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Marginal Prince Short Story
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■アイヴィー ソクーロフ
タクシードライバーの一番イイトコは、
空き時間を割と自由に過ごせることだと思う。
あんまりサボってると、バレて怒られちゃうけど。

「ね、ソクちゃん。今日さ、久し振りに飲みに行きません?」

新市街の道路脇に停めたタクシー。
その超目立つ黄色い扉に凭れて、俺は携帯電話を耳に当てていた。

「なんでって? 俺が明日お休みだから」

道路の向こうを通りがかった島民が、俺を見付けて笑顔を見せた。
赤毛を後ろでひょいと結んだ若いオトコ。美味いナチョスを作れるバー店員だ。
俺は空いてる右手を挙げて、挨拶する。
赤毛のお兄さんも同じように手で挨拶を返して、また歩いていった。
携帯から低い声が聞こえる。俺は笑って、返事した。

「ダイジョーブだよ、今日は。え? 勘だよ、アイヴィー様のカン」

タクシーの屋根を枕に空を見る。
キレーな野菜ジュース色。いや、ニンジン色かな。
冬も終わったから、気温だって最高に丁度イイ。

「こーんな夕焼けの日に、お客さんなんか来ないって」

気持ち良く晴れた日に、島への侵入者が来る確率は低い(当社調べ)
耳許で、呆れた吐息。
電話越しなのにゾクリとして、少しだけ耳から離す。

「あー、ゴメン、何? ああ、そだね。現地集合にしよっか。時間はー」

手首を覗く。現在17時45分。

「りょーかい。ほいじゃ、20時に『ネモフィラ』で」

携帯をポケットに仕舞う。
とっておきのバーでソクちゃんとの飲み会が決まった。
お休みの前の日って、なんでこんなにワクワクするんだろ。

「さて。次の王子様方を迎えに行きますか」

飲み会まで、もうひと仕事。
次の待ち合わせは、18時にライブハウス前だ。
黄色い扉を開ける。運転席に滑り込み、シートベルトを締める。
手に馴染んだハンドルを握った。


新市街から向かった先は、旧市街のライブハウス前。
王子様トリオは、もう店先で待っていた。

後部座席に、アルフレッド、シルヴァン、ハルヤが乗った。
三人はライブハウスのスタジオを借りて、バンドの練習をしていた。
こいつらが組んでるバンド『デッドプリンス』のライブが近いのだ。
で、その帰りの車に呼ばれたのが俺のタクシー。

後部座席では、あーだーこーだとライブについて打ち合わせしている。
そのうちに、アルフレッドが後部座席から乗り出した。

「なあ、アイヴィー。やっぱさ、今日、泊めてくんね?」

「ああ? 何、言ってんだよ、急に?」

「最近、あんたんち行ってなかったからさ。イイだろ?」

「イイですね! じゃ、行き先はアイヴィーの家に変更で」

「勝手に決めんな。行き先はガッコ」

「俺、家ん中がちらかってても、全然気にならないぜ?」

「んなとこ気にしてねーよ。俺がダメなの。今夜は空いてない」

「ほおー? さては、ついにオンナでもできたかー? このこのー」

「えっ、そ、そうなの?」

「アイヴィーに限って有り得ませんよー。ね、アイヴィー?」

「……まあ、その通りなんだけどさ。自信満々に言ってくれるな」

「じゃー、なんでダメなわけー? 俺、今日はあんたのパスタが食いたい!」

「カミーユに食わせて貰えよ。何でも作ってくれんだろ? お前さん達のシェフは」

「それがイヤだから、言ってんだろー。あーあ、カミーユの腕が急に三流になったりしねーかなー」

「無茶苦茶なこと言うなよ、一流シェフに向かって」

三人が住んでいる寮には、専属シェフが居る。
カミーユ・ルブラン。島に来るまでは某有名店で正統派フレンチシェフだった男だ。
完璧過ぎるお上品な料理が、このガキどもにはどうも不評のようで。
ちょくちょく俺の雑な料理を食べにくるのだ。

