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Marginal Prince Short Story
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■ハルヤとシュヌーシア寮
テーブルには旬の夏野菜をふんだんに使ったサラダやピザがテーブルに並んでいる。
今宵、シュヌーシア寮のディナーは、新入生の話題で持ちきりだった。

先日もハリウッドスター、アルフレッド・ヴィスコンティが入ったが、
本日付けで入学した新入生もウーティスへ入寮した。同じ寮に連続で、というのは珍しいことである。

新入生の名はハルヤ・コバヤシ。出身国は日本。学年は高等部一年だ。
今頃、あちらのダイニングルームでは、新入生を囲んで、さぞ賑やかなディナーを楽しんでいることだろう。

ここ、シュヌーシア寮に、新入生本人は居ないが、生徒代表のテオが居た。
聖アルフォンソ学院に来た生徒は、入学初日に学院案内を受ける。
その案内役を務めるのが生徒代表。それは生徒代表の重要な任務とされていた。

夕食の時間になると、テオは後輩達にせがまれて、新入生について話した。
楽しかった学院案内を想い浮かべながら、うっとりと、おとぎ話を語るような口調で。

「それはそれは、美しい、黒い瞳をしていてね?
私は彼のことを『東洋の黒い真珠』と呼ばせて頂くことにしたのだよ」

テオ自身も、皆よりいち早く会えた新入生について、話したくて仕方がなかったのである。

「とーよーの、くろい、しんじゅ?」

中等部二年のラビが、トマトをフォークに差したまま、小首を傾げている。

「そんなに綺麗な目をしてるの? 真珠みたいに?」

「そうだよ、ラビ。けれどね、その呼び名は自分には相応しくないとでも言うように、彼は恥じらうんだ。
ジャパンは謙遜のお国柄だと、話には聞いていたけれど、いやはや、本当なのだねえ」

食後のセイロンティーを飲んでいた生徒が、ふうん、と微笑む。高等部一年のシルフェだ。

「恥じらう顔なら見てみたい、かな」

「そうだろう? 東洋の黒い真珠の美しさならば、シルフェの御眼鏡にもきっと適うと思うよ!」

「ハードル上げるねー。テオがそこまで言うなら、楽しみにしておこうかな」

「うん! あ、そうだ。みんなにグッドニュースがあるんだ。東洋の黒い真珠の入学を祝って、
これから一週間、ジャパニーズスウィーツ・ウイークにして貰ったよ!」

「おっ。この前のアメリカのスウィーツ特集も面白かったもんな。今度はジャパンか」

お菓子から新入生のお国を知ろう、というテオのアイディア。
シュヌーシア寮のおやつが、一週間限定で、新入生の母国のお菓子になる。
これは先日入った新入生アルフレッド・ヴィスコンティの時から始まった、新しい企画だった。

この企画にはシェフの協力が欠かせない。テオのお願いをシェフは快く引き受けてくれた。
シュヌーシア寮の専属シェフ、ドニ・ドームは世界各国の家庭料理を得意としている。
また、お菓子作りも好きなシェフだった。
そんなシェフにとって『新入生の故郷のお菓子作り』は、興味深く嬉しいオーダーだったのである。

