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Marginal Prince Short Story
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■ウーティス寮
シルヴァンとハルヤは、アイヴィーの自宅に遊びに来ていた。
アイヴィーが作ったパスタを平らげたあと、グリーンティで一息入れていた時のことだ。
「DJジョージのハッピー☆ラッキー☆ナイト!
今日もゴキゲンなミュージックをお送りしてるYO!」
BGM代わりに流していたFMラジオ。今、放送されているのは、
この島で10年続いている人気番組、通称『ハピラキ』である。
放送枠は、月曜日から金曜日の17時から19時まで。2時間生放送の音楽番組だ。
CM明けに派手なファンファーレが鳴った。
「この音が鳴ったということは、そう! スペシャルライブのお知らせだYO!」
イイ声の男性パーソナリティーが今日も陽気にお喋りしている。
「四月は春のフォークソング特集! みんなのハートに優しい春風、届けちゃうYO!
今月は毎週水曜日に、世界中から選りすぐりの男性フォークシンガーに来て貰ってるんだ!
先週はイタリアから、あのヴァレンティーノ・フェッリが来てくれたよね!
レディのみんなは、彼のスウィートボイスに腰砕けだったんじゃないかな?
トークコーナーでは、歌っている時とは全然違うお茶目な一面を見せてくれたよね!
そして今週水曜日に来てくれるのはー、ジャパンからヤタロー・モリサキ! ヒュ~!
代表曲は、そう、今流れてきた『シロツメクサ』、リッスン!」
バックに流れていた曲のボリュームが上がる。
ゆったりとした曲だ。囁きかけるような歌い方をしている。
アコースティックギターの音色が耳に心地良いとアイヴィーは思った。
日本語のまま歌われているので、アイヴィーには歌詞の意味は解らないのだが、
なんだか気持ちが落ち着く声だ。アイヴィーの人差し指は、自然とリズムを取っていた。
曲の一番が終わると、DJが再び話し始めた。
「ヒュ~! 優しくてあったかい曲だと思わない?
あ、ちなみに『シロツメクサ』は、英語ではクローバーのことなんだって!
ヤタローの声に酔いしれたいレディース・エーンド・ジェントルメーン!
今週水曜日はみんなでライブハウス『グラッパ』に来ちゃいなYO!
公開リハーサルは16時、ライブ本番は18時だから、ドーン・ミス・イット!
ハウスに来れないみんなも、ドーンウォーリー!
この番組でも生中継しちゃうから、お聞きのチャンネル、要チェキラー!」
マグカップを両手で持ちながら、ハルヤがぼそりと言う。
「ふうん。この島に弥太郎さんが来るんだ。すごいなあ」
アイヴィーは煙草の灰を落としながら、
「へえ。ハルヤも知ってるミュージシャンなのか?」
「うん。確かミリオンセラーだったし」
「そうですよ、アイヴィー。ヤタロー・モリサキは、
ニッポンでフォークの貴公子と呼ばれた有名なシンガーなんです!」
「よく知ってるね、シルヴァン」
「友達にCDを聞かせて貰ったことがあるんですー。でもハルヤこそよくご存知でしたね?
ハルヤにとって『シロツメクサ』は、ちょっと昔のヒットソングではないですか?」
「そうかも。兄様がよく聞いてて、俺も好きになった歌だから」
「成程。お兄様との思い出の曲でしたか」


水曜日の放課後、ハルヤはベッドの中で横たわっていた。
薬を飲んで、先程よりは楽そうには見えるが、
レンズ越しでない黒い瞳はまだ少し潤んでいる。
「俺のことはいいから、シルヴァンは行っておいでよ」
シルヴァンはハルヤの手を取る。
「でも、ハルヤを置いて行くなんて」
ハルヤは時計を見上げながら、
「ほら、早く行かないと、弥太郎さんのライブに間に合わなくちゃう」
ラジオを聞いたシルヴァンとハルヤは二人でライブハウスに行く約束をしたのだが、
当日の午後になって、ハルヤが体調を崩してしまった。
保健室に行き、熱を計ったところ微熱があった。
医師免許を持つ保健教師からは薬を処方され、
今日は自室で安静にしていなさい、と外出を止められてしまったのである。
熱い吐息を漏らしながらもハルヤは笑顔を見せる。
「俺はラジオで生放送聞くから、シルヴァンは俺の分までライブ、楽しんで来てよ」
「でも、ハルヤ……」
「シルヴァンだって、あんなに楽しみにしてたじゃん?
俺のせいでシルヴァンが行けなくなるなんて、やだよ」
シルヴァンは握っていた手を離す。
「……解りました。じゃあ僕、ハルヤの代わりだと思って行ってきます」


