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Marginal Prince Short Story
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ミイラの神秘05 続編
●06 「先生はお変わりありませんな」


翌日。この日の商談も無事に終えることができた。
今日の運転手はフィオラノではなかった。
黒い短髪に褐色の肌。無表情で無口な男。彼もマンゾーニ・ファミリーの舎弟。
顔は何度か見たことがあったけど、今まで名前は知らなかった。
「自分の名前はダンテです。今日、兄さん達は来られない。だから、来ました」
彼は英語に不慣れのようで、片言に近い話し方しかできないようだった。
その上、低音でぼそぼそと話すので、非常に聞き取りにくかった。


夕方、車でホテルに戻ってきたら、辺りの様子が可笑しかった。
ホテルの前にパトカーが何台か停まっている。
「すみません、サン・ジェルマンさん」
運転席からダンテが言う。
「自分は、ここで、さよならすることが、できますか?」
下手な英語だったが、言いたいことは解る。ホテル前まで乗りつける予定だったが、
パトカーが居るようなので、すまないがこの辺りで車を降りてくれないか。
そのようなことが言いたいのだろう。
無闇にパトカーの側に近寄って、彼が尋問されるのは僕も困る。
僕は平易な英語を選んで答える。
「オーケイ。またね。ありがとう」
「はい。また」
ホテルの前から少し離れた場所で、僕は車から降ろされた。


ホテルまで歩いていくと、入口には警官の服を着た男が立っていた。
僕が中に入ろうとすると、止められて、何か言われた。イタリア語だ。
シチリアに来るようになってからは、必要最低限のイタリア語は身に付けたつもりだが、
こうして早口でまくし立てられると、聞き取れない。
すると、ホテルの中から従業員と刑事らしい二人組がこちらに走って来た。
白いスーツを身に付けたホテルマンが、
「お客様は、サン・ジェルマン様ですね?」
英語でそう聞かれた。
「大変失礼致しました。只今、当ホテルで事件が起こってしまいまして」
「事件?」
「ええと、とりあえず中へ。ご案内致します」


