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Marginal Prince Short Story
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ある日のアイヴィー 続編
「おっ、イイ匂いしてるじゃん」
聖アルフォンソ学院、第三学生寮シュヌーシア。
夕食前のキッチンに一人の生徒が顔を出した。
「ディナーの準備は順調そうだな?」
「あ、はいっ。パーティは予定通りに始められると思います」
ライトブルーのバンダナに同じ色の腰巻きエプロン。
シュヌーシア寮専属シェフ、ドニ・ドームが笑顔で答えた。
生徒がシェフの傍へ歩いてくる。並んで立つと大人のシェフのほうが背が低かった。
「ヘンなオーダーだったのに、応えてくれてサンキュな、ドニ」
「いえいえ。素晴らしいアイディアですよ!
カミーユさんもアランさんも、こんな料理は初めて作るっておっしゃってましたし」
「だろうな」
時計を見上げた。
「おっと。もうイイ時間だな。んじゃ、俺はそろそろ仕上げをしてくるよ」
「仕上げって何ですか?」
A4サイズの白い紙を見せる。
「この招待状を各寮のダイニングテーブルに置いてくるのさ」
シェフは顔を近付けて、それに印刷された文字を読み上げた。


『親愛なる
 マージナルプリンスの皆様へ

 森にお越し下さい。
 ディナーをご用意して、
 お待ちしています。

      イカれ帽子屋より』



同じ頃、警備組織本部。
「え? じゃあホントに、昨日の侵入者はマルセロの人だったってこと?」
ソクーロフの報告を聞いて、俺は身を乗り出していた。
「あの、敵対してるシーゲル家の人じゃなくて?」
白衣の男が答える。
「ああ、彼は間違いなくマルセロの舎弟だ」
「読みが外れたようですね、司令?」
ノートパソコンで書記役に徹していた副司令官に苦笑された。
ちょっとハズい俺。軽い羞恥プレイだ。
昨日、聖アルフォンソ島に侵入した者達が居た。
島の警備組織は昨日のうちに全員を捕まえた。
今日は、ソクーロフ博士を警備本部に招き、彼等の自白を依頼した。
というのも、ソクーロフは、学院の保健教師かつ自白のプロフェッショナル。
そのお力を借りて、侵入者に素性やターゲットなどを吐かせる。それがさっき終わったところだ。
今はミーティングルームで、博士が司令官、副司令官を前に結果を報告している。
本日は非番の予定だった俺も、司令官という立場上、自動的に休日出勤ちゅうっわけだ。
博士の報告によると、侵入者は全員シチリアマフィア、マルセロ家の下っ端だった。
侵入の目的は、聖アルフォンソ学院の生徒、
ラビット・マルセロを本国イタリアに連れ戻す為だった。
ラビットの両親、つまりボスとその妻は、無差別の連続放火事件に巻き込まれ、焼死した。
少年の焼死体も同時に発見された。行方不明である一人息子の遺体と見て捜査中。
公になっているニュースはそこまでだ。
ラビットがこの学院に居るということは、
少年の焼死体が発見されたというニュースは誤報かフェイク。
もしくは、それは、ラビットとは別の少年だったということになる。
そもそも放火事件が無差別などではなかった可能性も高い。
最初からマルセロ家ボスを狙った犯行だったと考えるほうが納得できる。
火を放ったのは、マルセロ家と敵対関係にある、
シチリアマフィア、シーゲル家ではないか、という噂があるらしい。
そんな話を司令官は以前、某シチリアマフィアから聞いたことがあったのだ。
それを思い出した俺は、昨日の尋問にて、
侵入者に「シーゲルに言われてラビットを捕らえに来たのでは」と聞いてみた。
結果「違う。私はマルセロの者だ」と突っぱねられたが、
シーゲルの名を聞いた侵入者は拳を握り締める様子が見られたので、
もしかして嘘を吐いてんじゃないかなーと思ったんだ。
けど、自白させても証言内容に変わりはなかった。
俺は椅子に凭れかかる。
「なんだー、シーゲルじゃないのか」
「ただ」
白衣の男は、手の中で赤いボールペンをクルリと回す。もったいぶっちゃってヤなかんじ。
「マルセロの人間が、シーゲルに対して、穏やかでない感情を持っていることは確からしい。
先程、自白させた彼もマルセロの先代ボスを焼き殺したのは、シーゲルだと思っていた」
ミーティングルームに、ノートパソコンのタイピング音が響く。
椅子に背を預けていた司令官が身体を起こす。
「りょーかいっ。これ以上は考えても解んないね。じゃあ、ミーティングは終わりかな」
速記を終えた副司令官が顔を上げた。
「そうですね。ご協力ありがとうございました、ドクター」
「どういたしまして」
副司令官はノートパソコンをシャットダウンしながら、
「司令、今日はこのまま上がって下さって結構ですよ」
「そ、そう?」
「ええ。休日出勤、お疲れ様でした」
「サンキュ、クロイツ」
退室しようとする白衣の背中を呼び止める。
「あ、ソクーロフ!」
博士がゆっくりと振り向く。眼鏡の奥から、全てを見透かす瞳に見つめられた。
司令官は少し怯えたかのように、声が小さくなる。
「ガッコまで、車で送ってく」