「ドニも、はりきっていた。ジャパンのお菓子は美味しくてヘルシーなのだそうだよ」

「ジャパニーズフードはヘルシーだから長寿が多いって言うもんなー」

「楽しみだねっ」

新入生の話題で盛り上がる中、一人、浮かない顔をしていた生徒が口を開いた。

「なあ、テオー」

「なんだい、レオン?」

中等部二年のレオン。皿の端にはトマトだけが三つ残っている。

「テオがさっきから話してる新入生ってさ、今日、ライブラリにも連れてった?」

「もちろん。あ、もしや、学院案内中の私達を見掛けたのかい?」

「うん。チラッと」

「じゃあ、レオン。東洋の黒い真珠、見たの? どうだった? 目、黒い真珠みたいだった?」

「ううん、目までは見えねえよ。遠かったし、眼鏡掛けてたみたいだし」

「え? 眼鏡っ子なのかよ? テオが『瞳が美しい』って言うから、今まで眼鏡のイメージなかったぞ?」

「おや。言ってなかったかい? 失礼。そう、東洋の黒い真珠は、レンズ越しにも伝わる美しさなのだよ」

「レオン、他には、他には?」

「んー。髪は長めでー、こんくらいだった」

レオンは手で肩の辺りを示した。

「ウーティスのお姫様と同じくらい?」

「あー、大体そんくらい」

「これは、ウーティスの姫サンも、いよいよ世代交代かー?」


それから数日。
噂の新入生が、自らシュヌーシア寮にやってきた日があった。

「あのー、こんちは。シュヌーシア寮のサロンは、ここでいいのかな?」

「そうだけど……あんたは?」

「あっ! 東洋の黒い真珠だ!」

「え? この人が!?」

「ああ。学院案内の時、テオと歩いてたの、確かこいつだ。な、お前が東洋の黒い真珠だろ?」

「あ、いや、テオはそう呼んでるけど、でも」

「僕、会ってみたかったんだ! 初めまして、東洋の黒い真珠」

「ど、どうも」

「へえ。あんたが。あ、そうだ。瞳が綺麗なんだって? 近くで見てもいいかい?」

「僕も見たい!」

「俺も見る!」

「あ、あの、ちょっと……」

新入生の瞳を間近で観察した生徒達は、顔を寄せ合って、ひそひそと会議した。

「目の黒いとこ、おっきかったね!」

「そーかー? 綺麗な瞳って言われればそうだけど、普通って言えば普通じゃね?」

「オコサマだな、レオン。見るトコが違うんだよ」

「なんだよ?」

「俺達に一斉に見つめられて、ピンクに染まった頬を見ろよ」

「……お前のほうが見るトコ間違ってるし」

「東洋の黒い真珠は、シュヌーシアに遊びに来てくれたの? 何して遊ぶ?」

「あ、えっと、テオにこれ、渡しに来たんです。日本のマンガなんだけど」

ハルヤが英語の勉強をするのに使った本で、日本の人気マンガが英訳版になっているものだ。
学院でできた友達にも読んで貰えるし、自分も好きなマンガだったので、日本から持ってきた。

学院案内の日、テオは「私は東洋の文化が大好きでねえ」と言っていて、
何か日本の文化が解るものがあったら、ぜひ見せて欲しいと頼まれていた。
先程、寮の自室で荷物の片付けをしている時に、
このマンガを目にし、テオの言葉を思い出したのである。

「テオ、サロンには居ないみたいだね。部屋に居るのかな。
悪いんですけど、どこか教えて貰ってもいいですか?」

「テオなら部屋にも居ないぜ。さっき生徒代表室に行ったから」

「じゃあ、テオを待ってる間、僕達と一緒におやつ食べる?」

「いいねえ。そのうち、テオが帰ってくるかもしんないし」

「あ、そうだ。東洋の黒い真珠、このお菓子、知ってる?」

「あ、うん。どら焼き、だよね。日本じゃないのに、なんでどら焼きが」


壁一面には歴代の生徒代表達の肖像画が飾られている。
窓からは月桂樹の森が見渡せた。

ここは生徒代表の執務室。現在はネットミーティング中だ。執務室内に居るのは二名。
生徒代表のテオと、その傍らに立っている保健教師兼カウンセラーのソクーロフ博士。
テオの前にあるデスクトップ型パソコン。画面に長い金髪の男が映し出されている。
警備組織司令官のアイヴィーだ。彼のみ、島内の警備組織本部からネット越しの参加である。

今の議題は、先日入学したハルヤ・コバヤシについて。
新入生に不審なところがないか、また、在校生の中に新入生に対して、
不穏な感情を持っている生徒が居ないか、などの報告が生徒代表から行われる筈なのだが。

「すると、ミチザネを慕って、梅の花が彼の元へ追いかけてきたそうなのですよ」

ほう、と白衣の男。保健教師のソクーロフ博士だ。

「美しい話だね」

「はい。ロマンティックですよね」

プロの聞き手が居るおかげで、話し手は気持ち良く話し続けている。

「あ、それから、好きなものは、アボカドまぐろ丼だそうです」

「へえ。アボカドとまぐろを一緒に食べるのかい?」

「そうなんです! 面白いでしょう!? これは、どのように作るのかと言いますと」

「あー、いやいや、お料理レシピはまた別の機会に聞かせて貰うとしてー」

いい加減、司令官がストップを掛けた。
カウンセラーが、テオの話をどんどん横道に進ませるので、
パソコン越しにいる司令官が、止めに入らなくてはならなかった。
時間があれば、何でもゆっくり聞いてやりたいのだが、
ミーティングの終了時刻はとうに過ぎているし、生憎今日は忙しい。

