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■何でもない日(4) 続編
警備本部。司令室は『追憶の塔』の最上階にある。
現在の司令官であるアイヴィーは、部屋の角に佇んで窓から夜の海を眺めていた。
丁度この位置。壁に凭れて、窓を斜めから見下ろすと、視界に入るのは暗い海だけ。
夜色の窓は、鏡のように、その正面に居る人物を映した。
首許まできっちりネクタイを締めている男。副司令官のクロイツだ。
「警備強化を始めて、本日で一週間になります」
クロイツは、司令官が席に着いていない机の前で律儀に立っている。
「司令の指示通り、監視エリアを拡張し、今まで不備のあった箇所は改善しました」
改善箇所は、以前、マンゾーニが警備網の縄抜けをした部分が主だった。
今まで監視装置を置いてなかった場所へ、新たにカメラやトラップを仕掛けている。
悔しいが、マンゾーニに指摘された監視の穴を補強した形だ。
「今のところ、警備網にかかった者はありません」
司令官は黒い窓越しにちらりと副司令官を見る。
クロイツは今日も背筋がすっと伸びている。
アイヴィーの経験則上、ただ立っているだけでカッコイイ奴は、中身もカッコイイ。
中には、背中に鉄の棒が入っているのではないか、と思うくらい直立不動な奴も居る。
だが、それは、まだ肩の力が抜けていない証拠で、軍に入って間もない新人に多い例だ。
クロイツのように、凛と筋が通っていて、かつ、しなやかなラインを持っている奴が本物。
男に対して、綺麗とか美しいなんて言葉を使うのはヘンかもしれないが、
演習や儀式でない、『普段』の立ち姿が美しい軍人は、総じて優秀で、戦闘力も高い。
「問題は、いつまで警備強化を維持するか、ですが」
「ですよねー。ま、今夜はデッドプリンスのライブもあるし、動きがないほうが嬉しいけど」
司令官と副司令官は、今後の方針を決め兼ねていた。
生徒代表たっての『お願い』により、臨時警備強化期間を設けたが、現状、動きはない。
「焦らしプレイってイヤだよねー。来るなら来るで早くしてーってかんじ?」
「司令。島に攻めてくるのが、マンゾーニならば、既に島内に侵入している可能性もあるのでは?」
「ちょ、監視してるじゃん、ずっと」
「ええ。けれど、マンゾーニは何度も司令の警備網を突破していますから」
「そ、そーだけど」
警報が鳴った。司令官は頭を掻く。
「今夜はライブだってのに。ったく、空気の読めねえお客さん達だな」
「空気とやらを読める人間ならば、そもそも島に侵入しませんよ」
二人は中央作戦室へ向かった。
壁にかけられた大きな液晶画面に島の全体図が表示されている。
その隅で赤い丸が点滅していた。侵入者だ。
司令、副司令の姿を見て、オペレータが報告する。
「侵入者あり、F6エリアです!」
その場所は、今回、監視を拡張したエリアだった。司令官はモニタを見上げて、
「ひっかかったのか? 警備強化しといてマジ正解じゃねえかよ」
副司令官は素早く席に着き、キーボードを打ちながら、
「そうですね。匿名希望様はこうなることが解っていたんでしょうから」
夕食後のシュヌーシア寮サロン。
寮生達はテレビを見たり、カードゲームをして遊んでいる。
隅のテーブルでは、中等部三年コンビが宿題中。
数学が苦手なレオンが、ラビに教わっているところだ。
「それで、X=2。どう、レオン、解った?」
「もー、ムリ!」
ペンを投げ出した。
「てゆうか、こんな数式覚えて、なんかイミあんのかよ!?」
勉強に飽きた時、レオンがよく言う文句だ。
「じゃあ、10分だけ休憩する?」
「する!」
ラビは笑っていた。サロンにバトラーがやってきた。
丁度良い、コーラを頼もう。レオンはバトラーをこちらへ呼ぼうとした。
すると、バトラーのほうから、二人の傍へ来た。彼はテーブルに広げられている問題集を見て、
「お勉強中失礼致します」
バトラーはこう言った。
「ラビット様、お電話でございます」
「え、僕?」
「はい」
「電話なんて誰からだろ。あ、レオン、ごめん。僕、ちょっと行ってくるね」
「おう」
「10分休憩したら、このページは一人でやってみてね。あとで一緒に答え合わせしよ?」
「俺一人じゃムリだってー、マジでー」
「すぐに戻ってくるね」
パタパタとした足音でラビがサロンを出て行った。
それから10分が過ぎた。しかし、レオンは宿題を再開していなかった。
問題集のページをイヤそうに見ているだけで、コーラをちびちび飲んでいた。
「おっ。数学やってんのか、レオン」