警備本部を出て、駐車場まで歩く間。
「昨日はほんとゴメン!」
俺から先制攻撃。先に手を打って主導権を握ることは重要だ、何事も。
「何を謝っている?」
チョー怒られると思ってたら拍子抜け。
「え? いや、昨日、俺が飲みに誘ったのに、すっぽかしちゃったから」
久し振りに二人で飲もうと誘ったのは俺。
なのに、侵入者が来たせいですっかり忘れちゃって、店に着いた時には三時間の大遅刻。
その頃には当然ソクーロフの姿はなかった。マスターが言うには、
ソクーロフは待ち合わせの時刻から一時間も待ってくれた後で、帰ったらしい。
「侵入者を捕らえるのに夢中で約束を忘れたんだろう?」
「う、うん」
「お前の思考は十分予想できる。きっとそうだろうと思って、私も勝手に帰ったからな」
「ソクちゃん、怒ってないの?」
「仕事で飲みに行けなくなるくらい大したことではないだろう。特にお前のような職務ではな」
「えと。今日は空いてる? 昨日の埋め合わせに」
「今夜は空いてない」
「やっぱ怒ってる……」
「違う。シュヌーシア寮のシェフによると、今夜は生徒主催のパーティが開かれるそうでな。
催し物がある日は、なるべく保健室を空けたくない」


