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Marginal Prince Short Story
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何でもない日(2) 続編
数日後、ウーティス寮サロン。
「お待たせ致しました」
この寮に仕えて長い老紳士が、ジョシュアの前にコーヒーを置いた。
「本日の豆は、ブラジルコーヒーの最高グレード『サントスNo.2』でございます。
柔らかな口当たりと上品なほろ苦さをお楽しみ下さいませ」
ジョシュアは、以前バトラーから聞いたことがある。
ブラジル最高級豆が『No.2』という名なのは、敢えて最上位を空席にした為だ。
No.1があると、それ以上の豆が作れなくなってしまう。
今後も品質向上を目指し、No.1のコーヒーを作り出そう、そんな想いが込められた名なのだと。
ジョシュアはカップを手に取る。
「ありがとう、バトラー」
老紳士は一礼した。二人の寮生が談笑しながらサロンに入ってきた。
「今日の授業、あっという間でしたね」
「シルヴァンは殆ど寝てたからでしょ?
それでもテストの成績はそこそこ取っちゃうんだからなあ」
「僕、ヤマを当てるのは得意なんです!」
二人は向かい合って、ロングソファに座った。
老紳士は彼等にも声を掛ける。
「本日も一日お疲れさまでした。シルヴァン様、ハルヤ様も何かお飲みになりますか?」
「僕はハルヤと同じものをお願いします!」
「え? 俺、何飲むか、まだ言ってないのに?」
「はい! 何でもいいですよ」
「そう? んー。じゃあ、この前買ってきたティーパックのグリーンティー、まだあるかな?」
「ええ。ございます。ああ、グリーンティーと言えば、
先日、ハルヤ様から頂いたグリーンティー、
大変美味しゅうございました。ありがとうございます、ハルヤ様」
「あ、ほんと? 良かった」
「お二人ともグリーンティーですね。少々お待ち下さいませ」
老紳士が下がる。シルヴァンはハルヤに詰め寄る。
「ちょ、ちょっとハルヤ! バトラーにプレゼントしたんですか?」
「うん。てゆうか、それ買った時、シルヴァンも一緒に居たじゃん。俺、二箱買ってたでしょ?」
「両方ハルヤが飲むのだと思っていました。ハルヤは食に関しては誰より貪欲ですからね。
でも、どうして、バトラーにグリーンティーをプレゼントしようと思ったんです?」
静かにコーヒーを飲んでいたジョシュアも、ハルヤに注目した。
ジョシュアとシルヴァンに見つめられて、ハルヤはぼそぼそと答えた。
「な、なんとなく、バトラーなら好きな味なんじゃないかなと思って。
緑茶って、どっちかって言うと、お年寄りに好まれる飲み物なんだよ、日本では。だから」
「ああ、なんだ、そういうことだったんですね。良かった」
「良かったって?」
「僕、てっきり、ハルヤとバトラーが急激に仲良くなったのかと思ってしまいました」
「別にそういうわけじゃ……あ、でも」
「でも!? でもってなんですか!?」
「最近、俺、バトラーと話すの、好きかも。なんだか落ち着くんだ。
昔は、うちのじいさまと話してたからかな? おじいちゃんっ子ってやつ?」
「ま、まさかのバトラー×ハルヤですか!? 僕を差し置いて、そんなのダメですー!」
「ごめん、ちょっとシルヴァンが何言ってのるか解んないや」

サロンがコンコンとノックされる。返事を待たずにドアが開いた。
「こんちはー」
「こ、こんにちは」
入ってきたのは、ウーティス寮生ではない二人の少年。ハルヤが声を掛ける。
「あれ? 君達はシュヌーシア寮の、えっと……」
「レオンとラビットだね。こんにちは」
顔は知っているが名前が思い出せない様子だったので、さりげなくジョシュアが助けた。
「二人がウーティスに来てくれるなんて珍しいね。誰かに用事かな?」
レオンはズボンのポケットに手を入れている。
「ああ。ウーティスのお姫様にな」
「お姫様……アンリのこと?」
「そう、そいつ」
「ちょっとだけ会いたいんですけど……」
「俺で良ければ、部屋まで案内するよ?」
「悪いねえ、生徒代表サマ自ら」
「じゃあ行こう」
ジョシュアが二人を連れて、サロンを出て行く。

