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■ミイラの神秘01 続編
●02 「やはりミイラは怖かったかい?」
「ここ、撮影禁止なんだよね?」
若い女性の声がした。似たような服装をした女性三人組。
「うん。禁止って書いてあったね」
「撮影できたら、ミイラの写真撮ってブログに載せるのになー」
「入り口にあったお土産屋さんに、ポストカード売ってたから、それ買ってアップすれば?」
「あっ、そっかー。そうしよっ」
話している言語は三人ともフランス語だった。
イタリア旅行のついでに、ミイラ見学に来たのだろうか。
もっと他に見るところがあるだろうに。物好きなことだ。
「ねえ。でも、あの人、デジカメで撮影してない?」
「うそっ。あ、ホントだっ」
「えー。ズルーイ!」
彼女達が指を差しているのは一人の男性。僕達以外にも見学者は何組も居たが、
一番目につくのが、あの20代くらいの眼鏡をかけた、アジア顔の男だ。
彼は、先程から誰より熱心にミイラを観察している。
首から下げているデジタルカメラで時折撮影するかと思えば、
片手に持っている本をペラペラと捲ったりして、忙しい人だ。
彼は間違いなく誰かと同類のオカルトマニアだろう。
本の表紙にミイラの写真が幾つも見えたから。
本に載っている写真と同じミイラが目の前にあることで、
両者を見比べて恍惚としているのだろう。
僕の隣に居るオカルトマニアが呟く。
「微笑ましいね。彼とは朝まで語り合えそうだ」
別に微笑ましくはない。
「すみませーん。お兄さん、ここ、撮影禁止ですよー?」
先程の女性三人組のうちの一人が、
ごく簡単な英語を使って、噛みついていた。正義感の強いことだ。
注意されたほうの男性は大層驚いていた。
見るからに臆病そうな彼は、困った様子で、もごもごと何か話した。
だが、その言語は英語でもフランス語でもなかった。
「何て言ってるか解んなーい。えっとー、もう一回言って貰えますかー?」
「失礼」
僕の隣に居た筈のオーギュストが、彼等の間に入っていった。
女性に対してフランス語で話しかける。
「お嬢さん? 入り口で100ユーロを修道院に寄付すると、撮影許可が頂けるそうですよ?」
「あ、そうだったんですか?」
「ええ。彼はそう言っています。横から余計な口出しをして、すみません」
「いいえ。ありがとうございますっ。おかげで解りました。あ、お兄さんも、ごめんねっ」
男性は「はあ……」といったかんじで軽く頭を下げる。
「でも、100ユーロは高いよねー。どうするー? 今から戻って払ってくる?」
「うーん。じゃあ、ゴメンッ。戻ってもいいかな?
こんなにたくさんのミイラって、ここでしか撮れないし」
「良いよ。まだ入り口まで近いし」
「じゃあ戻りますかー」
三人組が経路を逆走していく。おかげでやっと辺りが静かになった。
オーギュストが僕の隣に戻ってくる。
「すまない。待たせてしまったね」
「君って、ほんとお節介」
教師は微笑む。
「性分なものだから」
「ちなみに、今の、何語だったの?」
「韓国語だよ?」
「へえ。韓国語もお分かりになるんで!?」
フィオラノが大袈裟に驚いている。
「こりゃあ参りましたっ。歩く電子辞書ですねえ」
今日だけでオーギュストが口にした言語はこれで4つ目。
英語、イタリア語、フランス語、そして韓国語まで。
彼が話せる言語数から見れば、これでも氷山の一角に過ぎないのだろうが。
「さあ、次のコーナーに行こうか」
オーギュストが歩き出す。その背中を見ながら、僕はふと思った。
彼の言語力を生かせる仕事は、もっと他にある筈だ。
どうして彼は、孤島の学校で神秘学の講師なんかやっているんだろう。
僕達は順路通りに歩いていった。
ミイラは一応、職業別とか、女性だけとか、ジャンル別に安置されているそうだが、
ミイラのある光景が延々と続くことに変わりはない。
「まあ、こちらのお二人は、まるで仲良く語らっているみたいに見えません?」
そう言ったのは、60代くらいの女性だった。
彼女の前には、男性の衣服を着用したミイラと、
女性の衣服を着用したミイラが寄り添って安置されていた。
「ああ、本当じゃ。生前はワシらみたいな夫婦だったのかもしれないなあ」
ハットを被ったご老人。右腕に高級ブランドの腕時計がチラリと見えた。
よく見ると、二人とも身なりが良い。セレブリティの老夫婦のようだ。
余りある時間と資産を消化する為に贅沢な旅行でもしているのだろうか。
ご婦人はミイラの夫婦を見上げながら、
「最初はミイラなんて恐ろしいと思いましたけど、
一日でこんなにたくさん見てしまったら、なんだか愛着と言うのかしら?