アルフォンソ島の新市街。
ショッピングモール付近のタクシー乗り場に一台停車している。
『予約車』のプレートを掲げた黄色いタクシー。
運転席に居るのは金髪のドライバー、アイヴィーだ。ハンドルに両腕と顎を乗せている。
カーラジオから聞こえてくるのは、音楽番組だ。

「DJジョージのハッピー☆ラッキー☆ナイト!
今日は東洋から来たフォークシンガー、ヤタロー・モリサキをゲストにお送りしてるYO!
このあと、ライブハウスのステージで歌って貰うからねー!
番組が始まる前、ヤタローは公開リハーサルをやってたんだけど、
そのあと、急遽ミニサイン会もやったんだって?」
「うん。リハーサルを聞いて、CDを買ってくれた方が何人も居たから、お礼にね。
CDを手に取ってくれた方、どうもありがとうございました」
「ヒュ~! やっさすぃ~! ジョージもヤタローに惚れちゃいそうだ!
実は、その中の一人から、番組にお礼のメールが届いてるんで、読んじゃうYO!
ラジオネーム・マーチヘアーさんからのメール!
『公開リハーサル聞きました! すっごくステキでした!
リハの後、CDにサインまで書いてくれて、ありがとうございました。
名前を書いて貰う時に、明日誕生日なんですと言ったら、
メッセージも書いてくれてありがとうございました。
だけど、ウソを吐いてすみません。本当は僕の名前じゃなくて、友達の名前だったんです。
友達が明日誕生日なので、バースデープレゼントのひとつとして、
今日サインして貰ったCDを友達に贈りたいと思っています。
素敵なバースデープレゼント、どうもありがとうございました。
ライブ本番も楽しみです。客席から応援しています!』……だって。
ヒュ~! ヤタロー、この子のこと覚えてるかい?」
「うん。覚えてるよ。可笑しいなと思ったんだ。
どう見ても名前と顔が合っていなかったから。
サインした時は、ハーフの子なのかなとも思ったんだけど、そういうことだったのか。
嬉しいね、僕のファンにこんなに友達思いの子が居るなんて。
明日はお友達と楽しい誕生日を過ごしてね。
一日早いけど、お誕生日おめでとう、ハルヤくん」
その名を聞いて、タクシードライバーは一瞬あっけにとられた。DJのお喋りは続く。
「それじゃ、ここでヤタローから一曲、ナマで歌って貰っちゃうYO!
ヤタローはステージに行っちゃって!」
「はい。じゃ、行ってきます」
「ン~。去り際も爽やかボーイだね~。スタジオの中なのに、春風を感じたYO!
春の歌を持つミュージシャンは、みんな笑顔が優しい気がするのはジョージだけー?
ソーリー! これラジオだから、みんなにはヤタローの顔が見えないじゃないかー!
さっきのメールをくれたマーチヘアーさん、ホットなメール、センキュウ!
それから、オレからも言わせて貰おうかな? ハッピーバースデー、ハルヤー!
DJジョージに祝って貰えるなんて、このラッキーボーイめ! ヒュ~!
そんなこんなで、そろそろヤタローはステージに着いたかなー?
オーケイ! 準備できたみたいだね。じゃ、いってみようかー!
東洋からきたフォークのプリンスからあなたへ、
ヤタロー・モリサキで『シロツメクサ』、ジョイナス!」

カーラジオからフォークソングが流れる。
ハンドルに凭れながらラジオを聞いていたタクシードライバーは、
「つか、何、メール読まれてんだよ、あいつ」
腕の中に顔を埋めてククと笑い出した。
コンコン。突然、音がしてビクッとする。
運転席の窓がノックされたのだ。
窓の外で立っていたのは、不機嫌な顔をした美少年。
その後ろには、申し訳なさそうに一礼する生徒代表が居た。
二人を後部座席に乗せ、黄色いタクシーは走り出す。目的地は聖アルフォンソ学院だ。
ドライバーはミラーを使って、後ろを見る。
美少年は窓側を見たまま、喋らずにいる。生徒代表は膝に抱えた荷物の中を覗いていた。
「今日はエライ大荷物だな?」
ドライバーが尋ねると、生徒代表が返事をした。
「ええ。ちょっと買い過ぎてしまったかもしれません。
なんだか楽しくて。新市街まで買い物に来るのは久し振りでしたし」
「なあ。お前さん達が今日買った物で、明日何するか、当ててやろうか?」
「えっ?」
深紅の瞳がぱちりと瞬く。窓を見ていた琥珀の瞳も正面を向いた。
ドライバーはフフンと笑う。
「今日買った物で、明日ハルヤのバースデーパーティをやるんだろ?」
生徒代表は少し身を乗り出した。
「すごい。どうして解ったんですか?」
「ま。お前さん達との付き合いも長いからな」
窓ガラスの向こうで宵闇の空が流れていく。
「明日、楽しいパーティになりそうだな」
気の早い星達が白く輝いていた。


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