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■何でもない日(3) 続編
翌日、警備本部。
「警備強化? 生徒代表からですか?」
「ああ。ジョシュアが、匿名の生徒から頼まれたんだと」
「それも匿名とは……前代未聞ですね」
朝イチで生徒代表から、司令官であるアイヴィーの自宅へ電話があった。
昨夜、ある生徒から警備強化を頼まれました。
申し訳ありませんがお願いできないでしょうか、と。
この島の警備は、聖アルフォンソ学院直下の組織。
学院の王である生徒代表という立場を考えれば、
警備に対しても『お願い』ではなく、『命令』ができる身の上だ。
それを解っていて尚『お願いできないでしょうか』と言ってくるところは、
なんともジョシュアらしいと言えるが。
「ある生徒って誰だよ?」とアイヴィーも一応聞いてはみたが、
「名前は出さない約束をしたので……すみません」と謝られた。
その話を司令官から聞いた副司令官は、困惑を通り越し、若干の憤りを見せた。
「守って欲しいと要求しながら、ご自分の名前を知らせないとは。
一体どなたなんでしょうね、その非協力的なマージナルプリンスは。
私共はマージナルプリンスのみに仕える従者のつもりなんですが」
司令官は椅子に凭れて、天井を見上げる。
「さーて、どーしたもんかなー?」
「やはり、匿名希望様を特定するのが先決では?
ターゲットが解らなければ、こちらも対策の立てようがありません」
「対策だけなら立てられるさ」
「なんです?」
「とにかく、招かれざる客を島に入れなきゃイイ」
「簡単に言ってくれますね」
「で、お客さんがどこのどいつかは、捕まえてから聞きゃあいい。
俺達にはその手段がある、だろ?」
副司令官の脳裡に、白衣の教師が浮かぶ。あまり得意ではない男だ。
「それは、そうですが」
「ま、匿名希望の王子様が誰なのかも、予想くらいなら付くし」
「えっ? 司令には解るんですか?」
「なんとなくな。匿名にしなきゃならない理由がありそうなヤツで、
こんなふうにジョシュアを使えるのは、多分」
頭脳明晰で今年度の生徒代表と距離が近い人物。
該当する生徒が誰なのか、副司令官にも予想が付いた。
「もしそうなら、これはガチでヤバイかもなー」
そう言いながら、司令官は少し笑っていた。
「あいつは自前のボディガードを持ってるんだぜ?
なのに俺達に頼ってくるってことは、ボディガードを使えない理由があるってことだろ?」
そう、例えば。
「ボディガードが侵入者の場合、ですね?」
聖アルフォンソ島で平穏な日々が過ぎていく間に、
マフィアが巣くう島では日常が軋み出そうとしていた。
住宅街から外れた寂しい道路を赤いフェラーリが走っている。
運転手はダークグレイのスーツを着た男。
眼鏡を掛けており、温和そうな顔立ち。仕事帰りの会社員にも見えた。
後部座席に居る男は、白の派手なスーツ。一人で悠々と座っている。
黒くクセの強い長髪に、顎髭を蓄えたイタリアーノだ。
人相の悪さから言ってもカタギには見えない。
ホストかその筋の人間だろうと思わせるルックスだった。
見た目通り、彼はマフィア。マンゾーニ家次期ボス、ディーノ・マンゾーニである。
運転手はマンゾーニ家の舎弟、名はフィオラノという。
赤いフェラーリは、ある店の前で停まった。
イタリアの街角でよく見られる一軒家レストラン。
赤い屋根に白い壁。しかし、どちらのペンキも剥がれかけ、木の色が顔を出していた。
人相が悪いほうの男は、車の窓から店を見上げて、
「ここだな? あいつら御用達の店ってのは」
「ええ。看板があります。『リストランテ・フィガロ』、間違いありません」
「ボロっちい店」
「失礼ですよ、兄貴」
「いや、こういう店のほうがウマイもんがあんだよ。
見た目がボロいってことは、潰れずに長くやってる店だってことだろ?
