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Marginal Prince Short Story
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■シュヌーシア寮
十二月、最初の日曜日。
聖アルフォンソ島にもクリスマスの季節がやってきた。
島の中心街フィンシャルも、赤や緑のクリスマスカラーで綺麗にデコレーションされていた。

広場の中央には、巨大なクリスマスツリー。
周辺にはオープンカフェやFMラジオ局の公開ブースがあった。
ガラスの向こうでは男性のDJが生放送を行っている。
外にも取り付けられているスピーカーから、彼の流暢な声が聞こえる。
ラジオから流れる音楽とお喋りに耳を傾けながら、
オープンカフェでクリスマス仕様のコーヒーカップを口に運んでいる人も居た。

今日は日曜日なので、クリスマスツリーの根元では、誰かと待ち合わせている人も多かった。
そんな中、毛糸の帽子を被った少年は、真下からツリーを見上げて目を輝かせていた。

「大きいー。こんなに大きいの、僕、初めて」

彼はラビット・マルセロ。聖アルフォンソ学院の中等部一年。
毛糸の帽子も手袋も、中学生にしては少し子供っぽいデザインだが、童顔のラビには似合っていた。

「ね、レオン、寮のみんなが言ってたツリーってこれかなあ?」

「そーじゃねーの?」

防寒具はマフラーだけの少年が面倒臭そうに答えた。
名前はレオン・ライト。ラビと同じ一年生で、二人は第三学生寮のシュヌーシアに住んでいた。
一年生の彼等にとっては、今年が聖アルフォンソ島で迎える初めてのクリスマスだ。

今日はラビが「街でお買い物をしたいんだけど、一人じゃ行けないから、一緒に来て」
と女々しいことを言うので、レオンも街まで付いてきたのである。

「きっと、夜になったら、もっとキレイだよね。今度は夜に見に来たいなあ」

十二月になると毎年フィンシャルに大きなツリーが登場するんだよ。
今年ももう飾られてるだろうな。
寮での夕食時に、先輩達がそんな話をしていた。
その話を聞いていたラビは、密かに今日街に行ったら見れるかもしれないという期待をしていた。

クリスマスの雰囲気が大好きなラビは、期待以上に大きなツリーが見られて、幸せな気持ちだった。
オーナメントを見ながら、小さい頃にサンタさんがくれたプレゼントを思い出したりしていた。

「いつまで見てんだよ、ラビ。そんなずっと見上げてて、首、疲れないのか?」

かくん、と首が正面に戻る。レオンは急かすように言った。

「買いもん、終わったんだろ? もう寮に帰ろうぜ。腹減った」

「あ、うん。あの、レオン。お腹が空いたなら、そこのカフェで何か」

「寮のサロンでいいじゃん。おやつならドニが作ってくれるし。
今日は寒いしさー。お前、また風邪引きたいのか?」

「ううん」

「だろ? あ!」

道路の向かい側に、停車している黄色い車が見えた。
丁度、誰かが降りるところだった。レオンの知っている顔だ。
男なのに「女王」と呼ばれている学院の生徒だ。

「あれ、うちのガッコのタクシーだ! ラッキー! あれに乗って帰るぞ」

レオンが走り出す。

「おーい! そのタクシー、乗せてー!」

「ちょっと、待ってよ、レオン!」

名残惜しそうにツリーを見上げ、ラビはレオンの背中を追い駆けた。


シュヌーシア寮のサロンにも大きなもみの木があった。先月から、みんなで飾り付けしたツリーだ。
テレビではクリスマスソング特集番組がやっていた。寮生達は就寝前のひとときを過ごしていた。

