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■ソクーロフ×アイヴィー
コロナが空になった。
「じゃあ次は、ソレでハイボールにしよっかな」
透明なビール瓶を脇に除けて、ソクーロフの前にある茶色いボトルに手を伸ばす。
この人が俺んちにボトルキープしてるスコッチウイスキー、マッカランだ。
煙草を肴に飲んでるドクターは、マイボトルを横目に見送って、また煙草を銜えた。
俺は背の高いグラスに、琥珀の液体とソーダを注いだ。
今夜は聖アルフォンソ学院の保健室の先生がうちに来てる。と言っても、俺が重病患者なわけじゃない。
単に、お仕事帰りに外でメシ食って、俺んちで飲む、いつものパターン。
学院専属ドライバーで警備担当者の俺、アイヴィーと、
保健室のソクーロフ先生は、同じ職場に居る同僚。早いもんで、もう六年の付き合いだ。
7月も下旬に入ったが、ここ、海を見下ろすコテージは、寝苦しい程じゃない。
窓を全開にすればヘーキ。少し火照った頬に当たる夜風が気持ちいい。
向かいに居るドクターは、相変わらず、ちっとも顔が赤くならない。
この人と飲むようになってから、もう六年も経つのに、まだ一度も、へべれけになった姿を見たことがなかった。
マッカランもロックで飲んでる。オトナだ。ソーダ割りしてる俺がコドモみたい。
シェリーに近い甘味が泡と一緒に喉を駆け抜けた。
「そういや、もうすぐジョシュアの誕生日なんだってね?」
このウイスキーの後味はチョコレートに似てる。
「よく知っているな?」
「ウーティスの連中がコソコソ企んでるらしいから」
「この島で迎える、最後の誕生日だからな」
世間的には、そろそろ夏休みの時期だった。が、今年は休暇の時期を遅らせている生徒が多かった。去年と同様に。
ジョシュアと同じ寮の生徒達が、当人には内緒で、バースデーパーティを企画している。
そうデッドなプリンス達に聞いた。何かと目立つあいつらが企画者なら、既にジョシュアにバレバレなんじゃないかと心配だ。
まあ、ジョシュアなら、ドタバタしてる奴等を目撃しても、見て見ぬフリくらいはしてくれるだろう。
「んでさ、ジョシュアのバースデーパーティに『お前も来い』ってアルフレッド達に言われたんだけど」
「断ったのか?」
「うん。生徒達の中で、大人が一人紛れ込んでちゃオカシイでしょ、やっぱ」
カウンセラーも務める先生は紫煙を吐きながら、
「お前は、大人に思われてないんだろう」
「ちょ、軽くキズ付くんですけど?」
「光栄に思え。私は招待されていない。おそらく、他の大人も呼ばれていないのだろう」
先生が喋るとメンソールの匂いがする。俺の煙草とは違うミントフレーバー。
「誕生日を終えたら、直に、あの子も卒業だな」
「うわー。ついにジョシュアも卒業かー」
俺はロングソファに思い切り凭れた。
「これで、賑やかだった『当たり年』も終わりだ。嬉しいだろう? 司令官?」
「何イジワルな質問してんの。来年度だって、なんだかんだで忙しいんだからさ、どーせ」
「新しい生徒代表の発表も、もう間も無くだな」
「夏だもんねー」
夏休みが終われば、ガッコは新年度。最高学年の多くが卒業し、在校生は学年がひとつ上がる。
それに伴い、生徒代表の任も後輩へ引き継がれる。去年、テオからジョシュアへバトンが渡されたのも、夏だった。
「たまには賭けてみない? 次は誰がなるか。ね。ソクちゃんは誰だと思う?」
ソクーロフはロックグラスを傾けた後、口を開いた。
「まず、シルヴァンの可能性はないな」
「ナイねー。あいつがなったら、月イチでコスプレパーティが開催されて、警備の制服がサムライ・スタイルになっちゃう」
「何を言っている? シルヴァンの可能性がないのは、あの子も卒業してしまうからだぞ?」
「ああ、そっちの理由で?」
そっか。あいつも卒業するんだ。
「お前は随分寂しくなるだろうな、シルヴァンが居なくなると」
「べ、別にー」
俺は自分のキャメルを取る。箱を人差し指でトントンした。出てこない。箱を逆さまにする。出てこない。
「空っぽかよっ」
左手でクシャと握り潰す。
「ソクちゃんの、一本ちょーだい?」
テーブルの上をスケートして、煙草が箱ごとやってきた。
「サンキュ」
一本抜いて、自分で火を点けた。
吸ってから思い出した。このヒト、メンソール派なんだった。口の中がミントでいっぱいになる。
ハイボールを流し込んだら、余計にスースーした。
「私、個人としては、あの子の生徒代表姿も見てみたかった」ソクーロフは灰を落としながら「半世紀に一人の逸材が居なければ、シルヴァンが指名されていたかもしれない」
「え、なんで?」