後ろからシルフェに覗き込まれた。二冊並んでいる問題集と空席を見て、
「ラビと二人でやってたのか? ラビはどうした?」
「電話だってー」
「電話……」
「シルフェ、ラビに用事?」
「いや」
「ん?」
レオンに不思議そうな顔を向けられて、シルフェは笑顔を作る。
「ラビが戻るまで、俺が教えてやろうかと思ってさ?」
レオンは即答する。
「やだ」
「遠慮すんなよ。可愛い後輩の為なら、俺は喜んで手取り足取り教えてやるぜ?」
「お前、どーせ俺のジャマする気だろ?」
「信用ないなー。おにーさん、ショック」
「じゃー、俺が計算問題やってた時に、ゼロを勝手に書き加えたのはどこのどいつだ!?」
静かにドアが開く。俯いたラビが立っていた。
「あ、待ってたぜ、ラビ。この辺の問題なんだけど、やっぱ訳わかんなくてさー」
「……ごめん、レオン。僕、宿題、できなくなっちゃった」
「ちょ、お前、どうした? なんで泣いてんだよ?」
ラビの大きな瞳には、涙が溜まっていた。袖口で拭った目許が赤くなっている。
「電話か? なんて言われたんだよ?」
「ママが……ママが……」
レオンが顔をしかめる。
二代前の生徒代表から、レオンは秘密裏に聞かされていた。
ラビの両親が共に火事で亡くなっていることを。
「お前の母親が、どうしたって言うんだよ?」
「ママが僕に会いたい、って言ってるんだって」
「……誰がそんなこと」
「叔父さんの部下だっていう人。今、島まで迎えに来てるから、すぐ来てって」
「センス無さ過ぎだろ、その口説き文句」
シルフェがラビの傍へ行く。
「それじゃあ、まるで『君のパパが急病だから、今すぐ病院に行こう』とか言って、
子供を車に乗せるのとおんなじだ。解るだろ、ラビ?」
「じゃあウソってこと? ママが僕に会いたいって言ってるのに、シルフェはウソだって言うの?」
「ウソじゃない、って言えるなら、言ってやりたいけど。
このタイミングで、そんな電話が来るなんて、どう考えても」
「タイミングって何? シルフェの言ってることわかんない。僕、早く行かなきゃっ」
「落ち着け、ラビ。どうしても行くって言うんなら、俺も一緒に行ってやるから。
けど、その前に島の警備会社に連絡して、警備員にも何人か付いて来て貰う」
「ダメだよ! 僕一人で来てって言われた!」
「なら、ますます行かせられねえよ」
「離してよ、シルフェ!」
パン、と音がした。ラビの右頬を叩いたのは、レオンだった。
ラビの両肩を掴む。
「バカ! 行くんじゃねえよ! お前の母親は……」
「痛いよ、レオン、離してっ」
振り切ろうとする両肩を強く掴んで、レオンは言った。
「お前の母親は、火事で死んだんだろ!?」
周りの寮生達がざわつく。ラビの両親が既に他界していること、
その事実はレオン以外の生徒には初耳だ。ラビは手の甲で涙を拭いながら、
「だって……だって、ママが生きてたって、電話の人が言って」
「んなわけねえだろ、バカ! ダマされてんじゃねえ!」
ラビは泣きじゃくりながら床にしゃがみこんだ。レオンは更に叫ぶ。
「お前はバカかよ! んなくだらねえウソにダマされて、
そのあと、お前がどうなるかも解んねえのか!?」
レオンの右肩にシルフェが手を置く。
「よせ、レオン。もういい」
執事に指示を出した。
「バトラー、警備に緊急通報。侵入者が来てる。狙いはラビだ」
警備本部。
オペレータが声を上げる。
「司令、シュヌーシア寮のバトラーから通報がありました」
その報告を聞いた司令官は、「えっ?」と聞き返した。
「侵入者は解ってるけど、狙いがラビットだって? アンリじゃないのかよ?」
「ええ。ラビット様に今すぐ学院を出るようにと不審な電話があったそうです」
「そりゃマズイな」
「その電話が発信された位置が特定できました。モニタに映します」
「F6エリア内か。警備網にひっかかった奴と同一人物かお仲間だろうな。
よし。チームA、チームBはF6エリアへ、チームCは学院周辺へ急行!」
車で移動中、アイヴィーはシルヴァンの携帯に電話した。
「はーい。シルヴァンでーす」
声の後ろから、かすかに歌声が聞こえてくる。
おそらくデッド・プリンスのボーカルのものだろう。ライブ直前のリハーサル中らしい。
「練習中か?」
「あ、聞こえます? 今日のレッド、絶好調ですよ」
「悪ぃ、今夜のライブ、行けないわ」
「お仕事、ですか?」
「ああ、まあな」
「解りました。レッド達には僕から伝えておきますね」
「そーしてくれると助かるわ、じゃあな」
「あ、アイヴィー!」
「ん?」
「お詫びは、貴方の手作りピザで良いですよ?