だんだんミイラの皆さんが可愛らしく見えてきましたわ。
元は同じ人間ですし、私達もいずれ死ぬんだもの。ねえ?」
「そうだね。カプチン会は他のカタコンベと違って、
ミイラを見せ物にしているわけじゃない。
死者を前にすることで、自分の生を省みる。それを目的としているんだ」
「そう。死んでからもお勤めしているのね。立派だわ。
素敵なお洋服を着て、大切に保存されて、幸せなことね。
それに比べて、私はどうかしら。もうこの年じゃ他人様のお役にも立てないし」
「何を言っているんだい。ワシの傍に居てくれるじゃないか。
こんな老いぼれになるまで見捨てないでくれて、充分じゃよ」
「まあまあ、どうしたんですか、あなたったら。急にそんな」
「いやいや。この夫婦のミイラを見ていたら、今言っておかなくちゃいかんと思ってな。
いつか、ワシが先に天国に召されても、お前が来るまで、ちゃんと待っとるからな」
「あらあら、そんなこと。どうしましょう」
「お、おい。泣かんでもいいだろう。ほら、これで涙を拭いて」
「すみません、私、嬉しくって」
老婆はハンカチで目許を押さえていた。
今度は若い二人組と擦れ違った。手を繋いでいる。
花柄の白いロングスカートの女性が、
「ほんと美少女だったね。ミイラとは思えない」
と言うと、チョコレート色のレザージャケットを着た連れが、
「ロザリアより君のほうが綺麗だよ?」
「やだ。こんなところで言わないで」
「本当なのに」
二人は出口に向かったようだ。清々する。僕は連れのイタリアーノに尋ねた。
「ねえ。イタリアでは地下墓地はデートスポットなの?」
「愛する人が居れば、そこがデートスポットになる。そういうものだよ、アンリ」
オーギュストに答えられた。
「あっそう。さっさと地上に戻りたくなってきたな」
「やはりミイラは怖かったかい? だから手を繋いであげると言ったのに」
「怖くない」
「さあ、アンリさん。あの奥にある棺が、お待ちかねのロザリアちゃんですよ」
小さな棺。その中に少女の遺体があった。
今まで見てきた白骨死体とは別格の保存状態。まるで精巧に作られた人形のようだ。
目を閉じた少女が、ブランケットにくるまっている。
豊かなセミロングヘアに飾られた大きなリボンを含め、
遺体全体がセピアで色であることを除けば、ただ眠っているだけのようにも見える。
少女らしくふっくらとした頬、髪や睫毛の一本一本まで、腐敗することなく残っていた。
「こちらがロザリア・ロンバルド嬢」
オーギュストが僕の隣に立つ。
「1920年、肺炎の為、2歳でこの世を去った少女だよ」
神秘学担当教師は少女について、次のように解説した。
「父親のロンバルド将軍は、我が子の早過ぎる死を嘆き悲しんだ。
そして、イタリアいち優秀な死体防腐処理師、
アルフレッド・サラフィア氏に娘の遺体保存を依頼した。
彼の手によってロザリア嬢は、まるで眠っているかのような永久遺体となった。
どのような手法を使ったのか、誰にも明かさずに死体防腐処理師が亡くなった為、
何故、ロザリア嬢だけが腐敗せずにいられるのか、長い間、謎だったんだ」
「もう謎ではないということ?」
「うん。2009年、イタリアの生物人類学者やサラフィア氏の遺族によって、
生前にサラフィア氏が残したと思われる、ノートが見つかるんだ。
それには、ロザリア嬢の美しさを可能にしたと思われる薬品の名前が綴られていた。
ホルマリン、グリセリン、塩化亜鉛、アルコール、サリチル酸、とね」
「ホルマリンって、化学室にあるカエルとかネズミに使っている、あの液体?」
「うん。ホルマリン漬けなどと呼ばれて、現在も標本の保存液として使われているが、
サラフィア氏が初めて、遺体保存にホルマリンを使用した人物だそうだよ。
最後に、蝋燭などの原料であるパラフィンを頬に注入して、
ロザリア嬢は世界一美しいミイラになったと言われているんだ。
だが、詳細な調合方法は不明だから、第二のロザリア嬢を作り出すのは難しいだろうね」