「司令官のお前や島民とも親しい関係を築ける彼だ。さぞ、警備レベルが上がり、生徒と島民の距離が縮まったことだろう」
でも、俺達警備の武器が刀になるのは困っちゃう。
「生徒代表に選出されるのは、現在、高等部二年生の子達だから、シルヴァンの可能性がないのは実に残念だが、
そうだな。ウーティスで言えば、ハルヤが生徒代表に選ばれる可能性もある」
「いきなり大穴いっちゃう? 週イチで早食い大会、みたいな? てか、ハルヤが選ばれたら、『えっ? お、俺?』って本人が一番キョドるんじゃない?」
「生徒代表の素質は充分ある。ハルヤがなれば、一年後には化けているさ。ジョシュアのようにな」
「ま、確かに」
ジョシュアも化けた。13歳の時とは全然違う。
入学当時は大人しいお坊ちゃんだったが、徐々に、いや、やっぱり生徒代表になってから、ぐんと立派になった気がする。
ハルヤは普段「めんどくさっ」と言うことは多い奴だが、デッド・プリンスの中では緩衝材的な役割を果たしている。
自己主張の塊である二人を宥め、見事な中立案を提案する力がある。
ハルヤが居なくては、デッド・プリンスはうまくいかなかったかもしれない。そう考えると『影のリーダー』っぽい一面は今まで数々見てきた。
ソクーロフは次の候補者を挙げた。
「または、アンリが生徒代表に選ばれる可能性もある」
「えー。学院案内の時、新入りがビビりまくったらどーすんのー。初日で自主退学しちゃうかも」
「非公認のアンリファンクラブのメンバーが増えるだけだろう」
「どこにあんの、そんなクラブ!?」
「または、アルフレッドが生徒代表に選ばれる可能性もある」
「あー、学院案内はめちゃくちゃウマそうだけど、俺がイロイロ振り回されそうだなー。
って、あんた。可能性可能性って言ったら、誰でも言えんじゃん」
「ああ。誰もが王になれる。王の資質を持っている」
「そんじゃー、賭けになんないね。俺、シャワー浴びてこよーっと」
ソファから立った時に足がふらついた。ハズかしい。思わず、舌打ちしそうになる。しないけど。
ソクーロフは小馬鹿にしたように「大丈夫か?」
「ん。もう年なのかなー、俺」
「30過ぎているからな。今夜はかなり飲んでいるし、シャワーは止めておけ」
先生がソファからゆっくりと立ち上がる。
「え、でも」
ふわりと風が来る。潮風じゃない。ミントとモルトの香りがした。
fin
コロナが空になった。
「じゃあ次は、ソレでハイボールにしよっかな」
透明なビール瓶を脇に除けて、ソクーロフの前にある茶色いボトルに手を伸ばす。
この人が俺んちにボトルキープしてるスコッチウイスキー、マッカランだ。
煙草を肴に飲んでるドクターは、マイボトルを横目に見送って、また煙草を銜えた。
俺は背の高いグラスに、琥珀の液体とソーダを注いだ。
今夜は聖アルフォンソ学院の保健室の先生がうちに来てる。と言っても、俺が重病患者なわけじゃない。
単に、お仕事帰りに外でメシ食って、俺んちで飲む、いつものパターン。
学院専属ドライバーで警備担当者の俺、アイヴィーと、
保健室のソクーロフ先生は、同じ職場に居る同僚。早いもんで、もう六年の付き合いだ。
7月も下旬に入ったが、ここ、海を見下ろすコテージは、寝苦しい程じゃない。
窓を全開にすればヘーキ。少し火照った頬に当たる夜風が気持ちいい。
向かいに居るドクターは、相変わらず、ちっとも顔が赤くならない。
この人と飲むようになってから、もう六年も経つのに、まだ一度も、へべれけになった姿を見たことがなかった。
マッカランもロックで飲んでる。オトナだ。ソーダ割りしてる俺がコドモみたい。
シェリーに近い甘味が泡と一緒に喉を駆け抜けた。
「そういや、もうすぐジョシュアの誕生日なんだってね?」
このウイスキーの後味はチョコレートに似てる。
「よく知っているな?」
「ウーティスの連中がコソコソ企んでるらしいから」
「この島で迎える、最後の誕生日だからな」
世間的には、そろそろ夏休みの時期だった。が、今年は休暇の時期を遅らせている生徒が多かった。去年と同様に。
ジョシュアと同じ寮の生徒達が、当人には内緒で、バースデーパーティを企画している。
そうデッドなプリンス達に聞いた。何かと目立つあいつらが企画者なら、既にジョシュアにバレバレなんじゃないかと心配だ。
まあ、ジョシュアなら、ドタバタしてる奴等を目撃しても、見て見ぬフリくらいはしてくれるだろう。
「んでさ、ジョシュアのバースデーパーティに『お前も来い』ってアルフレッド達に言われたんだけど」
「断ったのか?」
「うん。生徒達の中で、大人が一人紛れ込んでちゃオカシイでしょ、やっぱ」
カウンセラーも務める先生は紫煙を吐きながら、
「お前は、大人に思われてないんだろう」