ちなみに僕は、モッツァレラチーズとトマトたっぷりのマルゲリータが好きです」
「わーったよ。マルゲリータでもカルボナーラでも作ってやる」
「楽しみにしています。お気を付けて」
「あいよ」
アイヴィーは携帯電話を閉じる。パチンと小気味の良い音が鳴った。
入学当時、アイヴィーの自宅に何度も無断外泊しに来た問題児。
そんな不良王子と交わした、とるに足らない約束で、自分でも不思議な程、気合いが入った。
俺は今度あいつらの為にピザを作らなきゃいけない。その為には――
「侵入者を肉眼で確認しました。数十名程だと思われます」
「了解。じゃー、行きますかっ」
シュヌーシア寮。
ラビがすすり泣く声がサロンに響いている。先程よりは少し落ち着いたものの、まだ涙が止まらない。
床にへたり込んだまま、しゃくりあげている。シルフェは吐き捨てた。
「死んだ母親を餌に、ラビをおびき出そうとするなんて、最低だな」
他の寮生達は、ラビが泣き止まないことと、侵入者情報を聞いたことで、おろおろしてしまっている。
シュヌーシアは、心身共に繊細な生徒が少なくない。
中には涙ぐんでいる生徒も居て、混沌とした状況だった。
そろそろ就寝時間だが、誰も自室に戻ろうせず、このままでは眠れそうになかった。
サロンのドアが開いた。
「失礼致します」
バトラーと一緒にふわっと甘い香りが入ってきた。
「お休み前のお飲み物に『青い月』をお持ち致しました。どうぞお召し上がり下さいませ」
バトラーは生徒一人一人にホットミルクを手渡して回った。
不安がっている少年達には、優しく言葉を掛けていた。
「大丈夫ですよ、この島の警備が皆様を必ずお守り致します」
「ほんと? ほんとに大丈夫?」
「はい。私がシュヌーシアにお仕えしてから、
侵入者によって負傷された生徒様は、お一人もいらっしゃいません」
「え、そうなの?」
「はい。これを飲み終わる頃には、きっと解決していますよ、さあ、どうぞ」
「そっかな。ありがと、バトラー」
バトラーはレオンとラビの前にもやってきた。
「お二人の分も、こちらに置いておきます。よろしければどうぞ」
「ああ。おい、ラビ。バトラーがお前の好きなホットミルク持ってきてくれたぞ。いい加減……」
泣き止めよ、と言おうとした。
ラビの異変にレオンが気が付くのと同時に、バトラーも察した。
呼吸の間隔が速く、まるで肩で息をしているかのように、肩を上下させていた。
「ラビット様、これは喘息の発作では」
「苦しいのか、ラビ」
かろうじて頷いた。ヒュー、ヒューという声にならない音が聞こえた。
「俺、博士、呼んでくる」
「待て」
シルフェはレオンを止めた。
「保健室には俺が行く。俺のほうが足速いからな。お前はラビの傍に居ろ」
ポンとレオンの頭に手を置く。
「発作の応急処置、覚えてるか? ソファに座らせて、背中さすってやるんだぞ?」
「解ってる!」
レオンの返事を聞き、シルフェはサロンを出た。
保健室まで走る。その表情には悔しさが滲んでいた。
「クソッ。喘息持ちだって、解ってたのに」
急激な感情の変化は発作を起こす可能性がある。
それを知っていたのに、ラビを興奮させ過ぎてしまった。
夜風を切って、シルフェは走った。
旧市街。
練習スタジオの外からシルヴァンが戻ってきた。
