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■シルヴァン アイヴィー
■新入生は自由人3 続編
アイヴィーはベントレーのハンドルを握っている。
擦れ違う車は殆ど居ない。車内のデジタル時計を見ると、もうすぐ日付が変わる時刻だった。
島の東から海沿いに向かう先は南西。崖の上のコテージだ。
「俺んちかよ」
ピアノバーの店長さんによると、シルヴァンはアイヴィーの家に泊まると言って店を出たらしい。
だが、家のカギは掛けて出て来た筈だと家主は思う。
「窓割って入ったりしてねえだろうなあ」
何故だか、手頃な石でパリーンといっちゃってる顔が想像できた。
それか、笑顔でピッキング。「開いちゃいました」とか言って。
『鍵開け』くらいできるんじゃないか、と思ってしまうのは、
シルヴァンの父親がスパイだったと知らされているからだろう。
外界から遮断された孤島。
そこで暮らす生徒達は、それぞれ複雑な事情を抱えている。
アイヴィーはここに来て三年目。職業上、様々な生徒の事情を見てきた。
それでも、シルヴァンの事情は相当特殊なほうだと感じたのだ。
シルヴァン・クラークという名の人間は、17歳で生まれたのである。
生まれ持った名は、エルリック・フォン・リヒトホーフェン。
その姓を聞かされた時、アイヴィーは驚いた。
リヒトホーフェン家と言えば、元は男爵の家柄であり、代々有能な軍人を輩出してきた名門だ。
中でも、第一次大戦において80機撃墜の偉業を成し遂げた、ドイツ空軍のエースパイロットは、
レッド・バロン(赤い男爵)の異名を持つ英雄だ。
シルヴァンの父親も軍人で、優秀なスパイだった。
しかし、ある危険なミッションが彼と家族の運命を変える。
任務が成功したが故に、家族ごと敵に狙われることになったのだ。
身の安全を守る為、三年前、フェイクのニュースが流された。家族全員、不慮の事故で亡くなったと。
死んだことになった彼等は新しいIDを与えられ、別人として生きることになったのだ。
そんな機密事項をアイヴィーに説明してくれたのは、NATO軍幹部のシュミット大佐。シルヴァンの保証人だ。
彼はシルヴァンの父親の同僚で、昔から家族ぐるみの付き合いだった。
二年前、大佐の息子が交通事故死する。その葬式で、大佐とシルヴァンは再会する。
それを切欠に、大佐の母校である、聖アルフォンソ学院への入学を勧めたのだ。
大佐は言った。「もし、エルリックの素性が割れた場合、また命が狙われる危険性がある」と。
守ってやって欲しい、そう頼まれた。
その言葉がとても重く、真摯に聞こえたのは、息子を亡くした父親に言われたからかもしれない。
砂浜に面した崖が見えてくる。その上にある小さなコテージ。我が家だ。
明かりが付いていないように見える。
ここにシルヴァンは来ていないのだろうか、もう寝てるのか、俺んちの窓は無事なのか。
とりあえず、一階のガレージに車を進める。
今日も良い子でお留守番してた二台の車。
『ちょっと遊びに行く時用』のBMWと、『スカッとしたい時用』のアストンマーチン。
二台の隣へ、いつものようにバックで車庫入れしようと、後方を確認する。
ガレージの角に、なんか居た。バックライトに照らされたのは、目を閉じた人間だ。
長い脚を折り曲げ、壁に寄り添うように座っている。細身の長い髪の男。
「シルヴァン!」
アイヴィーは車を降りて駆け寄る。
無意識に、シルヴァンの全身をざっと見て、外傷がないか確認していた。周囲に血溜まりもない。
別に、侵入者に追われ、深手を負って逃げ込んだのではないらしいと解り、少しほっとした。
「起きろよ、おい、シルヴァン」
肩を揺すると、薄く菫色の瞳が見えた。
「ああ、アイヴィー。帰ってきたんですね……」
完全に寝起きの声で、一気に気が抜けた。
「なんでガレージなんかで寝てんだよ」
「二階の鍵が開いてなかったので一階のガレージに。外よりは屋根があったほうが雨風も凌げますし」
「じゃなくて、ガレージだぞ? 俺がうっかり轢いちまったらどうすんだよ!」
「轢かれないように、はしっこに居たんですよ。
貴方なら、絶対に愛車を壁にぶつけたりはしないし、車を停める時に見つけてくれると思いましたので」
その通りの展開を演じてしまったアイヴィーは何も言えなくなる。
シルヴァンは、あの、と見上げる。
「今晩泊めて貰えませんか? 僕、ここで、ガレージでいいんで!」
「何を好き好んでガレージに泊まろうとしてんだよ。
立派な寮に住んでんだろ? こんな冷たい壁、枕にしてないで、柔らかいベッドで寝ろよ」
シルヴァンは首を横に振って、呟いた。
「あの寮に居ると、閉じ込められているような気がして、落ち着かなくて、逃げて来たんです」
俯いたシルヴァンを見て、アイヴィーは頭を掻いた。
「ったく。ここなんかに泊められるかよ。ほら、さっさと立ちな」
アイヴィーは手をポケットに入れて、ベントレーのほうへ歩き出す。
シルヴァンは座ったまま、動かない。
「お願いです、朝には戻りますから」
ヒュンとシルヴァンの手元に何かが飛んでくる。
シルヴァンは反射的にそれをキャッチした。広げた手の中には家の鍵。
顔を上げると、アイヴィーは運転席の窓から顔を出して、
「先に上がってろ。ほら、早くそこどけよ。車が入れらんないだろ?」