部屋の前の廊下には警察らしい人物が何人も居た。
「ああ、戻ってきました」
オーギュストの声がした。彼が手を挙げている。
「アンリ、こっちだよ」
ホテルの廊下で刑事から聞き込みを受けているホテル従業員の横を通り抜けて、
オーギュストの傍へ行った。彼の前には中年の刑事が居て、親しげな様子で話していた。
「警部、この子が先程お話しした私の教え子です」
「ほう。これはこれは」
薄汚れたグリーンのジャケットから、少しでっぱった腹。
ベテランの50代くらいに見える刑事は、僕を眺めてこう言った。
「顔だけ見ると、女子生徒のようですね。いやいや、失敬」
この人、嫌いだな。
「アンリ、こちらはパレルモ警察のヴァルテル・カタラーノ警部だよ」
「カタラーナ警部?」
「あはは。よく間違われますが『凍らせたプリン』ではなくカタラーノ、ですよ」
「オーギュスト、この警部と知り合いなの?」
「うん」
「一時期、事件の解決にご協力頂いていたことがありましてね。
確か十年程前だったと思いますが、先生はお変わりありませんな。
私なんか、年取るごとに腹が膨れておりますよ」
でっぱった腹を叩く。ポンポンといい音がした。
「警部もお元気そうで何よりです」
「さて。アンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマンさん?」
警部がすっと僕に近付く。キツイ煙草の匂い。
「貴方や、貴方の学校については、ボージェ先生から伺っております。
かの学校名については、例え、貴方が殺人犯でも、
公になることはないと思われますので、ご心配なく」
「殺人犯?」
「ああ、まだその話をしていませんでしたね。
実は、お二人が宿泊していた部屋の隣から遺体が発見されました」
遺体? 隣の部屋で人が死んでいたというの?
「亡くなっていたのは、隣の部屋に宿泊していた女性です。
ボージェ先生の話では、貴方とも一度お会いしている女性のようですね?」
「どこで」
「カタコンベで擦れ違ったそうですよ、ねえ、先生?」
「ええ。アンリは覚えているかな? ロザリア嬢を拝謁する前に、
手を繋いでいたお二人が居たんだが」
覚えてる。『ロザリアより君のほうが綺麗だよ』だとか言ってて、目障りだったから。
「その女性が、先程、身体の一部が欠損した遺体となって発見されたわけです」
「欠損?」
「腕が一本、切断されていました、右の。肘の辺りからですね」
警部は左手で作ったナイフで、自分の右肘を切る仕草をしてみせた。
「なくなった右腕は部屋の中にはなく、現在も捜索中です」
「殺されたってこと?」
「まあ、自殺した彼女の腕を誰かが切り取った可能性もあるかもしれませんが、
殺人事件とみるのが妥当でしょうな」
「警部、彼女はいつ亡くなられたんですか?」
「死亡推定時刻は、本日の朝食以降と思われます。
朝食は同室の彼とホテルのレストランで一緒に食べたそうですし、
ウエイターも二人が来ていたことを覚えておりました」
「その同室の人は、朝食以降、どこで何してたの?」
「一人で観光していたそうですよ。
彼女が『体調が悪いから今日は部屋で休みたい』と言い出したようで」
「怪しいね」
「第一発見者は彼なんですか?」
「いえ、第一発見者は、ああ、あそこに居る男ですわ」
警部が顎で差し示す。頭を抱えるようにして、ソファに座っている男が居た。
「先生、まさか彼ともどこかで会っていたりします?」
「彼は初めて見る顔ですね。カタコンベでも会わなかった。アンリはどうかな?」
「今初めて見た」
「そうですか。男の証言と合致しますね。
モンレアーレから真っ直ぐホテルまで来たと言っていましたから」
「モンレアーレ?」
「パレルモの郊外にある街だよ。ここまで車で30分程だ」
僕が呟くと、オーギュストがそう教えてくれた。
「何故彼が第一発見者になったんです?」
「呼び出されたんだそうです。携帯電話のメールで。彼女から」
警部の話によると、遺体の発見状況はこうだ。
メールで彼女から「話したいことがあるから、来て欲しい」と言われた男が、
15時頃、ホテルに到着。部屋を訪ねると、返事がなかった。
何度も呼び掛けたり、メールを送ったりしたが反応はない。
これはおかしいと思った男は、フロントに行き、ホテル従業員に事情を説明。
マスターキーでドアを開けて貰い、部屋に入った。
中には誰の姿もなかった。各部屋を探していると、シャワールームに彼女は居た。
びっしょり濡れた服を身に付けたまま、床に倒れていた。
クリーム色の床には大量の血が流れた跡があったらしい。
「犯人は、そのシャワールームで腕を切断したんでしょうか?」
「ええ。血の量からみて、おそらくそうでしょう。
さて。朝食以降、貴方はどちらにいらっしゃいましたか?」
「僕も容疑者の一人というわけ? 被害者とは昨日初めて会ったのに」
「貴方の無実を証明する為に必要な質問だとご理解頂けますかな?」
「そうだよ、アンリ。やましいことはないのだから、
ちゃんと警部にお話ししなさい? 警察に協力するのは善良な市民の義務だ」
「僕はパレルモ市民ではないけれどね」
僕は答えてあげることにした。
「12時にホテルを出て、13時から14時まで、商談先の会社に居ました」
「では14時までは証人が居るというわけですね? ――結構。その後は?」
「予定より早く商談が終わったから、旧市街の建築物を眺めてから、ホテルに」
「つまり、15時から16時まではお一人だったと。
腕を一本切断して、どこかに隠すのに、どれくらいの時間を要するかが問題ですかな」
「警部、死因は特定済みなのですか?」とオーギュスト。
「まだ断定はできませんが、おそらくは毒殺でしょう。
ワイングラスから微量ですが毒物が確認できました」
「毒殺したあと、腕を切ったってこと?」
「まあ、その順番のほうが現実的でしょうな、
生きたまま腕を切るのは骨が折れる作業でしょうし」
「何の為に腕を」
「そいつを今調べてるとこでしてね? 昨夜から今日にかけて、
隣の部屋から、何か言い争うような声や不審な物音などはしましたか?」
「気が付かなかった」
警部はメモを取りながら、
「お二人のご滞在はいつまでですかな?」
「チェックアウトは明日の予定です」
「明日ですか。では今夜またお話を伺いに、お部屋に行かせて頂くかと思いますが、
それまではどうぞお寛ぎ下さい、ホテル内で」
「外に出るなってことか」
「すみませんな」
「あの、失礼致します、お客様」
白いスーツのホテルスタッフが僕達に近寄ってきた。
「この度は誠に申し訳ございません。今夜のご宿泊はこちらのお部屋ではなく、
別のお部屋をご用意させて頂きたいと存じますが、よろしいでしょうか?」
「お気遣いありがとうございます。そうですね」
オーギュストが僕を見る。
「お言葉に甘えさせて貰おうか、アンリ」


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