「今日のライブ、来れないそうです。急なお仕事が入ったそうで」
アイヴィーからの伝言を伝えると、ハルヤとレッドはそれぞれのリアクションを見せた。
「そっか……仕方ないよね」
「えー。今日は、俺サマの新曲、初披露する予定だったのによー」
「ホント、残念ですね。でも、お詫びに、
今度は手作りピザを食べさせてくれるように頼んでおきました」
「よし! 許す!」
「はやっ。でも、俺もそれなら許しちゃうな。アイヴィーの作った料理、大好きだから」
ウーティス寮、アンリの自室。
電気は付いていない。月光だけが差し込む暗い部屋で、
アンリは一人、タロットに触れていた。
机上にカードを散らして、撫でるように軽くシャッフルする。
それが終わったら、カードを一つの束にする。
22枚の束。最上の一枚を手に取って、裏に返す。
二匹の犬と一匹のザリガニが、空を見つめている。
空に浮かんでいるのは人面の球体。カードナンバーは18だ。
また『月』のカードだった。
先日、ディーノから電話が掛かってくる前に、頭に浮かんできたカードもこれだった。
しかし、あの時とひとつだけ違うことがある。今度は正位置ではなく、逆位置だ。
『月』のカードは、逆位置のほうが良い意味になる。
危機からの脱出、母親の思い出、最愛の人、真実に出会う。
アンリは、少し気が楽になっていくのを感じた。
同時に、それまで身体が強張っていたことにも気付かされた。
たった一枚のカードを引いただけ。自分でも可笑しいと思うけれど、
大丈夫だと言われたような気がしたのだ、伯爵に。
「アンリ」
ノックもなしにドアが開けられた。
振り向くと、そこに居たのは、深紅の瞳を持つ友人だった。
走ってきたのか、珍しく息を切らせていた彼は、笑顔を見せてこう言った。
「アンリ、安心して。今、侵入者を捕まえたって連絡があったよ」
警備本部。
捕らえた侵入者様ご一行が運ばれた。
司令官のアイヴィーが、副司令官のクロイツの側に行く。
「で、今日のお客さんは何人だったー?」
「30名様ですね」
「大繁盛じゃん。マンゾーニって、意外と構成員多かったんだな」
「しかし、30名の中に、ディーノ・マンゾーニの姿はありませんよ?」
「みたいだな。下っ端だけ送り込んで来たのかね?
ったく、自分はおうちでシチリアビールでも飲んでやがんのか? で、ソクちゃんと連絡は取れた?」
「はい。今日は伺えない、とのことでした」
「ウソ!? なんで!?」
「生徒のラビット様が喘息の発作を起こされたそうで、
今夜は学院を離れられないと。明日は来て頂ける予定です」
同じ頃、聖アルフォンソ島のある場所で、携帯電話を耳に当てている眼鏡の男が居た。
上は白のラフなシャツ。首許のボタンは三つ開けている。
長い呼び出し音を待つ間、エスプレッソを一口流し込んだ。
相手が電話に出ると、眼鏡の男は言った。
「フィオラノです。今、いいですか?」
「おう。どうよ、そっちは?」
「手筈通りです。連中は島の警備に捕獲されました」
フッと笑った吐息が聞こえる。
「上等」
「兄貴のほうはどうなりました?」
「聞くまでもねえだろ?」
「ですね。失礼しやした」
夜風に髪を煽られる。仄かに潮の香りがする。シチリアの潮風とは香りが少し違う気がした。
「ああ、こちらは以前来た時より、強固な監視セキュリティが敷かれていましたよ?
