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■ミイラの神秘02 続編
●03 「チャチな犯罪は許せませんからね」
「ああ、ちょっと待ってくれるかい、アンリ」
“ミイラ屋敷”から離れようとすると、オーギュストに呼び止められた。
彼はカタコンベに隣接する土産屋の前に居た。
「教材になりそうだから、少し見て行きたいんだ」
「教材?」僕はゆっくり引き返す。「君の趣味でしょ」
土産屋にはミイラグッズが並んでいた。
オーギュストはポストカードコーナーの前で、どれを持って帰ろうか吟味している。
選ばれたポストカードは、のちに神秘学の授業で再会することになるのかもしれない。
フィオラノは先程「どうぞごゆっくり」と言って、僕達から少し離れた。
今は土産屋の前で煙草を取り出し、一服している。
「アンリは何か買わなくていいのかい? お友達に」
オーギュストは既に三枚のポストカードを手にしている。
「そんなの買ったら、ただの嫌がらせでしょう」
「アンリからのお土産だったらみんなも喜んでくれるんじゃないのかい? 珍しいものだし」
「ミイラの写真をお土産にして、喜ぶのは君くらいだよ」
そう言った後で、ウーティス寮には、お調子者のオカルトマニアが居ることを思い出した。
彼なら喜ぶかもしれない。ボロボロのドレスを着せられた白骨死体の写真でも。
「おや? アンリ、買わないのかい?」
「うん。煩くなりそうだから」
ミイラグッズを何点も購入したオカルトマニアと土産屋を出る。
「で、何を買ったの?」
「ん? ポストカードを六枚と、本と、それから」
オーギュストが誰かにぶつかった。
「ああ、すみません、マダム。お怪我はありませんか?」
オーギュストが老婆に謝っていた。
「大丈夫ですよ。私のほうこそごめんなさいね」
彼女の隣には老父が居る。先程、カタコンベの中に居たセレブリティの老夫婦だ。
「親子でカタコンベ見学にいらしたんですか?」
老婆は僕とオーギュストを見て、そう言った。目が悪いらしい。
オーギュストが微笑を浮かべながら、僕の隣に立つ。
「ええ。この子がどうしてもここに寄りたいと言うので」
酷い言いがかりだ。僕はオーギュストのジャケットの裾を引っ張る。
「ちょっと」
「教師と生徒だと言うつもりかい?」
オーギュストはフランス語に切り替えて僕だけに囁く。
「学校の名前も出せないし、ここは親子というのが一番自然な設定だと思わないかね?」
老婆が首を傾げている。
「どうか、なさいました?」
「ああ、いえ。親子と言われたのは初めてだねと話していただけです」
「あら? 違いましたか? 似ていらっしゃるから、私、てっきり」
「間違いではありませんよ、マダム。私達は血が繋がっていますが、
ただ、見た目で親子と言い当てられたことは、あまりなかったもので」
「そうでしたの? お綺麗なお顔立ちで、利発な目許なんか、そっくりですのにねえ。
あら、そう言えば奥様の姿が見えないようですが?」
老父が冗談めかして、
「奥さんはミイラ見学を嫌がって、ショッピングでもしているんじゃろう?」
オーギュストは少しだけ表情を曇らせて、
「妻も一緒に旅行ができたら良かったんですが。
彼女は元々身体が弱く、この子を生んですぐに」
老婆は、はっとする。
「あらあら。どうしましょう。そうだったの」
ごめんなさいね、老婆は僕に向かって謝った。オーギュストが対応する。
「いいえ。どうかお気になさらず、マダム。
天国に居ても、彼女がこの子を愛していることに変わりはありません」
「そうね、そうですとも」
力強く肯定した。
「それではワシらはこれで。お二人も良い旅を」
老父に促されて、老婆は僕達に一礼したあと、土産屋を出ていった。
彼女の後ろ姿は、少し腰が前方に曲がっていた。
「役者だね、オーギュ?」
老夫婦の背中を眺めながら、僕は言った。
「どこかのハリウッドスターより演技が自然なくらいだ」
「そんな。プロフェッショナルには遠く及ばないよ」
「お土産は買えましたかい?」
煙草を携帯灰皿に押し込み、フィオラノが僕達の側に寄ってきた。
「うん。ありがとう、それではそろそろ行こうか」
「へい」
僕達は駐車場に向かって歩き出す。僕は先程の仕返しのつもりで言った。
「ねえ、パパ? 僕、喉が渇いたから、どこかでアイスティー買ってきてくれない?」
「甘えん坊さんだね、アンリは」
オーギュストは笑ってた。
「でも、あんまりパパを顎で使うものではないよ?」
「パパって飲み物を買ってきてくれる人のことかと思ってた」
「ははは。ちょっと育て方を間違えてしまったかな?