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■新入生は自由人3 続編
アイヴィーはベントレーのハンドルを握っている。
擦れ違う車は殆ど居ない。車内のデジタル時計を見ると、もうすぐ日付が変わる時刻だった。
島の東から海沿いに向かう先は南西。崖の上のコテージだ。
「俺んちかよ」
ピアノバーの店長さんによると、シルヴァンはアイヴィーの家に泊まると言って店を出たらしい。
だが、家のカギは掛けて出て来た筈だと家主は思う。
「窓割って入ったりしてねえだろうなあ」
何故だか、手頃な石でパリーンといっちゃってる顔が想像できた。
それか、笑顔でピッキング。「開いちゃいました」とか言って。
『鍵開け』くらいできるんじゃないか、と思ってしまうのは、
シルヴァンの父親がスパイだったと知らされているからだろう。
外界から遮断された孤島。
そこで暮らす生徒達は、それぞれ複雑な事情を抱えている。
アイヴィーはここに来て三年目。職業上、様々な生徒の事情を見てきた。
それでも、シルヴァンの事情は相当特殊なほうだと感じたのだ。
シルヴァン・クラークという名の人間は、17歳で生まれたのである。
生まれ持った名は、エルリック・フォン・リヒトホーフェン。
その姓を聞かされた時、アイヴィーは驚いた。
リヒトホーフェン家と言えば、元は男爵の家柄であり、代々有能な軍人を輩出してきた名門だ。
中でも、第一次大戦において80機撃墜の偉業を成し遂げた、ドイツ空軍のエースパイロットは、
レッド・バロン(赤い男爵)の異名を持つ英雄だ。
シルヴァンの父親も軍人で、優秀なスパイだった。
しかし、ある危険なミッションが彼と家族の運命を変える。
任務が成功したが故に、家族ごと敵に狙われることになったのだ。
身の安全を守る為、三年前、フェイクのニュースが流された。家族全員、不慮の事故で亡くなったと。
死んだことになった彼等は新しいIDを与えられ、別人として生きることになったのだ。
そんな機密事項をアイヴィーに説明してくれたのは、NATO軍幹部のシュミット大佐。シルヴァンの保証人だ。
彼はシルヴァンの父親の同僚で、昔から家族ぐるみの付き合いだった。
二年前、大佐の息子が交通事故死する。その葬式で、大佐とシルヴァンは再会する。
それを切欠に、大佐の母校である、聖アルフォンソ学院への入学を勧めたのだ。
大佐は言った。「もし、エルリックの素性が割れた場合、また命が狙われる危険性がある」と。
守ってやって欲しい、そう頼まれた。
その言葉がとても重く、真摯に聞こえたのは、息子を亡くした父親に言われたからかもしれない。
砂浜に面した崖が見えてくる。その上にある小さなコテージ。我が家だ。
明かりが付いていないように見える。
ここにシルヴァンは来ていないのだろうか、もう寝てるのか、俺んちの窓は無事なのか。
とりあえず、一階のガレージに車を進める。
今日も良い子でお留守番してた二台の車。
『ちょっと遊びに行く時用』のBMWと、『スカッとしたい時用』のアストンマーチン。
二台の隣へ、いつものようにバックで車庫入れしようと、後方を確認する。
ガレージの角に、なんか居た。バックライトに照らされたのは、目を閉じた人間だ。
長い脚を折り曲げ、壁に寄り添うように座っている。細身の長い髪の男。
「シルヴァン!」
アイヴィーは車を降りて駆け寄る。
無意識に、シルヴァンの全身をざっと見て、外傷がないか確認していた。周囲に血溜まりもない。
別に、侵入者に追われ、深手を負って逃げ込んだのではないらしいと解り、少しほっとした。
「起きろよ、おい、シルヴァン」
肩を揺すると、薄く菫色の瞳が見えた。
「ああ、アイヴィー。帰ってきたんですね……」
完全に寝起きの声で、一気に気が抜けた。
「なんでガレージなんかで寝てんだよ」
「二階の鍵が開いてなかったので一階のガレージに。外よりは屋根があったほうが雨風も凌げますし」
「じゃなくて、ガレージだぞ? 俺がうっかり轢いちまったらどうすんだよ!」
「轢かれないように、はしっこに居たんですよ。
貴方なら、絶対に愛車を壁にぶつけたりはしないし、車を停める時に見つけてくれると思いましたので」
その通りの展開を演じてしまったアイヴィーは何も言えなくなる。
シルヴァンは、あの、と見上げる。
「今晩泊めて貰えませんか? 僕、ここで、ガレージでいいんで!」
「何を好き好んでガレージに泊まろうとしてんだよ。
立派な寮に住んでんだろ? こんな冷たい壁、枕にしてないで、柔らかいベッドで寝ろよ」
シルヴァンは首を横に振って、呟いた。
「あの寮に居ると、閉じ込められているような気がして、落ち着かなくて、逃げて来たんです」
俯いたシルヴァンを見て、アイヴィーは頭を掻いた。
「ったく。ここなんかに泊められるかよ。ほら、さっさと立ちな」
アイヴィーは手をポケットに入れて、ベントレーのほうへ歩き出す。
シルヴァンは座ったまま、動かない。
「お願いです、朝には戻りますから」
ヒュンとシルヴァンの手元に何かが飛んでくる。
シルヴァンは反射的にそれをキャッチした。広げた手の中には家の鍵。
顔を上げると、アイヴィーは運転席の窓から顔を出して、
「先に上がってろ。ほら、早くそこどけよ。車が入れらんないだろ?」
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