これも兄貴の教育のおかげでしょう」
「なら、おめーの出番はなかったんだな?」
「ええ。自分が手を貸さなくても、ちゃあんと捕まえてくれましたよ。優秀ですね」
「そいつは、ヒマな役を振っちまって悪かったな、フィオ」
「いえいえ。全て我々のシナリオ通りにいったんですから、何よりです」
「あとは、おめーが帰ってくるだけだな。最後におめーまで、とっ捕まるなんてオチはいらねえぞ?」
「はい。自分も早くシチリアに帰りたいです。エスプレッソがどうも口に合わなくて」
「フィオ、今、島のどの辺りに居んだ?」
「兄貴オススメのオープンカフェでお茶してますよ。
ここは監視カメラもないですし、本当に美味しいですね、ここのパニーニ」
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警備本部。司令室は『追憶の塔』の最上階にある。
現在の司令官であるアイヴィーは、部屋の角に佇んで窓から夜の海を眺めていた。
丁度この位置。壁に凭れて、窓を斜めから見下ろすと、視界に入るのは暗い海だけ。
夜色の窓は、鏡のように、その正面に居る人物を映した。
首許まできっちりネクタイを締めている男。副司令官のクロイツだ。
「警備強化を始めて、本日で一週間になります」
クロイツは、司令官が席に着いていない机の前で律儀に立っている。
「司令の指示通り、監視エリアを拡張し、今まで不備のあった箇所は改善しました」
改善箇所は、以前、マンゾーニが警備網の縄抜けをした部分が主だった。
今まで監視装置を置いてなかった場所へ、新たにカメラやトラップを仕掛けている。
悔しいが、マンゾーニに指摘された監視の穴を補強した形だ。
「今のところ、警備網にかかった者はありません」
司令官は黒い窓越しにちらりと副司令官を見る。
クロイツは今日も背筋がすっと伸びている。
アイヴィーの経験則上、ただ立っているだけでカッコイイ奴は、中身もカッコイイ。
中には、背中に鉄の棒が入っているのではないか、と思うくらい直立不動な奴も居る。
だが、それは、まだ肩の力が抜けていない証拠で、軍に入って間もない新人に多い例だ。
クロイツのように、凛と筋が通っていて、かつ、しなやかなラインを持っている奴が本物。
男に対して、綺麗とか美しいなんて言葉を使うのはヘンかもしれないが、
演習や儀式でない、『普段』の立ち姿が美しい軍人は、総じて優秀で、戦闘力も高い。
「問題は、いつまで警備強化を維持するか、ですが」
「ですよねー。ま、今夜はデッドプリンスのライブもあるし、動きがないほうが嬉しいけど」
司令官と副司令官は、今後の方針を決め兼ねていた。
生徒代表たっての『お願い』により、臨時警備強化期間を設けたが、現状、動きはない。
「焦らしプレイってイヤだよねー。来るなら来るで早くしてーってかんじ?」
「司令。島に攻めてくるのが、マンゾーニならば、既に島内に侵入している可能性もあるのでは?」
「ちょ、監視してるじゃん、ずっと」
「ええ。けれど、マンゾーニは何度も司令の警備網を突破していますから」
「そ、そーだけど」
警報が鳴った。司令官は頭を掻く。
「今夜はライブだってのに。ったく、空気の読めねえお客さん達だな」
「空気とやらを読める人間ならば、そもそも島に侵入しませんよ」
二人は中央作戦室へ向かった。
壁にかけられた大きな液晶画面に島の全体図が表示されている。
その隅で赤い丸が点滅していた。侵入者だ。
司令、副司令の姿を見て、オペレータが報告する。
「侵入者あり、F6エリアです!」
その場所は、今回、監視を拡張したエリアだった。司令官はモニタを見上げて、
「ひっかかったのか? 警備強化しといてマジ正解じゃねえかよ」
副司令官は素早く席に着き、キーボードを打ちながら、
「そうですね。匿名希望様はこうなることが解っていたんでしょうから」
夕食後のシュヌーシア寮サロン。
寮生達はテレビを見たり、カードゲームをして遊んでいる。
隅のテーブルでは、中等部三年コンビが宿題中。
数学が苦手なレオンが、ラビに教わっているところだ。
「それで、X=2。どう、レオン、解った?」
「もー、ムリ!」
ペンを投げ出した。
「てゆうか、こんな数式覚えて、なんかイミあんのかよ!?」
勉強に飽きた時、レオンがよく言う文句だ。
「じゃあ、10分だけ休憩する?」
「する!」
ラビは笑っていた。サロンにバトラーがやってきた。
丁度良い、コーラを頼もう。レオンはバトラーをこちらへ呼ぼうとした。
すると、バトラーのほうから、二人の傍へ来た。彼はテーブルに広げられている問題集を見て、
「お勉強中失礼致します」
バトラーはこう言った。
「ラビット様、お電話でございます」
「え、僕?」
「はい」
「電話なんて誰からだろ。あ、レオン、ごめん。僕、ちょっと行ってくるね」
「おう」
「10分休憩したら、このページは一人でやってみてね。あとで一緒に答え合わせしよ?」