僕は棺の中の少女から目を離せないでいた。
世界最高レベルの保存状態でも、死体は死体でしかない。
いくら待ってもあの瞼が再び開くことはなく、
どんなに近付いても寝息は聞こえないのだろう。
「どうかな、アンリ。ロザリア嬢の感想は?」
「綺麗、だとは思う」
「うん」
「けれど、僕なら御免だね。死んだあとまで美しいだとか言われて見せ物にされるのは。
自分の死体を不特定多数の目に晒されるなんて、ぞっとしないよ。それに」
セピア色に染められた彼女の顔。
「僕には、彼女が泣いているように見える」
安らかな表情には、とても見えなかった。きっと彼女は望んでない、こんな死を。
ポンと僕の頭に手が置かれた。オーギュストの手だ。
「優しい子だ。そして、賢い。誇らしいよ、その聡明さが」
オーギュストは微笑んでいるのに、彼もどこか泣いているような顔をしていた。
「ああ、眩しいですねえ」
フィオラノが明るい笑顔を見せる。
「やっぱりシチリアには太陽がなくっちゃ」
階段を上り、地上に戻ってきた。
出口に光が差している。生の世界に戻ってきたように感じた。
僕は一度だけ後ろを振り返る。
暗い階段。あの下に広がっていたのは、生と死の狭間だったのかもしれない。
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●02 「やはりミイラは怖かったかい?」
「ここ、撮影禁止なんだよね?」
若い女性の声がした。似たような服装をした女性三人組。
「うん。禁止って書いてあったね」
「撮影できたら、ミイラの写真撮ってブログに載せるのになー」
「入り口にあったお土産屋さんに、ポストカード売ってたから、それ買ってアップすれば?」
「あっ、そっかー。そうしよっ」
話している言語は三人ともフランス語だった。
イタリア旅行のついでに、ミイラ見学に来たのだろうか。
もっと他に見るところがあるだろうに。物好きなことだ。
「ねえ。でも、あの人、デジカメで撮影してない?」
「うそっ。あ、ホントだっ」
「えー。ズルーイ!」
彼女達が指を差しているのは一人の男性。僕達以外にも見学者は何組も居たが、
一番目につくのが、あの20代くらいの眼鏡をかけた、アジア顔の男だ。
彼は、先程から誰より熱心にミイラを観察している。
首から下げているデジタルカメラで時折撮影するかと思えば、
片手に持っている本をペラペラと捲ったりして、忙しい人だ。
彼は間違いなく誰かと同類のオカルトマニアだろう。
本の表紙にミイラの写真が幾つも見えたから。
本に載っている写真と同じミイラが目の前にあることで、
両者を見比べて恍惚としているのだろう。
僕の隣に居るオカルトマニアが呟く。
「微笑ましいね。彼とは朝まで語り合えそうだ」
別に微笑ましくはない。
「すみませーん。お兄さん、ここ、撮影禁止ですよー?」
先程の女性三人組のうちの一人が、
ごく簡単な英語を使って、噛みついていた。正義感の強いことだ。
注意されたほうの男性は大層驚いていた。
見るからに臆病そうな彼は、困った様子で、もごもごと何か話した。
だが、その言語は英語でもフランス語でもなかった。
「何て言ってるか解んなーい。えっとー、もう一回言って貰えますかー?」
「失礼」
僕の隣に居た筈のオーギュストが、彼等の間に入っていった。
女性に対してフランス語で話しかける。
「お嬢さん? 入り口で100ユーロを修道院に寄付すると、撮影許可が頂けるそうですよ?」
「あ、そうだったんですか?」
「ええ。彼はそう言っています。横から余計な口出しをして、すみません」
「いいえ。ありがとうございますっ。おかげで解りました。あ、お兄さんも、ごめんねっ」
男性は「はあ……」といったかんじで軽く頭を下げる。
「でも、100ユーロは高いよねー。どうするー? 今から戻って払ってくる?」
「うーん。じゃあ、ゴメンッ。戻ってもいいかな?