「でー、結局、新入生に問題はなかったってことでいいのか?」

「え? ああ、すまない。そういう話だったね。うん。何も問題なかったよ。
あれほど美しい目をした人間が、悪人の筈がないもの」

自信満々なテオを見て、警備担当者は少し笑った。

「あいよ。じゃー、来週は予定通り、定期検診とカウンセリングってことで。頼むぜ、ドクター?」

「ああ」

白衣の男は短く答えた。長い付き合いの司令官は、その一言にトゲを感じた。
司令官の横に誰かが立つ。副司令官からメモを差し出された。お偉方からの電話らしい。

「あー、わりぃ。用事が出来ちまった。今日のミーティングはこれで終わりでいいかな?」

「うん。よろしいですか、博士?」

「構わないよ」

「今日はバタバタしちまって悪いな。じゃー、また」

パソコンの画面から司令官が消えた。白衣の男は生徒代表を振り返って、

「今日はこれで解散かな」

「そうですね」

しかし、テオは立ち上がる様子がなかった。

「寮に帰らないのかね、テオ」

「ええ。私はもう少しここに。まだ、執務が残っていますから」

一瞬、確かめるように、カウンセラーは生徒の表情を伺った。

「そうか。では私はお先に失礼するよ」

「はい。お疲れ様でした、博士」

少し軋みながら扉が閉まる。テオはゆっくりと席を立った。
パソコンの前から離れ、生徒代表の席に移動する。
一人きりの生徒代表室に靴音が響く。

大きな窓の向こうには、夏の日差しを浴びる月桂樹。
青々とした葉が、まるで宝石のように輝く。その根元には濃い影が落ちていた。


テオが生徒代表室から寮に戻ったのは、ディナータイム間近だった。
サロンに姿を現したテオに寮生達がそれぞれ労いの声を掛ける。

「あ、やっとテオ帰ってきたー!」

「良かったー。ディナーに間に合ったね」

「遅かったな、お疲れ」

一人の少年がテオに駆け寄った。

「テオ、あのね、あのね!」

「ん? なんだい、ラビ」

「さっきね、東洋の黒い真珠、来たんだよ、テオに会いに」

「わ、私に会いに!? 東洋の黒い真珠が!?」

レオンが一冊のマンガを掲げる。

「これを渡しにな。ジャパニーズコミックだってさ。ほい」

「わざわざ届けに来てくれたのか。ああ、なんて優しい子なのだろう」

ひしとマンガを胸に抱き締める。

「なのに、私が不在で東洋の黒い真珠に寂しい想いをさせてしまうとは、なんたる不覚」

「そんなに寂しい想いはさせてないと思うぜ。俺達がオモテナシしといたし」

「僕達ね、東洋の黒い真珠と一緒にドラヤキ食べたのー」

「あいつ、三個も食ってたんだぜ? あれで、これから晩メシ食えんのかな、ホントに」

「あとね、色々お話ししたの。東洋の黒い真珠って面白いね!
とっても楽しかった! テオもサロンに居たら良かったね」

「……ああ、何故、私はサロンに居なかったのだろう」

「そこまで落ち込まなくてもいいだろ?
生徒代表の仕事で居なかったんだから仕方ねーじゃん」

「いや、実は、ミーティングが終わった後、つい、うとうとしてしまってね」

「えー? テオ、生徒代表室でお昼寝してたのー?」

「午睡などせずに寮に戻っていれば、東洋の黒い真珠との、
甘いティータイムが待っていたというのに……ああ、私としたことが」

「あ、テオ、テオ。東洋の黒い真珠、明日も来てくれるかもしれないよ?」

「えっ?」

「明日のおやつもジャパニーズスウィーツだろ?
だから、良かったら明日も来なよって誘っといたんだ」

「本当かい! ありがとう、みんな!」


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