「なんか今日は寒いねー」

「そーかー? 風邪引いたんじゃねーの?」

「バトラー、ホットチョコレートおかわりー!」

「あ、僕も飲みたい!」

畏まりました、と執事が退室する。中等部一年のレオンが立ち上がった。

「俺、もう寝るわ」

テレビを見ていた高等部二年のテオが振り向く。

「おや。今日は早いんだね、レオン。おやすみ」

ラビが慌てて立ち上がる。

「あ、待って、レオン。僕も寝るっ」

レオンと行動を共にしたがるラビは可愛らしいなあ、とテオは思った。
「おやすみなさい」とラビが言うと、
上級生達は「おやすみー」「腹出して寝るなよー」などと声を掛けていた。
二人と入れ違いに、生徒代表が入ってきた。テオのテンションが上がる。

「あ、クラウス! おかえり! 遅くまでミーティングお疲れ様!」

クラウスは、ちらりと後方を振り返ってから、テオの隣に座った。
何か考え事をしているような表情だ。テオは小さな声で尋ねてみる。

「物想いな表情だね。ミーティングで何かあったのかい?
もし、私で力になれることなら、何でも言っ……」

しかし、テオの声は聞こえていないようだった。
珍しいことにクラウスがテレビに釘付けになっている。
彼の視線を独り占めしているのはアメリカの歌姫。
もうすぐ40歳だとは思えない美しい女性だ。今日もセクシーな白のロングドレスがよく似合っている。
豊かなブロンドの毛先が、大きく開いた胸元でちらちらと揺れるのが、何とも艶めかしい。

「お目が高いねえ。クラウスは彼女のような女性が好みだったのか」

「だ、誰がそんなことを言った!?」

テオにからかわれて、クラウスは耳を赤くしていた。

「彼女を一心に見つめていただろう?」

「馬鹿。俺は彼女の歌が気になっただけだ」

「アリシア・キャリーのCDなら、私も持っているよ。貸してあげようか?」


自分の部屋に戻ったレオンは、ベッドに腰掛けていた。ドアの前にはラビが立っている。
部屋の前で「またあした」を言おうとしたら、「ちょっと入ってもいい?」と言われたのである。
だが、ラビはもじもじしているだけで、何も話さない。

「なんだよ、ラビ。俺になんか話があったんじゃないのか?」

「あのね、あの……」

「うん」

「僕が悪いんだよね? 僕がレオンを怒らせちゃったんだよね? ごめんね、僕、謝るから」

「別に、怒ってねえけど」

「でも、今、サロンに居た時も、なんかレオン、怒ってたみたいだし。
今日、フィンシャルに出掛けた時からずっと、レオン、なんだかイライラしてるみたいだし」

レオンは頭を少し掻く。
苛立ちを表に出したつもりはなかったのに、ラビに見破られことが意外だったのだ。
レオンの沈黙を、ラビは肯定と受け止めた。

「やっぱり、僕が悪かったんだ……ごめんね、レオン、ごめん」

「ちげーよ。お前のせいじゃねーから」

「じゃあ、なんで……」

ぼそりとレオンは呟いた。

「俺はこの季節が嫌いなだけだ」

どうして、と、もう一歩踏み込む勇気はラビにはなかった。
何も言えないでいるラビを見て、レオンはバツが悪い顔をする。

「気にすんなってば。お前のせいじゃないって言ってんだから。もう寝ようぜ。おやすみ」

「……うん。おやすみ、レオン」

レオンがドアを閉める。
部屋から追い出されたラビには、自分の部屋に帰ることしかできなかった。


翌日。生徒代表室にて定例の警備ミーティングが終わった。
警備組織のお気楽な司令官は席を立ったが、生徒代表には部屋を出る様子が見られなかった。

「クラウス、寮に帰んないのー?」

「ああ。俺はまだ仕事が残っている。アイヴィーは通常業務に戻ってくれ。寄り道せず、速やかにな」

「へーい。じゃあ、お先~」

頭の後ろに組んだ手を回して、ドアへ向かう。
生徒代表の椅子にクラウスが座る。

「クラウスー」

閉じかけのドアからアイヴィーが顔を出している。

「ん? なんだ、アイヴィー」

生徒代表より約二倍年上の司令官は、そっと言い残した。

「なーんかお悩みのようだけど、あんま深く考え過ぎんなよ? キリがねえからさ」

じゃあお疲れー、と片手を挙げて言ってドアを閉めた。

生徒代表室で一人きりになったクラウスは、引き出しにしまっていたCDを取り出した。
テオから借りてきた物だ。パソコンにCDをセットして、再生ボタンを押す。
生徒代表室に女性の歌声が流れる。曲のタイトルは『貴方の居ないクリスマス』だ。