三人の背中を見送って、シルヴァンが言う。
「アンリに他の寮からお客様が来るなんて久し振りですね。
もしかして、あの子達、アンリのファンでしょうか?」
「そうは見えなかった気がするけど」
「ハルヤが入学する前は、テオが時々来てたんですよ、アンリへの貢ぎ物を抱えて」
「そんなことしてたんだ、あの人……やりそうだけど」
「文化祭の前になると、毎年打ち合わせをしていたみたいですから」
「打ち合わせ?」
「プリンセスの衣装を決めたり、あとギャランティの話とか。
僕は詳しくは教えて貰えませんでしたが、
恐ろしい額が動いてたようですよ? イイですよねー、お金持ちの皆さんは」
ハルヤはオリエンタルスマイルを見せた。
「なんてゆうか、雲の上の話だよね」
ドアが開く。バトラーがサロンに戻ってきた。
「シルヴァン様、ハルヤ様。お待たせ致しました、グリーンティーでございます」
ティーカップに入った緑茶が二つ並べられる。
「ありがと、バトラー」
「ありがとうございまーす」
白いカップに淡い緑色がよく映える。シルヴァンは一口飲んで、笑顔を見せた。
「美味しいですね、ハルヤ。この苦みが良いんですよね!」
「うん。湯飲みじゃないからちょっと不思議だけど」
「ユノミ? ああ、サムライがグリーンティーを飲む時のグラスですね?」
サロンのドアが開く。アルフレッドとユウタだ。
アルフレッドはシルヴァンの隣に座る。両腕を広げて、ソファに全身を預けた。
「あー、授業で頭使ったから、ハラ減ったー!」
ユウタは笑いながらハルヤの隣に座る。
「じゃあレッド、クッキーでも食べる?」
「いや、今日はもっとガッツリ」
アルフレッドは急に席を立った。
「あ、そうだ!」
「どうしたの、レッド?」
「こういう時こそ、あそこだろ!」


「ごちそうさまでした」
空の皿の前でハルヤが両手を合わせた。
アルフレッド、シルヴァン、ハルヤ、ユウタの四人は、アイヴィーの家に居た。
彼のタクシーを呼んで、彼の自宅に向かわせ、おやつ代わりのパスタを作らせた。
突然のオーダーで大した材料もなく、メニューは問答無用で、
牛乳の残りと酒のツマミ用のチーズで和えたチーズクリームパスタになった。
具なしパスタ二人前を四人で分け合い、すぐに完食した。
満腹とは言えないが、おやつには丁度良い量だったようである。
「ウマかったぜ、アイヴィー! あ、俺にもインスタントコーヒー淹れてくれよ!」
アルフレッドがそう言うと、シルヴァンは手を挙げた。
「僕も欲しいですー」
自分用のインスタントコーヒーを淹れようとしていたアイヴィーが苦笑している。
「相変わらず自由だなー、お前さん達は」
遠慮のない友人達に少しびっくりしながら、ユウタが申し出る。
「あの、俺、手伝います」
申し訳なさそうなユウタを見て、アイヴィーは笑った。
「ああ、ユウタは座ってな。俺がやるよ。カップに粉とお湯を入れるだけだから」
カップを五つ用意した。

アイヴィーが淹れたコーヒーをアルフレッドは至極旨そうに飲んだ。
「コーヒーはインスタントに限るな!」
丁度、カップに口付けていたアイヴィーは吹き出しそうになった。
「何言ってんだよ、アルフレッド」
「だってさー、寮でバトラーが飲ませてくれるコーヒーは、最高級豆で淹れたヤツなんだぜ?」
「そりゃ、良かれと思って、バトラーが用意してくれてんだろ?」
「なあ! このインスタントコーヒー、
ボトルごと持って帰ろうぜ! んで、寮のサロンに置こう!」
「賛成です!」
「待て待て。俺のコーヒーを勝手にお持ち帰りすんな。
インスタントコーヒーなら自分で買えばいいだろ? それかバトラーに頼めばいくらでも」
「アイヴィーが新しいの買えばいいじゃん」
「なんでだよ!?」
アルフレッドとアイヴィーのやりとりを、
笑顔で見守っていたシルヴァンが、そこでパチンと手を合わせる。
「あ、言い忘れてました。僕達、今度ライブするんで、アイヴィーも良かったら来て下さいね!」
「そうそう。絶対来いよな! ヒマだろ?」
「あのなあ。ヒマそうに見えっかもしんねえけど、これでもイロイロ忙しいんだよ」
ハルヤがぼそりと言う。
「でも、アイヴィーって時々保健室でサボッてるよね?」
「まー、それは、な」
「やっぱヒマなんじゃん! ならライブに来るしかないな!
損はさせないぜ? あ、ユウタも来るだろ?」
「うんっ!」
「たまにはお前も歌ってみっか?」
「ええっ? 俺が!? ム、ムリだよ、そんなの!」
「一度、ステージで歌ったら、ヤミツキになるぜ?」
「お前さん達、そろそろ寮に戻んなくていいのか?」
「もうそんな時間?」
「なんだか帰りたくないですー。アイヴィーのおうちに来るとまったりしちゃって」
「だなー。帰ったって、待ってるのはカミーユのカンペキ過ぎるディナーだし」
「カミーユが泣くぞ、アルフレッド」
「今夜は外で食べるってのどうよ!?」
「いいかも」
「いいですね!」
「いいのかなあ?」
「ユウタだって、夜の街を歩いたことは殆どないだろ?」
「う、うん。そうだけど」
「おっしゃ! なら、俺達デッドプリンスが案内してやる!」
「デッドプリンスプレゼンツ・スペシャル・フィンシャルナイトツアーですね!」
「つーわけで、アイヴィー君! 君をスペシャル・ドライバーに任命しよう!」
「やっぱ俺も巻き込まれんのな」
「あったりまえじゃん!」
「ったく、マージナルプリンスどもめ」


