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Marginal Prince Short Story
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■シュヌーシア寮
学生課の隣にある待合室。そこに一人の少年が心細そうに座っている。
本日、聖アルフォンソ学院に入学する新入生だ。
肌は雪のように白く、髪はサラサラとした栗色。
背が低く、幼い顔立ちの為、一見少女のようにも見える。
高い天井を見上げたり、キョロキョロしたり、初めての場所に落ち着かない様子だった。

「新入生のラビット・マルセロだな」

「は、はいっ」

突然名前を呼ばれて、あからさまに肩が跳ねた。
少年の背後に、背の高い青年が立っていた。緑色の燕尾服を全く着崩さずに身に付けている。
にこりともしないので、なんだか怖そうな人だなという第一印象を与えてしまう。
真面目な表情のまま、彼はこう名乗った。

「俺は高等部三年のクラウス・フォン・モールだ。
生徒代表として、今日一日、学院案内を務める。よろしく」

はきはきと話す最高学年に対し、新入生は消え入りそうな声だった。

「よ、よろしく、お願いします、えっと、クラウスさん。
あ、じゃなくて、モールさん? それともフォン・モールさんなのかな……」

語尾は殆ど聞こえないくらいだった。
軍人の家系出身のクラウスは「もっとでかい声は出せないのか」と叱り飛ばしたい気持ちを抑え、
学院案内の上で重要な伝達事項のひとつ目を伝えた。

「この学院は、学年に関係なく、生徒達は全員ファーストネームで呼び合う習慣がある。
だから、俺のこともクラウスと呼んでいい。俺も君のことをラビットと呼ばせて貰う」

「そうなんだ……あ、じゃあ、あの、僕、ラビって呼んで欲しいんだけど、ダメですか?
パパにもママにもそう呼ばれてたから」

「解った、ラビ」

「ありがとう、クラウス」

ラビット・マルセロ。13歳、中等部一年。出身国はイタリア。
父親はマルセロ家ボス。つまり、シチリアマフィアである。
しかし、その父親、そして母親も既に他界。死因は焼死。
無差別放火事件に巻き込まれたと資料にはあった。
聖アルフォンソ学院は訳ありの子息達が送られてくる場所。
クラウスは生徒代表の任務上、全生徒の詳細なプロフィールを把握しているが、
この少年もまた相当の身の上である。

病歴の欄には、幼い頃から喘息持ちであることが記されていた。
シュヌーシア寮は三つある寮の中で最も保健室に近い。
その為、持病やハンディのある生徒は、シュヌーシアへ入寮することが多かった。

今年度の生徒代表クラウスもシュヌーシア寮だが、
彼自身はトライアスロンを趣味とする程、屈強な心身の持ち主である。
体育会系で歩幅も広いクラウスからすると、少年は歩くのが遅かった。

新入りは革鞄を両手で引きずるように持っている。それで余計に遅いのだ。
耐え兼ねて、クラウスは右手を差し出した。

「持ってやる」

「えっ?」

「重いんだろう、その鞄。貸せ」

「あ、ありがとう」

持ってみると、やはり大して重くはなかった。持ち手を握って、軽々と肩に乗せる。

「では、最初に寮に向かう。お前はシュヌーシア寮。俺も同じ寮だ」

生徒代表はちらりと腕時計を見た。事前に組んだタイムスケジュール通りの出発時刻だ。


「ここがお前の部屋だ」

シュヌーシア寮一階の部屋が割り当てられた。体力のなさを考慮されて一階になったのだろう。
クラウスに言わせれば、だからこそ二階にするべきではと思うのだが、
病弱な生徒が二階の部屋になることは殆どなかった。ラビは部屋の中を見回している。

クラウスは「ここに置くぞ」と言って、革鞄をベッドの脇に下ろす。
机の上に既に置かれている教科書をチェックしながら、部屋の内装は変更が可能であることを説明した。

「次はサロンに案内する」

返事がない。何をしているのか。少年は窓の向こうを見ていた。

「おい、ラビ」

名前を呼ぶと、やっと振り向いた。その顔を見て、クラウスは自分の目を疑った。
少年の瞳が少し潤んでいたのである。クラウスは気付かなかったフリをして、ドアに向かう。

「次の場所に行く。付いて来い」

「はいっ」

小さな足音を聞きながら、廊下を歩いていく。慰めるような言葉を掛けなかった自分を省みた。
クラウスは入学時16歳だった。13歳でこの孤島に送られることは心細いのかもしれない。
しかし、だからと言って、慰めの言葉が必要だろうか。
第一、どんな言葉が適切なのか、クラウスには解らなかった。
無言のまま、目的の部屋に到着していた。