「俺一人じゃムリだってー、マジでー」
「すぐに戻ってくるね」
パタパタとした足音でラビがサロンを出て行った。
それから10分が過ぎた。しかし、レオンは宿題を再開していなかった。
問題集のページをイヤそうに見ているだけで、コーラをちびちび飲んでいた。
「おっ。数学やってんのか、レオン」
後ろからシルフェに覗き込まれた。二冊並んでいる問題集と空席を見て、
「ラビと二人でやってたのか? ラビはどうした?」
「電話だってー」
「電話……」
「シルフェ、ラビに用事?」
「いや」
「ん?」
レオンに不思議そうな顔を向けられて、シルフェは笑顔を作る。
「ラビが戻るまで、俺が教えてやろうかと思ってさ?」
レオンは即答する。
「やだ」
「遠慮すんなよ。可愛い後輩の為なら、俺は喜んで手取り足取り教えてやるぜ?」
「お前、どーせ俺のジャマする気だろ?」
「信用ないなー。おにーさん、ショック」
「じゃー、俺が計算問題やってた時に、ゼロを勝手に書き加えたのはどこのどいつだ!?」
静かにドアが開く。俯いたラビが立っていた。
「あ、待ってたぜ、ラビ。この辺の問題なんだけど、やっぱ訳わかんなくてさー」
「……ごめん、レオン。僕、宿題、できなくなっちゃった」
「ちょ、お前、どうした? なんで泣いてんだよ?」
ラビの大きな瞳には、涙が溜まっていた。袖口で拭った目許が赤くなっている。
「電話か? なんて言われたんだよ?」
「ママが……ママが……」
レオンが顔をしかめる。
二代前の生徒代表から、レオンは秘密裏に聞かされていた。
ラビの両親が共に火事で亡くなっていることを。
「お前の母親が、どうしたって言うんだよ?」
「ママが僕に会いたい、って言ってるんだって」
「……誰がそんなこと」
「叔父さんの部下だっていう人。今、島まで迎えに来てるから、すぐ来てって」
「センス無さ過ぎだろ、その口説き文句」
シルフェがラビの傍へ行く。
「それじゃあ、まるで『君のパパが急病だから、今すぐ病院に行こう』とか言って、
子供を車に乗せるのとおんなじだ。解るだろ、ラビ?」
「じゃあウソってこと? ママが僕に会いたいって言ってるのに、シルフェはウソだって言うの?」
「ウソじゃない、って言えるなら、言ってやりたいけど。
このタイミングで、そんな電話が来るなんて、どう考えても」
「タイミングって何? シルフェの言ってることわかんない。僕、早く行かなきゃっ」
「落ち着け、ラビ。どうしても行くって言うんなら、俺も一緒に行ってやるから。
けど、その前に島の警備会社に連絡して、警備員にも何人か付いて来て貰う」
「ダメだよ! 僕一人で来てって言われた!」
「なら、ますます行かせられねえよ」
「離してよ、シルフェ!」
パン、と音がした。ラビの右頬を叩いたのは、レオンだった。
ラビの両肩を掴む。
「バカ! 行くんじゃねえよ! お前の母親は……」
「痛いよ、レオン、離してっ」
振り切ろうとする両肩を強く掴んで、レオンは言った。
「お前の母親は、火事で死んだんだろ!?」
周りの寮生達がざわつく。ラビの両親が既に他界していること、
その事実はレオン以外の生徒には初耳だ。ラビは手の甲で涙を拭いながら、
「だって……だって、ママが生きてたって、電話の人が言って」
「んなわけねえだろ、バカ! ダマされてんじゃねえ!」
ラビは泣きじゃくりながら床にしゃがみこんだ。レオンは更に叫ぶ。
「お前はバカかよ! んなくだらねえウソにダマされて、
そのあと、お前がどうなるかも解んねえのか!?」
レオンの右肩にシルフェが手を置く。
「よせ、レオン。もういい」
執事に指示を出した。
「バトラー、警備に緊急通報。侵入者が来てる。狙いはラビだ」
警備本部。
オペレータが声を上げる。
「司令、シュヌーシア寮のバトラーから通報がありました」
その報告を聞いた司令官は、「えっ?」と聞き返した。
「侵入者は解ってるけど、狙いがラビットだって? アンリじゃないのかよ?」
「ええ。ラビット様に今すぐ学院を出るようにと不審な電話があったそうです」
「そりゃマズイな」
「その電話が発信された位置が特定できました。モニタに映します」
「F6エリア内か。警備網にひっかかった奴と同一人物かお仲間だろうな。
よし。チームA、チームBはF6エリアへ、チームCは学院周辺へ急行!」
車で移動中、アイヴィーはシルヴァンの携帯に電話した。
「はーい。シルヴァンでーす」
声の後ろから、かすかに歌声が聞こえてくる。
おそらくデッド・プリンスのボーカルのものだろう。ライブ直前のリハーサル中らしい。
「練習中か?」
「あ、聞こえます? 今日のレッド、絶好調ですよ」
「悪ぃ、今夜のライブ、行けないわ」
「お仕事、ですか?」
「ああ、まあな」
「解りました。レッド達には僕から伝えておきますね」
「そーしてくれると助かるわ、じゃあな」
「あ、アイヴィー!」
「ん?」
「お詫びは、貴方の手作りピザで良いですよ?