突然、車中に警報音が響いた。俺の手首も鳴っている。
同時にカーナビが自動的に起動する。島の地図が映し出され、赤い点が光る。
音声のスイッチだけ急いで切った。

「なんだ、なんだ? 何のサイレンだよ?」

「どうしたの? アイヴィー、今の何?」

俺が警備の人間だと知らないアルフレッドとハルヤに、
そう聞かれ、俺はいつもの調子で答える。

「次の王子様がお待ちだから、早く行けってさ」

「マジで? そんなシステム付いてんだ、この車?」

「へえ。知らなかった。スゴイ音だからビックリしちゃった」

なんか意外とフツーに信じてくれたらしい。
バックミラーの中で菫色の瞳がこちらを見ていた。
この三人の中で唯一、警報の本当の意味を理解している奴だ。

「僕達、ここで降りましょうか? 歩いてもそう遠くはありませんし」

侵入者を知らせるサイレンだと察しての提案だろう。

「ガッコまで、すぐソコなんだから、送ってやるよ」

シルヴァンは、俺の目を見た後、
明るい声で「じゃあ、お願いしまーす」と言った。

「つーわけで、今日、俺んちに泊まるのはナシだぞ、アルフレッド?」

「えー。マジかよー。じゃあさー、そのカノジョ、あんたのドコにホレたわけ?」

「だから居ねえって。……てか、そう言わなきゃいけない俺の気持ちもちったあ考えろ」

「まあまあ。また今度、押し掛けましょうよ。いつだって行けるじゃないですか、アイヴィーの家なんて」

「ったく、しょーがねーなー」

シルヴァンがとりなしてくれたおかげで、今日は逃がして貰えそうだ。
三人を正門前で降ろして、来た道を引き返した。


警備本部。お客様用のお部屋は大盛況。
祭りの日でもないのに、皆さんお誘いの上で、大勢お越しになる時もたまにある。
今日は島中、鬼ごっこしちまった。警備側もお客さん達もゼエゼエ、ハアハア。

今は、取調室の中で、主犯格の男に尋問中。質問者はうちの人間。
強面なせいか、侵入者はヘコヘコ謝りながら答えているようだ。
その様子を、俺は部屋の外からマジックミラー越しに眺めてた。

「今日のお客様は良い子ですね。助かります」

俺の隣に立ったのは、有能な副司令官。
聴取したばかりの調書を眺めながら、

「全員、狙いはラビット様だったと証言しています」

「あいつか。今、中等部、何年だっけ?」

副司令官は息を吐きながら「三年です」と答え、再び視線を手許に落とす。

「高等部に上がる前にイタリアへ呼び戻したいと、
叔父上がラビット様に頼んでいたようです。けれど、嫌だと断られ」

「そりゃ嫌だろうよ」

「ご両親は既に他界されていますから、血筋上、ラビット様がマルセロ家のボスですからね」

ラビット・マルセロ。サラサラの髪にクリクリおめめの可愛い奴だ。
同じシュヌーシア寮だったテオも、めちゃ可愛がってた。
だけど、15でマフィアのボスをやらされそうになってる。
今のところは、叔父さんと従兄弟が代理を務めているらしい。

聞いた話じゃ、マフィア同士の縄張り争いの中で、ラビットの両親は火事に見せかけて殺されたらしい。
犯人が未だに捕まっていない、無差別放火事件のうちの一件として処理されたのだ。
だが、黒幕は確実に、マルセロ家と反目しているマフィアの仕業だろうって話だ。

「マルセロは構成員が多くて、最近は内部統制が難しいらしいから、早く連れ戻したいんだろうけどな」

「司令は、ここ数年で、随分マフィア界の事情に詳しくなられましたね? 勉強熱心で結構なことです」

キツイ皮肉だ。
俺が某シチリアマフィアと仲が良いのではないか、という誤解がなかなか解けない。
あのマフィアに度々、警備網を擦り抜けられるのは、
貴方が密かに手引きしてるからじゃないですか? って疑われてる。
そんなことあるわけないのに!

取調室から主犯格の男が出てくる。
長時間の鬼ごっこと尋問で大分疲れたのか、ぐったりしてる。
こっちもこれが仕事とは言え、可哀想になってくる。
連れて行こうとするのを「あ、ちょい待ち」と止めた。
強面の部下が「何でしょう、司令」と言ったので、男も顔を上げた。