ボロくて少しくらいきったねえ店はウマイんだ、ってパパも言ってたぞ?」
眼鏡の男は、なるほど、と苦笑した。
「あ、見て下さい。ドアにクローズのプレートも出ています」
「情報通りだな」
「ええ。集会中でしょう」
「いいか、フィオ。おめーは手を出すなよ」
「へい。向こうがディーノの兄貴に手出ししなけりゃ、ですが」
「俺が一発殴られるくらいならカッカすんな。今日は爆笑トークをしに来ただけなんだからな」
コメディアンですか、とツッコんだあとで、
「あの、兄貴。自分、ボスの前では言えなかったんですがね?」
「ん?」
「兄貴は本当にいいんですかい?」
「何でえ」
「兄貴が可愛がってる、伯爵家の姫さんのことですよ。
ファミリーの為とは言え、こんなこと……姫さんにバレたら、確実にご機嫌を損ねます。
今となっては、姫さんとのビジネスを切られるのは、結構な損害ですよ?」
「構やしねえよ。あいつはクソ生意気だからなあ。身の程ってヤツを教えてやんのさ。
それに、あいつのほうから俺達を切ることなんて、できるわけがねえ」
その逆はあっても、という意味だろう。
「ですね。余計なことを言って、すいやせん。じゃ、そろそろ行きやしょうか」
二人は車を降りた。
フィオラノがドアを開け、ディーノが店内に入っていく。
店の外観は年季が入っているものの内装は小綺麗だった。
奥のほうに男達が固まって座っているのが見えた。悪そうな奴がざっと十人。
普通の客が誤って入店したのなら、彼等の威圧感に負けて、逃げ出すような光景だ。
「お兄さん達、クローズの札が見えなかったのか?」
二人が店に入ると、ドアの近くに居た男にガンを飛ばされた。
「悪いが、今日は俺達の貸し切りなんだ」
見張り番らしきその男は、虫を払うように手で追いやる。
「さあ、帰った、帰った」
ディーノはフッと可笑しそうに笑った。見張り番が食ってかかる。
「な、なんだ、てめえ」
胸倉を掴もうとした時。
「およしなさい」
その手首を止めたのは、黒いマニキュアをした手だった。
ライトグレイのスーツを着た、20代後半にも見える若い男。
ディーノに対し威勢の良かった見張り番は、黒爪の男に止められて、途端に委縮した。
黒爪の男は手を離すと、ディーノに向き直った。
「大変失礼致しました」
丁寧に頭を下げた。
「彼はうちで一番若いマフィオーソ(構成員)で、教育が足りず、申し訳ありません。
彼に見張りを言い付けたのは僕です。お叱りは僕がお受けします。彼はどうかお許し下さい」
ディーノは許すとも許さないとも言わなかった。
「お前が、ここのアンダーボスか」
「はい」
アンダーボス同士が密談している間。
フィオラノは黒爪のアンダーボスを注意深く観察していた。
野蛮な質のディーノと比べてしまうせいかもしれないが、
ファミリーのNo.2にしては言葉遣いも振る舞いも丁寧過ぎて怖い程だ。
今も「お叱りは僕がお受けします」と下手に出てまで、
マフィオーソを守ろうとした時は、部外者のフィオラノでさえ、少し感動した。
恐ろしく柔軟で、したたかだ。ディーノとは全く違う種類のアンダーボスの格を感じた。
それにしても、十本の指に塗られている黒いマニキュアが目立つ。
彼の手にかかった者は、最期の瞬間にその黒を目に焼き付けて息絶えるのかもしれない。
「本当ですか?」
密談は核心に触れるところまで来たらしい。
「ああ、マジだぜ?」
流石に少し動揺したのか、黒爪の男は髪をいじり、落ち着かない仕草を見せた。
髪を梳く白い手を見ていたフィオラノが気付く。
親指と人差し指。その先端だけ黒いマニキュアが剥がれていた。
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翌日、警備本部。