ちなみに僕は、モッツァレラチーズとトマトたっぷりのマルゲリータが好きです」
「わーったよ。マルゲリータでもカルボナーラでも作ってやる」
「楽しみにしています。お気を付けて」
「あいよ」
アイヴィーは携帯電話を閉じる。パチンと小気味の良い音が鳴った。
入学当時、アイヴィーの自宅に何度も無断外泊しに来た問題児。
そんな不良王子と交わした、とるに足らない約束で、自分でも不思議な程、気合いが入った。
俺は今度あいつらの為にピザを作らなきゃいけない。その為には――
「侵入者を肉眼で確認しました。数十名程だと思われます」
「了解。じゃー、行きますかっ」
シュヌーシア寮。
ラビがすすり泣く声がサロンに響いている。先程よりは少し落ち着いたものの、まだ涙が止まらない。
床にへたり込んだまま、しゃくりあげている。シルフェは吐き捨てた。
「死んだ母親を餌に、ラビをおびき出そうとするなんて、最低だな」
他の寮生達は、ラビが泣き止まないことと、侵入者情報を聞いたことで、おろおろしてしまっている。
シュヌーシアは、心身共に繊細な生徒が少なくない。
中には涙ぐんでいる生徒も居て、混沌とした状況だった。
そろそろ就寝時間だが、誰も自室に戻ろうせず、このままでは眠れそうになかった。
サロンのドアが開いた。
「失礼致します」
バトラーと一緒にふわっと甘い香りが入ってきた。
「お休み前のお飲み物に『青い月』をお持ち致しました。どうぞお召し上がり下さいませ」
バトラーは生徒一人一人にホットミルクを手渡して回った。
不安がっている少年達には、優しく言葉を掛けていた。
「大丈夫ですよ、この島の警備が皆様を必ずお守り致します」
「ほんと? ほんとに大丈夫?」
「はい。私がシュヌーシアにお仕えしてから、
侵入者によって負傷された生徒様は、お一人もいらっしゃいません」
「え、そうなの?」
「はい。これを飲み終わる頃には、きっと解決していますよ、さあ、どうぞ」
「そっかな。ありがと、バトラー」
バトラーはレオンとラビの前にもやってきた。
「お二人の分も、こちらに置いておきます。よろしければどうぞ」
「ああ。おい、ラビ。バトラーがお前の好きなホットミルク持ってきてくれたぞ。いい加減……」
泣き止めよ、と言おうとした。
ラビの異変にレオンが気が付くのと同時に、バトラーも察した。
呼吸の間隔が速く、まるで肩で息をしているかのように、肩を上下させていた。
「ラビット様、これは喘息の発作では」
「苦しいのか、ラビ」
かろうじて頷いた。ヒュー、ヒューという声にならない音が聞こえた。
「俺、博士、呼んでくる」
「待て」
シルフェはレオンを止めた。
「保健室には俺が行く。俺のほうが足速いからな。お前はラビの傍に居ろ」
ポンとレオンの頭に手を置く。
「発作の応急処置、覚えてるか? ソファに座らせて、背中さすってやるんだぞ?」
「解ってる!」
レオンの返事を聞き、シルフェはサロンを出た。
保健室まで走る。その表情には悔しさが滲んでいた。
「クソッ。喘息持ちだって、解ってたのに」
急激な感情の変化は発作を起こす可能性がある。
それを知っていたのに、ラビを興奮させ過ぎてしまった。
夜風を切って、シルフェは走った。
旧市街。
練習スタジオの外からシルヴァンが戻ってきた。
「今日のライブ、来れないそうです。急なお仕事が入ったそうで」
アイヴィーからの伝言を伝えると、ハルヤとレッドはそれぞれのリアクションを見せた。
「そっか……仕方ないよね」
「えー。今日は、俺サマの新曲、初披露する予定だったのによー」
「ホント、残念ですね。でも、お詫びに、
今度は手作りピザを食べさせてくれるように頼んでおきました」
「よし! 許す!」
