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Marginal Prince Short Story
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ミイラの神秘03 続編
●04 「きっと、アンリを守ってくれるよ」


パレルモ市内のホテル。今夜はここで一泊する。
夕食の為にまたどこかに行くのは面倒だったから、
ホテルの最上階にあるレストランで済ませることにした。
客の入りは少なく、僕達の他には三組程度。
それぞれ離れた位置のテーブルに着いているから、互いの会話は聞こえない。
店内には会話の邪魔にならない程度にピアノの楽曲が流れている。知らない曲だ。
シチリアは何かと暑苦しい土地だけれど、
眩しい太陽と地中海の恵みのおかげで、料理の味は悪くない。
アンティパスト(イタリア語で前菜)に出てきたサラダでさえも悪くはなかった。
プリモ・ピアット(イタリア語で第一の皿)に僕が頼んだのは、アンチョビのクリームパスタ。
パレルモは地中海に面した港町だけに魚介類のメニューは豊富だ。
このアンチョビもパレルモ産。塩味が効いたアンチョビがクリーミーなソースと合っている。
シチリアの料理に文句はない。けれど、シチリアの人間には文句がある。大いに。
「どうしてイタリアーノって、ああなんだろう」
今思い出しても理解に苦しむ。
「商談の最中くらいは、母親の料理自慢を止めて貰いたいよ」
「確かにね」
オーギュストは淡い黄金色のスパークリングワインを飲みながら、僕の話に相槌を打っている。
イタリアでは発泡性のワインをスプマンテと呼ぶらしい。
ワインボトルには天使の絵が描かれていた。
彼がワインの供にしているのは、カプレーゼという料理だ。
バジルの葉、モッツァレラチーズ、トマトを交互に並べ、
エクストラバージンオリーブオイルと塩コショウで味付けただけのシンプルな料理だが、
一皿の上で緑、白、赤と国旗を再現しているイタリアの代表料理であり、
シチリアの太陽を浴びた素材の味をそのまま楽しめる。
何よりワインによく合う、らしい。オーギュスト曰く。
フィオラノは離れたテーブルに居る。
引き続き僕の護衛中、という名目でホテルディナーを食しているだけだ。
僕の後方に居るから、今は彼の姿が見えないが、多分、皿ばかり見ているだろう。
僕が商談で島の外に出た時、食事はいつも一人でとっていた。
でも、今回はオーギュストが居る。
「で、僕が家族自慢を聞かされている間、オーギュはどこを観光してたの?」
「パレルモの旧市街に居たよ。アンリと一緒に行ったカタコンベと同じ地区なんだがね」
「地下墓地の近くまで戻ったの? さすが物好きだね、ボージェ教授」
「あの辺りは古い宮殿や教会が残っていて、
アラブ・ノルマン様式の美しい建築が今も拝見できる貴重な土地だから、
ただ歩いているだけで、懐かしい気分になれるし」
「懐かしい?」
「ああ、なんとなく、気分的にね? それから、市場があったから、ぶらぶら見ていたかな。
そのあとは、雰囲気の良いカフェを見つけてね?
美味しいコーヒーを頂きながら、一時間程のんびりさせて貰ったよ」
「一時間? 観光したいって言ってたくせに、随分、無計画な観光だったようだね?
しかも、大半はカフェに居たなんて」
「カフェからも旧市街の美しい街並みは見られたからね。
そう言えば、アンリはパレルモの起源を知っているのかな?」
「知らないよ、そんなの」
「紀元前8世紀まで遡るんだ。古代、フェニキア人によって開拓され、
その後、入植したギリシャ人にパノルムス、『全てが港』と呼ばれたことが、
由来になっているんだ。パレルモは今も少し歩けば海に出る港町だろう?」
オーギュストが窓の外を見る。パレルモの夜景は大人しい。
その向こうには暗く、広大な海が広がっている。
「パレルモを含めシチリアという土地は、
様々な国によって支配されてきた、屈辱の歴史を持っている。
紀元前、ポエニ戦争でローマの支配下に置かれたことを始め、
イスラムやフランス、スペインやオーストリアの手に落ちたこともあったから」
相変わらず理屈っぽい話し方。教室に居るような錯覚を覚える。
今日一日で、オーギュストからイタリアに関する知識を随分植え付けられた。
静寂のディナータイムが与えられる貴重な機会なのに、授業中みたいだ。
「旧市街の散策は、感慨深いものがあったよ、本当に。
連れてきてくれてありがとう、アンリ。良い観光ができたよ」
そうやってオーギュストは僕にお礼を言った。
そんなこと、言われる筋合いは無い。彼が勝手に付いてきただけなのだから。
教師のくせに。どうして僕に付いていたんだろう。
「ああ、そうだ」
オーギュストがスーツのポケットに手を入れる。
「アンリにお土産があるんだよ? はい」
差し出された手には、黒革の袋が乗っていた。
スウェード状の布で作られた、口を紐で締めるタイプの小さな袋だ。
とりあえず彼の手の上から、それを取って、黒い紐を引いてみる。
黒い革袋から出てきたのは薄い紫色をしたガラス玉のような物だった。
「アメジストだよ。紫水晶とも言うね」
透き通った紫。嫌じゃない色だ。見ていると、気持ちが落ち着く。
「紫は神秘的な力を高める色とされ、災いや邪霊を祓うと信じられてきた」
邪霊。ああ、またオカルトなことを言い出した。
「古代エジプト時代から、護符、つまりお守りとして、
重用されてきた石でね。旧市街の市場で見つけたんだ」
「市場で? 説得力が薄れるね」
僕が一蹴すると、彼は不敵な微笑を見せた。
「そう、思うだろう?」
神秘学の権威は、両手の指を絡めて話し始めた。
「野菜や果物が並ぶ市場の中で、一件だけ妖しげな雰囲気の露店があったんだ。
アクセサリーやお土産用のキーホルダーなどを売っているお店だった。
その一角にパワーストーンの類が雑多に置かれていて」
人差し指を立てる。
「ひとつだけ、その中に混ざっていたんだよ。見たところ、イミテーションでもなかった。
何故、こんなに見事な物がここにあるのか、私も不思議に思ったよ。
その石を見た時、なんだか、アンリを守ってくれる気がしてね」
「僕を?」
「うん。だから、アンリに」
どうして。
「きっと、アンリを守ってくれるよ」
どうしてこの大人は、僕にこんなものをくれるのだろう。