アンリがウーティス寮ダイニングルームに入った時、席に着いているのはジョシュア一人だった。
テーブルに置かれているナイフやフォークなども二人分しか用意しかされていない。
「今日のディナーは、僕と君だけ?」
「うん。レッド達、今夜はユウタに街を案内したいから、
外食にするって。さっき寮に連絡があったんだ」
「随分安易な言い訳だね。ルブラン・シェフも気の毒に」
「え?」
「あの四人が居ないなら、久し振りに落ち着いたディナーになりそうだ」
この日のディナーは、フランス料理のフルコースだった。
一流シェフ渾身の料理が、スープ、前菜と続いていく。
ジョシュアとアンリは会話らしい会話をせずに食事をしていた。
今となっては貴重な静寂。ナイフと食器が擦れる金属音さえ、
はっきり聞こえるほどだったが、互いに気まずい様子は見られなかった。
最後のデザートが出て、シェフが下がった頃、ジョシュアがしみじみと言った。
「なんだか、夏休みの日みたいだったね。二人きりのディナーなんて」
アンリは紅茶を置く。
「僕は毎日これでいいけれど?」
ジョシュアは吐息を漏らした。琥珀の瞳が相手をキツく見つめる。
「……何笑ってるの?」
「いや、ゴメン。何でもないよ」
そう言って、コーヒーに口付ける。再び訪れた沈黙。
紅茶を飲み終えたら部屋に戻ろう、そうアンリが思った時。
「アンリ、変わったよね」
二人きりだからだろうか。今夜のジョシュアはお喋りだ。
「変わったというなら、君のほうだ」
アンリの何が変わったか、その話題を避けるように、話が押し返された。
「君はこの学院に来なければ、いや、小鳥と出会わなければ、君と僕の未来はきっと変わってた」
「え?」
「君がグラント家を、僕はサン・ジェルマン家を継いで、
僕達が敵同士になる未来。そうなる可能性もあったでしょう?
けれど、ここに来て、僕達の前には、王を導く小鳥が現れた。
彼女のおかげで、君はグラントではなく、ロレートを選ぶことができたんでしょう?」
「うん。でもね、アンリ。俺は、思うんだ。もし、もしもの話だけど。
俺達がグラントとサン・ジェルマンの当主になったなら、両家の関係は変わったと思う」
「どういうふうに?」
「俺は君の敵にはなれない。そうならない方法を探すと思うから」
「戦う前から戦意喪失? 甘いね。本当に君は甘い」
琥珀の瞳は挑戦的に見つめていた。
「僕なら、全力でグラント家を潰しにかかると思うよ。君が相手なら尚更ね」
グラントの深紅の瞳が瞬く。それを確認したあとで、アンリは冷笑した。
「冗談だよ」
横髪を耳にかけながら、その手で頬杖を突く。
「もしもの未来について話しても無意味じゃない?」
全力でグラント家を潰す、それが本当に冗談で言ったものなのか。
ジョシュアがアンリの真意を図り兼ねていると、ドアがノックされ、静かに開いた。
「お食事中、失礼致します。アンリ様、お電話でございます」
「そう。解った。食事は済んでいるから、下げてくれて構わないよ」
「畏まりました」
アンリは膝にかけていた白いナプキンを持つ。
軽く口許を抑えてから、テーブルの左側に置いた。
「話はここまでだね、ジョシュア。失礼するよ」

寮から通信室へ向かう途中、月が見えた。
宵闇に浮かぶ白い半月。
「La Lune(ラ・ルナ)、月は満ち、欠ける」
タロットカードにおける『月』の意味が自然に頭に浮かんでくる。
それが全て正位置のものだった。月が姿を現すのは夜。
『月』のカードの場合、正位置は総じて悪い意味だ。
不安定、偽りの心、裏切り、原因不明、スキャンダル、災厄の前兆。
一歩進む度、気分が重く沈んでいくような感覚。
白い月は、アンリと同じ歩幅で付いてくる。
「嫌な月だな」