フィオラノ君、この辺でアイスティーが買えるところはあるのかな?」
「えーと、自販機くらいなら教会にもあるとは思いやすが」
駐車場へ向かう途中、僕達の前方を歩いていた先程の老婆に通行人の男がぶつかった。
その直後、僕は見た。男が老婆のバッグから財布を抜き取る瞬間を。
男は悠々と歩き、澄ました顔で右の道に曲がっていく。
「フィオラノ」
「へい」
僕の号令で彼はすぐに走り出した。同じ瞬間を見ていたのだろう。
フィオラノはスリ男に追い付くと、その背後に立ち、何事か囁いていた。
すると、男は足を止め、財布をフィオラノに渡した。
素早く受け取ったフィオラノは、もう一言囁いて、スリ男を逃がした。
そのあとフィオラノは来た道を戻り、老婆を追いかけた。
「おばあちゃーん、落とし物ですよー」
振り返ったマダムに、フィオラノが追い付く。
財布を手渡す横顔は、本当にただの好青年にしか見えなかった。
老婆がフィオラノに頭を何度も下げている。目の前に居る若者がマフィアだとも知らずに。
「お待たせしやした、アンリさん」
好青年が帰ってきた。
「ご苦労様」
「いえいえ。スリなんてチャチな犯罪は許せませんからね」
「チャチ、ね」
「アンリさんに先生も、スリには充分気を付けて下さいね?
自分もお二人の周りは気を付けて見てますが、
この辺は観光地なんで、夜は特に危ないですから。
ええと、その辺でアイスティーを買ってから、車に乗りやしょうか」
→
●03 「チャチな犯罪は許せませんからね」
「ああ、ちょっと待ってくれるかい、アンリ」
“ミイラ屋敷”から離れようとすると、オーギュストに呼び止められた。
彼はカタコンベに隣接する土産屋の前に居た。
「教材になりそうだから、少し見て行きたいんだ」
「教材?」僕はゆっくり引き返す。「君の趣味でしょ」
土産屋にはミイラグッズが並んでいた。
オーギュストはポストカードコーナーの前で、どれを持って帰ろうか吟味している。
選ばれたポストカードは、のちに神秘学の授業で再会することになるのかもしれない。
フィオラノは先程「どうぞごゆっくり」と言って、僕達から少し離れた。
今は土産屋の前で煙草を取り出し、一服している。
「アンリは何か買わなくていいのかい? お友達に」
オーギュストは既に三枚のポストカードを手にしている。
「そんなの買ったら、ただの嫌がらせでしょう」
「アンリからのお土産だったらみんなも喜んでくれるんじゃないのかい? 珍しいものだし」
「ミイラの写真をお土産にして、喜ぶのは君くらいだよ」
そう言った後で、ウーティス寮には、お調子者のオカルトマニアが居ることを思い出した。
彼なら喜ぶかもしれない。ボロボロのドレスを着せられた白骨死体の写真でも。
「おや? アンリ、買わないのかい?」
「うん。煩くなりそうだから」
ミイラグッズを何点も購入したオカルトマニアと土産屋を出る。
「で、何を買ったの?」
「ん? ポストカードを六枚と、本と、それから」
オーギュストが誰かにぶつかった。
「ああ、すみません、マダム。お怪我はありませんか?」
オーギュストが老婆に謝っていた。
「大丈夫ですよ。私のほうこそごめんなさいね」
彼女の隣には老父が居る。先程、カタコンベの中に居たセレブリティの老夫婦だ。
「親子でカタコンベ見学にいらしたんですか?」
老婆は僕とオーギュストを見て、そう言った。目が悪いらしい。
オーギュストが微笑を浮かべながら、僕の隣に立つ。
「ええ。この子がどうしてもここに寄りたいと言うので」
酷い言いがかりだ。僕はオーギュストのジャケットの裾を引っ張る。
「ちょっと」
「教師と生徒だと言うつもりかい?」
オーギュストはフランス語に切り替えて僕だけに囁く。
「学校の名前も出せないし、ここは親子というのが一番自然な設定だと思わないかね?」