「警備強化? 生徒代表からですか?」
「ああ。ジョシュアが、匿名の生徒から頼まれたんだと」
「それも匿名とは……前代未聞ですね」
朝イチで生徒代表から、司令官であるアイヴィーの自宅へ電話があった。
昨夜、ある生徒から警備強化を頼まれました。
申し訳ありませんがお願いできないでしょうか、と。
この島の警備は、聖アルフォンソ学院直下の組織。
学院の王である生徒代表という立場を考えれば、
警備に対しても『お願い』ではなく、『命令』ができる身の上だ。
それを解っていて尚『お願いできないでしょうか』と言ってくるところは、
なんともジョシュアらしいと言えるが。
「ある生徒って誰だよ?」とアイヴィーも一応聞いてはみたが、
「名前は出さない約束をしたので……すみません」と謝られた。
その話を司令官から聞いた副司令官は、困惑を通り越し、若干の憤りを見せた。
「守って欲しいと要求しながら、ご自分の名前を知らせないとは。
一体どなたなんでしょうね、その非協力的なマージナルプリンスは。
私共はマージナルプリンスのみに仕える従者のつもりなんですが」
司令官は椅子に凭れて、天井を見上げる。
「さーて、どーしたもんかなー?」
「やはり、匿名希望様を特定するのが先決では?
ターゲットが解らなければ、こちらも対策の立てようがありません」
「対策だけなら立てられるさ」
「なんです?」
「とにかく、招かれざる客を島に入れなきゃイイ」
「簡単に言ってくれますね」
「で、お客さんがどこのどいつかは、捕まえてから聞きゃあいい。
俺達にはその手段がある、だろ?」
副司令官の脳裡に、白衣の教師が浮かぶ。あまり得意ではない男だ。
「それは、そうですが」
「ま、匿名希望の王子様が誰なのかも、予想くらいなら付くし」
「えっ? 司令には解るんですか?」
「なんとなくな。匿名にしなきゃならない理由がありそうなヤツで、
こんなふうにジョシュアを使えるのは、多分」
頭脳明晰で今年度の生徒代表と距離が近い人物。
該当する生徒が誰なのか、副司令官にも予想が付いた。
「もしそうなら、これはガチでヤバイかもなー」
そう言いながら、司令官は少し笑っていた。
「あいつは自前のボディガードを持ってるんだぜ?
なのに俺達に頼ってくるってことは、ボディガードを使えない理由があるってことだろ?」
そう、例えば。
「ボディガードが侵入者の場合、ですね?」
聖アルフォンソ島で平穏な日々が過ぎていく間に、
マフィアが巣くう島では日常が軋み出そうとしていた。
住宅街から外れた寂しい道路を赤いフェラーリが走っている。
運転手はダークグレイのスーツを着た男。
眼鏡を掛けており、温和そうな顔立ち。仕事帰りの会社員にも見えた。
後部座席に居る男は、白の派手なスーツ。一人で悠々と座っている。
黒くクセの強い長髪に、顎髭を蓄えたイタリアーノだ。
人相の悪さから言ってもカタギには見えない。
ホストかその筋の人間だろうと思わせるルックスだった。
見た目通り、彼はマフィア。マンゾーニ家次期ボス、ディーノ・マンゾーニである。
運転手はマンゾーニ家の舎弟、名はフィオラノという。
赤いフェラーリは、ある店の前で停まった。
イタリアの街角でよく見られる一軒家レストラン。
赤い屋根に白い壁。しかし、どちらのペンキも剥がれかけ、木の色が顔を出していた。
人相が悪いほうの男は、車の窓から店を見上げて、
「ここだな? あいつら御用達の店ってのは」
「ええ。看板があります。『リストランテ・フィガロ』、間違いありません」
「ボロっちい店」
「失礼ですよ、兄貴」
「いや、こういう店のほうがウマイもんがあんだよ。
見た目がボロいってことは、潰れずに長くやってる店だってことだろ?
