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Marginal Prince Short Story
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ミイラの神秘00 続編
●01 「イタリアへようこそ」


空港に着くと、僕を見つけたイタリアーノが笑顔で近寄ってきた。
「ベンヴェヌータ・イン・イターリア」
こちらの言葉で『イタリアへようこそ』という意味ですよ、
以前そう教えてくれた本人に、今回も同じ台詞で出迎えられた。
「遠いところ、お疲れ様です。お待ちしておりやした、姫さん」
「フィオラノ。その呼び方、止めてって言ってるでしょ」
「ああ、すいやせん。ついクセで」
ここはシチリアの北西部パレルモ。
かつてシチリア王が暮らしていた古都であり、現在はシチリアの州都。
僕、アンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマンは、
聖アルフォンソ学院を三日休んで、南イタリアまで来た。
僕が経営してる投資会社の取引先と商談をする為だ。
シチリアの玄関口であるパレルモ空港に着いたところ。
正式名称はファルコーネ=ボルセリーノ空港と言う。
長ったらしいこの空港名は、マフィア撲滅に力を尽くした二人の裁判官、
ジョヴァンニ・ファルコーネとパオロ・ボルセリーノの名字を合わせたものらしい。
マフィアを法によって裁いた彼等は、後に、マフィアによって裁かれ、二人とも暗殺された。
“殉職”した彼等の名が付けられた空港に、フィオラノが笑顔で立っているのは皮肉なことだ。
彼は、僕がボディーガードを頼んでいるシチリアマフィアなのだから。
濃い顔が多い国にしては爽やかな顔立ち。
人当たりは柔らかく、いかにも善人に見える彼が、
現在のシチリアで最も残虐と名高いマンゾーニ・ファミリーの舎弟。
かつ、次期ボスの右腕を務める男なのだから、本当にイタリアーノは顔で判断できない。
「この子を『ベンヴェヌータ』と迎えるのもクセなのかね?」
そして今回は同行者がもう一人。余計なオマケが島から付いてきた。
聖アルフォンソ学院、神秘学担当教師オーギュスト・ボージェ。
前回の授業後、僕がシチリアへ商談に行くことを話したら、
オーギュストは付いていくと言い出した。久し振りにシチリア旅行がしたいとかなんとか。
学院に赴任する前は旅行が趣味だったらしいけど。
その趣味のせいか、彼は世界の主要な言語なら不自由なく話せた。
「おや。そちらの方は、イタリア語がお解りになるんで?
はは。今回はイタリア語にも気をつけなきゃダメですねえ」
「ベンヴェヌータはイタリア語で『ようこそ』という意味じゃないの?」と僕。
「意味はね。ただ、ベンヴェヌータは女性単数に向けて使う言葉なんだ。
男性単数の場合はベンヴェヌート。まあ、アンリは可愛いから、どちらでも」
「良くない。フィオラノ、次からは気を付けて」
「はは。すいやせん、アンリさん」
フィオラノの今日の装いは、グレイのスーツ。
ホワイトのワイシャツに、グレイにストライプが入ったネクタイ。
眼鏡は彼を更に爽やか好青年に見せる。
見た目は、どこにでも居そうなビジネスマンだ。
オーギュストの出で立ちは教壇に立つ時と同じで、
ブラウンのスーツにクロスタイといった変わり映えのない装い。
僕はネイビーブルーのスーツ、ネクタイはスカイブルーにした。
ネクタイをすると、聖アルフォンソ島の外に居るのだなと思う。
なんとなく首が息苦しいから、できれば早く外したい。
「で、今日は君一人? ディーノはどうしたの?」
「あっ。今の台詞、兄貴が聞いたら喜んだでしょうねえ」
質問に対する答えがない。僕はもう一度聞いた。
「はは。すいやせん。ええと、兄貴はですねえ、ちょいと」
マフィアがニコリと笑う。
「別の仕事ができましてね? 代わりに自分がお迎えに。
兄貴も夜には顔を見せると言っていやした」
「別に見せに来なくてもいいけどね」
フィオラノが兄貴と呼んでいるのがディーノ・マンゾーニ。
マンゾーニ家の次期ボス。彼の顔立ちは、生粋のイタリアーノだ。残念なまでに。
空港を出たあとは商談先のビルまで、フィオラノが運転するフェラーリでの移動となった。
ハンドルを握りながら、フィオラノはふいに後部座席の僕達へこう話しかけた。
「そういや、ボージェ先生は、何の先生なんです?」
僕が無言でいると、オーギュストが口を開いた。
「神秘学を担当しています」
「へえ。学校でオカルトの授業があるだなんて、初めて知りました。
どんなこと勉強するんです? やっぱ黒魔術とかピラミッドパワーとか?」
「の、勉強もしましたね」
「そいつはすごいや。自分、子供の頃はそういう本、ちょっと読んでたクチで」
今日が初対面である二人はオカルト談義で盛り上がる。
その間、僕は古都の面影を残す街並みを車の窓から眺めてた。
商談の前なのだから、資料の最終チェックをしたほうがいいのだろうが、
内容は既に暗記しているし、大人達が煩くて集中できそうにないから。
先程、セントラル駅を通り過ぎた。パレルモの市街地まで来ている。
古都だけに、パレルモの建築はアンティークなものが多く、
特別な施設でない建物の中にも、目を惹くものが時々ある。
あの屋根の赤は色がきつい。あの白い家は悪くない。
建築学に興味があるらしい、あの日本人が見たら、どう感じるだろう。
街路樹に橙色の実がなっているのが見えた。オレンジの木だろうか。
そんな取り留めもないことを考えながら、退屈を紛らわしていた。
「ああ。そうだ、アンリさん」
フィオラノに話しかけられた。大人同士で勝手にやってればいいのに。
「せっかくシチリアにいらしたんですから、シチリアのオカルトでもお勉強して行きやす?
商談まで、まだお時間もありやすし」
「何か面白い物でもあるの?」
「へい。シチリアには、世界一の美少女がおりやす」
「美少女? それのどこが神秘学なの?」
「ロザリア・ロンバルド嬢のことかね?」
「へえ。さっすがオカルトの先生だ。ロザリアちゃんのこともご存知で」
「確かに彼女の美しさはシチリアが誇る神秘かもしれないね」
「誰なの、そのロザリアって」
「世界一美しい、2歳の少女だよ。約90年前からずっとね」
「何それ。その言い方じゃ、まるで不老不死みたいじゃない。
2歳の姿のまま今も生きてるみたいに聞こえるけれど?」
「そうだね。ある意味、不老不死なのかもしれない。彼女は2歳で時を止めたのだから」
2歳児の錬金術師だとでも言うのだろうか。有り得ない。
「流石のアンリさんも、チンプンカンプンみたいですね。これはとにかく見て貰わないと。
ところでアンリさん。ロザリアちゃんに会う前にひとつ確認ですがね?」
フィオラノは勿体つけて、こう言った。
「コワイのは平気なほうですか?」