「ここがサロンだ」

扉を開けると、中に人が居た。緩やかな波のある金髪。
丁度、紅茶を飲んでいた彼は、クラウスとラビを見て、目を大きくした。

「おや、クラウス。街でテディベアを買ってきたのかい?」

金髪の生徒は、少年の前に来て、膝を着く。
間近で顔をみて、ああ、と今気付いたように言った。

「失礼、新入生だね。抱きしめてしまいたい程、可愛らしいから、
くまさんのぬいぐるみかと思ってしまったよ」

優雅に笑う生徒に、クラウスは頭を抱えた。

「テオ。こいつは今日入ったばかりなんだぞ。少し加減できないのか、その口は」

「すまない、私の唇は生まれつき正直なものだから」

「ったく」

クラウスはラビに詫びる。

「悪かったな。今のは気にしないでくれ。サロンは後回しにして、次に行こう」

「ちょ、ちょっとクラウス! 私は可愛い新入生にいち早く会いたくて、
ここで待っていたのだよ? 自己紹介くらいは、させてくれないかな?」

クラウスは腕時計を確認する。

「30秒だ」

「ありがとう!」

にこりと微笑んで、新入生に挨拶した。

「ようこそ、シュヌーシア寮へ。私はテオ・メネシス。高等部二年だよ。
君のように可愛らしい子が、我がシュヌーシアに入ってくれて嬉しいな。
今日は本当に入学おめでとう、えっと、お名前を伺ってもいいかな?」

「ラビット。ラビって呼んで欲しいの」

「おやおや。こんなにラブリーな名前は聞いたことがない。
失礼、くまさんではなく、うさぎさんだったのだね。ラビ、か。ああ、なんて愛らしい。
あ、そうだ。どうだい? ここで一緒に紅茶でも」

「30秒。そこまでだ」

「おや。まだ10秒くらいかと思ったよ」

「お前と居ると、寮を案内しただけで日が暮れる。これから同じ寮で暮らすんだから、紅茶は明日以降にしてくれ」

「では学院案内に、付いていっていいかい? 私も一緒に学院を見てまわりたいな」

「駄目だ。学院案内は生徒代表の仕事なんだからな。ラビ、来い」

「あ、はい」

そう返事をしながらもラビはテオを見た。すると、テオは微笑んで、

「名残惜しいけれど、暫しのお別れだね、ラビ。
では今日は一日、クラウスとのランデブーを楽しんでおいで?」

「らんでぶー?」

「テオの言うことは気にするな。行くぞ」

手を振るテオに見送られながら、クラウスとラビは次の場所へと向かった。

スローペースで歩きながら、クラウスは思う。
テオの言葉は相変わらず大袈裟過ぎる。
だが、「君の入学を歓迎している」という意味は、ラビにも伝わっただろう。

新入りを歓迎する言葉など、自分は一言も発さなかったが、
テオは出会った瞬間に、浴びせる程、与えたのだ。
クラウスには思い付きもしない、優しくあたたかい言葉を。

テオの過剰表現を真似ることはできないが、「入学おめでとう」くらいなら自分にも言えるだろう。
次回への反省点として覚えておこう、とクラウスは思った。


「ここは電話だけのお部屋?」

「ああ」

ラビは物珍しそうに見ていた。
クラウスがラビを連れてきたのは、通信室と呼ばれる部屋だ。
15のブースが並んでいる。受付の職員はクラウスとラビの顔を見て、にこやかに会釈した。
生徒代表は会釈を返し、新入生にこの施設の説明を始めた。

「電話を掛けたい時はここの受付に来てくれ。ノーマルブースか完全防音のプライベートブースで話すことができる。
島の外から電話が掛かってきた場合は、生徒に呼び出しが掛かる。それから、ここに来て電話する決まりになっている。
通信室の回線もセキュリティーシステムは万全だから盗聴などの心配は無用だ」

説明の間、ラビはブースのほうをぼうっと見ていた。
電話の使い方について説明したら、もうここには用はない。

「質問がなければ次に行くぞ」

「あの、寮に電話はないの?」

「ああ。島の外部と話せる電話はない。
保健室などと連絡を取り合う為の内線電話はあるがな。お前は電話を頻繁に使うのか?」

「ううん。そんなに掛かってこないと思う」

そう言って首を振った横顔は、少し寂しそうに見えた。

「あれ? 見掛けない顔だ」

後方から声がした。プライベートブースから出て来たところらしい。
クセのある銀色の髪。クラウスと同じ寮の生徒、シルフェ・ダフラティンだった。
出身国はオーストリア。かつては軍人だった家柄だ。

