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■アンリ
シチリア州東部メッシーナ。
ジャム専門店から一歩外に出ると、うだるような暑さに出迎えられた。
「これで、おつかい完了ってか」
イタリアーノ特有の濃い顔に、暑苦しい顎髭を蓄えた男。
シチリアンマフィアの中でも血塗られた歴史を持つマンゾーニ家。
その次期ボスとなる男が、僕のボディーガード、ディーノ・マンゾーニ。
ディーノが傍に居ると余計に暑く感じるのは、気のせいではないと思う。
「ま、俺様が案内してやったから、やっとできたってかんじだな」
頬を指差す。
「お姫様、道案内のお代は?」
無視して、僕は彼の前を通り過ぎる。後ろからマフィアの戯言が聞こえる。
「ちっ。ベッドまでオアズケかよ」
暑くて、言い返す気にもならない。
店の前に停めた車に戻る。ディーノが気に入っている赤いフェラーリだ。
僕達の姿を見て、運転手を務める若い男が車を降りた。僕達が乗る時にドアを開ける為だろう。
車の前でディーノが突然立ち止まった。深刻な顔をしている。
僕は少し不安になった。周囲の様子を確認して、
「ディーノ、どうしたの」
「そのジャム、ウマイのか?」
「何?」
「ウマイのかって聞いてんだよ」
「美味しいって言ってる人は居たけれど」
「そっか。そのジャム、マンマに買っていったら喜んで貰えるかな」
まるで良い子の呟きだ。
溺愛し合っているマンゾーニ家の親子は、家族について話す時、
言動が少年時代に戻ってしまう。僕が呆然としていると、ディーノは若い運転手にこう言った。
「おい、フィオ。俺も買ってくるから、ちょっと待っとけ」
「へい」運転手は笑って「じゃ、姫さんはお先に車へどうぞ」
僕の為に、後部座席のドアを開けた。
車内は外とは別世界の如く涼しかった。
僕以外に二人の男が乗っている。どちらもマンゾーニ家の舎弟だ。
運転席に居るのはフィオラノ。
マフィアにしておくには惜しい気さえする、眼鏡を掛けた優男だ。
助手席には短い黒髪の無口な男。彼の名前はまだ解らない。
運転手のフィオラノが僕に話し掛けてきた。
「先生へのお土産は買えましたかい? 足りなければどこへでもお連れしやすよ、姫さん」
「その呼び方、止めてくれない?」
「すいやせん。ディーノの兄貴がお姫様って呼んでるもんですから、
つい移っちまいまして。では『姐さん』とお呼びしやすね」
「そんなに、僕が女性に見える?」
「割と」
「何だって?」
「ああ、すいやせん、すいやせん。じゃあ今後は『アンリの兄貴』と」
「それも嫌」
「ははっ、ワガママですねえ、姫さんは」
人当たりが柔らかく、イタリアーノにしては顔立ちも、かなり爽やかだ。
イタリア訛りはあるものの、彼は英語も話せるし、馬鹿にも見えない。
秘密結社の構成員より小学校の先生向きの男に見える。兼ねてからの疑問がつい口をついた。
「君ってマフィアっぽくないよね。どうして君みたいな人が、マフィアやってるの?」
「姫さんが自分に興味を持ってくれるのなんて初めてですね」
笑顔を見せた後、フィオラノはこう答えた。
「自分はディーノの兄貴に拾って頂いたんです。それだけです」
嘘ではない。それが僕には不思議だった。
マンゾーニ家のボスはカルロ・マンゾーニ。息子のディーノはアンダーボス。つまり、No.2だ。
これまでも構成員達の言動から、ディーノのカリスマ性は見て取れた。悔しいくらいに。
ルームミラーの中の運転手が、僕に笑い掛ける。
「自分じゃ頼りなく見えるかもしれませんが、心配しなくても、
兄貴が姫さんを可愛がってる限り、姫さんのことは、自分達が命を掛けてお守り致しやすよ」
民間の警備会社より、マフィアのほうが優れているのは、その圧倒的な結束力だ。
守ってと頼んだのは僕だけど、未だに信じられない。
マフィアは、ボスが友人と認めた僕のことを、守ってくれる。例え、自分が死ぬことになっても。
「待たせたな」
ディーノが帰ってきて、僕の隣に座った。
赤いフェラーリが動き出す。
アンダーボスは買ってきた物を僕に見せびらかしてきた。
「ほれ、1個買ったら、もう2個オマケしてくれたぜ。イイだろう?」
もはやオマケのほうが多い。
「君が脅したんじゃないの?」
「脅してねえよ。俺は、このジャムひとつ、って言っただけだぞ」
「本人にその気がないだけか」
「人を悪モン扱いしてんじゃねえぞ、コラ」
「マフィアのくせに」
ディーノは薄く笑った。
「調子乗ってんじゃねえぞ、バンビーノ」
地雷を踏んだ、と思った時には既に抵抗する暇さえなかった。
「てめえは、クソガキのくせに生意気なんだよ」
一瞬のうちに胸倉を掴まれ、シートに押し倒されていた。
僕を見下ろして、マフィアが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「今ここで、お前の息が止まるまで、首を押さえ付けてやってもイイんだぜ?
