の寛大なお心に、感謝致します。
お世継ぎについて、この機会に、少しだけお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「えっ? はい……」

「陛下の無神経なご指南には語弊がありましたが、その真意に、間違いはございません。未来永劫、ロレート公国を築いていくには必要不可欠なこと。
確かに、殿下には、まだ先のお話ですが、いずれ、確実に、問題になることでございます。
ロレートの未来を担う、お世継ぎの誕生は、私共、国民一同の願いであることを、
胸の内に覚えておいて下さいますよう、お願い申し上げます」

「は、はい。解りました……」

「本日は、大変申し訳ありませんでした。それでは失礼致します」


受話器を置いた側近は、早速、主に苦言を述べる。

「陛下! 殿下を相手に、このようなお暇潰しはお止め下さい!
殿下は、貴方と違って、純粋で繊細な方なのですよ!?」

王は笑っていた。

「重要なことだろう? この国の命運が掛かった話だ。
俺は当代の国王として、叔父として、人生の先輩として適切な助言を」

「不適切にも程があります! あの直接的な言い方は何ですか!」

「お前の言い方のほうに問題があっただろう?
あれほど深刻に話して。無駄にプレッシャーを与えていたな」

「いいえ。陛下のほうが」

「俺に言われるより、側近のお前に言われたことで、より真実味が増していた。
ジョシュアの奴、今頃、真剣に苦悩しているぞ。馬鹿が付くほど真面目だからな、あの優等生は」


「もしもし。ジョシュアだけど、今、少し良いかな?」

生徒代表はアンティークな受話器を耳に当てている。

「今度、ロレートで公式行事があるんだ。さっき、カーディスから電話があって、
その、君も一緒に来て欲しいって言われたんだ。
来月末なんだけど、大丈夫かな? うん。そっか。良かった。
じゃ、詳しいことは今度改めて。それから、えっと……」

言葉に詰まる。
可笑しな間が空いた。彼女に名を呼ばれ、ジョシュアは声が小さくなる。

「あっ、ごめん。何でも、ないよ。また、電話するね……」


その夜、空は雲で覆われていた。
せっかくの満月も濃い雲に覆われ、姿を現わせないでいる。
王の寝室にも、白光は届いていない。王が先まで吸っていた煙草の香りが漂っている。

「それでは、おやすみなさいませ、陛下」

側近が頭を下げると、左の手首を掴まれた。
王は寝台に腰掛けたまま、側近を見上げる。
緑眼は、つまらなそうなフリをして、主を見据えた。

「何か?」

「来い」

引かれた腕。王の寝台に無理矢理座らされる。
カーディスは黙ったまま、従者を見つめた。

――陛下の瞳に、私が映っている。他の誰でもなく、自分が。

優越と罪悪を感じた次の瞬間、唇は覆われていた。
後頭部に主の腕が回る。その手に項を撫でられゾクリとした。
舌を絡めとられながら、煙草の苦味を味合わされる。
上唇は口髭にチクチクとくすぐられる。少し開いた唇から、つう、と雫が伝う。

――もう、どうだっていい。

従者は、理性を保つことを放棄する。
深い口付けに押されるまま、背と寝台の距離が縮まっていった。


夜が更けていくにつれ、外では風が出てきた。
満月は、流れる雲の間から、切れ切れに肌を覗かせる。
広い寝室では、卑猥で虚しい音が響く。

室内が静かになった頃、雨が降り始めた。
ポツポツと窓ガラスを濡らす音が聞こえたかと思うと、すぐに本降りになった。
寝台では、王と側近が、けだるい身体を横たえている。
雨のせいか、寝室の中も肌寒くなったように、カーディスは感じた。

憂鬱な雨音を聞きながら、カーディスは無言で、従者の髪を梳いていた。
特別理由もないのに、情事の後は、癖のように従者の髪に触れる。
王は、何も生み出さない、何の意味もない行為を繰り返していた。

「陛下」

擦れた声で従者が主を呼ぶ。

「ん?」

「今日のような、お電話は、以後、お控え下さい」

王は薄く笑う。

「ベッドの中でも口煩い奴だな、お前は。今言う説教か?」

従者は無表情のまま呟く。

「弄ぶのは、私だけにして下さい」

王は思わず肩を揺らした。

「陛下?」

「……これだから、妃の必要が感じられないんだ」


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