「クラウスが連れているということは、新入りかな?」

「ああ。俺達と同じシュヌーシアに入る」

茶系の瞳は興味深そうに、新入りの顔を覗き込んだ。

「へえ。なかなかカワイイ顔してんじゃん。でも、俺好みの美人になるには、あと五年、いや、六年かなあ」

シルフェ、とクラウスが窘める。

「怒りっぽいなあ、クラウスは」と笑いながら、新入生に手を差し出す。

「よ、新入り君。俺はシルフェ、中三。お前は?」

慌ててラビも手を差し出し、そっと握る。

「ラビットです。中等部一年です。ラビって呼んで下さい」

「So,Cute! オオカミに食われないようにしろよ、子ウサギちゃん?」

ラビは握手している手をパッと離した。

「お、オオカミ? コワイ人が居るの?」

「シルフェ、新入りをからかうな。ラビ、こいつの言うことも気にしなくていい。
それから、この島にオオカミは居ないし、怖い人間も居ないから安心してくれ」

通信室の後も学院案内は続く。
クラウスが考えたルートには全く無駄がなかった。


「わあ、今度は本がこんなにたくさん」

クラウスはラビを連れてライブラリに来ていた。
確かにここは学校の図書室というには大き過ぎる。蔵書冊数は都会の図書館レベルだ。
しかし、この学院に最早慣れてしまった最高学年は、新入生の素直なリアクションを新鮮に感じた。
自分もここに来た時は同じように、バカでかい施設に驚いてた筈だが。良くも悪くも人間の適応能力は便利である。

「ライブラリにない本は取り寄せることができる。ここまで運ぶのに一週間かかるがな」

返ってきたのは生返事だった。
ラビの視線を追うと、カフェのほうを見ていた。本よりそちらが気になるらしい。

「あそこは、ライブラリ併設のカフェだ。メニューでも見ていくか?」

「あの、えっと」

「言いたいことがあるなら、はっきり言え」

「あ、あの、ちょっとカフェで休んで行っちゃダメですか?」

「なに?」

「あ、すみません。ダメだよね、ごめんなさい」

まだ学院案内の前半だというのに貧弱な体力だな、とクラウスは感じたが、
相手は自分より五つ学年が下であること、今日は長旅の後であることを思い出した。

「カウンターに行って、好きなものを頼んで来い」

「いいの?」

「ああ」

「うんっ」

駆け足でカウンターに向かった。
走れるならもっと早く歩けよ。クラウスは溜め息を吐きたい気持ちだった。

「えっと、えっと……甘いジュースみたいなのありますか?」

「では、トロピカルジュースはいかがでしょう? 夏のフルーツで作ったものです」

「じゃあ、それにしよっかな。あの、それでお願いします」

スローな遣り取りを聞いた後、クラウスも飲み物を注文した。

「アイスコーヒー。ブラックで」


二人は窓際のテーブルに座り、それぞれのグラスに口付けていた。
クラウスはちらと腕時計を覗く。既にタイムスケジュールから大幅に遅れている。
この分では予定の半分も回れないのは確実だ。

幸いなことに新入生とは同じ寮なので、明日からも傍で面倒はみれる。
今日回れなかった分は、今後案内していくことにしよう。

それにしても、ジュースを飲むスピードも遅い。
クラウスは半ばやけ気味に、自分の茶色い液体を飲み下す。
ここのアイスコーヒーが文句なく美味いことだけが救いだった。

カフェで休んでいると他の生徒がやってきた。襟元で揃えた髪、華奢な背中。錬金術師の末裔だ。
もたもたしているせいで苦手な奴が来てしまった。ラビのグラスを見る。やっと飲み終えたようだ。
もう行くぞ、とラビに号令を掛け、ライブラリを後にした。


ライブラリで予想外の時間を食った為、今日行く予定だったルートを大幅に短縮する羽目になった。
寮への帰り道。学院案内の最後に、ラビを保健室に連れていった。
シュヌーシア寮の新入生は、必ずここへ案内することになっていた。
例年、入学初日に体調を崩す生徒も少なくないからである。