俺に手も足も出せねえくせに。自分が無力なガキだと思い知れ。
島に居るうちは、王子だか伯爵だか言われて、
ちやほやされてっかもしれねえがな、外に出たら通用しねえぞ?」
どうして僕が、マフィアに説教されなきゃいけないの。
「あのガッコじゃ、口の利き方を教わんねえんだろ?
俺様が直々にキョーイクしてやろうか? 唇と舌の使い方ってヤツをな?」
顎を持ち上げられた。
「クソ生意気なバンビーノには、オトナがしっかりお仕置きしてやんねえとな」
濃い顔が近付いてくる。逃げ場はない。
反撃を覚悟した上で、彼の手首を掴もうと考えた、その時。
「兄貴、お楽しみ中のところ、すいやせん」
運転手の声。興を削がれたのか、ディーノの手が離れた。
その隙に身体を起こすことができた。
「ンだよ、フィオ。今いっちばんイイトコだろ? 妬くんじゃねえって」
妬いてません、と笑った後、フィオラノは言った。
「姫さん、後ろ振り向かないで下さいね? 3台後ろの白い車、付いて来てるみたいです」
僕はドアミラーで後方を確認した。1、2、3台目。確かに白いボディの車が走ってる。
「次の信号で右に曲がってみますので、見ていて下さいね?」
僕達の車が曲がると白い車も後を追ってきた。
ディーノは、フン、とめんどくさそうに言った。
「いつからだ?」
「五分程前からです」
「フクメンか、それとも」
「ポリ公にしてはお上品な運転ですね」
「ま、一番に考えられんのはお姫様の追っかけか。ったく、お前とのデートは退屈しねーなー」
嫌味を言われたのに、言い返せなかった。
「撒きますか」と運転手。
「ココでカーチェイスすんのは目立つだろ。並ばれない限りは撃ってくることもねえだろうしな。
暫く様子見だ。スリリングなドライブを楽しもうぜ」
「了解」
ディーノが真面目な顔をして、僕を見る。
「いいか? 弾は真っ直ぐにしか飛ばねえ。俺が合図したら、すぐに伏せろ」
「うん」
僕の顔を見て、ディーノは笑った。
「なんだ? 今からビビってんのか、お姫様?」
「別に」
「俺が居んだぞ? お前の指一本だってくれてやるかよ」
むかつく。
マザコンのくせになまいきだ。
fin
シチリア州東部メッシーナ。
ジャム専門店から一歩外に出ると、うだるような暑さに出迎えられた。
「これで、おつかい完了ってか」
イタリアーノ特有の濃い顔に、暑苦しい顎髭を蓄えた男。
シチリアンマフィアの中でも血塗られた歴史を持つマンゾーニ家。
その次期ボスとなる男が、僕のボディーガード、ディーノ・マンゾーニ。
ディーノが傍に居ると余計に暑く感じるのは、気のせいではないと思う。
「ま、俺様が案内してやったから、やっとできたってかんじだな」
頬を指差す。
「お姫様、道案内のお代は?」
無視して、僕は彼の前を通り過ぎる。後ろからマフィアの戯言が聞こえる。
「ちっ。ベッドまでオアズケかよ」
暑くて、言い返す気にもならない。
店の前に停めた車に戻る。ディーノが気に入っている赤いフェラーリだ。
僕達の姿を見て、運転手を務める若い男が車を降りた。僕達が乗る時にドアを開ける為だろう。
車の前でディーノが突然立ち止まった。深刻な顔をしている。
僕は少し不安になった。周囲の様子を確認して、
「ディーノ、どうしたの」
「そのジャム、ウマイのか?」
「何?」
「ウマイのかって聞いてんだよ」
「美味しいって言ってる人は居たけれど」
「そっか。そのジャム、マンマに買っていったら喜んで貰えるかな」
まるで良い子の呟きだ。
溺愛し合っているマンゾーニ家の親子は、家族について話す時、
言動が少年時代に戻ってしまう。僕が呆然としていると、ディーノは若い運転手にこう言った。
「おい、フィオ。俺も買ってくるから、ちょっと待っとけ」
「へい」運転手は笑って「じゃ、姫さんはお先に車へどうぞ」
僕の為に、後部座席のドアを開けた。
車内は外とは別世界の如く涼しかった。
僕以外に二人の男が乗っている。どちらもマンゾーニ家の舎弟だ。
運転席に居るのはフィオラノ。
マフィアにしておくには惜しい気さえする、眼鏡を掛けた優男だ。
助手席には短い黒髪の無口な男。彼の名前はまだ解らない。
運転手のフィオラノが僕に話し掛けてきた。
「先生へのお土産は買えましたかい? 足りなければどこへでもお連れしやすよ、姫さん」
「その呼び方、止めてくれない?」
「すいやせん。ディーノの兄貴がお姫様って呼んでるもんですから、
つい移っちまいまして。では『姐さん』とお呼びしやすね」
「そんなに、僕が女性に見える?」
「割と」
「何だって?」
「ああ、すいやせん、すいやせん。じゃあ今後は『アンリの兄貴』と」
「それも嫌」