駐車場にフェラーリを停め、フィオラノに連れてこられたのはクリーム色の建物。
三角屋根の上に十字架が見えた。
「教会?」
「へい。カトリック教会の一派、カプチン会の修道院でして、
目の前に見えますのが教会です。が、今日見て頂きたいのはこちらです」
先頭を歩くフィオラノは教会の前を通り過ぎ、その横にある建物に向かった。
どこにでもありそうなクリーム色の建物。ところどころ壁の塗装が剥がれている。
ドアの上に、白いビニールの屋根がある。あのドアが入り口らしい。
寄付金だか見学料だかで、ひとり1.5ユーロ取られた。
「はい、これがガイドブックです。英語版でいいですかね? どうぞ、アンリさん、センセ」
フィオラノが何かパンプレットのようなものを二冊取って、僕達に渡した。
「さ、行きやしょうか」
地下に続く階段を下りていく。
階下からひんやりとした空気が流れてくるのが解った。外気温より涼しくなってくる。
何故か一段下がるごとに嫌な予感を感じた。
地階に着いて顔を上げた時、一瞬、足がすくんだ。そこは異常な空間だった。
「……何なの、ここは」
フィオラノは場にそぐわない爽やかな笑顔を見せながら、
「地下墓地で、イタリア語ではカタコンベと言います。
ここには約2000体のミイラが安置されてます」
薄暗い地下通路の両側に、白骨死体がずらりと並べられている。
直立の姿勢で、壁に磔にされた状態で何体も何体も。
しかも、全て服を着せられた状態で安置されているのだ。
中には棺に納められているものもあるが、
通路の壁や天井に至るまで、白骨化したミイラで埋め尽くされている。
それにこの匂い。乾燥した空気の中に、
今までに一度も感じたことがない重苦しい匂いが仄かに漂っている。
おそらく、ヒトの死臭と腐臭に加え、ミイラが着ている布の腐臭や、
棺となっている木の腐臭も混じってる。
「思ったより、怖そうにしているね、アンリ。平気かい?」
オーギュストに手を差し出される。
「出口まで、手を繋いでてあげようか?」
「怖くない。子供扱いしないで」
笑われた。むかつく。


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