その夜、月桂樹の森は、立食パーティ会場と化していた。
普段、夕食は寮ごとに摂るものだが、今宵は三寮の生徒全員が森に集結していた。
森に流れている音楽は、不思議な国に迷い込んだ少女の話に出てくる曲。
会場に着いた僕は、思わず吐め息を漏らした。
「卑怯だよね、このパーティ」
「何を怒っているんだい、アンリ」
この良い人面をしているのが、僕と同じウーティス寮のジョシュア・グラント。
高等部三年。僕よりひとつ上。今年度の生徒代表で、ついでに言えばロレート公国の王子様だ。
「だって、夕食の時間にダイニングルームに行ったら、
テーブルの上に『森に来い』ってメッセージがあったんだよ?
事前の連絡もなしに、夕食を人質にして、無理矢理、全生徒集めるなんて」
「人質って……」
「主催者の性格の悪さが伺える。誰なのかな、犯人の『イカれ帽子屋』は」
「犯人だなんて、言わなくてもいいじゃないか。そういう趣向のパーティなんだろう?
アンリはお腹が空いてると、機嫌が悪くなるよね?」
「子供みたいに言わないで」
「ここで待ってて。俺が何か料理を取ってくるよ」
僕を残して、ジョシュアは料理が並ぶテーブルに向かった。
僕は木に凭れて、待つことにした。テーブルのほうから甲高い声が聞こえてくる。
「アー、オレンジー! ジャワハルワール、オレンジ、アッター!」
好物を見つけたオウムが騒いでいる。
「チョーダイ、チョーダイ、オレンジ、チョーダイ!」
オウムを肩に乗せている生徒が、テーブルから輪切りのオレンジを取り、オウムに与えた。
金色の豊かな長髪には、神様がかけたパーマがかかっている。
彼がオウムを連れ歩くことで有名なアルファルド寮のジャワハルワールである。
白いオウムはオレンジを器用に持って、チューと吸った。
「アマーイ! オレンジ、モットー!」
飼い主はもうひとつオレンジを与える。
「オレンジ、ダイスキー!」
「煩いぞ、鳥」
気だるそうに長い黒髪をかき上げる。黒髪を梳く指に小さな赤。
入学以来、右の薬指に、赤い石の指輪を常に身に付けてる。
彼がアルファルド寮のレオシュ。僕と同じ神秘学の受講生だ。
彼も容姿のせいで女装させられたり、『アルファルドの女王』だとか呼ばれてる生徒だ。
男子校に居るのに女性扱いされていることには同情できるが、
彼のせいで僕が何かと比較対象にされて、
『アルファルドの女王、ウーティスの姫』と呼ばれる羽目になったのならば、むかつく。
「おい、ジャワハルワール。鳥に好物ばかり食わせていいのか?」
「ジョウオウは、キョウも、ゴキゲンナナメ!」
「大体、このパーティは誰が主催者なんだ」
「俺を呼んでくれた? レオシュ」
パステルピンクのタキシードに、ショッキングピンクのシルクハット。
異常な装いをした生徒が後ろに立っていた。レオシュは怪訝な顔をする。
「その帽子……やはり、お前が『イカれ帽子屋』だったのか」
「俺だって解ったんだ? レオシュも俺のこと大分解ってきたねえ?」
大き過ぎて不格好なシルクハットを取って一礼した。
「ようこそ、アリス?」
彼はシルフェ・ダフラティン。シュヌーシア寮の高等部二年。
彼も神秘学を取っているから顔は毎週見かける。その程度の知り合いだ。
シルフェの前に居るレオシュは、いつも以上に不機嫌だ。
「当日になって全員を集めて、このパーティのコンセプトは何だ」
「何もないよ? 今日の俺は『イカれ帽子屋』なんだぜ?」
シルフェと同じ寮の生徒達が集まってくる。
「おいおい、なんだ? そのド派手な格好!」
髪が跳ねてる下級生がそう言った。レオン・ライト。シュヌーシア寮の中等部三年。
そう言えば、彼の家柄についての噂は聞いたことがない。
目の前に居る人間がどこの誰だか解らなくても、ここでは珍しくないことだ。
彼も何か訳があって、メインストリートから足を踏み外し、こんな孤島に堕ちてきたのだろう。
「シルフェが『イカれ帽子屋』さんだったの!?」 
いつものようにレオンの隣に居るのが、シュヌーシア寮の中等部三年、ラビット・マルセロ。
彼の家については知っている。僕がマンゾーニ家にボディガードを依頼する前、
シチリアマフィアについて一通り調べたことがある。
その時に、マルセロという名字を目にしたことがあった。
もしやと思って調べてみたら、やはりラビットはシチリアマフィア、マルセロ家の子息だった。
しかも、無差別放火事件で焼け死んだ筈の少年だ。
世界中から訳ありの人間が集まる学校とは言え、全くどうかしてる。
しかし、入学以前の過去が存在しない人間が居るくらいだ。
焼け死んだ筈の人間が入学することもあるのだろう。
マルセロ家はマンゾーニ家と利害関係はないようだった。
両家の歴史を紐解いても、表立った抗争はなかった。
現在は、ラビットの叔父と従兄弟がボス代理を務めているらしい。
だが、後にボスの座に着くのは、あの少年なのだろう。そんな器にはとても見えないが。
「ねえ、ねえ。シルフェが『イカれ帽子屋』さんってことは、
これは不思議の国のアリスに出てくるパーティなの?」
「ああ。俺、好きなんだ、あのパーティ」
「『三月ウサギ』さんは居ないの? 『イカれ帽子屋』さんと一緒にパーティしてたウサギさん」
「もちろん、用意してるさ。そろそろ着替えが終わる頃だと思うけど」
ウーティス寮のほうを見る。
「ああ、来た来た。シルヴァーン!」
「はーい!」
やってきたのは、イエローのウサギの着ぐるみを着たシルヴァン・クラークだった。
「ハルヤ、ハルヤ! 僕、似合いますか? 似合ってますか?」
黄色いウサギが、眼鏡の寮生に詰め寄っている。
昨年度の生徒代表が寵愛していた黒き瞳が揺らぐ。
日本出身のハルヤ・コバヤシ。僕と同じ高等部二年。
NOと言えない日本人は、オリエンタルスマイルを見せながら、
「あ、う、うん。似合ってる似合ってる」
「わーい! ありがとうございます!」
「つか、無理矢理言わせてんじゃねーかよ!」
アルフレッドに頭をはたかれて、ウサギの耳が前後に揺れた。
「じゃ、『三月ウサギ』も来たことだし、ちょっと目立ってこよっかな。
シルヴァン、行くぞ! 見てろよ、レオシュ!」
音楽が止まった。イベントスタッフがステージにスポットライトを当てる。
食事をしていた皆の注目が集まった。
「不思議の森へ迷い込んだマージナルプリンスの皆様。
ようこそ、『イカれ帽子屋』のパーティへ」
シルフェはシルクハットを胸に置き、一礼した。
それを合図に『お誕生日じゃない日のうた』のイントロが流れ出した。
シルフェとシルヴァン扮する『イカれ帽子屋』と『三月ウサギ』は、
それぞれティーポットとティーカップを持ち、歌い出した。