こんなにたくさんのミイラって、ここでしか撮れないし」
「良いよ。まだ入り口まで近いし」
「じゃあ戻りますかー」
三人組が経路を逆走していく。おかげでやっと辺りが静かになった。
オーギュストが僕の隣に戻ってくる。
「すまない。待たせてしまったね」
「君って、ほんとお節介」
教師は微笑む。
「性分なものだから」
「ちなみに、今の、何語だったの?」
「韓国語だよ?」
「へえ。韓国語もお分かりになるんで!?」
フィオラノが大袈裟に驚いている。
「こりゃあ参りましたっ。歩く電子辞書ですねえ」
今日だけでオーギュストが口にした言語はこれで4つ目。
英語、イタリア語、フランス語、そして韓国語まで。
彼が話せる言語数から見れば、これでも氷山の一角に過ぎないのだろうが。
「さあ、次のコーナーに行こうか」
オーギュストが歩き出す。その背中を見ながら、僕はふと思った。
彼の言語力を生かせる仕事は、もっと他にある筈だ。
どうして彼は、孤島の学校で神秘学の講師なんかやっているんだろう。
僕達は順路通りに歩いていった。
ミイラは一応、職業別とか、女性だけとか、ジャンル別に安置されているそうだが、
ミイラのある光景が延々と続くことに変わりはない。
「まあ、こちらのお二人は、まるで仲良く語らっているみたいに見えません?」
そう言ったのは、60代くらいの女性だった。
彼女の前には、男性の衣服を着用したミイラと、
女性の衣服を着用したミイラが寄り添って安置されていた。
「ああ、本当じゃ。生前はワシらみたいな夫婦だったのかもしれないなあ」
ハットを被ったご老人。右腕に高級ブランドの腕時計がチラリと見えた。
よく見ると、二人とも身なりが良い。セレブリティの老夫婦のようだ。
余りある時間と資産を消化する為に贅沢な旅行でもしているのだろうか。
ご婦人はミイラの夫婦を見上げながら、
「最初はミイラなんて恐ろしいと思いましたけど、
一日でこんなにたくさん見てしまったら、なんだか愛着と言うのかしら?
だんだんミイラの皆さんが可愛らしく見えてきましたわ。
元は同じ人間ですし、私達もいずれ死ぬんだもの。ねえ?」
「そうだね。カプチン会は他のカタコンベと違って、
ミイラを見せ物にしているわけじゃない。
死者を前にすることで、自分の生を省みる。それを目的としているんだ」
「そう。死んでからもお勤めしているのね。立派だわ。
素敵なお洋服を着て、大切に保存されて、幸せなことね。
それに比べて、私はどうかしら。もうこの年じゃ他人様のお役にも立てないし」
「何を言っているんだい。ワシの傍に居てくれるじゃないか。
こんな老いぼれになるまで見捨てないでくれて、充分じゃよ」
「まあまあ、どうしたんですか、あなたったら。急にそんな」
「いやいや。この夫婦のミイラを見ていたら、今言っておかなくちゃいかんと思ってな。
いつか、ワシが先に天国に召されても、お前が来るまで、ちゃんと待っとるからな」
「あらあら、そんなこと。どうしましょう」
「お、おい。泣かんでもいいだろう。ほら、これで涙を拭いて」
「すみません、私、嬉しくって」
老婆はハンカチで目許を押さえていた。
今度は若い二人組と擦れ違った。手を繋いでいる。
花柄の白いロングスカートの女性が、
「ほんと美少女だったね。ミイラとは思えない」
と言うと、チョコレート色のレザージャケットを着た連れが、
「ロザリアより君のほうが綺麗だよ?」
「やだ。こんなところで言わないで」
「本当なのに」
二人は出口に向かったようだ。清々する。僕は連れのイタリアーノに尋ねた。
「ねえ。イタリアでは地下墓地はデートスポットなの?」
「愛する人が居れば、そこがデートスポットになる。そういうものだよ、アンリ」