「お兄さん、晩ゴハンまだ食べてないよね? 後で何か美味しいお夜食出すから」

「えっ? 本当ですか?」

「ホント、ホント。せめてものお詫び。お兄さんもオシゴトで来たんだもんね?
それなのに捕まえちゃって。こっちもオシゴトだからさ、ゴメンネ?」

「は、はあ」

「それで、確認なんだけどー、お兄さんは、マルセロの人なんだよね?」

「はい」

「マルセロのエライ人に言われて、ここに来たの?」

「そうですが?」

「実は、シーゲル家に言われて来たんじゃない?」

「シーゲル家? まさか。自分はマルセロの者。ファミリーへの裏切りは即ち死を意味します」

「あー、そっか。マフィアには厳しい掟があるんだもんね?」

「そうです」

「ありがと。じゃあ、お夜食、食べて、今日はゆっくり休んでね。おやすみ」

男が部下に連れられて行く。
二人の姿が完全に消えてから、副司令官に睨まれた。

「司令。何故、シーゲル家の名前を? 関係のないマフィアでしょう?」

「ラビットの親を殺したのは、シーゲルだって話があるんだ」

副司令官がまた溜め息を吐く。

「本当にお詳しい。では、彼は、ラビット様を手土産に、シーゲルに寝返ると?」

「可能性の話だけどね。でも、俺が『シーゲル』って言った時、右手、急に握ったのヘンだった」

「今回はドクターをお呼びせずに済むと思っていたのですが、残念です」

「そんな嫌わなくても。これ以上は俺も解んないし、やっぱ自白のプロにお願いしよ?」

「解りました。ドクターをお招きするのは、明日の午後で良いですか?」

「うん」

「では、貴方からお伝えして下さい。私はそろそろ失礼しますよ」

「あー、うん。お疲れっ」

一段落着いたし、もう夜勤組との交代の時間だ。
俺は時計を見ていて「あれ?」と思う。22時55分。なにかしら、この胸騒ぎ。

「司令? どうしました? 棒立ちで。お帰りにならないんですか?」

忘れてた。
ソクちゃんとの飲み会。


待ち合わせの店に来たものの、影も形もなかった。
店内では、ピアノの生演奏と静かな語らいのみが聞こえる。
この店は旧市街の入り組んだ裏路地の奥にある。知る人ぞ知る隠れ家ってヤツだ。

カウンターでグラスを拭いてる老紳士を見付けた。
今日も相変わらず、優しそうな丸眼鏡と渋いカシス色のベストがよく似合ってる。
いつものように、俺に微笑み掛けてくれる。

「やあ、アイヴィー。いらっしゃい。久し振りだねえ?」

「こんちは、マスター。あのさ、今日、ソクちゃん来てなかった?」

「ああ。ソクーロフ先生なら、マティーニを一杯だけ舐めて、お帰りになったよ」

「それって、いつ?」

「さあ、どうだっただろうねえ。二時間くらい前だったかなあ」

そうだとしたら、ソクちゃんはここで一時間も待っててくれたことになる。

「アイヴィー、今日は先生と約束してたのかい?」

「あ、うん。ここで待ち合わせしたんだけど、俺が遅れちゃってさ」

「おや。そうだったのか。てっきり、今日はお一人で飲みにいらしたんだと思ってたよ。
何か熱心に書き物をされていたし。でも、そうか。
先生なら、まだ飲み足りないだろうに、とも思ったんだ。
あの先生はお強いからねえ。私は好きなんだよ、あの人の飲みっぷり」

ソクーロフ先生は地味に人気者で、島のあちこちにファンが居る。
おじいちゃんからおカマちゃんまで、手広くおモテになる。
何故なら、とにかく外面がイイからだ。
いつかソクーロフ先生にカウンセリングして貰いたいと思ってる島民も一人や二人じゃない。

「やっぱり、センセはアイヴィー待ちだったんだー?」

空になったカクテルグラスを両手に持ったボーイが来た。
耳にリングのピアスをしている。全開の笑顔を近付けて、

「センセ、スッゴイ怒ってたよ?」

「マジでっ!?」

「うん。まあ、顔には出てなかったけど、あれはゼッタイ怒ってた」

「ええっ? じゃあ、何を根拠に言ってんだよ?」

「だって、センセ、お気に入りのスピリタスも飲まずに帰っちゃったんだよ?
うちの店に来たら、あのウオッカ、必ず一杯は飲んでくのに」

根拠として正しいのかどうか、かなり微妙だけど。
誘われたのに、一時間待たされて、電話の一本もなしで、怒らないヒトって居ない気もする。
マスターは、マイペースに次のグラスを拭きながら、

「それで、アイヴィーは、どのくらい遅刻したんだい?」

店の古時計を見る。23時12分。待ち合わせは20時だったから、

「……三時間、くらい」

「ははっ。それは派手にやったね。相手が女性なら、とっくに振られてるよ」

俺、空笑い。
今日は早く帰んなさい、とマスターに言われて、有難く、そうさせて貰うことにした。
ピアノの演奏が『Let It Be』に変わる。聞きたかったな、と思いながら店を出た。

旧市街の裏路地を歩く。少ない街灯で照らされた足許は暗い。
夜空では、真っ白な満月が、独りぼっちで浮かんでる。

「さーて。どーしたもんかなあ」

春になったばかりの夜風はまだ冷たい。
ポケットに手を入れ、背中を丸めて歩いた。


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