誕生日は1年の中でたった1日、何でもない日は364日。
祝え、何でもない日、バンザーイ!

そんな内容のお気楽で、どこかイカれた歌詞。
ごく短い曲だが、二人は紅茶を注ぎ合いながら、
ディズニー映画の該当場面さながらに歌い上げた。
歌が終わると、生徒達から大きな拍手と歓声が上がった。
『イカれ帽子屋』は帽子を取って礼をし、
『三月ウサギ』はぴょんぴょん跳ねながら手を振って歓声に応えた。
シルフェは『イカれ帽子屋』の役から本人への口調に戻ってこう叫んだ。
「つーわけで、今日は何でもない日のパーティだ!
みんな、今夜は肩肘貼らず、ただ、何でもない夜を思う存分楽しんでくれ!」
「ははっ、面白いじゃん、シルフェ!」
アルフレッドが笑っている。ハリウッドスターはこの酔狂なパーティが気に入ったらしい。
他の生徒達も同じ意見のようだ。
「たまには、そーゆーパーティもアリか」
「サイコーだぜ! イカれ帽子屋ー!」
生徒達から歓声を浴びたシルフェは、最後にシルクハットから、
ナイチンゲールを出し、拍手喝采の中、ステージを下りた。
シルフェは迷わずレオシュの傍に駆けて来た。
「お待たせ、レオシュ! どう? 俺、カッコ良かった?」
レオシュは腕組みをしたままそっぽを向いている。
シルフェは笑って、レオシュの右腕を掴んだ。レオシュは前のめりになる。
「おい、何をする」
「来いよ! 向こうに今日のメインディッシュがあるんだ!」
強引に腕を引かれ、二人は森の奥に消えていった。
「お待たせ、アンリ。料理を持ってきたよ」
ようやくジョシュアが僕の元へ帰ってきた。皿を二つ持っている。
「ほら、見て? 今日のディナー、スゴイんだ」
この日、並んでいる料理は、全て普通でなかった。
青や紫など、通常では有り得ない色の食べ物ばかり。しかし、そのどれもが不味くはなかった。
ジョシュアは青に染まった料理を見つめながら呟いた。
「ねえ、アンリ。さっきの、歌の言う通りだよね」
「何が?」
「シルフェとシルヴァンが歌ってたことだよ。
誕生日じゃなくっても、ここに居る364日は全て特別で、大切な日だなって」
五年間、彼を見てきたけれど、未だに彼のこういうところが信じられない。
どうして彼は、真面目なことを真面目な顔をして言うことができるんだろう。
僕の視線は自然と彼の額に行く。
俯きがちに話す彼の額には、僕にしか見えない月桂樹の冠。
「解っていることなのに、普段は忘れてしまうんだ。この学院に居られる時間が、
どんなに幸せなことかってことを。シルフェはきっと、それを俺達に」
「ジョシュア」
「ん?」
「君は、どうして飲み物を取ってこなかったの? 食べ物だけじゃ喉が詰まる」
ジョシュアは目を大きくした後、可笑しそうに笑った。
「すまない、気が付かなくて。今、取ってくるよ」
月桂樹の青い香りの中で、何でもない夜が過ぎていった。


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