「ちょ、軽くキズ付くんですけど?」
「光栄に思え。私は招待されていない。おそらく、他の大人も呼ばれていないのだろう」
先生が喋るとメンソールの匂いがする。俺の煙草とは違うミントフレーバー。
「誕生日を終えたら、直に、あの子も卒業だな」
「うわー。ついにジョシュアも卒業かー」
俺はロングソファに思い切り凭れた。
「これで、賑やかだった『当たり年』も終わりだ。嬉しいだろう? 司令官?」
「何イジワルな質問してんの。来年度だって、なんだかんだで忙しいんだからさ、どーせ」
「新しい生徒代表の発表も、もう間も無くだな」
「夏だもんねー」
夏休みが終われば、ガッコは新年度。最高学年の多くが卒業し、在校生は学年がひとつ上がる。
それに伴い、生徒代表の任も後輩へ引き継がれる。去年、テオからジョシュアへバトンが渡されたのも、夏だった。
「たまには賭けてみない? 次は誰がなるか。ね。ソクちゃんは誰だと思う?」
ソクーロフはロックグラスを傾けた後、口を開いた。
「まず、シルヴァンの可能性はないな」
「ナイねー。あいつがなったら、月イチでコスプレパーティが開催されて、警備の制服がサムライ・スタイルになっちゃう」
「何を言っている? シルヴァンの可能性がないのは、あの子も卒業してしまうからだぞ?」
「ああ、そっちの理由で?」
そっか。あいつも卒業するんだ。
「お前は随分寂しくなるだろうな、シルヴァンが居なくなると」
「べ、別にー」
俺は自分のキャメルを取る。箱を人差し指でトントンした。出てこない。箱を逆さまにする。出てこない。
「空っぽかよっ」
左手でクシャと握り潰す。
「ソクちゃんの、一本ちょーだい?」
テーブルの上をスケートして、煙草が箱ごとやってきた。
「サンキュ」
一本抜いて、自分で火を点けた。
吸ってから思い出した。このヒト、メンソール派なんだった。口の中がミントでいっぱいになる。
ハイボールを流し込んだら、余計にスースーした。
「私、個人としては、あの子の生徒代表姿も見てみたかった」ソクーロフは灰を落としながら「半世紀に一人の逸材が居なければ、シルヴァンが指名されていたかもしれない」
「え、なんで?」
「司令官のお前や島民とも親しい関係を築ける彼だ。さぞ、警備レベルが上がり、生徒と島民の距離が縮まったことだろう」
でも、俺達警備の武器が刀になるのは困っちゃう。
「生徒代表に選出されるのは、現在、高等部二年生の子達だから、シルヴァンの可能性がないのは実に残念だが、
そうだな。ウーティスで言えば、ハルヤが生徒代表に選ばれる可能性もある」
「いきなり大穴いっちゃう? 週イチで早食い大会、みたいな? てか、ハルヤが選ばれたら、『えっ? お、俺?』って本人が一番キョドるんじゃない?」
「生徒代表の素質は充分ある。ハルヤがなれば、一年後には化けているさ。ジョシュアのようにな」
「ま、確かに」
ジョシュアも化けた。13歳の時とは全然違う。
入学当時は大人しいお坊ちゃんだったが、徐々に、いや、やっぱり生徒代表になってから、ぐんと立派になった気がする。
ハルヤは普段「めんどくさっ」と言うことは多い奴だが、デッド・プリンスの中では緩衝材的な役割を果たしている。
自己主張の塊である二人を宥め、見事な中立案を提案する力がある。
ハルヤが居なくては、デッド・プリンスはうまくいかなかったかもしれない。そう考えると『影のリーダー』っぽい一面は今まで数々見てきた。
ソクーロフは次の候補者を挙げた。
「または、アンリが生徒代表に選ばれる可能性もある」
「えー。学院案内の時、新入りがビビりまくったらどーすんのー。初日で自主退学しちゃうかも」
「非公認のアンリファンクラブのメンバーが増えるだけだろう」
「どこにあんの、そんなクラブ!?」
「または、アルフレッドが生徒代表に選ばれる可能性もある」
「あー、学院案内はめちゃくちゃウマそうだけど、俺がイロイロ振り回されそうだなー。
って、あんた。可能性可能性って言ったら、誰でも言えんじゃん」
「ああ。誰もが王になれる。王の資質を持っている」
「そんじゃー、賭けになんないね。俺、シャワー浴びてこよーっと」
ソファから立った時に足がふらついた。ハズかしい。思わず、舌打ちしそうになる。しないけど。
ソクーロフは小馬鹿にしたように「大丈夫か?」
「ん。もう年なのかなー、俺」
「30過ぎているからな。今夜はかなり飲んでいるし、シャワーは止めておけ」
先生がソファからゆっくりと立ち上がる。
「え、でも」
ふわりと風が来る。潮風じゃない。ミントとモルトの香りがした。
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