「はやっ。でも、俺もそれなら許しちゃうな。アイヴィーの作った料理、大好きだから」
ウーティス寮、アンリの自室。
電気は付いていない。月光だけが差し込む暗い部屋で、
アンリは一人、タロットに触れていた。
机上にカードを散らして、撫でるように軽くシャッフルする。
それが終わったら、カードを一つの束にする。
22枚の束。最上の一枚を手に取って、裏に返す。
二匹の犬と一匹のザリガニが、空を見つめている。
空に浮かんでいるのは人面の球体。カードナンバーは18だ。
また『月』のカードだった。
先日、ディーノから電話が掛かってくる前に、頭に浮かんできたカードもこれだった。
しかし、あの時とひとつだけ違うことがある。今度は正位置ではなく、逆位置だ。
『月』のカードは、逆位置のほうが良い意味になる。
危機からの脱出、母親の思い出、最愛の人、真実に出会う。
アンリは、少し気が楽になっていくのを感じた。
同時に、それまで身体が強張っていたことにも気付かされた。
たった一枚のカードを引いただけ。自分でも可笑しいと思うけれど、
大丈夫だと言われたような気がしたのだ、伯爵に。
「アンリ」
ノックもなしにドアが開けられた。
振り向くと、そこに居たのは、深紅の瞳を持つ友人だった。
走ってきたのか、珍しく息を切らせていた彼は、笑顔を見せてこう言った。
「アンリ、安心して。今、侵入者を捕まえたって連絡があったよ」
警備本部。
捕らえた侵入者様ご一行が運ばれた。
司令官のアイヴィーが、副司令官のクロイツの側に行く。
「で、今日のお客さんは何人だったー?」
「30名様ですね」
「大繁盛じゃん。マンゾーニって、意外と構成員多かったんだな」
「しかし、30名の中に、ディーノ・マンゾーニの姿はありませんよ?」
「みたいだな。下っ端だけ送り込んで来たのかね?
ったく、自分はおうちでシチリアビールでも飲んでやがんのか? で、ソクちゃんと連絡は取れた?」
「はい。今日は伺えない、とのことでした」
「ウソ!? なんで!?」
「生徒のラビット様が喘息の発作を起こされたそうで、
今夜は学院を離れられないと。明日は来て頂ける予定です」
同じ頃、聖アルフォンソ島のある場所で、携帯電話を耳に当てている眼鏡の男が居た。
上は白のラフなシャツ。首許のボタンは三つ開けている。
長い呼び出し音を待つ間、エスプレッソを一口流し込んだ。
相手が電話に出ると、眼鏡の男は言った。
「フィオラノです。今、いいですか?」
「おう。どうよ、そっちは?」
「手筈通りです。連中は島の警備に捕獲されました」
フッと笑った吐息が聞こえる。
「上等」
「兄貴のほうはどうなりました?」
「聞くまでもねえだろ?」
「ですね。失礼しやした」
夜風に髪を煽られる。仄かに潮の香りがする。シチリアの潮風とは香りが少し違う気がした。
「ああ、こちらは以前来た時より、強固な監視セキュリティが敷かれていましたよ?
これも兄貴の教育のおかげでしょう」
「なら、おめーの出番はなかったんだな?」
「ええ。自分が手を貸さなくても、ちゃあんと捕まえてくれましたよ。優秀ですね」
「そいつは、ヒマな役を振っちまって悪かったな、フィオ」
「いえいえ。全て我々のシナリオ通りにいったんですから、何よりです」
「あとは、おめーが帰ってくるだけだな。最後におめーまで、とっ捕まるなんてオチはいらねえぞ?」
「はい。自分も早くシチリアに帰りたいです。エスプレッソがどうも口に合わなくて」
「フィオ、今、島のどの辺りに居んだ?」
「兄貴オススメのオープンカフェでお茶してますよ。
ここは監視カメラもないですし、本当に美味しいですね、ここのパニーニ」
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