保健室のドアをクラウスがノックする。

「入りたまえ」

低い声を聞いてから、「失礼します」と言ってドアを開けた。
白衣を着た眼鏡の男性は、机に向かっていた。
クラウス達が入ってくると、そちらを向いて優しい顔で迎えた。

「こちらが保健教師兼カウンセラーのソクーロフ博士だ」

クラウスは新入生に白衣の教師を紹介する。

「博士は医師免許をお持ちで、俺達生徒の主治医でもある。これから卒業までお世話になる先生だ。ラビ、挨拶」

「は、初めまして。ラビット・マルセロです」

「初めまして、会えて嬉しいよ、ラビット。私は保健教師のソクーロフだ。
丁度、君の資料を見ていたところなんだ。君は喘息持ちだそうだね?」

「あ、はい。すみません」

「どうして、謝るんだい?」

「だって、僕、きっと、いっぱい迷惑掛けちゃうから」

「病を持っていることを負い目に感じる必要はないよ。なろうと思ってなったのではないし。
シュヌーシア寮は、保健室に一番近い寮だから、例年、病を抱えている生徒の多くが入寮する。
皆、病もひとつの個性だと理解している子ばかりだよ。
喘息持ちだからと言って、君を責める生徒は一人も居ない。そうだろう、クラウス?」

「はい。当たり前です」

そう即座に答えられた自分に、クラウスは少し驚いていた。
シュヌーシア寮に入っていなければ、そうは言えなかったかもしれない。

「ラビット。今日の体調はどうかな? ここまで来るのに時間がかかって疲れたんじゃないかな?」

「うん。ちょっと。でも、発作はなかったし、クラウスがさっきライブラリのカフェで休ませてくれたから」

「そうか。苦しくなったら、我慢せず、すぐ誰かに言うんだよ? 保健室には喘息の薬もちゃんとあるからね?
ここまで来た鞄の中にも、薬を入れて来たのかな?」

「うん。急に発作が起きるかもしれないから、持っていきなさいっておじさんに言われて」

「その薬、ひとつでいい。あとで私に見せてくれるかい? 同じのを作ってあげるから」

「ほんと? お願いします」

「ではクラウスに預けてくれるかい? クラウス、すまないが、あとで会う時に私に渡して貰えるかな?」

「解りました」


夕食の席で、シュヌーシア寮生全員にラビを紹介した。
皆、新しい仲間を歓迎してくれた。新しい刺激物には皆が興味を持つものだ。
安全な島、悪く言えば刺激の少ない島で暮らしている在校生にとって、新入生の入学は一大イベントなのである。

「じゃー、ラビの好きなマンガはー?」

寮生達から新入生に次々と質問が飛んでいる。
しかし、プライベートに踏む込むような不躾な質問はひとつもなかった。
ラビに質問しなかったのはクラウスくらいである。クラウスは静かに食事を終え、席を立った。
テオが不思議そうに見上げる。

「おや、クラウス。もう終わったのかい? 食後のコーヒーは?」

「今日はいい。まだ仕事が残ってる」

寮生達にこう声を掛けた。

「お前達、ラビと話すのもいいが、今日は早めに休ませてやれ。
ラビ、俺は少し寮を空ける。何か解らないことがあれば、他の奴等に聞いてくれ。皆、教えてくれる」

「でも、どこに行くの? お外、真っ暗だよ?」

「生徒代表室だ。ミーティングがあるんでな」


生徒代表室。
クラウスが扉を開けると、既に出席者が揃っていた。
長髪の大人が二人。男性なのに髪を長く伸ばしている。
短髪のクラウスは違和感を感じる髪型だ。そんなに長くて邪魔じゃないんだろうか。
金髪のほうの男はコーヒーカップを少し掲げて、

「よっ。早く着いちゃったから、勝手にインスタントコーヒー頂いてたぜ?」

彼のネクタイはいつもだらりと緩んでいる。几帳面なクラウスは苦い顔をした。
年上でなければ、きちっと首許まで締めてやりたいくらいだ。
三十歳程度の若さで警備組織の最高責任者の地位にあるのだから、並以上の実力者なのだろうが。
司令官だというのに、もう少し身なりを正せないものだろうか。

「アイヴィー。今日はネットミーティングでの出席じゃなかったのか?」

「ま、近くまで来てたからさ」

アイヴィーの隣には白衣を纏った大人が居た。保健教師のソクーロフ博士だ。
クラウスが来るまでの間、この大人同士は何か話をしていたのだろう。

「では、ミーティングを始めましょう」

クラウスがそう言うと、二人の大人は席に着いた。
立場上、この大人達を従えているのがクラウス。
聖アルフォンソ学院の生徒代表が、この島の全てを統括する王だった。

「本日は、無事にラビット・マルセロの学院案内を終えました。今のところ彼に疑わしい点はありません。
夕食時にシュヌーシア寮生全員と顔合わせを行いましたが、寮内には敵対関係者は居ないように見受けられました」