オーギュストに答えられた。
「あっそう。さっさと地上に戻りたくなってきたな」
「やはりミイラは怖かったかい? だから手を繋いであげると言ったのに」
「怖くない」
「さあ、アンリさん。あの奥にある棺が、お待ちかねのロザリアちゃんですよ」
小さな棺。その中に少女の遺体があった。
今まで見てきた白骨死体とは別格の保存状態。まるで精巧に作られた人形のようだ。
目を閉じた少女が、ブランケットにくるまっている。
豊かなセミロングヘアに飾られた大きなリボンを含め、
遺体全体がセピアで色であることを除けば、ただ眠っているだけのようにも見える。
少女らしくふっくらとした頬、髪や睫毛の一本一本まで、腐敗することなく残っていた。
「こちらがロザリア・ロンバルド嬢」
オーギュストが僕の隣に立つ。
「1920年、肺炎の為、2歳でこの世を去った少女だよ」
神秘学担当教師は少女について、次のように解説した。
「父親のロンバルド将軍は、我が子の早過ぎる死を嘆き悲しんだ。
そして、イタリアいち優秀な死体防腐処理師、
アルフレッド・サラフィア氏に娘の遺体保存を依頼した。
彼の手によってロザリア嬢は、まるで眠っているかのような永久遺体となった。
どのような手法を使ったのか、誰にも明かさずに死体防腐処理師が亡くなった為、
何故、ロザリア嬢だけが腐敗せずにいられるのか、長い間、謎だったんだ」
「もう謎ではないということ?」
「うん。2009年、イタリアの生物人類学者やサラフィア氏の遺族によって、
生前にサラフィア氏が残したと思われる、ノートが見つかるんだ。
それには、ロザリア嬢の美しさを可能にしたと思われる薬品の名前が綴られていた。
ホルマリン、グリセリン、塩化亜鉛、アルコール、サリチル酸、とね」
「ホルマリンって、化学室にあるカエルとかネズミに使っている、あの液体?」
「うん。ホルマリン漬けなどと呼ばれて、現在も標本の保存液として使われているが、
サラフィア氏が初めて、遺体保存にホルマリンを使用した人物だそうだよ。
最後に、蝋燭などの原料であるパラフィンを頬に注入して、
ロザリア嬢は世界一美しいミイラになったと言われているんだ。
だが、詳細な調合方法は不明だから、第二のロザリア嬢を作り出すのは難しいだろうね」
僕は棺の中の少女から目を離せないでいた。
世界最高レベルの保存状態でも、死体は死体でしかない。
いくら待ってもあの瞼が再び開くことはなく、
どんなに近付いても寝息は聞こえないのだろう。
「どうかな、アンリ。ロザリア嬢の感想は?」
「綺麗、だとは思う」
「うん」
「けれど、僕なら御免だね。死んだあとまで美しいだとか言われて見せ物にされるのは。
自分の死体を不特定多数の目に晒されるなんて、ぞっとしないよ。それに」
セピア色に染められた彼女の顔。
「僕には、彼女が泣いているように見える」
安らかな表情には、とても見えなかった。きっと彼女は望んでない、こんな死を。
ポンと僕の頭に手が置かれた。オーギュストの手だ。
「優しい子だ。そして、賢い。誇らしいよ、その聡明さが」
オーギュストは微笑んでいるのに、彼もどこか泣いているような顔をしていた。
「ああ、眩しいですねえ」
フィオラノが明るい笑顔を見せる。
「やっぱりシチリアには太陽がなくっちゃ」
階段を上り、地上に戻ってきた。
出口に光が差している。生の世界に戻ってきたように感じた。
僕は一度だけ後ろを振り返る。
暗い階段。あの下に広がっていたのは、生と死の狭間だったのかもしれない。
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