ボロくて少しくらいきったねえ店はウマイんだ、ってパパも言ってたぞ?」
眼鏡の男は、なるほど、と苦笑した。
「あ、見て下さい。ドアにクローズのプレートも出ています」
「情報通りだな」
「ええ。集会中でしょう」
「いいか、フィオ。おめーは手を出すなよ」
「へい。向こうがディーノの兄貴に手出ししなけりゃ、ですが」
「俺が一発殴られるくらいならカッカすんな。今日は爆笑トークをしに来ただけなんだからな」
コメディアンですか、とツッコんだあとで、
「あの、兄貴。自分、ボスの前では言えなかったんですがね?」
「ん?」
「兄貴は本当にいいんですかい?」
「何でえ」
「兄貴が可愛がってる、伯爵家の姫さんのことですよ。
ファミリーの為とは言え、こんなこと……姫さんにバレたら、確実にご機嫌を損ねます。
今となっては、姫さんとのビジネスを切られるのは、結構な損害ですよ?」
「構やしねえよ。あいつはクソ生意気だからなあ。身の程ってヤツを教えてやんのさ。
それに、あいつのほうから俺達を切ることなんて、できるわけがねえ」
その逆はあっても、という意味だろう。
「ですね。余計なことを言って、すいやせん。じゃ、そろそろ行きやしょうか」
二人は車を降りた。
フィオラノがドアを開け、ディーノが店内に入っていく。
店の外観は年季が入っているものの内装は小綺麗だった。
奥のほうに男達が固まって座っているのが見えた。悪そうな奴がざっと十人。
普通の客が誤って入店したのなら、彼等の威圧感に負けて、逃げ出すような光景だ。
「お兄さん達、クローズの札が見えなかったのか?」
二人が店に入ると、ドアの近くに居た男にガンを飛ばされた。
「悪いが、今日は俺達の貸し切りなんだ」
見張り番らしきその男は、虫を払うように手で追いやる。
「さあ、帰った、帰った」
ディーノはフッと可笑しそうに笑った。見張り番が食ってかかる。
「な、なんだ、てめえ」
胸倉を掴もうとした時。
「およしなさい」
その手首を止めたのは、黒いマニキュアをした手だった。
ライトグレイのスーツを着た、20代後半にも見える若い男。
ディーノに対し威勢の良かった見張り番は、黒爪の男に止められて、途端に委縮した。
黒爪の男は手を離すと、ディーノに向き直った。
「大変失礼致しました」
丁寧に頭を下げた。
「彼はうちで一番若いマフィオーソ(構成員)で、教育が足りず、申し訳ありません。
彼に見張りを言い付けたのは僕です。お叱りは僕がお受けします。彼はどうかお許し下さい」
ディーノは許すとも許さないとも言わなかった。
「お前が、ここのアンダーボスか」
「はい」
アンダーボス同士が密談している間。
フィオラノは黒爪のアンダーボスを注意深く観察していた。
野蛮な質のディーノと比べてしまうせいかもしれないが、
ファミリーのNo.2にしては言葉遣いも振る舞いも丁寧過ぎて怖い程だ。
今も「お叱りは僕がお受けします」と下手に出てまで、
マフィオーソを守ろうとした時は、部外者のフィオラノでさえ、少し感動した。
恐ろしく柔軟で、したたかだ。ディーノとは全く違う種類のアンダーボスの格を感じた。
それにしても、十本の指に塗られている黒いマニキュアが目立つ。
彼の手にかかった者は、最期の瞬間にその黒を目に焼き付けて息絶えるのかもしれない。
「本当ですか?」
密談は核心に触れるところまで来たらしい。
「ああ、マジだぜ?」
流石に少し動揺したのか、黒爪の男は髪をいじり、落ち着かない仕草を見せた。
髪を梳く白い手を見ていたフィオラノが気付く。
親指と人差し指。その先端だけ黒いマニキュアが剥がれていた。
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