ソクーロフが頷く。

「私も少し会わせて貰ったが、特に問題はないようだね」

「うん。俺もそう思う。ちっちゃい、かわいこちゃんだったな」

空港から学院までタクシーでラビを運んできたアイヴィーも同じ意見のようだ。
新入生のチェックは生徒代表、警備にとって重要な任務だった。
新入生と言えども、在校生達に害を為す人間だと見なされれば、即時退学となる場合もあるからだ。

入学前にも生徒の調査は行われるが、学院の長い歴史を紐解けば、
入学初日に退学となったケースも実際にあったらしい。
よって、人の出入りがある時は、学院も警備側も厳戒態勢で望んでいるのだ。

「ではクラウス。新入生の定期検診とカウンセリングは予定通り二週間後でいいかな?」

「はい、お願いします、博士」

「あ、そうだ。クラウスー。まだメール見てないと思うから、先に伝えとくけどさー」

「なんだ?」

「また入るみたいよー、新入生」

「またか!?」

「今年はちょっと多いよな。学院は商売繁盛で何より。
ま、その分、俺達やクラウスの仕事は増えるけど。クラウスのヒキが強いんじゃないのー?」

「俺のせいにするな」

「ところで、クラウス。ラビの常備薬は持ってきてくれたかな?」

「はい、預かってきました。でも、本当にこれですか?」

ラビから受け取ったのは、粉薬や錠剤などではなく、円形のケースのような物だった。
とても薬には見えない。この中に入っているのかもしれないが、
どうやって投薬するのかクラウスには解らなかった。それを受け取った医師は、少し眺めて、

「吸入薬だね。喘息の薬には、こういった物もあるんだよ。
クラウス、喘息持ちの人間と接するのは初めてかい?」

「ええ」

「では、帰りに保健室に寄って貰おうかな?
君にも薬の使い方を説明しておこう。喘息患者の注意事項も話しておきたいから」


シュヌーシア寮サロン。
就寝時間までの自由時間、寮生達はテレビを見たり、カードゲームをして、くつろいでいた。
そこへミーティングを終えたクラウスが戻ってきた。新入生の姿が見えない。
クラウスはソファに座り、傍に居たテオに聞く。

「ラビは?」

「部屋だよ。おねむのようだったから、先に休んで貰ったんだ。もう夢の中かもしれないね」

「そうか」

「夢と言えばさあ、子ウサギちゃんも見るのかな?」とシルフェ。

「どうだろうな。保証人は叔父さんって言ってたっけ?」

「じゃあ、夢の訪問者は、その叔父さんかな?」

寮生達が夢の話で盛り上がる。聖アルフォンソ学院の新入生が入学初日に見る夢には、
学院に縁のある誰かの夢を見るという噂があった。
新入生が入ると、必ずと言っていい程、この話題になるのだった。
クラウスは重要事項を思い出し、皆に声を掛けた。

「お前達に聞いて貰いたいことがある。新入りの持病についてだ」

寮生はすぐに静かになって、耳を傾けてくれた。

「ラビは喘息持ちだ。あいつの前で埃を立てて騒ぐようなことは止めてくれ、発作を起こす可能性がある。それから」

続く言葉をシルフェが奪う。

「具合が悪そうな時は保健室に、だろ? 言われなくても解ってるよ。
シュヌーシア歴なら俺のほうが長いんだから」

高等部一年で入学したクラウスより、中等部一年で入学したシルフェのほうが入寮期間が長かった。

「なら、いいさ」

「そうだ!」

テオが勢い良く立ち上がる。

「ラビの入学を祝って、パーティをしなくては! 明日の夜はどうかな!?」

「明日ぁ? んな急で間に合うのかよ?」

「おや、シルフェ。私に開けないパーティがあると思うのかい?」

「おっ。さっすがテオ! 言うことが違うねえ! じゃあ、いっちょ派手に頼むぜ!」

「任せておくれ!」

寮生達はパーティの話で騒ぎ始める。
その様子を眺めながら、クラウスはカップに口付けた。
ひと仕事終えた後のコーヒーは、いつもより美味しい気がした。


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