同じ頃、シュヌーシア寮。
この生徒の部屋は、大抵脱いだ制服は床に転がっている。
それは今夜も同じだった。
本棚に片付ける気のないマンガは、積み重なったままタワーになっている。
平たくいうと、散らかった部屋だった。
部屋の主は仰向けでベッドに寝転がっていた。
右手に握るものを、ぼーっと見つめている。そのままコロンと左側に寝返りを打った。
彼が手にしているのは、怒った顔をしたウサギだった。


通信室。生徒が電話する場合に使う部屋だ。
アンリはプライベートブースに入った。完全防音の空間で、受話器を耳に当てる。
耳障りなしゃがれ声が聞こえてきた。
「よう、お姫様。起きてたか?」
電話の主は、アンリのビジネスパートナー、ディーノ・マンゾーニだった。
「何。この前ミーティングをしたばかりでしょう?」
マフィアは少し笑ったあと、こう切り出した。
「おめーのガッコに、マルセロ家のガキが居るだろ?」
アンリは心臓を掴まれたような衝撃を受けた。
だが、それと同時に、遂にばれたか、という想いもあった。
あの少年がシチリアマフィア、マルセロ家だと知った時から、
いつかこんな日が来るかもしれないと予測していたのかもしれない。
動揺が露ほども声に出ないように、努めて言った。
「知らないね」
マフィアは笑った。受話器越しだと解っているのに、
彼の吐息が直接耳にかかった気がして、アンリは眉間を歪ませた。
「つまんねえウソ吐くなって。俺、この目で見たんだぜ? マルセロの坊ちゃんを島でな。
お前と揃いの制服だったから、同じガッコに居るわけだろ?
緑の燕尾服なんて制服、このガッコしかないからなあ」
「なら、僕に確認を取る必要ないじゃない。何が言いたいの」
「ただの自慢話さ」
「自慢?」
「イイめっけもんだったぜ。焼け死んだ筈の坊ちゃんだからなあ。
まあ、坊ちゃんの死体は確実なものがなかったから、
どっかでまだ生きてんじゃないかって話もあったさ。
だが、まさかお前と同じガッコに居たとはなあ。イタリアを探しても居ないわけだぜ」
「探す? マルセロとマンゾーニは敵対していないでしょう?」
「バカかお前? 同業他社は少ないほうがイイに決まってんだろ。
マルセロ家は、シチリアマフィアの中でも、無駄に構成員が多いんだよ。
ゆくゆくは、そこのボスになんだろ、あの坊ちゃん。ククッ。笑いが止まらねえぜ」
「彼をどうする気?」
「さあて。使い道は幾らでもあるからなあ。
生け捕りにした仔ウサギを、マルセロの奴等に見せびらかせば、
マルセロ・ファミリーは俺達の操り人形になるかもな」
アンリの頭に、一枚のタロットカードが浮かぶ。
ナンバーは18。先程も脳裏によぎった『月』のカード。災厄の前兆とはこのことか。
「言っておくけれど、彼の身柄を狙おうとしたって無駄だよ。この島の警備が」
「ああ、優秀だよなあ、ここの警備は。俺様を何度も島に上陸させてくれてるんだから」
アンリは冷静さを失わないよう努めつつ、持てる頭脳で最良の案を探した。
「この学院は島に厄介事を輸入した生徒は退学になる校則でね。
君が彼に手出しして、もし、僕との関係がバレたら、
厄介事を島に持ち込んだ者、つまり僕の責任になるかもしれない。
そうなった場合、僕は君とのビジネスを続けられないな」
「同じガッコの生徒を守るってか。泣かせるねえ」
「僕の退学を免れる為だと言っているでしょう。ディーノ、何が狙いなの」
「おっと。そろそろハミガキの時間だ。もう眠らねえと。おやすみ、アモーレ」
「ふざけないで。僕は真面目に」
「話したいなら、夢の中まで追いかけて来いよ」
そこで電話は一方的に切られた。


アンリが寮に戻った時、ジョシュアと廊下で擦れ違った。
そのたった一瞬で彼はこう聞いてきた。
「どうしたんだい、アンリ」
「何が」
「電話、何か悪い知らせだったのかい?」
「どうして、そう思うの?」
「君と何年同じ寮で暮らしてると思ってるんだい?
アンリが言いたくないなら、これ以上聞かないよ。
だけど、もし俺で力になれることがあるなら」
「そうだね。今年度の君には特別な力がある」
「特別?」
「君はこの島のプライベートミリタリーとも連絡が取れる筈だよね、生徒代表殿?」
「え? うん。警備組織とはミーティングも多いけど」
「島の警備レベルを上げる権限は、君にもある?」


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