老婆が首を傾げている。
「どうか、なさいました?」
「ああ、いえ。親子と言われたのは初めてだねと話していただけです」
「あら? 違いましたか? 似ていらっしゃるから、私、てっきり」
「間違いではありませんよ、マダム。私達は血が繋がっていますが、
ただ、見た目で親子と言い当てられたことは、あまりなかったもので」
「そうでしたの? お綺麗なお顔立ちで、利発な目許なんか、そっくりですのにねえ。
あら、そう言えば奥様の姿が見えないようですが?」
老父が冗談めかして、
「奥さんはミイラ見学を嫌がって、ショッピングでもしているんじゃろう?」
オーギュストは少しだけ表情を曇らせて、
「妻も一緒に旅行ができたら良かったんですが。
彼女は元々身体が弱く、この子を生んですぐに」
老婆は、はっとする。
「あらあら。どうしましょう。そうだったの」
ごめんなさいね、老婆は僕に向かって謝った。オーギュストが対応する。
「いいえ。どうかお気になさらず、マダム。
天国に居ても、彼女がこの子を愛していることに変わりはありません」
「そうね、そうですとも」
力強く肯定した。
「それではワシらはこれで。お二人も良い旅を」
老父に促されて、老婆は僕達に一礼したあと、土産屋を出ていった。
彼女の後ろ姿は、少し腰が前方に曲がっていた。
「役者だね、オーギュ?」
老夫婦の背中を眺めながら、僕は言った。
「どこかのハリウッドスターより演技が自然なくらいだ」
「そんな。プロフェッショナルには遠く及ばないよ」
「お土産は買えましたかい?」
煙草を携帯灰皿に押し込み、フィオラノが僕達の側に寄ってきた。
「うん。ありがとう、それではそろそろ行こうか」
「へい」
僕達は駐車場に向かって歩き出す。僕は先程の仕返しのつもりで言った。
「ねえ、パパ? 僕、喉が渇いたから、どこかでアイスティー買ってきてくれない?」
「甘えん坊さんだね、アンリは」
オーギュストは笑ってた。
「でも、あんまりパパを顎で使うものではないよ?」
「パパって飲み物を買ってきてくれる人のことかと思ってた」
「ははは。ちょっと育て方を間違えてしまったかな?
フィオラノ君、この辺でアイスティーが買えるところはあるのかな?」
「えーと、自販機くらいなら教会にもあるとは思いやすが」
駐車場へ向かう途中、僕達の前方を歩いていた先程の老婆に通行人の男がぶつかった。
その直後、僕は見た。男が老婆のバッグから財布を抜き取る瞬間を。
男は悠々と歩き、澄ました顔で右の道に曲がっていく。
「フィオラノ」
「へい」
僕の号令で彼はすぐに走り出した。同じ瞬間を見ていたのだろう。
フィオラノはスリ男に追い付くと、その背後に立ち、何事か囁いていた。
すると、男は足を止め、財布をフィオラノに渡した。
素早く受け取ったフィオラノは、もう一言囁いて、スリ男を逃がした。
そのあとフィオラノは来た道を戻り、老婆を追いかけた。
「おばあちゃーん、落とし物ですよー」
振り返ったマダムに、フィオラノが追い付く。
財布を手渡す横顔は、本当にただの好青年にしか見えなかった。
老婆がフィオラノに頭を何度も下げている。目の前に居る若者がマフィアだとも知らずに。
「お待たせしやした、アンリさん」
好青年が帰ってきた。
「ご苦労様」
「いえいえ。スリなんてチャチな犯罪は許せませんからね」
「チャチ、ね」
「アンリさんに先生も、スリには充分気を付けて下さいね?
自分もお二人の周りは気を付けて見てますが、
この辺は観光地なんで、夜は特に危ないですから。
ええと、その辺でアイスティーを買ってから、車に乗りやしょうか」
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