デザートが出てきた頃、オーギュストが可笑しな芸当を見せた。ある意味、器用な。
「ああ、ドルチェが来たよ、アンリ」
デザートに僕が選んだのはリモーネのジェラート。レモンのアイスクリームのことだ。
シチリアの柑橘類は有名だから、イタリア国外でも手に入るけれど、
この味が出せるのは現地のリモーネだけのような気がする。
ジェラートの柔らかい感触を舌で感じたくて、口の中でスプーンを裏向きにする。
普通のアイスクリームとは違う、まろやかな舌触り。
冷たくて甘酸っぱいレモンが、シュワと舌の上で溶けるかんじが心地好い。
さっぱりとした後味と爽やかな香りが口内に残った。
「そう言えば、ドルチェはひとつでいいのかい?
アンリは××(聞き取れない)なんだから、××××しなさい?」
「オーギュスト……君、酔ってる?」
「え? そうかな?」
「五分程前から気になってたんだけど。
一文の中で、英語とイタリア語を混在させるの止めて貰えない?」
『ドルチェ』は知っている。イタリア語でデザートという意味だ。
だが、他のイタリア単語は聞き取れなかった。
「おや。すまない。少し飲み過ぎてしまったのかな?
ちなみに今のはね、『デザートはひとつでいいのかい?
アンリは若いんだから、たくさん食べなさい?』と言いたかったんだ」
「二個も三個も食べないよ」
「そうかい? では私が頼んでもいいかな?
アンリがあんまり美味しそうにジェラートを食べるものだから、
私も甘いものが食べたくなってきてしまったよ」
「勝手にすれば」
彼はウエイターを呼んで、イタリア語で何かをオーダーした。
ウエイターが消えたあとで、僕は尋ねた。
「何を頼んだの?」
「シチリアを代表する伝統菓子、カンノーロだよ。アンリはまだ食べたことがなかったかい?
円筒状に巻いた生地の中に、リコッタチーズのクリームを詰めた揚げ菓子なんだ」
後に、ウエイターが持ってきたのは、僕がジェラートと迷ったメニューだった。
聖アルフォンソ島にある『キングズフィンガー』に似た形のお菓子。
確かメニューにはカンノーリと書いてあった筈だが。
「ああ、複数形ではカンノーリと言うんだよ。さて。物は相談だがね、アンリ」
オーギュストは何を思ったのか、その皿を僕に押しやった。
「残念ながら、もうお腹いっぱいになってしまってね。残すのは申し訳ないし。
すまないが、私の代わりに食べて貰えるかい、アンリ」
「……仕方ないな」
皿の上のカンノーロを見下ろす。キツネ色に揚がった筒型の菓子。
表面には真っ白な粉砂糖が降り懸かっている。
生地の中には白いクリームと、黄色いオレンジピールも見えた。
食べ辛そうだ。フォークで刺すには太くて固そうな気がする。
「これ、どうやって食べるの?」
「カンノーロは、手で持って食べていいんだよ?」
手で持って食べるのは、少し抵抗があったけれど、目の前に居るのは商談相手でもないし。
手に取ってみる。やはり太くて持ち辛いので両手で持った。
手前のほうから、少しだけ咥えるようにして、口に入れた。
生地は思ったより固くて、サクサクというよりはザクザクとした食感。パイに近い味がした。
その中に入っていたクリームは思ったより甘い。嫌いじゃない甘さだ。
もう一口頬張る。先から白いクリームが零れ落ちそうになったので、舌で舐めとった。
僕が顔を上げると、オーギュストと目が合った。
カンノーロを食べる僕を見て、彼は微笑んでいた。
「初めての、カンノーロのお味はどうかな?」
「……悪くはないけれど」
オーギュストは笑顔を見せる。
「良かったね」
その時の笑顔が、あまりにも幸せそうに見えたので、僕はなんだかむかついた。


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