曲を聴きながら、机上に、ある生徒の資料を広げた。
レオン・ライト。出身国はアメリカ。保証人は血族でなく、母親の知人となっている。
母親のごく近しい友人に聖アルフォンソ学院の卒業生が居たらしい。
クラウスはレオンの両親に会ったことがある。レオンが入学する前のことだ。


***

クラウスとアイヴィーの前で、父親と母親は頭を下げた。
新入生の入学前に、その両親が直々に学院に出向き、挨拶に来ることは極めて稀だった。
しかも、そのことは新入生本人には内密にとのこと。

警備組織の副司令官が両親を先導して、退室して行った。
最後にもう一度、息子のことをどうぞよろしくお願いします、と言い残して。

警備組織の応接室に残ったのは、生徒代表のクラウスと警備組織司令官のアイヴィーだけになる。
大きな溜め息を吐いたのは、アイヴィーのほうだった。

「はぁー、緊張したー。俺のこと褒めて欲しいくらいだぜ」

クラウスの眉間に皺が寄る。

「何をだ?」

「俺が『サイン下さい』って言わなかったことに決まってんだろ?
あー、でも言っとけば良かったかなー? 俺の意気地なしー!」

***


あの時に会った女性がアリシア・キャリー。
アリシア・キャリーという名前の女性シンガーの曲は、
流行りの音楽に疎いクラウスでさえ聞いたことがあった。
『女神の歌声』と讃えられるアメリカの歌姫だ。

アイヴィーから聞いたところによると彼女は二十歳で歌手になった。
デビュー直後は売れなかったそうだが、
二年後、クリスマスソングが世界中で大ヒットし、一躍有名になった。

CDを三枚出した後、突然の活動休止。その理由が明確に発表されなかった為、
結婚説、妊娠説、病気説などが様々な憶測を呼んだ。
空白の二年を経て、活動再開。その後もヒット曲に恵まれ、もはや不動の地位を確立している。
クリスマスの頃には、今も世界中で彼女の曲が流されている。

彼女がレオンの母親。活動休止の理由は産休だったのだ。
レオンの存在は世間に公表されていない。つまり、隠し子である。

父親は一般人。ごく普通の会社員ジョン・ライト。彼はアリシア・キャリーのファンだった。
ファンとの間に子供が居ることは、
イメージを損なうと事務所で判断され、レオンの存在は隠されることとなった。
そのおかげかどうかはクラウスには解らないが、
彼女は今も人気を維持したまま、歌手活動を続けている。

レオンが幼少の頃、母親は病気で死んだと父親から教えられたそうだ。
父親の言葉を疑わずに育ってきたが、この学院への入学が決まった頃、
初めて真実を告げられたらしい。

『私を忘れて』と歌う彼女の声が生徒代表室に響いている。

この曲の歌詞は、遠距離恋愛をしている男女を歌ったものに見える。
しかし、事情を知っているクラウスには、この曲を含め、
彼女の曲の殆どが、あいつに向けて歌われたように聞こえる。

サビの歌詞にある『私を忘れて』というフレーズは、曲のラストで繰り返されながら消えていく。
そのリフレインは、言葉の意味を反転させているように聞こえるのだ。
本当は忘れて欲しくはないと思っているのに、
その気持ちを抑えて、『忘れて』と言っているのではないか。
彼女が綴った歌詞にクラウスは耳を澄ませた。

――綺麗なツリーを一人で眺めてる 貴方の居ないクリスマス―

――運命を恨んだりしないわ 貴方に出会えたことが私の全て――

――お願い 私を忘れて 私を忘れて 私を忘れて――


fin
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