「ははっ、ワガママですねえ、姫さんは」
人当たりが柔らかく、イタリアーノにしては顔立ちも、かなり爽やかだ。
イタリア訛りはあるものの、彼は英語も話せるし、馬鹿にも見えない。
秘密結社の構成員より小学校の先生向きの男に見える。兼ねてからの疑問がつい口をついた。
「君ってマフィアっぽくないよね。どうして君みたいな人が、マフィアやってるの?」
「姫さんが自分に興味を持ってくれるのなんて初めてですね」
笑顔を見せた後、フィオラノはこう答えた。
「自分はディーノの兄貴に拾って頂いたんです。それだけです」
嘘ではない。それが僕には不思議だった。
マンゾーニ家のボスはカルロ・マンゾーニ。息子のディーノはアンダーボス。つまり、No.2だ。
これまでも構成員達の言動から、ディーノのカリスマ性は見て取れた。悔しいくらいに。
ルームミラーの中の運転手が、僕に笑い掛ける。
「自分じゃ頼りなく見えるかもしれませんが、心配しなくても、
兄貴が姫さんを可愛がってる限り、姫さんのことは、自分達が命を掛けてお守り致しやすよ」
民間の警備会社より、マフィアのほうが優れているのは、その圧倒的な結束力だ。
守ってと頼んだのは僕だけど、未だに信じられない。
マフィアは、ボスが友人と認めた僕のことを、守ってくれる。例え、自分が死ぬことになっても。
「待たせたな」
ディーノが帰ってきて、僕の隣に座った。
赤いフェラーリが動き出す。
アンダーボスは買ってきた物を僕に見せびらかしてきた。
「ほれ、1個買ったら、もう2個オマケしてくれたぜ。イイだろう?」
もはやオマケのほうが多い。
「君が脅したんじゃないの?」
「脅してねえよ。俺は、このジャムひとつ、って言っただけだぞ」
「本人にその気がないだけか」
「人を悪モン扱いしてんじゃねえぞ、コラ」
「マフィアのくせに」
ディーノは薄く笑った。
「調子乗ってんじゃねえぞ、バンビーノ」
地雷を踏んだ、と思った時には既に抵抗する暇さえなかった。
「てめえは、クソガキのくせに生意気なんだよ」
一瞬のうちに胸倉を掴まれ、シートに押し倒されていた。
僕を見下ろして、マフィアが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「今ここで、お前の息が止まるまで、首を押さえ付けてやってもイイんだぜ?
俺に手も足も出せねえくせに。自分が無力なガキだと思い知れ。
島に居るうちは、王子だか伯爵だか言われて、
ちやほやされてっかもしれねえがな、外に出たら通用しねえぞ?」
どうして僕が、マフィアに説教されなきゃいけないの。
「あのガッコじゃ、口の利き方を教わんねえんだろ?
俺様が直々にキョーイクしてやろうか? 唇と舌の使い方ってヤツをな?」
顎を持ち上げられた。
「クソ生意気なバンビーノには、オトナがしっかりお仕置きしてやんねえとな」
濃い顔が近付いてくる。逃げ場はない。
反撃を覚悟した上で、彼の手首を掴もうと考えた、その時。
「兄貴、お楽しみ中のところ、すいやせん」
運転手の声。興を削がれたのか、ディーノの手が離れた。
その隙に身体を起こすことができた。
「ンだよ、フィオ。今いっちばんイイトコだろ? 妬くんじゃねえって」
妬いてません、と笑った後、フィオラノは言った。
「姫さん、後ろ振り向かないで下さいね? 3台後ろの白い車、付いて来てるみたいです」
僕はドアミラーで後方を確認した。1、2、3台目。確かに白いボディの車が走ってる。
「次の信号で右に曲がってみますので、見ていて下さいね?」
僕達の車が曲がると白い車も後を追ってきた。
ディーノは、フン、とめんどくさそうに言った。
「いつからだ?」
「五分程前からです」
「フクメンか、それとも」
「ポリ公にしてはお上品な運転ですね」
「ま、一番に考えられんのはお姫様の追っかけか。ったく、お前とのデートは退屈しねーなー」
嫌味を言われたのに、言い返せなかった。
「撒きますか」と運転手。
「ココでカーチェイスすんのは目立つだろ。並ばれない限りは撃ってくることもねえだろうしな。
暫く様子見だ。スリリングなドライブを楽しもうぜ」
「了解」
ディーノが真面目な顔をして、僕を見る。
「いいか? 弾は真っ直ぐにしか飛ばねえ。俺が合図したら、すぐに伏せろ」
「うん」
僕の顔を見て、ディーノは笑った。
「なんだ? 今からビビってんのか、お姫様?」
「別に」
「俺が居んだぞ? お前の指一本だってくれてやるかよ」
むかつく。
マザコンのくせになまいきだ。
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